South of Heaven


お品書き



News - 更新履歴
Strange Days - Blogらしいぞ
Oremono - 雑多なインプレッション
Links - いわゆる一つのリンク集

Mail - メール出します

«Prev || 1 | 2 | 3 |...| 913 | 914 | 915 |...| 926 | 927 | 928 || Next»

花粉症の攻勢

2000年03月08日(水) 20時01分 暮らし 天気:快晴

 朝、起きたときから目がちくちくする。会社でも同様。帰っても収まらない。かなりのきつさだ。頻繁に手洗いに立ち、顔を洗い、時々目も水洗いする羽目になっている(別に眼球を取り出して丸洗いしているわけではない)。睡眠不足が拍車をかけている観がある。早く寝ないとと思いつつも、ダラダラと夜更かしするのだった。

今夜の観望

2000年03月07日(火) 23時55分 星見

 22:00過ぎにちょっと望遠鏡を出してみた。既に冬の大三角形もかなり高度を下げ、間もなく夕暮れに沈むようになってしまうだろう。シンチレーションは安定していたが、心なしか透明度が低く、オリオン大星雲はあまり細かく見えなかった。黄砂が降る季節がやってきたのだろうか。
 ちょっと食事して、11時過ぎにまたベランダに出たら、もう薄い雲が空を覆っていた。

望遠鏡自作の世界

2000年03月07日(火) 20時59分 星見 天気:晴れ時々曇り

 望遠鏡関係の掲示板を巡っていると、自作の情報が結構目に付く。市販の望遠鏡は使い勝手で不満がある、あるいは大口径のものは価格が高い、などと言った理由から自作に走る人は少なくないようだ。
 自作も様々なレベルがあって、キットを用いる人からレンズを磨く人までいる。レンズだけ買って口径60cm(!!!)の反射望遠鏡を作っちゃった人もいるらしい。凄いな、かつての国立天文台レベルだ。
 さすがにレンズ(反射鏡)を磨く場合は反射式がほとんどだが(屈折式のレンズだと両面を研磨しなければならないため)。メッキとかはどうするんだろう、業者に出すんだろうか。
 Borg100EDはかなりのポテンシャルを持った望遠鏡だが、都会で淡い天体を見るとなるとより大口径が欲しくなる。8"級のシュミット・カセグレン式は比較的安価だが、それでもあれこれで40万するのだ。それを考えると淡い天体観望専用のドブソニアンでも自作したほうが安上がりかもしれない。
 レンズはロシアが得意らしくて、大きなものでも結構安価であるようだ。なにか、かつてのPCパーツ個人輸入を思わせる(事実はこっちの方が先にあった世界なのだが)。

3/6の暮らし

2000年03月06日(月) 20時58分 暮らし 天気:曇り続きの1日でした

 今日は会議に消費され尽くしたかのような1日だった。なにせ昼から定時後までずっと会議だったのだから。他の事をやる時間が無いとは。
 疲れた頭で飯を作る気にならなったので、帰りは吉牛で特盛をかっ食らって帰った。帰って、風呂に入って、ちょっとインターネットの入り口をうろうろしたらお終い。なにも出来ない一日だった。計算上、かなり残業しても4時間ほど余裕があるはずなのに、いったいその時間はどこに消えていってしまうのか。時間泥棒はどこだ。

今夜の観望もなし

2000年03月05日(日) 23時56分 星見

 朝のうちに雨は上がり、一日中どんより曇った1日だった。宵の口にベランダに出ると、多少の切れ目は見えたので晴れてくれるかなと思った。しかし日付が変わる頃になっても空は晴れず、今夜の観望も無し。天体観測には不向きな春がやってきた。

3/5のテレビ

2000年03月05日(日) 23時55分 テレビ

 今夜のNHKスペシャルは新潟の監禁事件の話だった。うーん、こういう時事性の強すぎる話題はパスだ。
 誰もいない部屋。
 最初の部屋の住人は薬草を育て、竹細工や謎の金属を用いたある事をしている。猫の目は時を測るのに使う(そういう話を確かに聞いた事がある)。謎めいた英語の書き付けはまったく正体不明。
 とりあえず忍者(爆)としておいたが、本当に忍者だった。いかにも子供の頃に学研のひみつシリーズを読んでいそうなタイプだ。
 最後の部屋は一見してごくふつうの住宅。住民は謎めいた可変式定規(?)と年代物PCのスプレッドシートでなにやら計算したり、グラフを書いたりしている。どうやら野外でのなにかをやっているらしい。~
 ここ一月ほど頭が天体観測にばかり行っているので、これらのヒントはどうしても天体観測に関係するなにかに思えてならなった。しかしグラフを見ているうちにスキーに関係したなにかだと気付き、ゲレンデの設計者だと考えた。答えはスキーはスキーでもジャンプ台の設計者だった。なるほど、そういわれてみれば謎定規は人体模型にも見える。大体、いかにも関係ありそうなのに雪のゆの字も出ないのは怪しいのだ。

湘南台は便利だ

2000年03月05日(日) 15時53分 暮らし 天気:雨後曇り(暗い1日でした) BGM:Chaos A.D./Sepultura

 前日、深夜までチャットしていたが、昼前には目が覚めた。さて、どこかに出かけようかとしばらくぼんやり考えた。E950のオプション類(ワイド・コンバータとリストバンド)が欲しかったので新宿に行こうかとも思ったけれど、まあ急ぐ事はないだろう、来週土曜日にしようと今日はやめ。替りに湘南台に出向いた。
 湘南台では市民図書館に寄り、のろのろ歩き回っては本を読んだ。哲学書のコーナーに立って、何気なく手にした現象学の本があまりに難しそうだったので、一生のうちに60秒くらいは必死に文字を追っても構わないだろうと、死ぬ気で読んでみた。結果は玉砕(爆)。ナニがモナドだ、ナニがエポケーだぁぁぁ、と狂ったように叫びたい強迫観念にとらわれたのだった。もう少し精神に余裕がある時に読むべきだ。たとえ分からないにしても。
 ちょっとした収穫はあった。別の科学史の本にダモクレスの剣ならぬ「レウキッポスの剣」という表現があった。うん、なにかに使えそうだ。レウキッポスは古代ギリシャで原子の概念を"思い付いた"人だ。なにか詩的な表現ではないか。
 少し不快な事があった。一つは大声を上げて肉親を呼ぶ子供がいた事だ。子供が親を探す時に周囲への配慮が足らないのはまあ仕方ないのだが、そういう子供を放っておく親には本当に腹が立つ。貴重な思索の時間を踏みにじりやがって(いや、たいした事考えてないんですけど)。もう一つは蔵書の中に鉛筆で傍線を引いているものが目に付く点だ。大学が多い土地柄、学生が勉強用に使ったのだろう。かれらが図書館の席を占有してしまっているのはいいのだが、こういう形で社会の共通財産を私物化するのはどうだろう。と、藤沢市とは既に縁も所縁も無い僕が憤慨するのも妙だが。
 図書館を出て、WaveEyeに立ち寄った。つくづく考えてみるに、湘南台で僕が寄りそうな場所(図書館、本屋、PCショップ)のうち、前2者は戸塚にもあるのだけれど、PCショップのみは無い。戸塚はちょっとしたPC空白地帯で、LaOXぐらいしか思い付かない。そういうわけで湘南台の方が便利なのである。ただ二駅で230円になってしまうのはなあ。

NHK特集再放送

2000年03月04日(土) 23時55分 テレビ

 今夜の時の記憶(大層なタイトルだ)はなんと1978年に放送された番組の再放送だった。画家の青木繁の生涯を綴った番組。ドラマ部分と進行部分の接続がなんとも時代を感じさせる。
 青木繁といえば「わだつみいろこのみや」を思い出してしまう。子供の頃、百科事典で見かけた青木の絵は、ムンクの「さけび」とともに悪夢絵画のナンバーワンを分け合っている観があった。妙に写実的な画風と、強いテーマ性を打ち出している点が、子供心にそう感じさせていたのかもしれない。
 青木繁は若い頃に傑作をものし、その後はそれを越えるに越えられぬプレッシャーのうちに討ち死にしたような人だ。番組ではそう描かれている。後世に語り伝えられるほどの才能を持ち、またいくつもの作品を残した彼も、同時代の人間にはまるで評価されなかった。生活費に事欠き、絵の具代にも事欠くほどだった。友人にたかり歩いているうちに、その友人さえも徐々に失い、最後は肺病で野垂れ死ぬようにして逝ってしまったのだ。なにやら真の無頼派人生を垣間見るようだ。
 青木は絵画には思想が必要だと説いた。単に写実に留まるのではなく、そこになにを描くかという視点が。この事をドラマ性という言葉に翻訳してしまって良いものかどうか迷うが、ニュアンスとしては同質なものがあるように感じる。単に技巧の延長に過ぎない写実ではなく、それを用いて見る者に訴求する思想を持てという青木の主張は、より強いドラマ性を扱う文藝の世界でも、十分に考慮されてしかるべきではないだろうか。単なる技巧に堕した"小説"のなんと多いことか。
 青木の人生最後の作品は、自分の火葬代を稼ぐために描かれたという凄絶な背景を持つ。しかし描かれた「朝日」は、僕にはどうしたことか穏やかに沈みゆく夕日のように見えてしまう。あるいは、青木の心象が強く作用したのかもしれない。
«Prev || 1 | 2 | 3 |...| 913 | 914 | 915 |...| 926 | 927 | 928 || Next»