Strange Days

2000年08月13日(日曜日)

太古の望遠鏡発掘さる

20時57分 星見

 夕方、実家の押入れを物色し始めた。20年以上前のことになるが、望遠鏡を買ってもらったことがあった。どういう経緯だったかは忘却したが、当時数万円するものを買ってもらった。今から思えばVIXENが当時から出していた普及品のボトムエンド製品だったろうと思うのだが、とにかく小学生の僕にはうれしいものだった。
 今年に入って突然天文趣味が目覚め、同時にこの望遠鏡のことが頭に浮かんだ。広島にいる次兄に聞いてみたが、どうなったかなー、という反応だった。帰省してその所在を確認したいと思っていた。
 帰省して早速長兄や母に聞いてみたのだが、誰も覚えてない。一昨年から去年にかけていろいろ実家の補修を行ったそうなのだが、そのときにどこかにやってしまったようだ。一番可能性のありそうな押入れの中を捜してみることにした。
 押入れの手前の荷物を運び出しながら進むこと数分、あった......。見覚えのあるダンボール箱が、奥のほうに横たわっていた。それを引っ張り出すのにまた一苦労だ。しかしやがてなんとか引き出すことに成功した。
 中身を取り出す。長年放って置かれたせいか、やはり錆だのカビだの埃だのが甚だしい。それらをできるだけ除去してやると、まあなんとか望遠鏡らしい姿になった。
 この望遠鏡の構成は、口径60mm、Fが910mmというF値の大きな暗い光学系の屈折望遠鏡だ。それが部分微動付の経緯台の上に載っている。経緯台は木製の三脚で支えられている。付属のアイピースはケルナー28mmのねじ込み式、残りは全てツァイスサイズで、ケルナー2mm、オルソスコピック9mm、6mmだ。さらに地上用の18mmとかいうのもある。これに天頂プリズム、サングラスなどが付属する。当時('70年代)の状況では、かなり奢った構成だと思われる。Or6mmをつけると150倍超にもなって60mmには荷が勝ちすぎるが、Fが長いのでなんとかなったのかもしれない。このOr.、目レンズも対物レンズ側も物凄く小さなレンズで、さぞかし視野が狭かろうと思った。
 日が暮れきって、南の空に双眼鏡を向けて、さそり座が明るく見えるのを確認した。家が斜面にあって、ちょうど南側は下りになっているせいか、さそり座が思いがけないほど高い位置にあるのにびっくりした。M7は良く見えるが、真正面に明るい街灯が無神経に輝いているので、今一つコントラストが良くない。これを発掘望遠鏡にK26mmをつけて眺めた。こいつの場合、光路長が長くなりすぎて天頂プリズムは使えない。苦労してあわせたファインダーにM7のある辺りを収め、望遠鏡を眺めてみると、小ぢんまりした視界にM7がきれいに収まっている。しかしまあ、見かけ視野の狭いこと。
 それでもこいつなら太陽を見ても熱くはならないだろうと思ったので、兄に後で送ってもらうことにした。こいつは太陽専用として余生を送らせてやろう。

また街に出る

17時57分 暮らし

 前日は出た時間があまりに遅すぎたので、今日は早々と11:00前に街に出かけた。いつもの中華そば屋モリスはちゃんと営業していた。昼前だったが、店内はすでに満杯。出入り口付近に席を見つけて大盛りを注文した。しかしこの頃から出入り口あたりには待ち行列ができ始め、僕は背後に無言のプレッシャーを感じながら中華そばをすすり込む破目になったのだった。しかし相変わらずの味でうまかった。
 店を出て、図書館に向かった。あまりの暑さに外を出歩く気にはなれない。呉の中央図書館は、さすがに海軍の町にあるだけに艦船、海事関係の図書が一つのコーナーを成している。面白そうな本を拾っているうちに時間が過ぎていった。夕方にまた繁華街に戻り、フライケーキという揚げパンの一種のようなお菓子を買って帰った。あんこを小麦粉の皮で包み、それを油で揚げただけのものなのだが、これがうまい。特に揚げたてを冷たいお茶で食すと絶品だ。油っこいお菓子なのだが、いい油を使っているのかそういうしつこさは無い。あっという間に四つ、五つ食ってしまうくらいうまい。見ていると、一人で20個ぐらい買って帰る人が多いようだ。恐るべし。

テレビ

10時55分 テレビ 天気:晴れました

 それにしても、人はなんだってテレビを見つづけるのだろう。
 実家に帰ってびっくりするのは、母や兄がずっとテレビを見ているということだ。朝起きて、夜寝るまで、外出する時間を除いてずっと見つづけている。いや実際にはあまり見てないのだが、暇なときにフッと空虚な時間があるのを避けたいという心理が働いているのだろう。
 しかし僕だって実家にいた頃はそうだったはずで、いつのまにかテレビを見なくても生きて行けるように自分を改造してしまったらしい。その代わりに時間を埋めているのは、まあやっぱりパソコンなんだろうか。あんまり変わり映えしない面は否定できない。何も無い時間は確かに少し怖いからな。