今日は呉に帰って、早めの墓参りをしておくつもり。
朝早い羽田発の飛行機に乗るべく、鉄道を乗り継いで羽田へと向かう。今回は、レンタル自転車を使うつもりなので、持ってゆくものが少なくて楽なものだ。
飛行機でビャーっと広島に飛び、呉までバスで出る。手荷物を何も預けてないので、サクッと乗り込めた。バスは広経由で、呉に着いた。
さて、腹ごしらえしなければならない(義務感)。これでしょ、
モリスの中華そば。これ食べないと、帰省した気にならない。
一旦帰宅。母の顔を見てから、墓参りに出かけた。バスで行くしか無いが、バス停は二河川沿いにあって、ちょっと離れている。ま、散歩するか。てくてく歩いてゆく。これはその二河川に架かる、不滅の木造橋、
太平橋。何故不滅かというと、およそ子供の頃、物心ついてから幾星霜、この橋は何度も流されてきたというのに、その度に再建されてきた。もとの木造橋のままだ。この点が、ずっと不思議に思っている。死ぬまでには理由を知りたい。
バスで焼山の入り口くらいまで入り、下車。この辺、かつてはゴルフ練習場くらいしか無かったのだが、今は大分拓けてきた。
墓地にてくてく登ってゆく。途中にある、何やら
謂われありそうなお地蔵さん。
だが、墓参りしようなどという拙者の殊勝な心がけは、思わぬ自体に打ち砕かれたのであった。な、ん、だ、と……。
がけ崩れで通行不可! さっきの太平橋も、実は濁流のために橋が歪み、修復中だったのだ。なんてことだ。自転車を持ってきていれば、多分下から裏道を来ただろうから、問題なかったかもしれない。
ともかく、この状況では無理な通行も出来ない。諦めて呉に戻った。
消化不良気味の気持ちだが、故郷はやはり懐かしい。そして同時に、どんどん変わってゆく。目立つ建築だった
市役所と市民ホールが建て替わっている。正確には、旧市役所も営業中だが、いつまで残されることだろう。そんな気持ちを抱きつつも、めぼしいポータルを焼き払い、そして張り直していった。
やはり大和ミュージアムは寄っておきたい。港にテクテク向かった。呉線が境川を渡る鉄橋に並んで、
もう一本鉄路が敷かれていた形跡がある。軍港時代の引き込み線じゃないかな。
大和ミュージアムに突入。
1/10大和は良い被写体だ。今回はペンタックスのQ-S1を持ってきた。標準ズームだと、寄って28mmくらい。要はレンズ交換可能コンデジなのだが、そう切り捨ててしまえないくらいの描写力があるのが謎だ。
夕陽を待ちながら、呉港を眺める。なんだろう、ここは本当に癒やされる。ただ、忙しげに、しかし船なのでどこかのんびりと出入りする様を眺めていると、ストレスが消えてゆくようだ。ちょうど、
松山航路の高速船とフェリーが交錯した。
明日は早い行動開始になる。