Strange Days

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2010年6月21日(月曜日)

USB地デジチューナー導入するも、ワケの分からん新語に右往左往の巻

コンピュータ , 暮らし , テレビ 23:40:00 天気:くもり
 今日は久しぶりに明るいうちにきっぱり帰宅出来た。帰路は戸塚から立場のスーパー経由で歩いて帰った。
 さて、帰宅してまもなく、クロネコが地デジチューナーと2TBのHDDを持って来てくれた。早速、WHS機に叩き込んだ*1
 と、その前に。開腹してやろうと思っていたことを実施。まず未接続だった前面USBコネクタの接続。なぜか4ピン独立したコネクタだったので困惑したのだが、ピンアサインを調べて内部USB2.1コネクタに配線すると、使えるようになった。どうやらUSB2.0コネクタは、USB1.1の倍配線+謎の1ピン+1デッドスペースで10ピンという事だと思われる。ここにUSB2.1用の消費電力の大きいデバイス*2を刺すと『らめぇ、おっきすぎて入んない!』と警告を出して無効化されるので、供給可能電力も半減しているようだ。
 一方で謎の前面メモリリーダの4ピンコネクタだが、これもUSB1.1相当の、つまり内部10ピンコネクタの半分相当だと思われる。しかしコネクタに表記が一切ないので、とりあえず差してみたところ、機械が起動しなくなる。とりあえず抜いて、後回し。でも、これもたぶんUSBだな。
 さて2TBディスクを入れ、電源を入れた。ふつうに認識されたので、これもデータ領域に追加しておいた。ここに録画データを置くつもりだった。
 次にDT-H55U2Wのドライバ類を入れて、接続した。小さな、キャッシュカードリーダ程度のサイズのデバイスで、バスパワーで駆動される。アンテナと接続し、背面のUSBポートに挿すと、無事に認識した。視聴情報の設定、番組情報の取得も問題ない。
 ところが、いざ視聴しようとテレビ視聴アプリを起動すると、『COPPが正常に動作していいないため視聴を継続出来ません』と曰う。画面は真っ黒だ。COPP? なにそれ?
 早速ググる。どうやらGPUとキャプチャとの間の暗号通信プロトコルの事らしい。これでGPU~キャプチャ間でのデータ横取りを阻止するための規格と思われる。うかつにも、そんなものがあるなんて知らなかった。ディスプレイとの間のHDMIは注意していたのだが。
 ややこしい時代だ。一つのことをやりたいだけなのに、その前提として何種類もの規格に注意しなければならないのだ。COPP、HDMIに加え、ハードウェアの規格ももちろんある。登場人物が多すぎてうんざりだ。
 ともあれ、今度はこのCOPPにGPU、キャプチャそれぞれが対応しているか調査せねばならぬ。キャプチャのそれは当然なので、GPUが問題だ。
 WHS機の構成では、GPUはチップセット一帯のRADEON HD4250が相当する。しかし、これがCOPPに対応してますっていう情報が見つからない。メーカー製PCの情報を漁ると、ほぼ同構成でCOPP対応を謳っているものがあるので、恐らくはハードウェア的には対応可能だ*3。問題はドライバか。念のためにATIのサイトから最新版ドライバを当て、オプションドライバも探ってみたが、成果は得られない。ううむ、なんてこと。
 問題の一つは、WHSがWindows Server 2003相当で、つまりXPカーネル由来のOSだということだろう。より新しいVISTA以降の新カーネルのWindows OS向けドライバでは対応している可能性がある。
 そこで、DT-H55U2Wを主力機につないで、ドライバを入れてみた。すると、問題なく視聴出来る。こっちなら使えるか。
 常時運用を考え、本当ならWHS機でこいつを使いたいのだが、この先も対応出来るかどうか不明だ。なら、2TBを主力機に入れ、テレビ視聴をこれに任せるか。
 すると、
 主力機:常時起動(テレビ録画するため)
 WHS機:常時起動(主力機、ノートPCの定時バックアップのため)
 Ubuntu機:常時起動(ファイルサーバなので)
 なんてことに。
 なんという地球に厳しい運用。
 まあ、全部低消費電力機になって、昔使ってたP3デュアルにSCSIなRAID、IDEなデバイスたくさんというワケの分からない機械よりも、3台合計でも省電力だとは思うが。
 しかしまあ、せめてテレビ視聴はWHS機にまとめたいところだが。
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2010年6月16日(水曜日)

やはりPC視聴か

テレビ 21:57:00 天気:ちょっと湿っぽく
 新TV視聴環境だが、PCでの視聴に傾いている。
 一つは、積極的にはテレビを見てないのに、金を掛けるのは嫌という点。もう一つは、やはり残しておきたい番組をメディアに追い出せないのは不便だという点だ。前者の点で専用機の導入には腰が引けるし、それより安くつきそうなPS3+torneでも残すのに苦労しそうな点が引っかかる。というわけで、PCで見ればいいんじゃないのという方向に傾いた。
 そもそも、居間にはモニタが2面あるのだから、1面をテレビに使っても問題ない。またプラズマなモニタの方にもケーブルを引き回せば問題なく視聴出来そうだ。
 どうせならWHSの常時起動化と併せて考えよう。静音電源の導入と、プロセッサのアップグレードでなんとかなりそうだ。今の主力機からプロセッサ*1の移植を考えていたが、別にWHS機の方を適当な低TDPなプロセッサに載せ替えてもいいのだ。今度はINTELのi5辺りかなあ。
 問題は著作権保護があっちこっちのインタフェースに絡んできて、それらに注意しないと自由にロケーションフリーな環境を作れないことだな。まあ、その要求度は低いので、なんならモニタで直接試聴できて、PSP辺りで持ち歩けるのなら、そう重視しない。
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2010年6月15日(火曜日)

PS3+torneという選択肢

テレビ , 暮らし 23:55:00 天気:晴後雨
 今日は定時前後から驚異の粘りで深夜残業台に突入。午前様になっちまった。飯は吉牛で焼肉定食。もっと軽いの食えよ……。
 さて、次期テレビ録画視聴環境を考察していて、第3の選択肢に気づいた。PS3+torneという手だ。PS3はソフトに魅力を感じなかったので買ってなかったのだが、改めてゲームラインナップを見るとWizardryの眷属が販売中だ。なら、一応はやりたいゲームがあるといえなくも無いし、その他のゲームにも結構美味しそうなのがある。またPS3が250GBモデルで\33000前後、torneが\8000なので、\40000チョイで揃いそうだ。ディスク容量も珍機PSXと違い、自分でHDD交換可能で、しかもUSBでストレージをつなぐことも出来る。うん、悪く無いね。問題は、そのUSB接続のHDD以外に、外部のメディアに保存する方法が無いことか。これは結構大きいかも。
 価格的には専用機が一番高くついて、しかしもっとも独立性が高い。PC視聴なら最も安価だが、PCと一蓮托生だ。使い勝手はなんともいえないが、専用機はそれなりに使い易いが自由度が低く、PCはソフトウェア次第ではあるがその逆だと予測している。そしてPS3+torneはその中間だろうな。
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2010年6月14日(月曜日)

そろそろテレビ録画環境を更新せねばならぬか

テレビ , 暮らし , コンピュータ 22:21:00 天気:雨
 我がテレビ録画環境は、長年にわたって珍機PSXが担ってきた。頓狂な部分は多々あるものの、あんまりテレビを見ない拙者のニーズならまあ満たせたので、特に更新の必要も感じないまま、今まで来た。
 しかし、いかにテレビをあまり見ないとはいえ、たまに見れば気に入る番組があり、気に入る番組があれば継続して見たくなる。結果、珍機PSXのHDDも、段々と埋まってきた。こいつはストレージの増設も交換も出来ないので、HDDを空けるとすればせっせと見るか、DVDに追い出すしか無い。しかしまとめて後から見たい番組もあれば、シリーズで完結するまでDVDに追い出せない番組もある。というわけで、とうとう一杯一杯だ。
 まだ録り溜めたままで、一目でシリーズまとめて捨てられそうな番組もあるので、ちょっと頑張れそうだが、いずれ限界は来るな。そもそも、既にLPモードで運営しなければならない状況だし。
 というわけで、新しい録画環境を見積もり中だ。一番安上がりに出来、柔軟性も高そうなのが、PCでの視聴環境。USB接続のチューナーで本体録画の設定なら、2万円で評判の機種を買える。しかしPC筐体は常時起動だと煩いし、熱も出る。そういう意味で、運用面で難がある。
 一方、専用機なら運用性は高いし、VARDIA辺りだったらHDDを増設もできる。柔軟性は高い。しかし値が張るな。
 PC視聴の場合でも、電源とプロセッサに気をつければ、気にならないくらい静かな機械を組めるので、今のところはこっちだ。だがPSXの後継問題を考えると、俄然専用機だ。とりあえずPSXの未視聴録画を始末して、時間を作って考えようか。
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2009年6月16日(火曜日)

春からのアニメ

テレビ 20:56:00 天気:くもり
 春に始まった新番組も、そろそろ1クール終了というところだが。いい加減、PSXの容量が限界に達しつつあるので、一気に整理。見ないものは消す。見るものも、基本的には見たら消す。
けいおん:楽しい。思わずプロテクトかけちゃった。
蒼天航路:曹操側からの三国志演義だな。ものが三国志なんだから面白くならないわけが無い。視聴。
戦国BASARA:なんとか着いていこうとしたけど、もう駄目。斬りっ。冬樹蛎じゃないが、局地核戦争かよ。
夏のあらし:初回視聴中で、とりあえず保留。
咲-Saki-:麻雀アニメではない、おっぱいアニメだ。保留。
東のエデン:この世界に入り込めない。躊躇しつつも斬りっ。
ハヤテのごとく!!第2期:なんの苦悩も無く見られる。視聴。
 後はことごとく斬りっ。またBS系はそもそも視聴できない。だがCTV化に伴ってテレビ東京とテレビ神奈川が安定して入るようになったので、結局視聴可能番組が激増している。そろそろ保存組をDVDに追い出すかな。
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2009年4月11日(土曜日)

42インチPDPモニタお迎え

テレビ , 暮らし 22:24:00 天気:晴れ
 去年来の懸案、こば氏から42インチモニタをいただくぜ作戦決行の日がやってきた。この件はずっと負担になっていたもので、正直なところ一時は鬱になりかかっていたくらいだ。なにが問題かというと、このサイズのモニタを運送屋に頼むと、一筋縄ではいかないのだ。どうやら運搬用の保護材が32インチ*1までの用意しかなく、普通に家財宅急便での運送が不可能なのだ。赤帽にはきっぱり断られ、黒猫では『引越し扱いでトラック占有になりますね』と言われた。5~6万円コースですぜ。多分、現場でほいほい引き受けていたら、トラブル続発だったのだろう。巨大易損品だからな。仕方ない、最後の手段としてタクシーを乗り付けて抱えて帰ってくるかと覚悟していたのだが、こば氏に止められた。そんな甘いサイズじゃないという。結局、こば氏に骨折っていただいて、レンタカーを借り出して運ぶ作戦と相成った。
 電車を乗り継いでこば氏宅にお邪魔する。そこは<国家機密に付き検閲済み>だった。実物と対面する。でかっ! こんなでかかったのか。家電量販店の売り場で見て、なんだこの程度かと舐めていたのだが。あれは周囲に50インチ級がごろごろしているからだろう。確かに、これはタクシーで運ぶには大きすぎる。しかも壊れやすい画面が1面丸々なので、壊さないで運ぶのは至難の業だ。
 まずは近所の店で腹ごしらえをして、レンタカーを借り出す。それからモニタの搬出に掛かった。でかいのと画面に重みをかけて壊しちゃ元も子もないのとで、慎重に運び出し、レンタカーに収めた。さて、一安心。でも話の半分も済んでない。
 カーナビの導きで我が家を目指す。関戸橋から多摩ニュータウン通りに向かう途中で、町田方面に向かう道を取る。このルートは初めてだったが、なかなか面白そうな道だった。近所まで来て、カーナビはかまくら道に誘導しようとしたが、あの狭い道を行きたくは無かったので市道環状4号を下り、長後街道へと入るルートに誘導した。
 さて、我が家への搬入だ。これは予め突入経路を開削してあった事もあり、スムーズに事が運ぶ。だがラックに対してモニタがでかすぎだ。高さは調整できても、幅はどうにもならない。とりあえず、突出量は小さかったので、仮置きして後で調整することにした。重労働にまたしても腹が空いていたので、こば氏と近所のガストで飯を食らい、戸塚でレンタカーを返却するこば氏をお見送りする、つもりがガソリンスタンドに入ったところで近所のコンビニに寄って行きたくなり、ガソリンスタンドでこば氏に見送られて別れた。お世話になりました。
 さて、帰宅して、モニタの固定をする。固定具が無いので、まずはラックにビニール紐で吊り下げ気味に固定した。重いこともあり、案外にしっかり固定できているようだ。地震でラックが倒れない限り大丈夫じゃないかな。
 PCのTVチューナー兼キャプチャボードにつないでいた珍機PSXからのSビデオ出力とオーディオ出力を、モニタに接続する。モノは富士通のFP-4200で、10年前のモニタだが状態は良い。このモニタは入力がやたら多い。最近のデジタルI/Oこそ備えてないが、アナログなI/Oは充実している。アナログ停波までは大丈夫だ。それどころか、わが集合住宅は、つい最近なぜかアンテナ入力からケーブルテレビへと変わったので*2、恐らくは地上デジタル時代でも行けるはずだ。
 モニタにPSXからの出力を入れて、点灯してみた。さすが42インチ、狭い我が家には無駄に大きいぞ。しかも、なぜかPCモニタで見るよりもずっときれいに表示されている。コタツから見るには最適だ。思わず、しばらく積みあがっていた録画を、せっせと消化するのだった。
 後は地上デジタルを視聴できる環境を作れば、完璧だ。

2008年12月17日(水曜日)

テレビを見るためにえらい大げさなシステムを構築しようとした件について

テレビ 23:16:00 天気:雨
あらすじ:20年来連れ添ってきたテレビに先立たれ、運命に翻弄される竹本だった……。

 従来、PSX-アナログモニタ一式できれいにまとまっていたわけだ。これでゲームできたし、DVDも視聴できたし、録画も出来たし、もちろん普通にテレビも視聴できた。
 これを一時的に、PSX-PC(正確にはビデオキャプチャ)-PCモニタの形にした。これでも同じことは出来るが、テレビを見るのにいちいちPCを起動し、テレビ視聴アプリを起動し、それから外部入力チャンネルで見る、となんとも迂遠なことをしなければならぬ。素直にアンテナ入力をブランチして、キャプチャに入力した方が早いのだが、見るのは録画した番組ばかりなのでこうするしかないのだ。
 なんにせよ、この構成では使いにくいので、テレビ*1の購入を考えた。
 普通に地上デジタル放送用チューナーがついたテレビを買うと、20インチで6万円強という辺りか。しかしこれでは録画できない。別途地デジ対応のHDDレコーダーを買うと、さらに\6~70000という辺り。テレビ見るのに\120000かよ。ちょっとやってられないな。
 それくらいなら、今はリモートデスクトップ用に使っている件のPCに地デジチューナーを入れて、新しくモニタを買って視聴した方が良いくらいだ。こうすれば、とりあえずはHDDレコーディングの環境は整うし、DVDにもBlu-Rayにも焼けるしで、機能的な自由度は高くなる。またXPはリモートデスクトップで複数同時に接続できないのが不満なので、OSをWindows Home Server辺りにするというのも手だ。出先からリモートで入るということも可能になる。
 しかしこの場合、コンテンツ保護が設定された番組を見るために、モニタとのインタフェースも選ばなければならない。一番安くて、しかも新しいPCモニタまで手に入るのだが、使い勝手からいえば理想には程遠い。なんてったって、テレビを見るのにいちいちPCを起動するという状況を解消できないのだ。
 なんてことを思い悩んでいたら、こば氏から富士通ゼネラルのプラズマモニタをどうよという提案を頂いた。渡りに船とはこのこと。この際、そんなでかいモニタはうちのラックには載りそうも無いとか、そういった話はおいておこう。なんとかなるでしょ。
 問題は、純然たるモニタらしいので、チューナーが別途必要なこと。調べてみると、東芝のVardia RD-S502というHDDレコーダーが、型落ち品ということか\60000弱で買えそうだ。モニタにはコンポジット端子とコンポーネント端子がついているそうで、このHDDレコーダーにはD端子がある。Dとコンポーネントの相互変換は可能なので*2、接続は可能だろう。ということで、これを買ってタナボタモニタ+RD-S502で、地デジ環境がほぼ手に入りそうだ。デジタル信号を直結できないのは残念だが、はっきり言って地上アナログでも気にならないくらいなので、とりあえずはこのレベルでも綺麗さに泣くことになるだろう。
 よし、konozamaに発注だといきり立った自分を諌め、いま少し考えることにした。まだ余裕はある。S502が品切れになったとしても、新機種のS503との価格差は\15000弱だ。もう少し考えようと思う。
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2008年12月14日(日曜日)

夕陽を撮りに、今度は境川に

自転車 ( 自転車散歩 ) , テレビ , デジタルカメラ 22:44:00 天気:雨のち晴れ
 夜半、雨が降り始めた。予想通り雨の日になった。
 気温はぐんぐん下がってゆき、昼には冷たい雨もあいまって、部屋で震えているほど。コタツから出るに出られない。
 しかし、昼頃から空が時々明るくなってきて、夕方になって晴れ上がったではないか。路面は濡れているし、気温がすこぶる下がっていたので、安楽で風に強いBikeEで出動した。熊谷方面に貸与という可能性もあるし*1、時々は走らせておかないと。
 D90をバッグに入れて、境川に向かった。BikeEは、なんというか速く走る気が無くなる自転車だ。がんばれば25km/h以上で走れるのだろうが、20km/hくらいでダラーッと流すのが気持ちいい。
 昨日と同じく雲に没しそうだったが、その前に到着できた。昨日に比べると空は晴れているので、雲もちゃんと燃えてくれた。しかし寒い。一箇所に留まっているのがつらい位だ。
 日没を見送って、サイクリングロード南端で折り返す。あまりに寒くて、両手は結構ゴツイ防寒グローブ、両足はMW02と備えてはいたのだが、それでも痺れるくらい寒い。靴用カイロが欲しい。
 ところで、BikeEが映えるのはこの角度だよなと思う。
 真っ暗な道を北上していると、沿道の家にド派手なデコレーションがされている。張り切りすぎじゃなかろうか。被写体には嬉しいが。
 帰宅して、amazonから荷物を受け取る。モノは長いS端子ケーブル、同じ長さのオーディオプラグ~ピンジャックケーブル。これで珍機PSXとPCをつなぎ、キャプチャボード経由でテレビを見るのだ。映りは悪いが、少なくとも御陀仏寸前のテレビよりはましだ。とはいえ、やはりテレビはテレビで見たいもんだ。やはり地上デジタル対応受像機を買うか、別にモニタを買って地デジチューナー経由で見るか、考え中である。値段は後者の方が安いんだがな。

2008年12月12日(金曜日)

テレビの危機

テレビ 23:12:00 天気:好天 BGM:TV Crime/Black Sabbath
あらすじ:再構築成ったテレビ視聴環境を満喫する竹本だったが……。

 そのテレビが挙動不審なのである。移動させた当初ははっきりくっきり映っていたのだが、今は同期がずれてしまい、まともに映らない。いつからこうなったか定かではない。同期が取れる場合もあるのだが、その時でも画面の一部が左右に引っ張られたようになって、まともには映らない。
 なんぞ近くに磁性体でもあるのかと思い、あれこれ遠ざけてみたのだが、変わらない。こうなると、テレビ自身に問題ありか。いや、あるいは信号か。
 アンテナ~テレビ間での信号劣化が起きているかどうか確認するため、アンテナからのケーブルをテレビに直結した*1。この場合でも現象は変わらない。うーむ、後はそもそもアンテナからの入力がおかしいという可能性だが、これは別の受像機に繋げなければならない。しかし、わが部屋にはテレビなんて一台しかないのだ。
 うーむと悩むこと数秒。そういえば、ビデオキャプチャーボードがあるのを思い出した。アイオーデータのPCIボードのもので、これにはアナログチューナーが載っている。しかし、これはUbuntu機に入れっ放しだ。面倒だが、やるしかない。Ubuntu機を開腹してボードを抜き、Athlon64機に移植した。XP64な4850e機だと、ドライバが動かないかもしれないからな。
 ともかく、ドライバをインストールして稼動状態にし、アンテナからの入力を繋げてみた。うむ、普通に映りますね。ということは、テレビがお亡くなりか……。
 かれこれ20年も使ってきた奴だから、そろそろお役御免の時期かもしれない。ってか、物持ち良すぎ。いい加減、弔ってやらないとな。
 しかし、代替品が悩ましい。時期的には当然地上デジタル放送に対応したものであるべきだが、20インチで6万円からというのはまだ高いな。謎のB-CASもそのうちに消える可能性もあるようだし。もう少しだけ模様眺めしたい気分だ。
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2008年8月31日(日曜日)

NHKスペシャル「幻のサメを探せ ~秘境東京海底谷~」

テレビ 23:51:00 天気:くもりみたい
 今夜のNHKスペシャルは、久しぶりに興味を引く題材だった。
 ミツクリザメ、というのは存在は知っていたが、謎の多いサメだと聞いていた。深海性のサメ*1は、観察が難しいので謎の多い生き物だ。ところが、東京の目の前、東京湾に棲んでいるというのだ、そのミツクリザメが。
 東京湾の出口、むしろ神奈川県と千葉県の間辺りから、相模湾に向けて、深い谷が刻まれている。”東京海底谷”と呼ばれるその谷は、東京湾の浅い海底から、相模湾の深海へと一気に落ち込んでゆくものだ。そしてそこで、数多くのミツクリザメが捕獲されているのだという。
 ミツクリザメは、過去世界中のあちこちで捕獲されてきたが、その数は30例程度で、しかも陸地を離れた深海での捕獲例ばかりだった。ところが、東京湾の出入り口にあるこの深い谷で、近年実に180例も捕獲されたというのだ。なぜ、これほど多くのミツクリザメが見つかるのだろうか。
 番組では、ミツクリザメを捕らえてきた漁師の協力を得て、実際に水中カメラを設置し、さらに漁師の船にも同行し、ミツクリザメを追い始めた。その結果、深海での直接観測には成功しなかったものの、漁師の捕らえたサメを浅海で観測することに成功したのだ。
 ミツクリザメは、水揚げされた成魚と、若魚とで容貌がやや異なっていた。成魚は口吻部が大きく飛び出しているのだ。両者の構造に違いは無いので、恐らくは成魚の方がサイズ的な問題などで飛び出しやすくなっていたのだろう。実は、この口吻部に、ミツクリザメの最大の特徴がある。
 ミツクリザメの顎部は、頭蓋とさらに一対の骨でつながっており、獲物を捕らえる瞬間に顎部ごと飛び出し、食いつくというより噛み取る感じで獲物を捕らえるのだ。その動きは一瞬で、専門家も驚いていたようだ。構造から想像は出来ても、実際の画像を見て初めて知った事もあったのだろう。
 なぜこのような構造を持っているかというと、基本的にミツクリザメは泳ぐのが下手なサメだからという。獲物を追跡することは難しいので、出会ったら必ず捕食できるよう、特殊な構造を獲得してきたのだろう。
 ミツクリザメに限らず、この東京海底谷には深海性の生物が豊富だ。実は、そこには東京湾周辺に広がる3000万もの人口が関わっている。この巨大な都市群で生成される有機物が東京湾に流れ込むと、この海底谷へと落ちてゆく。その有機物を基礎に海底生物たちのヒエラルキーが維持されているのではないかと思われるのだ。
 ミツクリザメは、この海底谷の入り口、東京湾寄りで産卵し、成魚となると相模湾に移動する生活史を持っているらしい。もしかしたら、日本海溝へと連なる日本近海の深海へと、東京湾産のミツクリザメたちが広がっているのかもしれないな。

2008年1月14日(月曜日)

NHKスペシャル 「南米の神秘:純白の大砂丘」

テレビ 23:50:00 天気:良さそう
 今夜のNHKスペシャルは、ブラジル北部にある大砂丘の話題。
 ブラジル北部にあるレンソイス国立公園、大西洋に沿った海岸にあるそこは、世界一白い砂丘といわれる。真っ白な砂丘が延々と続く様は、この世のものとも思えない。直近の都市からは300kmもの道程を要することもあり、この地は人口もほとんど無い、人間の存在感が希薄な地だ。砂丘地帯の自然環境が過酷なこともあり、従来ここに調査の手が入ることは稀だったという。しかし、雨季乾季という自然のサイクルに合わせ、この地には不思議な命の営みが見られるという。
 年頭、乾季の真っ只中のここに、生命の兆候は見られない。乾ききった砂丘を、海から吹く強い風が動かし、風紋を作り、砂丘の形を変えてゆく。人間が足を踏み入れるのさえ難しい世界だ。生命の痕跡さえまばらだ。ところが、雨季に入ると、この環境が一変する。
 砂丘の上に黒い雲が掛かり、激しい雨を叩きつけてくる。日に何度もスコールが降り注ぐ。だが砂丘に水など溜まりそうに無い。
 ところが、雨季も酣という頃になると、砂丘と砂丘の間の谷地に、無数の池が現れるのだ。何百という青い池が白い砂丘の間に散らばり、砂丘の装いは一変する。
 現れるのは池だけではない。そこにはどこからか生き物もやってくるのだ。池には水草が生え、それどころか魚たちや蛙、亀までもが姿を現すのだ。
 蛙は、乾季の間は砂地の中深くに身を潜めているらしい。乾ききったかに見える砂丘も、実はその砂地を掘り進んでゆくと、やがて湿り気を帯びてくる。その中に潜り込み、乾季の間を生き延びるらしい。
 魚の由来は分からないが、砂丘群奥深くにあるオアシス地帯の、恒常的に存在している池から、池の氾濫時に次第に伝播し、雨季の間はやはり湿った砂地で卵だけが生き延びるようなサイクルを送っていると考えられている。
 しかし、こんな砂丘に、なぜ湿った砂地が。それは、実は雨季に現れる池の成り立ちとも関連している。レンソイスの砂丘群の下には、どうやら水を通さない粘土の層があり、実は豊富な地下水が存在しているらしいのだ。だから砂丘群の地下には湿度の高い砂地が豊富にあり、地下水位が高まる雨季には遂に池として姿を現すというわけだ。
 そもそも、レンソイスの砂丘群は、どのように成立したのだろう。レンソイスの南西に長大な川が流れている。南米らしく高低差の少ない、緩やかな大河で、1000kmほども山岳地帯を流れ、ついにレンソイスの南西に流れ出ている。この山岳地帯を流れる間、多量の土壌を削りだしてくる。ダムの無い川で、削りだされた土壌は、常に土壌同士で研磨され続ける。弱い質のものは砕け散り、比較的硬い石英の砂粒だけが残されるのだ。そうして出来た石英の砂が、今度は海で波の作用を受けるようになる。レンソイスの海岸線は遠浅になっており、岸まで運ばれるのに、10万年掛かるといわれている。その間、砂はさらに強い研磨を受ける。そうして粒の揃った石英の砂が、岸へと打ち上げられ、そこからは強い風が内陸へと運んでゆく。レンソイスの白い砂丘は、そうして出来た、粒の揃った石英の砂が作り出すものだったのだ。
 レンソイスに人跡はまばらだが、中央部のオアシス地帯には小さな村がいくつかある。外部との連絡がほとんど無い場所で、人々は自給自足を絵に描いたような生活を送っている。雨季には風が止むので、海岸まで出て漁をするという。砂丘のどこに水が出やすいか、そんなことも知っている。『都会は忙しないので、ここの方がいい』と長老は言う。若者に聞けば、また別の感想を聞けたかもしれない。
 雨季も終わりに近づくと、レンソイスの生き物たちは子孫繁栄のために必死になる。蛙は早く成長しなければ、消え行く池と運命を共にすることになる。亀も乾季の間生き延びるための栄養を取らねばならない。レンソイス奥深くまで調査している生物学者によると、この蛙*1も亀も、レンソイス特有種なのだそうだ。『レンソイスの生き物たちのことは、まだ全くといっていいほど分かってない』と彼はいう。生物学者にとってはやりがいがある仕事だろう。
 乾季直前、消え行く池を渡り鳥が訪れる。小さくなってゆく池では魚の密集度が高くなり、かつ水深も浅くなるので、魚を取りやすくなるのだ。鳥たちがやってくると、池の消滅までは僅かだ。
 やがて、乾季の始まりとともに、強い風が吹き始め、池は一つ、また一つと消えてゆく。そうして、次の雨季までは、ただ風と砂だけが空を見ているのだろう。
 行ってみたいが、地球の反対側なんだよなあ……。

2008年1月10日(木曜日)

NHKスペシャル「夫婦で挑んだ白夜の大岩壁」

テレビ 02:00:00 天気:寒いさー
 昼間あまりにも寝すぎたので、夜になっても眠気がこない。なにか無いかと思い、久しぶりにテレビ番組を調べたら、NHKスペシャルで面白そうなのをやるみたい。
 最近、NHKスペシャルの自然ものを見かけなくなって、もともと見ないテレビを全く見なくなってしまった。全くNHKめが、受信料払わんぞ*1と思っていたものだ。どうやら、平日でもNHKスペシャルを放映するようになって、単発の自然ものはそっちでやるようになったということらしい。
 今夜の再放送は、北極圏に聳える未踏の大岩壁に挑む夫婦クライマーの話題。
 2002年の秋、ヒマラヤの高峰ギャチュンカンで、一組の登山者たちが危機に見舞われた。屈強のクライマー夫婦、山野井夫妻だった。体調不良の妻を置いて、なんとか単独での登頂に成功した夫妻だったが、下山中の雪崩で妙子婦人が宙吊りになってしまう。無酸素登山だったため、予定外の長期行動の結果、二人とも視覚障害を起こしていた。目が見えなければロープを固定するハーケンを打てない。救助と下山のルート確保のため、夫の泰史は過酷な決断を下す。氷点下のヒマラヤで、あえて素手で岩を探り、確実なポイントを探してゆくのだ。『1時間に指1本』を犠牲にしながらも、かろうじて妙子を救助し、二人は半死半生でベースキャンプに生還した。しかし代償は大きかった。泰史は手足合わせて10本の、妙子は18本もの指を凍傷で失ってしまったのだ。クライマーにとってこれは致命的だ。二人のクライマー生命は終わったかに見えた。
 2007年夏。しかし二人はグリーンランドの大岩壁に挑んだ。失った指は取り戻せないが、登坂能力は訓練によってかなり回復できた。往時の6割程度。それでも、山に挑むことは可能になった。指無しでは使いにくい道具をカスタマイズし、再び山を仰ぐ場所に立つことになったのだ。
 あれほどの危険に遭って、なぜ? そう聞かれて、泰史は『楽しいから』と答える。名声を求めるのではなくて、ただ山に登ることが生きがいだし、そもそもそれが楽しいからだという。かつての僕ならばほんのわずかの共感も無かっただろうが、自転車で坂を越えてゆくという苦行に目覚めた*2今なら、なんとはなしに頷けるものがある。
 二人が挑む大岩壁は、氷河から1300mも立ち上がる大絶壁だ。特に途中に聳える絶壁が難所に思われた。ここを3週間の予定で上りきる予定だった。北極圏のここは、夏の時期は白夜だ。行動時間も長く取れ、天候も穏やかで好都合だ。
 同じように指を凍傷で失った先輩登山家の協力を得て、二人は絶壁に取り付いた。この絶壁は比較的傾斜の緩やかなパート、大絶壁のパート、頂上を含む尖塔パートと三つに分けられる。登山はルートを切り開くトップ、それを補助するセカンド、そして後続して荷運びをするサードに役割が分けられている。主に泰史と妙子がトップとセカンドを代わりつつ、ルートを切り開いていった。
 泰史には一つの希望があった。妙子を頂上に立たせたいということだ。ギャチュンカンでもK2でも、妙子は登頂まで成功しなかった。登頂してこその登山だ、と泰史はいいたかった。妙子に登頂の喜びを味わってほしかったのだ。
 絶壁パートでは、やはり困難を味わった。いかに改良してあるとはいえ、基本的に健常者に合わせている登山道具は、指を失った二人には使いにくいのだ。それでも、時に焦らず、時に多少の賭けを犯して、遂には全員が登頂に成功したのだった。
 それにしても、『1時間に指一本』失ってでも、確実なルートを探し、生還の可能性を拓く。そんな決断を僕が出来るだろうか。時々、日本人が戦争に強いように見えることがあるのは、実はこういう決断を下せる血を裡に秘めているからではないかと思うのだが。

2006年2月19日(日曜日)

NHKスペシャル『気候大異変』第二夜

テレビ 23:42:00 天気:降りそうだな
 これ、昨日今日と二日間連続のシリーズなのだ。
 さて、昨夜は超巨大台風と豪雨、乾燥化といった未来の気象異変にワクワクさせられたわけだが、今夜は更にそれを敷衍してゆく。
 地球シミュレータ*1が描き出す未来の地球気象、その変化の予兆は、既に現れ始めているのではないかと考える学者は多い。
 去年、スペインを中心とする欧州南西部、そして南米はアマゾン川流域において、記録的な旱魃が猛威を揮った。スペインの農業は大打撃を受け、アマゾン川は水位が大きく下がった。しかしそれは、去年だけの現象では無い。むしろ未来の姿を先取りしているのだという指摘がある。
 100年後、これらの地域は乾燥化が進む。特にアマゾン川流域のそれは、砂漠化という形で顕在化するだろう。気温が上がると、なぜ乾燥化が進むのだろう。まず土壌から蒸発する水分が増大する。その分を降雨が補えばいいのだが、降雨はむしろ減ってしまう。アマゾン川では、大西洋で蒸発した水分を含む大気が、西進してアンデス山脈に衝突した結果、雲となって雨をもたらしてきた。ところが大西洋の水温が高くなりすぎ、蒸発量が多くなると、以前は内陸部に進んで雲となっていたのが、大西洋の上空でもう雲を形成してしまう。雲が出来るとそこで雨を落としてしまうので、結果的には乾燥した空気しか内陸部にもたらされなくなるのだ。
 雨が減れば、アマゾン川の流水量は減少する。そしてそれは、密林の消滅、草原化、さらには砂漠化という形に繋がってゆく。今世紀末には、アマゾン川流域は広大なジャングルの代わりに、アラビア半島に匹敵する砂漠が出現するだろう。
 気候が変われば、農業への影響は甚大だ。日本の場合、気温上昇の結果、東日本で収穫されている林檎が生育限界を越えてしまい、北海道や高地でしか収穫できなくなるだろう。また西日本の温暖な地域で収穫されている蜜柑は、その生育地が東進し、内陸部で収穫されるようになるかもしれない。
 主食たる米も大きな影響を受ける。かつて稲が育たぬといわれた*2北海道は、生育適地となり、逆に本土は生産量が減少してゆく。農業に関しては、北海道に集約されてゆくかもしれないのだな。
 これに留まらず、熱帯性の病原害虫の侵入なども懸念される。地球温暖化がもたらす気温の上昇は、冬が寒くなくなってラッキーなどとほざいてはいられないものだ。
 はてさて、どうなることだろう。この程度*3の気温上昇など、実は地球の歴史ではありふれたものらしい。とはいえ、そんなありふれた事象の影には、その度に絶滅を余儀なくされた多数の種が存在しているわけで。そこに人類が加わらないよう、足掻いてゆくのだろうか。人類の在り様に大きなインパクトを与えるだろうこの気候変動、果たしてそれを予防する道はあるのだろうかね。

2006年2月18日(土曜日)

NHKスペシャル『気候大異変』第一夜

テレビ 23:31:00 天気:くもり
 今日明日のNHKスペシャルは、久しぶりに面白そうなお話。横浜にある世界屈指*1のスーパーコンピュータ、地球シミュレータは、地球規模のマクロな気象の様子を予測する能力がある。こいつに今後百年間の気候変動因子*2を入力し、今世紀の気候変化の予測を試みた。一度、見学に行ってみたいね。
 この地球シミュレータは、本当にそのようなマクロな気象の変動を予想できるのだろうか。実は、つい最近、地球シミュレータが予測したのではないかと思われる、これまで見られなかった異常気象が発生している。ブラジル南部、ウルグアイとの国境に近い付近には、穏やかな気候に恵まれた、美しい港町が立ち並んでいる。穏やかな温帯性気候であり、激しい風雨を伴う、熱帯性低気圧の類とは、縁遠いと考えられていた。ところが、近年この地を襲った激しい嵐が、実は熱帯性低気圧だったのではないかと考えられている。この近辺を襲った、過去例を見ない激しい風雨のため、甚大な被害がもたらされた。地元の気象台ですら、記録にある限り初めての現象だという。だが、地球シミュレータは、これを予測していたかもしれないという指摘がある。近年の平均気温の上昇を織り込んでシミュレートしたところ、通常は熱帯性低気圧の現れないこの近辺で、それが発生する可能性が示されていたのだ。このことから、地球シミュレータは、図らずも実際の気象変動を予見する能力を持っていると示されたのだ。
 そうなると、今後進むと思われる平均気温の上昇が、こうした激しい熱帯性低気圧を、どれほど大型化、多発化させるのかが気になる。去年、アメリカを襲った超巨大ハリケーン、カトリーヌの威力は記憶に新しい。一般的に、こうした熱帯性低気圧は、水温が高くなればなるほど、発生頻度と強度が上がる。では、今世紀末の気温はどれほどになるのか。
 今世紀末までのCO2の増大傾向は、もっとも楽観的な予測でも700ppmの濃度にまで高まるだろう。その場合、地域によっては、平均4.2度もの上昇になる。それは、一義的には、日本の気象をより南方化させるだろう。東京では、今は11月に紅葉の時期を迎えるのだが、今世紀末には年を越し、正月になって見頃という有様になる。冬は短く、すぐに春がやってくる。桜は3月には咲き、5月には夏そのものの気温になる。夏は9月、10月まで続くだろう。暖かくなるんだからいいじゃないかという声も聞かれそうだが、その分、真夏の酷暑は長引くだろう。
 さて、夏が長くなれば、その分だけ熱帯性低気圧の頻度と強度は増す。なぜならば、海水面の温度が上昇するからだ。去年は記録的な数の台風が本土を襲ったが、それが例年のものになる。さらにカトリーヌを思わせる、強風と高潮を伴った巨大台風も、幾度と無く上陸することになる。日本だけの問題ではない。アメリカにおいても、カトリーヌ級のハリケーンに、しばしば襲われることになるだろう。
 気温上昇がもたらす脅威は、ハリケーンだけではない。より端的に、気温上昇そのものによって、人命が危機に晒されることがある。2003年夏、欧州、特にフランスを襲った熱波は、3万人もの死者を出すに至った。この近辺は、むしろ冷涼な気候の地だ。それゆえ、熱波に対する備えが十分ではなかったのだ。このように、気候の変動は、備えの無い事態をもたらすことにより、多大な被害をもたらすのだ。
 さらに気温上昇は、地球の乾燥化をもたらすと予測されている。日本は九州を除き、今よりも降水量が減る。そうなると、巨大な消費地を抱えた関東は、水の確保に苦慮するようになるだろう。今ですら相模水系はしばしば干上がっているというのに、これはたまらん。ダムの新設ももはや難しい*3。今のような縦割り型水行政は立ち行かなくなるだろう。より遠隔の地と、水を融通できるようにしなければ。
 しかし地球の平均気温が、最大でも6度弱上昇するだけで、この大騒ぎだ。過去の地球では50度もの上昇を記録した時期もあることだが、それが今起こったらどうなることだろう。
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2005年12月04日(日曜日)

NHKスペシャル脳梗塞(こうそく)からの“再生”~免疫学者・多田富雄の闘い~

テレビ 23:15:00 天気:雨だなあ
 夜、NHKスペシャルを見る。脳梗塞で半身不随に陥った、免疫学者の生き様。闘病生活とか日常とかではなくて、まさに生き様と形容すべき内容だった。NHKからの取材申し込みのメールに対し、『私の心が衰える前に』取材して欲しいと返答したエピソードが、心に残った。
 この人は、咽喉の一部、舌の感覚が麻痺しているという。金曜日に歯医者に掛かった時、麻酔を使ったのだが、しばらくは唇と歯の感覚が全く無かった。触ってもつねっても、なにも感じることの無い"肉"が付いているという感覚は、異様なものだ。この人は、それを日常的に抱えているわけだ。しかも、舌という重要な部分さえも。結果、言葉を失ってしまったのだが、執念で言語回復訓練を続け、少しだが発声を取り戻している。
 脳梗塞からのリハビリは、発生から半年が勝負だという。それ以降の期間では、回復の望みは薄い。だが、この人は、4年経った今も続けている。僅かずつでも、麻痺した肉体は新しい反応を見せる。それを糧に続けてゆくことは、人間の尊厳を回復する作業だという。
 この人、免疫学者であると同時に、能にも造詣が深く、最近は新作能の製作に打ち込んでいる。能は生者と死者を自由に登場させるのだが、広島の原爆投下に関する能では、まさに原爆に倒れた死者が、亡霊となって現れる。その画面に戦慄した。死後の世界を弄ぶあまり、死の重みを忘れがちな僕たち現代人にとって、能という表現手段は可能性を持っているのではないか。
 僕も病を心配する歳になったからか、思わず最後まで見ちまったぜ。
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