Strange Days

2000年12月31日(日曜日)

千年期末の大晦日に

23時55分 暮らし

 いくら前記のような妄想にふけっていても、腹は膨れないし暇もつぶせない。当然、街に出ることになるのである。
 最初、いつものモリスに寄ろうと思ったのだが、ほんの数分差で暖簾だった。目の前で、最後の客が注文を待っている。ああ、あと30分早く出れば良かった;T_T)
 図書館も休みなので、ほとんど寄るところはない。さっさと帰った。
 紅白を見るとも無しに見ながら、晦蕎麦をすすっていると、ようやく年の瀬の気分が湧いてきた。こういうシーケンスというモノは、決して無視できないのだな。
 実家でさっそく@NIFTYのAPを使ってみたのだが、驚くほど使えない。テレホーダイ時間に入ると、気が狂いそうな位に重くなってしまうのだ。やや高いが、モペラの方が遙かに快適だ。モペラでつないで、@NIFTYはFSFのチャットに3年ぶりに参加する。年越しチャットのメンバーもずいぶん減ったもんだ。@NIFTY全体を見回しても、ほとんどのフォーラムの活気が失われているのが分かる。クローズドな場所へのニーズは相変わらずあるようではあるが、着実に減ってもいるようだ。歴史あるフォーラム制も生き残れるのだろうか。
 23:58頃、日本テレビにうっかりだまされたりもしたが(怒)、やがてついに20世紀の時間は終わり、新しい世紀が始まった。チャットのメンバーと「なんの感激もない」といいあう(笑)。かくして新しい世紀は、なんとなくなし崩しに始まったのであった。さて、寝よう。

2000年12月30日(土曜日)

帰省しましょ

23時13分 暮らし 天気:うすぐもりですかな

 10:00頃に起き出し、帰省の準備を始めた。って大掃除しないのかっ。しないのである。そのかわり、細々とした始末でごまかすのだ。
 お持ち帰りインターネットの主力は、なんといってもTP235になる。本当はLOOXにでも買い換えたいのだが、今はさすがに金がないのである。TP235にはこの間買ったX-Jackなモデムをさして、帰省先の呉で@NIFTYのアクセスポイントから入るつもりだ。
 ところで、実家では1Fの電話機から2Fの部屋まで電話線をブランチさせる必要があり、それに備えて10mの電話線を用意してある。ここ数回の帰省ではPHSで事足りていたので使ってなかったのだが、今回は久しぶりにNIFの年越しチャットに参加するつもりだったので、段ボールをひっくり返して探し出した。その時、ふとX-Jack56kの箱を探し当ててしまった。そう、以前買って忘れていたのだ。ははははははは......は......。
 思わず涙目になりながらもその他に小物や着替え、電池類をリュックに詰め込み、さらに片手にBORG100EDセットを詰め込んだバッグを提げて、いざ故郷へ。
 今世紀最後の新幹線は、しかし最悪の地獄と化した。なぜならば、広島までほとんど立ちっぱなしだったからだ。せっかく始発の東京にまで出てきたのに、ホームは立錐の余地もない混雑ぶりで、とても1時間待ち程度で済む状態ではなかった。やむなく、適当な列車に飛び乗ったのだが、これがまた通路まで完全に埋まっている状態で、しかも新横浜でさらに乗客があったので、気分はほとんどネオパラコーナーである。この状態は、新大阪以西で徐々に改善されたが、とうとう福山まで座ることは叶わなかった。
 そんなわけで、故郷の呉に着いた頃にはくたくたになっていて、とても帰るなりインターネットなどという気分ではなかった。駄目駄目な気分で爆睡する俺様だった。

2000年12月29日(金曜日)

明日帰省しようかと思いつつ

23時55分 暮らし 天気:晴れ

 今日も今日とてだらだらと過ごす。本当は今日帰省すればいいんだろうが、ちとからだがつらい。昔なら、最終の出勤日にそのまま帰省するなんてこともあったのだが。
 ともあれ、冷蔵庫を概ね空にし、夕食はもう買い物しないでガストでとった。年末故か、おばさまが非常に多かった気がする。
 夜、これが今世紀最後の星見になるかもしれないと思いつつ、アパートの前にC8EXを出した。木星や土星はまだ天頂に近かったので、見るのはかなり辛かった。その点、オリオン座は南中直前で、姿勢が辛いこの望遠鏡でも楽に見えた。
 明日に備えて早くに就眠した。

2000年12月28日(木曜日)

20世紀最後のお仕事

20時10分 暮らし 天気:晴れでしたっけ

 16:00までは平常のお仕事だったが、その後は職場の清掃にかかった。蛍光灯もマシンも磨き上げて、ぴかぴかになりました。これで新世紀を迎える準備が......ありゃ、机の整理がぜんぜんできて無いやん(T_T)(爆滅)。その辺は日本人の特性を遺憾無く発揮し、まあそこはそれなんですなそれなりにああしたわけです。かくして20世紀最後のお仕事もなんとなくそれなりに終わった気配が漂う情勢が濃厚になってきたわけだ。
 17:30からは納会。適当にビールを開けて飲んでいると、なんだか酔っ払っちまったい(XoX)/~ 早々に会社を去り、ドトールでコーヒーを一服して酔いを醒まし、さっさと帰宅した。

2000年12月27日(水曜日)

半日年休

19時08分 暮らし 天気:晴れ時々曇り

 帰省準備のためにあれこれ買う必要が出てきた。会社は28日までなので29日に買いに出ても良いのだが、できれば29日に帰省したかったので今日秋葉にまで出ることにした。昼まで働いて、半日年休ということにした。
 予定通り昼に退勤して、そのまま戸塚から秋葉に向かった。13:30には早くも電気街口を出ていた。今日のお目当てはFAX/MODEMカードとTVチューナー、そしてあればリモコン対応のMP3プレイヤーだ。
 まずは若松の地下で懐かしのX-Jack式56KBPSモデムを入手。これが5000円以下という捨て値での販売で、昔14400KBPSのタイプを3万近くで入手した憶えがある僕には、いささか涙が出るような現実だ。ついでに700MBタイプのCD-Rメディアも買う(ウチの環境で焼けるかな)。
 その後、腹ごしらえのために例のトンカツ屋さんに寄り(おいしかった(^-^))、俺コンでUSB接続タイプのTVチューナ/キャプチャを買った。12000円ほどなので、まあ失敗してもそれほど痛くは無いだろう(といえるほど裕福ではないはずだが)。
 リモコン対応のMP3プレイヤーは、気に入ったものが見つからない。結局、上記2点だけ買って帰った。
 おっと、帰る前にスターベースに寄って、久しぶりに小物を買ったのだった。買ったのはMeadeのSW24.5mm。今持っているSW18より少し焦点距離が長いアイピースだ。アメリカンサイズで10mm前後、あるいは20mm超級のアイピースが欲しいと思っていたのだ。ちょうどBORGのアイピースが埋めていたセグメントなのだが、Meadeの2インチ天頂ミラーを使うようになってBORGのものでは焦点が出せなくなってしまった。その穴を埋めるアイピースが欲しかったというわけだ。実際のところ、UW6.7、SW18、LVW42の三つでほぼ事足りてはいるのだが、もう少し高倍率で、あるいは低倍率で見たいということは良くある。またC8EX用にLV40より広視界で倍率の高くできるアイピースが欲しくなった。できれば30mmクラスと思ったのだが、30mm級でアメリカンサイズというのは難しそうだ。そんなわけで、ちょっと協栄を冷やかした後、スターベースでざっと眺め、結局半値で買えるSW24.5に決めたというわけだ。アメリカンサイズという割には太いアイピースだ。もう一つ、KASAIが入れている同クラスのも気になったが、焦点が出せるか分からなかったので、多分SW18とさほど変わらないであろうこっちにしたのだった。
 そうそう、協栄にはLVW42の在庫があったので、欲しい人は早いうちに買った方がいいかもしれない。
 その後、ドトールで一服して、帰宅した。

2000年12月26日(火曜日)

年内最後のお仕事は

21時04分 暮らし 天気:晴れてますね

 とりあえず、年内最後のお仕事を片付けたのだが、最後の最後で別の製品の都合でペンディングに。なんだか入れたはいいが出せないでいるような感じで、ヒジョーに気持ち悪い(なにがだ)。これが年を越しちゃうと俺様の担当分にまで手直しが発生するのだ。とほほほ。年内に頼みますぜ。

2000年12月25日(月曜日)

一雨あったが

17時57分 暮らし 天気:くもりのち雨のち晴れ

 昼過ぎぐらいに一雨あった。まさに一雨、という感じで、ふと気づいたらしょぼ降っており、また気になって外を見たらもうあがっていた。幻のような雨だった。

2000年12月24日(日曜日)

今日も横浜でお買い物

21時55分 暮らし 天気:晴れでしょっ

 クリスマスイヴ。妙に賑やかな日だ。
 昨夜、帰省時の通信用にモデムカードとかTVチューナカードが要るかもと思い始め、早速横浜に出かけた。この際、モデムカードとしてはV.34とEtherのコンボがあるじゃないかとか、帰省して小型テレビを買ったほうがよほど安くつくとかいったことはどうでもいいのだ。物欲こそ生きる原動力である(変わらんやっちゃな)。
 横浜の人通りは通常のさらに50%増という感じで、どこもかしこも人だらけだった。今ならナパーム弾一発で千単位の死者が出るな(危ないって)。
 まずは腹が減ったので、川向こうの珈琲ショップでスパゲティを食らい、その後で珈琲("かひ"と読め)を喫しながらPPKで駄文を打つべし打つべし。もう快適。Palmの日本語入力の至らなさと、シグマリオンのキーボードの貧しさに打ちのめされていた僕だが、PPKはまさに救世主だ。
 店を出て、ハンズに入った。今日は物欲抑制モードだったが、それでもいくつかの買い物が増えていた。まず浴槽の保温マット、それからガラス製のデミタスカップ、そしてエスプレッソ用丸型フィルタだ。最後のは無い無いと思っていたのだが、よく見るとエスプレッソメーカーの棚に並んで置いてあった。って、そりゃよく見てなかったというレベルですらないぞ。まあとにかく、必要なものは手に入った。
 次にヨドバシカメラ。ここではモデムカードとTVチューナカード、そして昨日買えなかったMP3プレイヤーを探した。最後のものとしては、AIWAが最近出したポータブルの奴に目をつけていた。
 まずモデムカードを発見。しかし予想外に高い。8000円超だ。これなら若松の地下で売ってたX-Jackタイプで7000円弱という奴の方が良さそうだ。
 またTVチューナカードは、けっこう種類があって迷う。USB接続の奴でもいいかと思うようになったり、キャプチャとして使えるものに目が行ったりして。結局、このどっちも買わなかった。帰省までにもう少し調べてみようと思う。
 最後のAIWAのプレイヤーは在庫切れで入手できなかった。ううむ、まあこれは来年にでも買おう。

2000年12月23日(土曜日)

年末の秋葉へ

20時51分 暮らし 天気:晴れてるようです

 今使っているCD-RなMP3プレイヤーは、リモコンが無いのが最大の欠点だ。音量はヘッドホン側で何とかできるとしても、選曲できないのはやはり痛い。ということで、21世紀に向けて新しいプレイヤーを入手することにした(説得力が感じられないのは何故だ)。
 いつものように昼過ぎに秋葉に出て、まずは腹ごしらえしようと玄麺をのぞいたが、客が一杯で外に並んでいる人さえいる。ではいつものトンカツ屋はというと、こちらも一杯だった。仕方ないのですきっ腹抱えて秋葉を歩き回った。後で思うに、こういうときに例のおでん缶を利用すればいいのだろうな。
 目的のプレイヤーはというと、これがまた見つからない。売れてるのかどうか知らないが、今もっているのと同機種だったり、やっぱりリモコンが無い機種だったりするのだ。ちょっと買う気にならないな。
 ということで、プレイヤーを買えないなら買えないで、これまた別種の物欲が沸き起こってくる。秋葉落銭の法則とでもいうべきか、ここではこれだけ金を使うと決めた以上の金を、大体使ってしまうようだ。ということで今日の買い物は若松の地下でのPPK日本語版。最初は買う積もり無かったのだが、ATOKがついてこの値段なら高くは無いと思うようになり、本日とうとう購入。ああ、英語版PPKだってあるってのに。
 さらに30mm、あるいは10mm超クラスのアイピースを買おうかと思ったのだが、さすがに予算が厳しいので今日はあきらめた。
 帰宅途中、裏秋葉のドトールで軽食をとり、横浜までもたせた。

2000年12月21日(木曜日)

忘年会だが......

23時48分 暮らし 天気:くもり

 今夜は会社の忘年会だったのだが、仕事が押し詰まっていて結局出れないでやんの。それも設計の人が「明日から褒賞休暇なので」って事で仕事が前倒しになった影響なのだ。まあ気持ちはわかるのだが、だったら最初から正確な日程を組めといいたい。
 でもまあ、身も心もヘビーな状況だったので、実はそんなに忘年したくなかったのだ。よって、その忘年会がお開きになる頃、ようやく仕事から解放された我輩は、会社からまっすぐ帰宅したのだった。しかしまあ、疲れる仕事だ。

2000年12月20日(水曜日)

朝がつらいっす

22時47分 暮らし 天気:くもり

 今年もあとわずか。などということを、毎年毎年この時期になると繰り返し書きつづけてきたわけだが、今年もやっぱり書くわけだ。我に一切の進歩無し!(滅)
 なにせ今年の年明けは、思い出すのも嫌なY2K問題に潰されてしまったわけだが、その反動か今年はなんと11連休を取れることになった。11日だぜ、1週間よりさらに1週間の半分以上長いんだ。問題は、寒い冬、しかも遊べる場所が少ない季節であることだが......。

2000年12月18日(月曜日)

ダメじゃん

22時41分 暮らし 天気:雨ですが、上がりました

 ああっ、朝があまりにつらいし、だるいので会社を休んじゃいました。だって、エスプレッソ飲み過ぎて、前夜全然眠れなかったんだもん(ダメじゃん)。バカもいいところである(高らかに哄笑)。しかしそれ以前に、先週から全然治らない風邪がヘビーすぎる。
 よって、終日ぶらぶらとしておりました。

2000年12月17日(日曜日)

エスプレッソに挑戦

23時40分 暮らし

 立場のヨークマートで、マキシムだかどこかだかのエスプレッソ用粉を買い込み、お家に帰宅したのさ。早速、エスプレッソに挑戦だ。
 エスプレッソの原理は高圧の蒸気/熱湯を粉の間を潜らせて抽出するというもののはずだ。原理は分かっていたが、実際に買った装置の原理がいまいち分からん。
 モノはイタリヤ製のアルミ削りだしの製品で、日本の商社が輸入したもののようだ。サイズは拳二つ分程度か。上下に分かれ、ネジでねじ込む形になっている。下半分はさらに二つに分かれる。一つは水を入れておくタンクで、安全弁が横に突き出している。この弁に水が被らないように注水しろということらしい(当然だよな)。そしてそこに、ポツポツと網状の板がはまっている、漏斗様の部品をはめ込む。ここに粉を詰めろということらしい。上の部品は、まずネジのすぐ上に下の漏斗のそれより目の細かい網状板が、パッキンではめ込まれている。そして上の抽出した液体がたまる部屋に向かって、塔様の部品が突き出している。ここから抽出した液体が出てゆくらしい。ここが一番分からないところで、どういう機構で珈琲が液化するかが分からなかった。最初、下の貯水槽から蒸気が吹き上げ、粉の間を吹き上げる間に抽出し、上の穴から蒸気のまま噴出して上蓋で液化するのかと思っていた。しかし出方を観察していると、どうも液体のまま一気に粉の間を通り抜け、そのまま噴出するようだ。最後に蒸気が吹き上げる"ポコポコ"という音がするが、その時点で既に抽出は終わっている。これはサイフォン式のものと同じで、沸騰すると一気に上の抽出槽へとあふれ出るようだ。
 とりあえず抽出できたので、マグカップに入れてみる。うっかりデミタスを買ってこなかったので、200ml入るマグカップしかなかったのだが、その半分以下しか溜まらない様は情けないものがある。やっぱりデミタスで飲まないとありがたみが無いな。
 飲むと、濃厚でおいしい。ふつうの珈琲とは次元が違う飲み物だ。ドトールで頼むと、なぜかミルクだけついてくるのだけれど、本来は砂糖もミルクもドサドサ入れて飲むものらしい。お茶代わりのアメリカンカフィーに対し、こちらはデザート感覚なんだとか。
 ちょっと検索してみると、エスプレッソのエンスーな人々が良くヒットする。それによれば、エスプレッソの最適な抽出圧というのが9気圧程度らしいのだが、直火式では1.5気圧程度しか行かないものらしい。しかし、それでも通常の珈琲とは違う味わいがある。店屋で飲むエスプレッソに見られる"泡"は、最高15気圧にも達する機械式高圧抽出の副産物だという。この辺りになると、もう完全に別次元の飲み物だ。しかし、店屋で飲むモノの中には、わざわざあわ立てて誤魔化しているものもあるのだとか。努々、騙されまい。
 いやはや、珈琲一つとっても奥深いものであります。

横浜に

19時37分 暮らし 天気:くもりですか? 雨ですね

 昨夜は明け方近くまで起きていたので、昼頃目覚めてもまだ寝不足気味だ。ちょっとフラフラするが、用事があったので横浜駅西口近辺に出かけた。
 人ごみはいつものごとくで、密造酒時代のトンプソンSMGに100連弾倉を着けて撃ちまくると、きっと弾の数だけ殺傷できるであろう込み具合だ。
 まずはヨドバシに寄って、ステレオミニピン<->ステレオミニピンのケーブルを買った。さらにソフトウェアフロアでEasy CD CreatorV4とPocket WZ Editorを買った。前者はVer3を持ってはいるのだが、Windows2000では動作しない。価格も1万円程度と高価でないので買う。さらにシグマリオンをもう少し使い物にしたいので、後者を買った。シグマリオンにインストールされているPocket WordとMPエディタなるエディタは文字コードを自由に変えて保存できないので、HNSを使う上で難がある。そもそも、なにがなんでも拡張子txtを付けてしまうのが困りものだ(".hnf"をつけたつもりが"xxx.hnf.txt"とかになってしまう)。
 この時点で用事は済んでいたのだが、その後ハンズに寄ったのが間違いだった。ついうっかりの買い物を重ねてしまう。地階で自転車を見るつもりが、うっかり帽子と折り畳みマットを買う。夜、風があるときに星を見るのに便利だ。また上の階ではなにを思ったかエスプレッソマシーンを買ってしまった。といっても2500円の安物、直火式の奴だ。前から欲しいとは思っていたのだが、豆はどうしようと迷っていたのだ。ところが立場のヨ-クマートで、まさにエスプレッソ用のパッケージを売っているではないか。そういうわけで、血迷ってエスプレッソマシーンの数々を見て回っているうちに、思わず買っちまったって寸法さ(何様だオマエ)。しかし高価な電動式の機種をいきなり買わなかった分だけ、多少なりとも理性が保たれていたようだ。なんていっても、実は単に安物買いの銭失いだったりしてな。

2000年12月14日(木曜日)

寒いやん

22時09分 暮らし 天気:晴れ(ややうす雲あり)

 朝から晩まで寒い寒い。寝室(というか布団を敷いた部屋に過ぎない)で朝目覚めると、起きるのが大変につらいのだ。ほんと、会社に出勤するのが億劫で、このまま布団に包まっていたいと。こういう願望は誰にだってあるはずだ(爆)。
 それにしても、今年は仕事が少なめだと思っていたら、いつのまにか忙しくなっている。これが師走の威力か。

2000年12月12日(火曜日)

8時間寝ても

19時05分 暮らし 天気:まだまだ快晴

 前日、早々と眠くなって、寝たのが0:00前だったろうか。起きたのは8:00頃だったので、だいたい8時間は寝たことになる。しかし眠い。まだ眠いのである。どうも僕は、7時間くらいのところに「1日中すっきり」境界があるらしく、これより長くても短くてもダメなのだ。難儀なものだ。こういうときはさらに2時間ほど寝直せばすっきりするのだが、仕事があるのでそれはダメ。従って会社で(爆砕)
 朝、起きるのがつらい季節だ。

2000年12月11日(月曜日)

水筒壊れる

21時03分 暮らし 天気:晴れっ

 つい先日買ったばかりの水筒が、もう壊れた。珈琲を入れて会社に持ち込んでいたのだが、継ぎ目の部分から漏れ出すようになってしまったのだ。最初、洗う時に継ぎ目に染み込んだ水が漏れているのかと思っていたのだが、明らかに内容のほうが漏れている。それほど激しくはないが、ビニールで包んでおかないと珈琲まみれになっちまう。次はもっと丈夫な、バックパックへの収まりが良いものにしよう。

2000年12月08日(金曜日)

ボーナス出ました

13時11分 暮らし 天気:真っ青な空、快晴

 ボーナスが無事に出ました。以上。

2000年12月06日(水曜日)

図書館に寄る

23時55分 暮らし

 定時で退けたので、戸塚の図書館に寄った。ここは平日19:00までのはずだ。水曜日だけ17:00までなんて事だったら大笑いだ、と思いつつ向かうと、ちゃんと開館していた。
 ここでは少年法と死刑廃止に関係する本をいくつか読んだ。ロボット工学書は相変わらずどこにあるのか分からない。探し回るしかないのだろうか。
 帰り道、ふとした偶然から商店街にドトールがあることに気づいた。というか、前に気づいていたはずだよな。すっかり忘れていた。ちょうど、会社からの帰り道、一服するところが欲しかったのだ。米国珈琲を喫しながらシグマリオンに駄文を叩き込んだ。
 帰宅すると20:00過ぎ。風呂に入ってビデオを見ているうちに眠くなったので就眠。

今朝も快晴なり

10時08分 暮らし 天気:なおも晴れ

 今朝もいい天気だ。晴れ晴れした気持ちになる、かもしれない。こういう日は会社をサボってお散歩に出かけたいもんだ。事実はお日様を拝むことなどなく分厚い壁に囲まれて、居並ぶPC群の間で仕事を続けているわけだ。微小電磁波が本当に人体を損なうものならば、毎日死へと更に近づいていることになるんだろうな。
 それにしても昨日の日記、長いよ......(16KBもある)。

2000年12月05日(火曜日)

晴れやかな朝

10時59分 暮らし 天気:快晴に次ぐ快晴

 前日、風呂を沸かしてからちょっと横になっていたら朝になっていた。ゲゲッ、なんてこったい(X_X) しかしおかげで8時間の睡眠時間を確保できたことよ。朝方、風呂を沸かしなおして入り、フレックス出勤するつもりだったのでゆっくり家を出た。空は真っ青で、曇り一つ無い青空が広がっている。いやあ、本当にどこまでも青空だ。霞はやや多いようだが、青さはなかなかのもの。今夜は期待できそう。

2000年12月04日(月曜日)

また会社生活に

20時57分 暮らし 天気:晴れかもしれんが BGM:Dirty Dog/Ian Gillan

 ああ、今日からまたサラリィマン生活かよ。シオシオに萎れきった思いで会社に急ぐ俺様だった。泡沫の夢から覚める思いである。

2000年12月03日(日曜日)

休暇の終わりに

23時55分 暮らし 天気:晴れか

 9日間に及んだ休暇も今日でおしまい。いったい、なにをしたのだろうか。あるいはなにをしなかっただろうかと、指折り数えては考え込むばかりである。
 まあとりあえず目の前の課題を解決しようではないか。課題とは、Windows2000からOS/2のドライブが見えない問題である。これはもうアダプタがおかしいのだと考えるよりほかに無い。そこで新しいアダプタを買いに、横浜のヨドバシに出かけた。
 ヨドバシではLANアダプタの他、ホームページビルダーの最新版、Diablo2の日本語版を買った。IBMのホームページビルダーは、Version3のあとで2000、さらに2001と来て、このバージョンでいきなりVersion6に戻っている。こうもバージョンアップが急だと、MS式に年式表示だとやっていけないのだろう。
 帰って、LANボードを2号機のものと取り替えたが、状況は何も変わらない。Windows2000での仕様変更があったのだろうか。謎は深まるばかりである。