Strange Days

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2000年2月26日(土曜日)

いつものようにグータラな週末

暮らし 18:07:00 天気:晴れたかな?
 前日は(またしても)チャットに埋没してしまい、寝たのはかなり遅くなってからだった。空には雲がかかり、またしても望遠鏡の出番は無し。オリオンの高度が次第に下がっているし、月の出はますます深夜に向かっているしで、観測の好機はそう長くないのだが。
 昼ぐらいに目覚め、出かけるつもりで身支度をしたのだが、いつもの日和虫がユーライア・ヒープばりの重厚なハイトーン・コーラスで自己主張しやがるので、いつしかその気は失せた。
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2000年2月23日(水曜日)

名古屋よさらば

暮らし 22:01:00 天気:晴れ時々曇り
 久しぶりに名古屋の本社に出かける。僕の永年勤続表彰をしてくれるんだとか。その表彰式と質素なパーティがあるという事で、昼過ぎの新幹線に飛び乗った(本当に飛んで新幹線の車両の上にまたがっている状況を思い浮かべるのは間違いだ。念のため)。
 久しぶりの新幹線は100系でさえすっかりマイナー化していて、300系、500系、700系がビュンビュン行き交っている。新横浜から名古屋まで2時間弱。早いもんだ。
 名古屋駅はいつの間にか巨大ツインタワーが突っ立っていて、一連の駅再開発も佳境に差し掛かっているようだ。丸型、角型一つずつという変わった組み合わせのツインタワーは、Quake2に登場するストログの超巨大対空砲ビッグガンのように空を睨んでいた。駅の正面もレイアウトが変わっていて、土産物屋が並んでいた辺りはすっかり高島屋の足下に変わっていた。レイアウトがスッキリしたせいか、昔のように人は混雑せず、かなりスムーズに流れている(しかし緑の窓口近辺の混雑は相変わらず)。
 久しぶりの本社は相変わらずで変わり無し。定刻ぎりぎりに会場に入り、表彰されたり記念写真を撮ったり宴会したりで19:30までかかった。宴会では仕事が別なので疎遠になっていた同期たちともしばし昔話に花を咲かせる。ここで分かったのは、僕はかつて仕事の時間をかなり無駄に使っていたという事だ。
 かつての仕事ではホストでプログラムをクロスコンパイルするのが普通だった。今、ホスト上のクロスコンパイラを使う物好きはいないだろうが、当時はターゲットがPCではなくワークステーション(あるいはオフコン)だったので、その上に開発環境を構築するのは不可能だったのだ(なにしろプロセッサはせいぜい286、メモリは4MBあれば充実している方だった)。
 このクロスコンパイルは、数十、数百人のユーザを抱えているホストコンピュータにバッチ処理を依頼して実行していた。場合によっては数十のジョブが待ちになり、なかなか終わらない事もあった。しかし不思議なのは、時々、いくら待ってもジョブが進まない事があった事だ。半日待ってもジョブが進まず、半日仕事が1日仕事になってしまう事があったものだ。
 当時、ホスト運営にかんでいた同期と話していて、処理のプライオリティを勝手に上げる奴等がいた事を知ったのだ。ホストの管理者権限で入り、勝手の自分のジョブのプライオリティを上げてしまい、知らん顔をしているという事だったらしい。もちろん管理者以外がそんな事をするのは規則に違反しているが、それでも背に腹は換えられないとプライオリティをいじる者が跡を絶たなかったという事だ。いじる手段を持たない僕たち一般のユーザこそいい面の皮である。しかし、今となってはいい思い出だ(そうか?)。
 宴会が終わった後、名古屋本社の元同僚を訪ねた。もう社外発表されているが、我が社は4月に3社で合併し、新会社となる。その時に現在の名古屋本社は新会社の名古屋支社になり、僕の勤務地は恐らく東京の新本社の下に入るので指揮系統が違ってしまう。名古屋に行く機会も無くなるだろうと、幾人かの元同僚たちと雑談をしてきた。知った顔は次第に少なくなっていく。
 20:00過ぎの新幹線で横浜に戻った。が、新横浜からぼんやりと京浜東北線に乗ったのが運の尽き。漠然と戸塚にも止まるだろうと思っていたのだが、僕の乗った便は関内方面を延々と巡り、最後には大船に到着するという素晴らしい代物だった。戸塚は見事に迂回されたのである。お陰で新横浜と戸塚間で1時間以上も要してしまった。おそるべし、京浜東北線。ぐはぁ(吐血)。
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2000年2月22日(火曜日)

2/22の暮らし

暮らし 18:00:00 天気:曇り時々晴れ
 日付の横にある天気は僕の主観なので、お間違えなく(これを元に夏休みの宿題を片づける良い子はいないと思うが)。
 昼は凄まじいばかりの眠気に波状攻撃され、ほとんど陥落寸前の体たらくだった。頼りは昼一のリポDだけだ。妙に気だるい充実感がツェツェ蝿を追い払う牛の尻尾のように孤軍奮闘している。が、これが切れるとむしろ地獄なのである。日本でもシエスタが導入されないだろうか。
 夕刻から雲が出始めて、夜にはすっかり雲に覆われていた。今夜の観望は無し。
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2000年2月21日(月曜日)

また月曜日なのだ

暮らし 20:57:00 天気:晴々
 憂鬱な月曜日。耳元でボブ・ゲドルフが歌い出しそうな気分だ。
 あー、眠い、と思いながらも仕事をさくさく片づける。が、新たな仕事もさくさく積みあがっていく(爆)。
 MS-Wordで仕事の文章を作っていくのだが、図を張りつけるような書類に関してはいいのだが、無駄な機能が多すぎてやりたい事がなかなか出来ないきらいがある。普通に仕事で使う程度の表現ならばHTMLで十分実現できる。プレゼンテーションを考えてもXMLにボキャブラリを適宜追加していけばいくらでも賄えるだろう。巨大アプリ時代の終焉は近いのかもしれない。
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2000年2月20日(日曜日)

笑夢っちお別れオフ

暮らし 17:51:00 天気:雨のち曇
 前日、チャットしてちょっと原稿用紙に向かってと遅くなったので、寝たのは5時過ぎだった。起きたのは10:30。意外にスッキリした目覚めだ。今日は長らく研修で東京にいた笑夢くんのお別れ会。明日戻ってしまうのだとか。そそくさと身支度をして出かけた。
 エアコンの気温センサーの申すところ、外気温は5℃。ベランダ観望用のつもりで買っていたダウンのコートが、この所働き詰めである。
 家から渋谷まで75分くらいかなと見込んでいたのだが、実際には1時間程度で着いてしまった。運賃も戸塚までは地下鉄の定期があり、戸塚渋谷間が690円で済んでしまう。横浜の果てのような土地なのだが、結構交通の便はいいのかもしれない。
 渋谷のハチ公口は一目見ただけでウンザリしてしまうような人込みだった。雨のぱらつく寒い日だってのに、この有象無象どもはなにを楽しみに来ているのだ(それをいうなら僕はなんなのだ)。ともあれ、ハチ公口の派出所を見渡せる地下道入り口の側に立っていたら、間もなく笑夢くんがやってきた。
 寒い日なので震えながら久遠さんを待つ。メンバーはこの3人らしい。やはりさすがにオフ続きで、みんな飽きたか。やがて雨がぱらつき始めたので、傘を差して待っていた。
 久遠さんは例によって来ない。いつもの事だなー、と話しながらふと笑夢くんの隣の男性を見ると、なにやらゼッケンのようなものをつけている。よくよく見ると、「UFOの恐怖」なる文字が見えた。また手提げ袋に本を詰め込んでもいた。思わずたま書房の関係者かと疑う。自著を宣伝するつもりなのか、あるいはそれを売り歩くシンパなのかは不明だが、ちとイってしまっている人のように思えた。やがてその関係者かと思える男性も合流し、かれらはそそくさと出発準備を始めた。しかし笑夢くんはその二人に気付いていない。
 笑えるのは、我々二人がそのUFO組二人と隣り合わせで、あまりにも自然に立っているので、どう見ても関係者としか見えないという事だ。しかし個人的には愉快なので黙っていた。
 やがてその二人の異様さに笑夢くんも気付き、密かに慄きながら離れようとした。が、その二人組みは我々を気にも留めず、渋谷の人込みに紛れていってしまった。その行動が妙に気に掛かる我々だった。
 久遠さんは来ない。寒いし雨は降ってるしで気分的に最悪なので、これで見つからなかったら見捨てていってしまおうと、周囲を巡検し始めた。するとハチ公口から久遠さんが登場したではないか。いま来たのかと思って聞いてみると、実はしばらく前から待っていたという事。広場の中央、目立つ場所に立っていた我々に気付かなかったらしい。
 とりあえず飯を食おうという事で、適当な焼き肉屋に入り、カルビ定食を平らげた。コーヒーで一服し、本日のメインイヴェント、Book 1st攻略に向かった。
 Book 1stは一つのビルが丸ごとという巨大な本屋で、久遠さんの証言では他の店ではとても手に入らないような品揃えだという。まずは、というつもりで文学書のフロアを攻めたが、確かに品揃え豊富で、他では見かけないような出版社のものとかがゴロゴロしている。早川、創元の品揃えも豊富だ。だがどこに行っても下巻しかない「キャッチ22」は、ここでも下巻しか発見できなかった。もしかしたら「キャッチ22」上巻だけを買い占める秘密組織でもあるのだろうか。
 我々は文学方面ワナビーである以前に本好きなので、必然的に何冊かの本を買ってしまう事になった。特に当面、もしかしたら一生再訪できないであろう笑夢くんは、10冊前後の本を抱えていた。僕も白水社から出ているヴォネガットの見た事の無い小説、タルフィーこと稲垣足穂(こんなこといってるのは僕だけだが)の小説、それからなにやらもう一冊を入手した。僕の場合は再訪可能なので、焦る必要はないと思った(のだがこうしていると欲しいものが売り切れてしまうのが世の常)。
 まずは、と思っていたのだが、この文学フロアだけで体力を使い果たした一行は、その後は適当な喫茶店で喋くり、明日は仕事なので18:00に解散した。笑夢くんとの別れを惜しむような涙雨の日だった(と心にも無い事をいってみる)。
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2000年2月19日(土曜日)

2/19の暮らし

暮らし 17:47:00 天気:曇り
 前日深夜まで(どころか夜明けまで)うだうだしていたせいか、目覚めたのは夕方16:00。こんな時間に目覚めてもどうしようもないのだった。わはは。
 まあ明日は渋谷でオフがあるわい(当面、最後のオフになりそう)と思い、とりあえず近場のヨークマートで食材だけ買い込んだ。今夜は寄せ鍋にしよう(しかしそうすると必然的に明日も鍋になる)。
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2000年2月18日(金曜日)

へそがかゆくなるわよ

暮らし 21:45:00
 というのはきんどーさんの台詞だが、昨夜からなんだかへその横がちくちく痛む。最初、毛でも挟まっているのかとゴマを掃除したりしたのだが、触っているうちにへその脇の辺りがちくちく痛むのに気づいた。前にも似たようなことがあって、しばらく(といっても数日)気にしながら過ごしていると、突然腫れ上がってつぶれ、膿が出たところで治ってしまったことがあった。今回も同じような経緯をたどるのだろうか。多少気にしながらも放ってある。
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2000年2月17日(木曜日)

2/17の暮らし

暮らし 20:39:00 天気:快晴(寒い)
 帰りが遅かったので望遠鏡は出せず。夜半には雲がやや多かったので、月も隠れていた。
 明日はフレックスで出勤するつもりだったので、夜はかなり夜更かししてしまった。真夜中に外に出てみると、いつの間にか雲が消えて月が浩々と輝いていた。ちょっと路上にでも望遠鏡を出したい気分だ。明日は晴れるといいな。
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2000年2月15日(火曜日)

赤道儀を調節した

暮らし 23:03:00 天気:晴れ(雲量少。寒い)
 夜、雲が少なかったので、望遠鏡の赤道儀を調節した。この望遠鏡、片持ち式赤道儀もそれが載っているカメラ三脚もさすがに剛性不足で、少し手が当たっただけでゆらゆらしてしまう。特にエレベータ(というのだろうか、赤道儀自身が載って上下できる台)を伸ばしたときには甚だしいものだ。逆にエレベータを下げておけばそこそこの強度ではあるが、視点が下がりすぎてファインダーが扱いにくい。また微動ノブの遊びもやや大きいようだ。しかし片手で持ち運べる軽さは本当に助かる。僕のような観望専用の素人には、この気軽に扱える軽さが重要なのだ。重くてベランダに出すのが一仕事になるのなら、やがて使わなくなってしまうに違いない。
 さて、まずは適当に南北を出す。赤道儀の軸をコンパスと見比べながらなるべく正確に北に向けた。それからシリウスを視界の中央に収め、一定時間待って赤経軸を回し、シリウスが上下方向からずれていないかどうかを確認した。まあ赤道儀の軸線の傾き36度がちゃんと出ていると信じてだ。
 すると視界の中でシリウスが上方向にずれていた。望遠鏡の視界は反転しているので、これは視点が下に行ったことを意味するはずだ。シリウスは西に傾いているので、軸線が東に寄りすぎていることを意味する(はずだよな)。そこで少しずつ三脚を回転させながら、大体常に赤経軸の回転だけで視界に収まるように調節した。その時の三脚の接地点をガムテープでベランダに示しておいた。これで設置作業がスピーディになる......はず。欲をいえばもういくつか別の星で試してみればいいのだが、どの道それほど精度を出せないのでこんなものだろう。
 その後、夜半に赤道儀の威力を試してやろうとベランダに出たが、その頃には雲が空を覆っていた。すごすごと引下がった。
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2000年2月14日(月曜日)

2/14の暮らし

暮らし 20:59:00 天気:曇り
 憂鬱な月曜日。機械的に仕事を片づけながら眠気に耐える。昼に飲むリポDだけが頼りだ。ってリポDで生きてるのか。
 帰宅して、飯を食った後、久しぶりに原稿用紙に向かった。日記を書いてると仮初めの満足感が得られていかんです、ハイ。今夜は空が曇っているから星を見れないからで、晴見雨書というところか(こんな言葉はない)。
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2000年2月13日(日曜日)

コンパスを買った

暮らし 20:49:00
 一眠りして昼には起きよう、などと算段していたが、目覚めると既に日は没しかけ、16:00を回っている。トホホ、寝過ぎです。
 今日は久しぶりに湘南台方面に用事があったので、早々に身支度を整えて部屋を出た。
 立場から湘南台までは230円。二隣の駅なのに、下から二番目の料金だ。最低料金にならないのは区間をまたがっているからなのだろう。JRのように営業kmで計算すれば安くなるのだろうが。そもそも、地下鉄は最低料金200円で、小田急に較べるとかなり割高なのだが。
 湘南台で小田急に乗り換え、懐かしの六会日大前に。この駅前のクリーニング屋にまだ払い残しがあったのを思い出したのだ。清算して、六会とは完全に縁が切れた。
 そこから湘南台方面に歩いていった。途中にあるラーメン屋で遅い昼食、あるいは早めの夕食をとるつもりだった。屋台ラーメンは当然やってない。ではだし屋に入ろうと、偶然先行された初老のご夫婦に続いて店の入り口に近づくと、そのご夫婦は扉にかけられた掲示を見て意外そうな声を出された。いわく、『本日は終了しました』。17:00だぜ。まるで公務員並に無欲な営業時間だ。ここは結局、なかなか縁のない店だった。
 湘南台に到着すると、まず文房具店でコンパスを買った。いい加減、星雲の導入の難しさに音を上げ始めているので、Borgの簡易赤道儀に赤道儀としての機能を果たさせてやろうと考えるようになったのだ。赤道儀についている重力式(単に表示板がピンでぶら下がっているだけ)の傾斜版で横浜近辺の緯度、36度を出し、コンパスを頼りに軸線を真北に向けてやれば、赤道儀の赤経、赤緯表示を頼りに目標の概位が割り出せるはずだ。今のように明るいとはいえない安物の双眼鏡で探すよりは楽なはずだ。しかし今夜は曇り。試すのは明日以降になりそう。
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2000年2月11日(金曜日)

大規模オフ

暮らし 22:35:00 天気:寒い快晴
 大規模オフ(主賓は北方領土の邪神DARL)に出席するため、11:30に部屋を出た。集合場所は関内なので、地下鉄ですぐだ。ただし、JRの関内駅に集合なのである。
 関内駅に着くと、市庁舎の付近にその爆破の下見に集合した革マル派と思しき一団がたたずんでいた。その中に笑夢っちを発見した僕は、警察に通報することをやめて一団に合流した(革マル派に転向したわけではないので、念のため)。その場には北方の邪神DARL氏も加わっていた。他のメンバー、笑夢っち、KAZUKA、斎木慧(注意:ネットでは)、はるだぁら諸氏とは顔見知りで、一人見知らぬ人が加わっていたのですぐにわかった。北辺の瘴気を帯びた氏は、しかし違和感なく溶け込んでいる。ちなみにDARLと聞くとSorcerianを思い出してしまうのだが(あっちはDURL)。しばらくして妄言王が合流。
 しかし主催者のはずの久遠さんはいない。そういえば部屋を出る直前に掲示板をのぞいてみたところ、いまにも死にそうな雰囲気のメッセージがあった。仕事で前日の帰りが遅く、計画されていた0次会にも出られず、更には1次回にも遅刻しそうになっているらしい。という、電話したところ遅刻する旨返ってきたそうだ。
 久遠さんがいないと1次会の場所もわからないので、一団は警察に職質される危険を冒しながら市庁舎の前で待たざるを得なかった。が、ふと気づくと何時の間にか3人の女性が我々の側に親しげな顔をして立っていた。うち二人の顔には見覚えがある。京木さんといしかわさんだった。そしてもう一方が初見の赤井さんだった。女性陣三人は京木さんを除いて2次会から出席するが、その前に立ち寄ってくれたらしい。もちろん邪神DARLと京木さんの対面という感動的な場面もあった :)
 女性陣は2次会まで3人でお茶するということでここで別れ、我々は再び広域指名手配犯XX号のような顔をして久遠さんの連絡を待った。やがて電話で連絡が着き、現地で落ち合うということになった。現地、つまり中華街である。
 中華街への路上で久遠さんと首尾よく落ち合い、凄まじいばかりの人込みをかき分けて1次会の会場に向かった。そこはとある中華料理屋で、なかなか美味な水餃子と炒飯で一杯という寸法だ。8人は昼間から何時の間にかビールで酔っ払っている妄言王を肴に、うまい料理に舌鼓を打った。
 1次会の後、斎木氏と一度別れた一行は、適当な場所を探して新横浜をうろうろしていたが、ここで奇跡的に瓜生瑠璃氏と合流。8人で結局2次会集合場所近くのあざみ野駅構内で喫茶店に入り、時間をつぶした。17:00になり、トイレから戻ってきた久遠さんが「もう集まっている」ということなので、すぐ近くの駅構内に移動した。既に斎木慧(注:ネットでは)氏とその連れ(ふむ)、三月氏を除いて全員が揃っていた。遅れるはずのミツルんまで来ている。やがてメンバーすべてが合流し、2次会の会場へと移動した。2次会の会場は因縁の「花子」である。
 花子では予想通り食いきれないほどの蟹と料理を出され、往生しつつ雑談に耽る。最初、座ったのが斎木慧(注:ネットでは)氏の真正面で、近くにいるのはあまり接点のない人々ばっかりだったので、ちょっとだけトホホと思ったのは秘密だ(でも日記には書く)。が、宴が深まり、座が砕けるに従って席などどうでもよくなり、次第に盛り上がっていった。今夜もぽんちえさんは絶好調で、僕の実測では宴会中の発語の62%程度はぽんちえさんのものだった。妄言王も一時はつぶれそうなくらいビールを飲んだため半分位寝てしまい、周囲の我々を大いに笑わせてくれた。君にはリミッターがないのかっ。
 宴会は20:00にはお開きとなった。かなり眠かったので僕はここでお別れ。残りのメンバーは暗黒神の砦、すなわち久遠邸に向かったらしい。17人も入れるんかいっ!
 しかし帰りの地下鉄は、新横浜付近で震度4の地震に遭遇、徐行運転を始めたため、帰り着いたのは21:45分にもなってからだった。トホホ、ついてない。どうも邪神の瘴気を浴びたためらしいが、この程度済んでよかった。
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2000年2月10日(木曜日)

2/10の暮らし

暮らし 23:34:00
 3連休の前なので、意味も無く仕事が詰まっている。さっさと片付けて定時に、とはいかず20時前に帰り着いた。
 望遠鏡をベランダに出して少し眺めた。今夜は昨夜よりもシーイングが良くて、オリオン星雲は昨日よりは良く見えた。それから風呂に入ったりしているうちに日付が変わり、この時刻には南天にはあまり面白そうな星座は見えなくなっている。
 ベランダと反対方向の廊下に出て、北天を双眼鏡で眺めた。北斗七星から北極星を見つけ、ははあ、こちらが真北かとようやく方位を知ることが出来た。このアパート、ほぼ南北方向に建っているようだ。
 僕の部屋はアパートの西角にあって、階段を上りきったところにある。この登りきった位置は上に屋根がかかってないので、天頂までクリアなのだ。ここに望遠鏡を出せたらいいのだが、通行の邪魔なので真夜中くらいにしか出せそうにない。近所の空き地を探した方がよさそうだ。
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2000年2月07日(月曜日)

2/7の暮らし

暮らし 20:30:00
 朝、頭痛と吐き気に悩まされる。スケジュールを確認するが、急ぎの仕事はなさそうだ。会社に休む旨電話を入れてまた寝た。風邪か、花粉症か、良く分からない。
 夕方に起き出してもまだ頭が重かったので、熱いうどんを作って、室温をあげて汗をかいていたら、ようやく頭の重さは取れていった。気のせいか、新居はなんだか寒いのだ。レイアウト的に窓が大きいせいかもしれない。
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2000年2月05日(土曜日)

2/5の暮らし

暮らし 19:24:00
 前日の深夜にまで渡る観望が響いて、起きたのはなんと夕方16時。なんぼなんでも寝過ぎだぜ。お陰でどこにも出ないでお部屋の片づけの1日。そういえば、朝一に電話でたたき起こされて「文机の配送は明日に遅れちゃいまーす」といわれたんだっけ。をを、いつの間にか重そうな書棚が届いている。これは昼くらいに寝ぼけながら受け取ったらしい。ま、ともかく、発注した家具の全ては明日までに揃うという事だ。
 寝起きでかったるくて動く気がしないので、身の回りだけざっと片づける。そういえば、引越し当初は見るも無惨なほど散らばっていた我が家も、次第に混沌が四畳半と台所に集約されてきた(追い遣っとるだけなんか、おのれは)。6畳の二間はようやく整理されてきた感じだ。これで文机が届けば、行き場が無かった筆記道具も収まりがつくだろう。
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