Strange Days

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2004年6月18日(金曜日)

夏旅行を構想する(6/17版)

17:14:00 天気:意外にいい
 なんか、『~そのn』なんて付けると「いくつ目だったっけ?」と考えるのが面倒なので、日付で管理しよう。
 さて、こぐ氏を釣るためには8/11~13辺りが最適らしい。宿は荻市内に二日とも取ろうと思う。同じ宿に連泊する方が、メリットは大きそうだ(荷物を置いてゆける)。調べてみると、一人部屋を用意している宿が、意外に少ない。最悪の場合、こぐ夫妻とは別宿にする必要があるかも。とりあえず、萩の家という民宿で考えている。今のところ、悪い評判は聞いてない宿だ。しかし2食込みで9000円弱という価格となると、1万円台の他のホテルでもいいかもという気になる。しかし高いところが多いな。面倒なのでリストを見て意見してください(笑)。
 2食付で、と書いた。しかし、連泊するのなら、1日くらいは宿ではなくて、外で食べてもいいかなと思っている。適当な店に飛び込んでさ。いや僕は広島もんなので、飛び込んでのお、と書くべきか(どうでもいい)。
 この日程だと盆の繁忙期に掛かるので、料金がドンと上がるのも悩みどころだ。
 なんか宿のことばかり考えているのだが、自転車ツーリングでは宿さえ決まればなんとかなるものなのだ(自力で走る関係上、宿の位置によって行程すら決まってしまう)。
 とりあえず宿泊込みでの同行はこぐ夫妻のみの見込みなので、3名ならば七月に入っても宿を取れるだろうと楽観しているのだが。

2004年6月09日(水曜日)

夏旅行考察-4

11:10:32 天気:週末には崩れるらしい
 宿を調査してみた。
 まず、仙崎、長門周辺は、意外に少ないことが分かった。近所の長門湯本温泉の方がよほど多い。観光地だからな。しかし、高価な観光ホテルばかりで、寝泊り主体の安宿は無さそうだ。
 むしろ萩周辺が充実している。こちらはビジネスホテル、低価格の観光ホテルがいくつもあり、僕のように食に重きを置いてない者には嬉しい状況だ。では、初日は萩に向かおうかと思う。
 8/9に新山口駅からスタートして、秋吉台へ。山口市にも少し寄るべきか。そして秋吉台から山を越え、初日は萩に向かうのだ。
 8/10には萩から仙崎へと走り、仙崎~長門周辺で観光。萩に戻り、萩でも観光。半日ずつ過ごして、萩でもう一泊。
 8/11には津和野に向かう。輪行しようかな(弱気)。津和野からは輪行で新山口駅に戻り、帰宅する。山口で降りて、少し観光するのも良いだろう。
 よし、これで決まり。もうちょっと見所を研究してから、行程を煮詰め、宿を決めようと思う。

2004年6月08日(火曜日)

キャンプツーリングを考察

11:52:55 天気:晴れてますね
 さて、なんだかいつの間にキャンプツーリングの時期(7月初頭)が近づいてきた。
 自転車に荷物を載せて、どうやら御殿場方面らしいキャンプ場でキャンプ泊しようという企画だ。しかし、そこまでのアクセスを考えると、頭が痛い。
 持って行くつもりのテント、寝袋、エアクッションなどをまとめると、これだけでも結構な量になる。設営に必要なハンマーなんかも考えると、これだけで自転車のキャリアの、少なくとも上面は占有してしまうだろう。他の荷物も一泊することを考えると、相当の量になりそうだ。最低限の荷物に限るとしても、サイドバッグ二つ、あるいは大型のバックパックを占有してしまうだろう。
 これだけの荷物を積んで走れる自転車は、手持ちの中でも限られている。まずHARDROCK号、BikeE、BD-1くらいだろう。BD-1もキャリアがある分、意外に荷物は載るのだ。MR-4F、EPIC号は固定式のキャリアが無い。純粋なロードバイク(とは言い切れない状態ではあるが)であるTCR-2は言わずもがな。これだけなら、まあBikeEで行くかという結論になんとなくなりそうなのだが……。
 もしかしたら、最寄り駅まで輪行という話もあるのだ。距離的に、神奈川県を横切って、静岡県内にまで走る必要があるので、かなりのロングツーリングになりそうだ。また神奈川県と静岡県の県境は、どこをどう通っても、必ず山越えになる……。なら、輪行という方向になるわけだ。しかし、先に挙げた3台のうち、輪行に耐えられそうなのはBD-1くらいだろう。HARDROCK号にせよBikeEにせよ、それだけを輪行するのならともかく、他に大荷物を持った状態では耐えられそうに無い。しかしBD-1の場合は、サイドバッグは使えないから、キャリアに載せられるだけ載せて、後は背負うという形にせざるを得ないだろう。
 なんか、それくらいなら自走した方がマシに思えてきた。山北から御殿場に越えてゆくコースなら、まあなんとかなるだろう。キャンプツーリング前日に休みを取って、現地まで走ろうか、あるいは当日に、朝早くから走っていこうか。時間を見積もれないので、それまでに一度、山北から越えるコースを走ってみないと。

2004年6月07日(月曜日)

夏旅行を構想する(その3に間違いなし)

14:00:33 天気:これぞ梅雨空だね
 地図を眺め、気になる地名をインターネット検索で調べつつ、夏の旅行を構想している。
 秋吉台辺りを調べてみると、面白いことが分かった。以前から秋吉台近辺の地図にある『自転車専用道』の記述が気になっていたのだが、どうやら山口市から秋吉台まで、立派なサイクリングロードが延びているらしい。途中で峠を越えるが、これは標高150mも無いものだ。山口県は、意外にサイクリングロードの整備を進めているようで、他にも小郡方面から南西に延びるものもあるようだ。ともあれ、ここを通らずにはいられようか。
 この『山口秋吉台サイクリングロード』は、その名の通り山口市から川沿いに走り、途中で秋吉台方面に転じている。ところで、この途中で転じる位置というのが、実はJR小郡駅、いや新山口駅(という身も蓋も無い駅名に変わったそうだが)のすぐ近くなのだ。ここまで、やはり新山口駅近辺から、川沿いの道を走れるようだ。なら決まりだな。新山口駅スタートだ。
 初日は秋吉台へと抜け、ここで観光。そして仙崎まで行って宿泊。ここまで山越えルートで自走したい気もあるが、まあ気楽な観光旅行なので、輪行するのが正解か。翌日は仙崎をうろつき、昼前に萩市まで走り、観光。ここでさらに一泊。最後は津和野まで山越えで走り(JRで行くと3時間掛かる……)、さらに津和野から山口へと抜ける、という感じか。津和野を捨てるなら、萩からまた秋吉台に抜け、そこから新山口駅に走るのも一興だ。津和野だけはかなり孤立した場所なので(他県だし)、寄るかどうかは微妙なところだ。津和野を捨てるなら、萩で宿泊しないで仙崎まで戻り、そこから鉄道で帰宅するという道も取れる。でもまあ、忙しなさ過ぎるな。
 問題は、秋吉台が意外なくらいの上りだということ。全体的に南西から北東にかけて、大きな山塊を形作っているのだ。特に秋芳洞の前を通過する辺りが凄い。カシミールで地形を計算すると、なんと20%近い上りになっている。これは未体験ゾーンだ。この1Kmほどは押しても仕方ないかもな。しかし、この道は秋芳洞はもとより、美味しそうな施設が集中している場所にあるので、外すわけにも行かない。逆に言えば、ここ以外は楽そう。
 持って行くのはBD-1にするつもりだ。MR-4Fほど走り志向ではないが、坂道はそれなりに強いし、キャリアが着いているので、荷物も背負わないで済みそうだ。また輪行にも強い。そういうわけで、覚悟して置いてください(誰に言ってるんだ?)
 ふと思ったのだが、今から盆休み中の宿を取れるかな。大急ぎで宿を調べようっと。

2004年6月03日(木曜日)

夏旅行を構想する(たぶんその2)

17:16:00 天気:晴れ
 さて、大イベントが全て捌けたので、ようやく夏の旅行のことに集中できそうだ。
 地図を眺めつつ、気になった地名+サイクリングで検索した結果、案外に仙崎辺りがおいしそうに思えてきた。金子みすずの故郷だ。仙崎は、青海島に囲まれた内海を控える港町で、かつて捕鯨が盛んだった関係から鯨の博物館なんてのがあるらしい。この内海に沿って自転車で走れそうなのだ。
 この仙崎と、秋吉台を繋いで走りたい。すると、最寄り駅は新幹線の小郡駅になるだろう。小郡から秋吉台に向かって走る。秋吉台周辺にはサイクリングロードが発達しているようだ。ついで仙崎方面に走る。仙崎までの間には湯元温泉がある。時間的にこの湯本温泉か、次の仙崎で宿泊という形がいいだろうな。そこまで、峠を二つくらい越えなければならない。しかし150mくらいのと、300m超級のものだけなので、まあなんとかなるだろう。しかし長いトンネルがあるので、場合によっては鉄道(JR美弥線)でのエスケープも考えられる。
 二日目は仙崎を回り、それから萩に向かって走る。ここでも観光できるだろう。それから山口市に向かう辺りでもう一泊。最後は山口市から津和野まで走る。しかし、萩から山口市方面に走るのは辛そうなので、萩からは輪行で津和野に向かい、そこから山口市まで走るのがいいかもしれない。いずれにせよ、中国山地の端の方を走ることになるので、低い峠越えは覚悟しなければならないかも。
 2泊3日程度になるかな。途中通過地での観光にどれくらい時間を割くかで、スケジュールが決まってきそうだ。っていうか、この辺りの見ものを勉強しないとな。
 持って行くのは、気分的にBD-1にしたい。
 ところで、インターネット検索していて知ったのだが、山口市と萩市の間で250Kmのスーパーマラソンというのが開催されているとか。250Kmですか。たぶん、自転車でダブルセンチュリー(320Km)よりも凄いと思うぞ。
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2002年8月31日(土曜日)

久しぶりに三浦半島の旅

自転車 ( 自転車散歩 ) , 22:00:00
 しばらく使うのを忘れていたけど、前に"旅"ってカテゴリーを使ってたんだな。ということで、今回のカテゴリーは、"自転車"で"旅"だ。
 今朝は妙に早い時刻に目覚め(3:00前)、それから改めて寝なおすも、ほとんど眠れないまま夜明けを迎えるというパターンだった。昨日も睡眠時間が短かったし、今日は三浦半島を久しぶりに回ってくるつもりだったけど、延期するか? いやいや、こんなに天気はいいんだし、三浦半島コースは途中輪行が簡単だし、少々しんどくても行くことにしよう。それでも、風呂に入ったりしていたせいで、出発は10:30になった。
 乗車はMR-4F。今日は雨の心配が無さそうだったので、ヒップバッグ(ブラックホールのニュートロンって奴)を吊るして出た。このバッグ、ヒップバッグのくせにボトルホルダー、ヘルメットホルダー、バンジーコード、おまけにコンプレッションコードまでついている。上はユニクロのクールマックス長袖Tシャツ、下はレーパンの上に短パンを履き(やはりポケットが無いと不便だ)、左手にプロトレック、右手に心拍計を着けておいた。いったい、こいつは何の酔狂で時計を二つもはめているのか、と思える格好だ。
 立場駅前の日陰で、その日陰でバス待ちしていた人々にじろじろ見られながら輪行準備を整え、地下鉄で上大岡に向かった。上大岡から京急で久里浜に出る。最初は横須賀から走ろうかとも思っていたのだが、時間的に遅めで、やや気分が萎え気味だったので、走り慣れた久里浜からの道を行くことにした。
 駅前でMR-4Fを展開し、ヒップバッグのヘルメットホルダーから、LASのヘルメットを取り出し(ヘルメットを保持できるのはいいが、このホルダーはひどく使いづらい)、駅前から海に向けて走り出した。
 ペリー公園の前を通過し、発電所近辺の坂を越える。ずっと海が左手に見えていて、しかも車が少ないので、爽快なサイクリングだ。足の回転は重く感じるのに、意外に良く回りつづけている。南風が強くて、三崎に着くまでに疲労が蓄積しないか心配だ。
 一度、内陸に入り、R16と合流する。再び海が見えるようになり、三浦海岸を突っ走る。この辺も爽快。爽快じゃないのが、引橋への登りだ。前回、三浦半島完全周回(時計回り編)に挑んで、延々と吹き続ける南風にめげてリタイヤした悪夢が蘇る。しかし、まだ走り出して間もなく、なんら問題なく坂道を登りきった。どうやら、適切にサプリメントを摂取しつづければ、かなり足は回りつづけるように思える。今日はこぐ氏お勧めの3Actionスポーツドリンクをボトルに作り、出掛けにVAAMパウダーとアミノヴァイタルプロを飲んでおいた。なんというか、ヤク漬けもいいところだ。
 各種クスリの威力で引橋を越え、三崎へと(概ね)下ってゆく。今日は城ケ島に寄るつもりはない。そういえば、油壷に寄ったこと、まだないな。
 三崎港に下り、MR-4Fをお目当ての店、ちりとてちんの前に停めた。先日、MR-4Fに取り付けたスタンドだが、やはり便利だ。
 入店する。昼時の客がさばけ、一段落したタイミングだったのか、すんなりカウンターに座れた。頼んだのは、とりとてちん丼という丼物のセットと、やっぱこれでしょう、ビール!
 まず、ビールと丼物の付け合わせが出てきた。ビールは樽生の小ジョッキを頼んだのだが、グラスジョッキではなく陶器のジョッキで出てきた。このジョッキが良く冷えていて、とにかくんまい! 喉越しがたまらん。なぜか自転車での運動の後は良く回るという前例の通り、今日も350ml程度のくせに回る回る。
 ほどなく、お目当ての鮪丼が出てきた。このちりとてちん丼(なんちゅう賑やかな響きだ)、小さな丼物3種のセットなのだ。鮪の切り身、鮪のミンチ、そして焼き物がそれぞれ載っている。鮪のミンチ(ねぎ鮪丼とか)だけしょうゆをかけていただくのだが、それ以外は下味がついている。
 鮪の切り身の丼は、歯を乗せた途端に切れてゆくような鮪の食感がたまらない。ねぎ鮪丼は、下敷きののりの味わいも深く、鮪の旨味を程よく感じながらいただける。そしてまぐろの焼き物。切り身を焼いて、ごま醤油で味付けしてある。意外にも、鮪の旨味を一番感じられたのはこいつだった。焼いた切り身は柔らかい。歯を乗せるとトロッととろけるように柔らかいのは、赤身と同じだが、同時に表面がさくっと心地よく砕ける点が違う。これとご飯の相性は絶妙だ。これだけで、きっとどんぶり3杯はいけるだろう。
 あっという間に平らげてしまう。ビールの酔いもあり、快適だ。こう書きながら、また行きたくなった。
 店を後にし、おやつを求めて商店街に向かった。神奈川支部の三崎ツアーのとき、商店街の出店でとろまん、あんとろまんを買い食いしたんだっけ。その店を探してみた。すぐに見つけ、店内に入る。前とは店内のレイアウトが変わっている。あんとろまん二つ、というと、ここではお召し上がりはやってないんですが、といわれた。蒸かしたのはやってなくて、冷凍の持ち帰りようしか無いのだという。蒸かしたものはうらり、という直販センターみたいなところでやっているといわれ、そっちに寄る事にした。
 うらり、は、要するに真新しい直販センターで、三崎に下る道を直進した先にあった。コンクリート打ち抜きのでかい施設だ。1Fに駐輪場があり、屋内には各種物産の店が軒を連ねていた(いや屋内だから軒は無いか)。その中に、お目当ての蒸かしとろまんを売っている店があった。ちなみに、氷もある。二つ買い、2Fに向かう。
 2Fは催事場や休憩室がある。休憩室から屋外のデッキに出る。日差しが強いが、風も強く、日陰だとまったく汗ばむことが無いほど涼しい。気持ちいい。快適だ。とろまんをぱくつきながら(あっ、あんとろまんを買おうと思ったのだが、間違えた)、冷たいお茶をぐいぐいやっていると、心地よさに眠くなってくる。
 自転車が心配だったので、下に降りて、自転車のそばでごろ寝しながら、心拍数が下がるのを待った(まだアルコールがぐるぐる回っていた)。海から強い風が吹いてくる。こんなに日差しがあるのに、日陰にあることもあってすこぶる涼しい。快適だ。
 自転車の側に寝転がり、すぐ側の岸壁を行き交う小船を眺めながら、『フィールド・オブ・ドリームス』の1シーン、「ここは天国かい?」という奴を思い出した。僕なら「いや、三崎だよ」と答える。いやはや、魚くさい漁港だとばかり思っていた三崎に、こんな快適なリゾート空間があるなんて。馬鹿に出来ないものだ。昨日、僕が轢いて死なせてしまった猫も、こんな天国に生まれ変われるのだと信じられたら、もう少し気持ちの整理がつくのに。
 うらり、を出て、引橋に戻る坂道を登り始めた。十分な休養とマグロのパワーが漲っているのか、それほどしんどくなく上ってゆく。心拍は180を超えたが、ここまでならなんとかもつ。引橋を過ぎ、以降は葉山、逗子、鎌倉と、迷うことなく走れるはずだ。
 足が良く回る。上り坂を20km/h超で、平地は30km/h超で突っ走ってゆく。高ケイデンスを維持するように努めると、意外なくらい消耗しない。なにかを掴んだ気がする。
 葉山を過ぎ、R16と別れて、海沿いの細い道を行く。途中、結構な数のサイクリストと行き交った。特に、ロード*2、MTB*1という構成の中高年らしき一団とは、途中何度か抜きあいながら(こっちが小休止を挟むので)、逗子まで良く見かけた。ハイライトは、葉山から逗子に抜ける小高い坂を越えるときだった。前方にその一隊が走り、僕はそれを抜くとちょっとスピードアップしなければならないので躊躇していたのだが、後ろに車が迫っていた。しかもその車、どうも僕がその一隊を抜くのを待ってくれているようだ。ええい、仕方ない。上り坂で増速して、一気に抜き去った。45km/hは出ていたが、意外なくらい楽に抜き去った。やっぱり、MR-4Fはたいした自転車だ。剛性が無いので少し不安になるが、走りそのものはTCR-2に負けないくらい軽い。
 R16への再合流点で、またその一団と行き会い、それがお別れとなった。
 逗子から鎌倉まで、車の交通量が激増している。白線ぎりぎりを突っ走り、トンネル二本をエイコラと越えてゆく。この辺では、さすがにつらくなっていた。が、それでも足は回る回る。アミノヴァイタルプロの威力か。
 やがて材木座を過ぎ、鎌倉に入った。鶴岡八幡に立ち寄って、自転車は近代美術館に止め、石段を登った。今まで、何度もここに来ていたのに、自転車を離れるのが嫌でお参りせず引き返す、などというなめた真似を重ねてきたが故に、やや丁重にお参りする。ついでに猫の冥福も祈る。まあ八幡信仰は仏教と深く結びついてきたので、そんなに間違いでもあるまい。これで、気持ちに区切りが着いた。
 江ノ島に向かい、そこから藤沢市街を経由して、境川サイクリングロードに入った。途中、飯田でアイス休憩。暮れ行く空を眺めながら、今日も走ったなあと思い返す。
 帰宅してサイクルコンピュータを見ると、距離は70km超になっていた。センチュリーにはこの倍以上走らなければならないのか。いつか、挑んでみようと思う。
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2002年8月04日(日曜日)

麦草峠ツアー二日目

自転車 ( 自転車旅行記 ) , 22:00:00
 朝、他の人が起き出す物音で目覚めた。また目を閉じて、浅い眠りに落ちていると、今度は自分の携帯電話のアラーム音で目覚めた。ぐっすり7時間ほどは寝ただろうか。
 起きて、外を見ると、なにやら雨の形跡がある。幸いにして、我輩のMR-4Fは、屋根の下に移動しておいたので、濡れることは無かったようだ。昨夜は雷鳴も激しかったとか。
 7:00から朝食である。うまいパンにサラダ、スクランブルエッグというところ。パンもバターもうまいので、瞬く間に売り切れてしまう。特にミキ氏は、これだけ食うからあれだけ走るんだなと、納得の健啖ぶり。
 部屋に戻り、一夜を過ごしたベッドを引き払い、出立準備をする。空は雲が多いものの晴れ、早朝の雨が畑の作物に宿り、きらきらと輝いている。気持ちのいい朝だなあ。
 まずは野辺山の電波望遠鏡を見ようということで、こっつぁんに別れを告げて走り出した。いきなり坂を登るものの、既に足にキテます(滅)。こりゃあ、峠越えなんて無理無理である。
 しばし走り、電波天文台に到着。その名の通り、電波望遠鏡が集結した、日本の電波天文学の一大拠点だ。守衛所から見学者コースを進んで行くと、まず移動式の5m鏡が出迎えてくれる。これは多数の5m鏡をレールに載せ、移動できるようにしたもので、開口合成により、見かけ上数百メートルという大きな口径を実現するものだ。電波天文学は、可視光を対象とした天文学に対しては新しい分野だが、固有の歴史と輝かしい業績を持つ分野だ。宇宙が膨張しているという直接的な、確かな証拠を提示したのも、そもそもは電波天文学だ。エドゥイン・ハッブルの観測はそれ自身偉大な業績ではあるが、観測した天体が少なすぎ、どうしても疑念を拭いきれなかったのだ。AT&Tの技術者が偶然に宇宙の背景輻射を発見したことで、ようやくハッブルの観測結果に間違いが無かったことが確証されたのだ。
 5m鏡群の側を抜けて行くと、遠くにより小さなパラボラ鏡が並んでいるのが見えた。干渉計の一部らしい。そしてさらに歩いて行くと、目の前に45m鏡が偉容を現した(いや、ずっと前から見えてたんだけど)。でかい。付帯設備にそのまま住めそうだ。戦艦の主砲塔というものも、こういう威圧感満載な代物だったのか(あれは駆逐艦載せてるようなもんだからな)。
 見学者用の視聴覚室をざっと見て、再び正門に取って返す。次はJR鉄路最高地点だ。おっと、その前にトイレ。
 再びちょっとした丘を越えると、もうそこはJR鉄道最高地点。以前は鉄道最高地点だったらしい(つまりより高々度に私鉄の鉄道が通ったわけだ)。その記念碑かなんかのところで、なんの集まりか小学生くらいの少年少女集団が記念撮影をしていた。そしてその脇を通りすぎて行く、我々奇特な小径車集団に歓声を挙げるのだ。まき氏など「手もちぎれんばかりに振った」そうである(本当かよ)。
 ここでアイス。ソフトクリームを試す。うむ、ソフトクリームである。
 それぞれアイスだのなんだのをやりながら、今後の経路を話し合った。おの氏らの提案の一つは、約めて申せば峠を二つ越えようというものだった。他にあんまり高いところを行かないで、お気楽に行こうというコース、少し上りがあるかなというコースだった。峠*峠コースの志願者は、結局おの氏、ミキ氏、吉田氏だけだった。残りはお気楽コースに雪崩れ込んだ。やっぱり、体力は有限だからね。
 おの氏らとはここで別れ、一行は清里へと進路を取った。清里から美し森までは、公園の中の曲がりくねった道を登って行くのだ。入ってすぐ、こぐ氏に「先にどうぞ」と道を譲られてしまった。というわけで、俺様が引く破目に。斜度はそれほどでもないが、果てしがない。走っても走っても次のカーブが見えてくる。ペースが合わないからか、いっとく氏はさっさと前に行ってしまう。延々と走りきって、ようやく出口に着いたときにはヘロヘロになっていた。最後の数周など「まだ先があるのか!」と絶叫しながら走っていた。しかしまあ、むやみに面白いコースだ。
 後続が来るのを待ちながら、疲れを癒す。平野氏がなかなか来ない。元気な者を偵察に出そうと話が決まりかかった頃、ようやく平野氏が登ってきた。話を聞くと、手製のマッドガードの間隔が狭すぎて、泥が詰まってしまったのだとか。マッドガードならぬマッドキーパーになってしまったわけだ。
 平野氏のトラブルが解決したら、また少し上り、展望台に上った。一番上までは徒歩で登るのだが、これがなかなかつらい。
 展望台からの眺めは、周囲のなだらかな斜面に広がる森が見え、その名の通り美しい。天気がよければ、八ヶ岳はおろか、富士や北アルプスも見えるとか。
 ここでもアイス。ただし、かき氷にソフトクリームをトッピングできるという情報を得たので、それを試してみる。うみゃ~! しかし量が多すぎ。すぐ持て余す俺様である。なんとか食いきるが、この影響かその後腹の調子が悪くなる。
 美し森から八ヶ岳高原ライン、八ヶ岳公園道路とつないで走る。アップダウンがあり、アップの度に苦しむが、長さはそうでもないのでなんとか乗り切れる。沿道には人家が全くなく、木立がずっと続いている。交通量もそれほどではない。いろんな意味で楽しい道だった。
 しばらく、後続を待ったりしながら、公園道路の終端まで走る。そこから少し行くと、きょう最後の目的地、スパティオ小淵沢があった。まずは温泉で一休み。体を流し、熱い湯船に漬かったりしているうちに、いつの間にかみんな露天風呂に集結し、今回の麦草越えの反省や、トレーニングについてなど話し合った。空からは時々雷鳴が聞こえてくる。時々雨もぱらついている。しかし露天風呂に漬かったり涼んだりしながら、なんとなく長旅が終わったような気分に浸っていた。二日間、峠を越えてアイスを求めて走っていただけなのに。
 風呂から上がり、上階の中華料理レストランで遅めの昼食を取る。なぜだか飯物を食いたかったので、中華飯と、そしてこれでしょう、ビール。うますぎる!(ビールがな)
 それから小淵沢駅に移動し、臨時急行を待つ。これがまた、いつの間にか乗客が増え、果たして全員乗り込めるのだろうかと心配になってきた。しかし、車両は二階建てで、しかもここ始発なので、ほとんどがら空きという感じだった。自転車を置いた場所とは別の場所に座席を確保したとかで、いっとく氏に荷物の監視をお願いして、そっちで一眠りすることにした。しかし、窓の外の風景を見ているうちに、眠気は飛んでしまう。
 僕は新宿まで乗って行くことにしたのだが、ほとんどのメンバーは途中の駅で降り、だんだん残り少なくなって行く。結局、新宿まで行ったのは僕といっとく氏だけだった。僕はさらに湘南ライナーを捕まえ、戸塚経由で帰宅した。
 帰宅して、MR-4Fを清掃しなけりゃとも思ったのだけど、あまりに疲れすぎていてその気にもなれず、さっさと爆睡した。
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2002年8月03日(土曜日)

ついに麦草に

自転車 ( 自転車旅行記 ) , 23:55:00
 予定通り、朝4:00に起床。慌ただしく朝食を摂り、MR-4Fの点検をして、荷物を背負って立場駅へと出発。しかし急ぎすぎたのか、立場駅はまだ閉まっていた(爆)。MR-4Fを輪行態勢にした頃、ようやくシャッターが開き始めた。
 戸塚からJRに乗り換え、新宿まで、新宿で中央線特急のホームに到着すると、既にこぐ氏を初めとするかな支部の面々+αが待っていた。僕が挨拶していると、@nak家も姿を現した。
 程なくホームに入ってきた特急あずさ81号に乗り込み、一行は車中の人々となった。ところでおの氏は? 不安を感じた誰かが電話してみたところ、「今起きた」とか。間に合わないぞ、こりゃ。
 車中、少々寝ておこうとも思っていたのだが、結局はちょっとウトウトした程度だった。
 9:20頃、目的地茅野に到着。駅の東に出ると、自転車を組み立てている人々がちらほら。それがBD-MLの麦草アタック隊だった。合流して、各々の自転車を展開する。
 おの氏はやはり1時間以上遅れそうだということで、速攻で見捨てていくことになった(笑)。
 一行はかれこれ15人以上だろうか。とても2000m超級の峠を攻める連中とは思えない人数だ。それがズラズラと連なって登って行く様は壮観だ。
 何度かの小休止を取る。上りはまだ序の口。出発点が1000m前後で、今は1300mくらいだろうか。(た)女史が土地の農家の人にいろいろ話しかけられ、お土産にじゃがいもをもらってしまった。今から1000m近くも登るんですけど。かわいそうに、夫君の(あ)氏が運ぶことに。
 まだまだ序の口で、この辺までは元気があった。この程度の斜度なら、なんとかいいペースで登って行けると思えた。ところが、これからいよいよ斜度が上がり始めるのである。
 別荘地を過ぎ、人家もまばらな中を上がって行く。この辺でもかなりきつい。もう一番軽いギアを踏んでいる状況だ。それでもペダルを回すというには程遠く、一歩一歩踏む感じなのだ。それなのに、まだまだ本当にきついのはこの先だという。
 ずっと下を見て進んで行く。もう最後尾だったので、臨時幹事に就任したミキ氏が後ろに付き、なにかと話しかけてくる。それさえほとんど耳に入らない。一度、あまりにつらくて立ち止まったところで、ミキ氏が手持ちの非常食を恵んでくれた。親切が身に染みる。というのも、その後、少しだけ足が回るようになったからだ。その隙に、いつの間にか後退してきた吉田氏をパスし、ついにゲートまで進んだ。そこで自転車を降りたことは憶えているのだが、気がつくと寝転がって空を見上げている自分がいた。けっこうやばい......。そう自分で気づいた時、『ここで引き返そう』と決断しかかっていた。死にそうになるまで自転車のペダルを漕いで漕いで登って行くなんて、なにかが間違っている。自転車には楽しく乗りたいのに......。見たところ、周りにこんな危機的な状態に陥っている人はいない。それぞれ苦しげな顔は見せるが、基本的に顔はまっすぐ前を向き、僕のように下を向きっぱなしというわけではない。どうも、僕と周りの人々との間に、なにか大きな違いがあるようだ。直感的に、僕の苦しさは分かってもらえないのではないかと思った。
 止めようか、どうしようか。いつの間にかおの氏がやって来ていて(そういえばさっき見た気もする)、17人にもなったメンバーの楽しげな表情を見ているうちに、やはり苦しくても登っておこうと思った。いまだかつて、BD-MLのこの麦草アタックで、途中で引き返した者はいないはずだ。その最初の一人になる屈辱には耐えられそうにない。
 やがて、このゲートから一斉にアタックが開始された。いっとく氏はもう先にいっているという。その他のメンバーが、勇躍上りに飛び出して行く。僕は内心忸怩たるものを抱えて、その後をのそのそと上りはじめた。
 やはり、きつい。今までの上りなんか楽なものだった。斜度が上がり、いよいよ本格的な峠越えの雰囲気だ。みんな、あっと言う間に見えなくなる。初参加の人々さえ、ずっと先の方を進み、二度とその後ろ姿を見ることが無かった。ああ、あれが世間の標準なんだな。やっぱり、僕はなにかがおかしいのだ。いやおかしいのは、そもそもこんな峠を自転車で越えようなどと思った人間の頭の方だ。と、いい加減、八つ当たりモードに突入しつつあった。しかしそれも長続きせず、むしろ中に落ち込むような怒りがくすぶっている。力になるような怒りさえ湧いてこないのだ。全く顔は上がらず、下を流れる白線を見つめるばかりだ。時々顔を上げては、スピードメーターの表示が7km/hから4km/hをふらつくのを見て、下がりすぎないように必死にこらえる。
 つらい。たかが坂を上ることが、こんなにつらいだなんて。いくらなんでもつらすぎる。自転車の選択を誤ったのだろうか。そもそも、足が全然鍛えられてないようだ。なんという疎外感だろう。自分だけがこれほど劣っているとは......。もう自転車に乗るのは止めようかとさえ思い始めた。それは大げさにしても、峠を人とともに越えるのはごめんだ。二度とやりたくない。
 一度、立ち止まって、前方を呆然と眺めていると、後ろからなぜか一人で登ってくる人が。ああ、平野氏だ。そういえば、ゲートを出たとき、まだなにかやってる雰囲気だった。立ち止まっているので、平野氏は先に進んでいってしまう。ものすごくゆっくりだが、着実に登って行く。よし、僕も、どれほど時間がかかっても、ペダルを踏み続けるぞ。
 再び、ペダルをじわりと踏み、白線が苦痛なほどゆっくり視界を流れて行くだけの時間が戻ってきた。が、気がつくと、すぐ前に平野氏の後ろ姿が見えている。ゆっくり、ゆっくり追いついて、しかし追い抜く気力はないので、そのまま後続して走り出した。時速5km/h。自転車って、こんな速さでも走れるんだ。結成、チーム5km/h!(爆)
 5km/hをキープしながら、ペダルを一歩一歩(もう一回一回という踏み方ではない)踏みながら登って行く。すると、なんとか続けて行けるような気がしてきた。これなら上まで上がれそうだ。はじめてそういう気になった。それでも、カーブはあまりにも苦痛だった。斜度が一気に上がるからだ。できるだけ緩やかなアウトコース寄りに出たり、さらには蛇行したりしながら、なんとかカーブを一つ、また一つパスして行く。平野氏との間に、会話する余裕さえ生まれた。高度2000mの看板を確認。まだ200mも登るのかよ! 頭がトビそうになる。
 また一つカーブをパスした。すると、急に道がなだらかになる。しかし気を抜かない。最後の最後に、一番急な斜面を通ると聞いていたからだ。案の定、まもなく最後の上りに突入。これは、厳しい......! 頭がトビそうになる。時速4km/hに落ちつつも、なんとか坂を登って行く。そして、再びなだらかな直線に出た。今度こそ最後の直線だ! 僕は平野氏をさっさと見捨てて(笑)、再び回せるようになったペダルをくるくる回しつつ、最後の直線を突っ走った。平野氏、ごめん。
 そして、ふと右を見ると、先行していた面々が固まっている。そこがとりあえずのゴールらしい。もう走らなくていいんだな。もう坂を上らなくていいんだな。そう自分に確認しつつ、僕はその一団に歩み寄った。
 自転車を降り、本当の頂上(それはまだ先にあるが、もうなだらかな坂だ)に目をやり、それから衝動的にミキ氏にカメラを差し出して、撮影のお願いをした。そして、登頂記念のスナップをパチリ。これは確かに麦草峠を極めた証として、そして再びこんな暴挙に乗り出す前に考え直す戒めとして......。
 ほどなく、平野氏も登ってきて、全員がそろった。ようやく、なにがしかの余裕を取り戻した僕は、周りと和気あいあいと会話しながら、フュッテでの昼食になだれ込んだ。しかしながら、内心はどうしようも無い屈辱感に苛まれてもいた。なんでみんなが平気でできることを、僕だけはこんなに苦しんでしまうのだ。いわく言いようのない疎外感も感じていた。しかしまあ、冒険は終わった。後は楽しむだけだ。
 フュッテでは、遅刻したおの氏が全員におごるという話も出たのだが、金額のでかさに驚いたおの氏が日和、なぜか吉田氏のみにおごることになったそうだ。吉田氏に対しては、前に遅刻をネタにおごらせた手前、勘弁してくれとはいえなかったようだ。
 フュッテでの休息もそこそこに、今度は反対側へのダウンヒルだ。高速組と低速組に分かれ、それぞれ隊列を組んで降りて行く。これがもう、爽快で爽快で。各カーブで速度を少し落とし、また速度が上がるまでの間、周囲の風景が目に入る。こんな植生のところにいたんだ、ああ、もう木立が増えてきた、などといちいち感慨にふけりながら降りて行くのだ。風で体が冷えるが、日差しもあるので寒くなるほどではない。念のためにウィンドブレーカーを着ていたのだが、今回は不要だったかもしれない。
 途中、低速組の先頭を追い越してしまい、高速組を追いかけて突っ走る間、完全な単独行になった。誰にも合わせる必要がなく、自分のペースで突っ走る。ああ、これだと思った。これがいいのだ。
 と、道が三叉路になり、その近くで先行組が待っているのが目に入った。合流して、低速組を待つ。なんか、けっこうおいしいポジションにはまったな。
 合流して、さらに下って行く。小海線の駅近くまで下り、さてこれからどうしようということになった。今回は、夏ということもあって消耗した人が多く、自走して宿泊地の野辺山まで行こうという人が少なかった。おの氏ら数名だけが自走で出発する。草津のkei氏もここでお別れということで去り、残りは少し話し合い、結局すぐ輪行ということになった。駅まで降りると、先に輪行するつもりで降りていたkei氏がポカンとしていた(笑)。
 小海線は、四国の予讃線以来乗ったワンマン車で、バスのように降り口が一つしかない。野辺山で降りるときは大変な混雑になるぞと思った。過ぎて行く車外の風景が美しい。車内の女子学生のスカートが、関東ではここ10年もお目にかかってないような長さだった。これが本来の標準なんだろうが。
 やがて野辺山駅着。駅員がいるので、結局全ドアが開き、スムーズに降車できた。
 駅前で本当にkei氏とお別れとなる。残ったメンバーで話し合い、適当に分かれて近くの温泉で汗を流す組、その前に宿に荷物を置いてくる組に別れた。僕は直行組。宿に行く途中の旅館で温泉に浸かり(といっても銭湯と変わらない)、ようやく一日の疲れを癒した。
 温泉を出て、酒を買おうということになり、まずは駅近くに引き返した。自販機で酒を買い、さらに駅前のみやげ物屋で酒やつまみを買い揃え、今夜の宿、こっつぁんちを目指す。
 こっつぁんちに着くと、もじゃもじゃした白髪頭のおじさんが出迎えてくれた。これがこっつぁんか。人なつっこい感じのおじさんである。
 宿はまさにユース的で、家構えは民家そのもの。ユーティリティスペースに、客室がいくつか。その一つに適当に荷物を置き、ベッドメークなどしているうちにもう夕食である。
 夕食はここで取れた野菜を中心に、シチューやサラダ、揚げ物など。なぜかシチュー食いたい欲が最強に強まっていた僕は、一も二もなくシチューに飛びつく。うまい。欲を言えば、シチューのお代わりしたかったな。
 その後はビールを取り出し、酒盛りの始まりだ。昼間の疲れに舟を漕ぐメンバーもいたが、概ね盛り上がりながら23:00までバカ話に耽る。いいねえ、こういうわけの分からん状況は。
 そして各々のベッドに入り、明日の起床時間に携帯電話のアラームをセットした途端、ストンと意識が途切れた。
 ずいぶん長かった一日も、ようやく終わったのだ。
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2002年4月28日(日曜日)

呉に帰る

22:00:00 天気:くもり
 前日、かなり遅くまで、いやそれどころか、今日の昼前まで旅行準備に追われる。睡眠時間は十分だが、Librettoには最低限のソフトしかインストールできなかった。まあいいか。そんなにLibrettoに向かう時間はあるまいし。
 14:00過ぎに、ようやく家を出た。荷物はできるだけ減らし、バックパック一つとMR-4Fだけにまとめる。去年、しまなみ海道を走るために帰省したときには、帰省の滞在日数もあったので結構な量だった。それどころか、しまなみを走るときにも、重いバックパックの他にフロントバッグまで着けていたっけ。後で思うに、かなり無駄なことをしていたと思う。自転車に全部載せるか、バックパックに集約すればよかったのだ。
 ともあれ、MR-4Fで立場駅まで走り、そこで輪行状態にする。折り畳みは少し面倒だが、持ち運びはBD-1より楽だなあと思う。
 地下鉄で新横浜まで出て、そこで切符を購入した。指定席も取れる券売機で、あっさりのぞみの指定席を確保。世間はGW本番ではないのだな。10連休のありがたみを噛みしめるぞ(笑)。
 車内でうつらうつらしながら過ごしたが、隣に座っていたご夫婦の子供がうるさく、なかなか寝付けない。1、2歳児だと思うが、これくらいの子供はほとんど怪獣だ。
 広島に着き、呉線で呉に到着。駅前でMR-4Fを展開し、自宅までゆっくり走って帰った。既に日が暮れた中、MR-4Fでははじめて走る故郷の道を味わいながら、実家に帰着した。
 明日はしまなみ海道だ。早めに寝入った。
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2002年4月09日(火曜日)

はっきりしない天気だが

22:00:00 天気:くもり稀に雨
 一日中くもりだった。春らしいといえば春らしい、春めいてないといえば春めいてない。微妙にヤな感じの一日だった。
 さて、今月末29日にしまなみ海道を再訪する。今度は前より楽に走れるだろうと考え、途中何箇所かで大休憩を取るつもりだ。観光も出来ればいいな。
 5/3には御茶ノ水でSFセミナーがある。これは参加したいので、5/2には横浜にとんぼ返りということになりそう。すると5/4~5/6くらいまでが開く。この間にどこかに走りに行こうと思う。
 一つは真鶴再訪。真冬に行ったときはピンと来なかったが、春に行けば新緑が鮮やかでいい感じかもしれない。小田原から真鶴道路旧道を走り、真鶴、最後に湯河原と、前回のルートを踏襲するつもりだ。湯河原では温泉も楽しもうと思う。
 あと、ヤビツ峠もこの機会に行って来たい。ちょっときついが、5/4か、5/1に横浜に帰って、5/2くらいに行くか。
 GWは10日もあるのに、4/29~4/30しまなみ海道、5/3御茶ノ水と決まってるので、結構きついなあ。
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2001年7月11日(水曜日)

しまなみ海道を走るぞ

20:53:00 天気:晴れ晴れナリ
 盆休みまであと一月。どうにか11連休に出来そうだ。実家に11日いるつもりは無いが、なんだか体が腐りそう。
 そんなわけで、前から目論んでいたしまなみ海道の走破を実行に移すことにした。しまなみ海道は本四架橋3ルートの内、尾道と今治とを結ぶルートだ。このルートの最大の特徴は、いずれの橋も徒歩、あるいは自転車で渡れるという事だ。また橋と橋の間(というか島)にもサイクリングロードがかなり整備されており、自転車で走り抜けるのに好都合だ。実際、ここを自転車で走破した人は、ウェブのあちこちでちょくちょく見かける。距離的に90km程度なので、初心者でもなんとか挑めそうだ。
 昼過ぎに、愛媛側の宿候補、サンライズ糸山に予約を入れる。ほとんど満室で、当初考えていた8/14から8/16にずらした。一応、休憩込で6時間程度で走破できるだろうと見積もっているのだが。
 なんにせよ、ワクワクする気持ちは抑えられない。
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2001年6月23日(土曜日)

東京プチオデッセイ

23:55:00
 四谷3丁目駅でおーぎや、妄言王両氏と別れ、営団地下鉄で東京方面に向かう。僕は営団の東京駅で下車。他の諸氏と別れを告げた。お疲れ様でした(というか疲れた)。充実した疲労感に満たされて営団東京駅の改札を出た。それが間違いの元だった。
 案内板でJR東京駅への向かい方を見た。が、地上にあるのは「JR有楽町駅」??? 営団「東京駅」は偽りかっ。いや、偽りではない。確かに東京駅なのだ、営団にとっては。「たまたま」、JR東京駅から離れているだけで......。なんてこったい。僕は営団の罠にまんまと落ちてしまったのだ。「ホッとしたところで罠」はライティングの基本技術だ。まさに教科書通りの罠に落ちた俺様を、帝都高速度交通営団は腹を抱えて嘲笑っているに違いない......。
 さめざめと泣きつつ、とにかく地上を東京駅方面に歩いた。地上にはJRの高架が走り、道を誤る恐れだけは無い。しかし、この時刻のこの界隈は、人通りが少なくて不気味なのだ。しかも街灯が少ない。それは全然問題なしだが。
 高架の下にはいろんな施設が入っている。飲み屋とかカフェが多いが、東京駅のごく近くまで来ても、うらぶれた雀荘があるのには驚いた。スターリングなら大喜びするかも。
 かれこれ15分ほど歩き、ようやく東京駅が見えたときにはホッとした。東京駅の前には、物凄い数のタクシーが客待ちしている。100台じゃすまないだろう。しかし、量的な面を無視すれば、地方都市、例えば故郷の呉市の駅前となんら変わりない光景といえる。質的な差異は無い。ただ、量が尋常ではないだけだ。地方都市のプチ東京化が進行しているが、本当は東京など巨大すぎる地方都市に過ぎないのではないだろうか。量の迫力で圧倒しているだけなのではないか。
 そんな思いに囚われつつ、東海道線の遅い便で帰宅した。ああ、今夜のNHKスペシャルは面白そうだったのに、見逃しちゃったよ。
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