Strange Days

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2004年1月30日(金曜日)

萌える尾形光琳

思考 23:55:00
 いやあ、これは萌えるニュースだ。いや別にオポチュニティーたん萌え~とかの話じゃなくて。
 尾形光琳というのは、江戸時代を代表する絵師で、国宝メーカーともいえる大芸術家だ。八橋蒔絵螺鈿硯箱、燕子花図屏風なんてのを代表作として、国宝、重要文化財をゴロゴロと量産している(いや、別に国宝を作りたかったんじゃなくて、パトロンの要請に技術の粋を凝らして応えただけなんだろうが)。その光琳の最高傑作といわれるのが、箱根のMOA美術館が所蔵する紅白梅図屏風だ。これも、NHKでやってた「国宝探訪」で取り上げられたな。というか、光琳の国宝美術品は、全て取り上げられた気がする。
 この屏風、その描画手法には様々な謎があるとされてきた。例えば中央に流れる川は、今見る限りは黒っぽい染料を主体に、銀の波紋状の意匠が、川の流れを表現すべく描き込まれているのだが、この黒い川面が初めから黒かったのか、青い染料を使ったところ褪色してしまったのかで意見が分かれている。細かい手法にも多くの謎がある。たった300年前の話とはいえ、その頃の職人の仕事ぶりを知る手がかりは乏しいので、現物を調べて、想像するより他にない。
 まあ、基本的には、屏風の背景に金箔を張り(背景は金色)、水面の意匠も金箔や銀箔で処理された物と見て間違いない。そう考えられて来た。だって、その背景部分や水面の意匠部分には、箔を張り合わせたときに出来るつなぎ目が見えていたのだから。ところが、最新の知見に依れば、この部分すらも従来の見方では説明できない事が分かってきたのだ。
 まず、水面の意匠部分を、蛍光エックス線分析による非破壊試験で、成分調査したところ、実は金銀が全く含まれてなかったことが分かった。ここは箔はおろか、金属染料すらも使われず、有機染料で、しかもわざわざつなぎ目を描いて、箔を張ったように見せかけた疑いが持たれている。また金箔で処理したようにしか見えない背景部分も、実は金は成分としてはごく僅かしか検出されず、金を膠に溶いた金泥を塗布した物と考えられるようになったのだ。もちろん、背景のつなぎ目もわざわざ描いたのだろう。
 なんでわざわざそんなことしたのよ、という気がしなくもない。金を惜しまないパトロンに恵まれた光琳が、金銀を惜しんだとも考えられない。なんとなく、江戸期最高の芸術家が見せた茶目っ気のような気もする。
 これらの調査結果は、もちろん従来の諸説をすべて覆すもので、大きな驚きを持って迎えられているようだ。
 それにしても、300年というもの、目の肥えた鑑賞者はおろか、科学的分析の目にすらさらされて来た作品に、いまさらこんな新しい謎が付け加えられるとは。現代を生きる我々の想像すら絶するようなレベルにあったらしい江戸期の工芸家、芸術家たちは、いったいどんな怪物だったのだろうか。それでも想像を巡らすと、わくわくしてくる。萌えるぜ、光琳。
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2004年1月27日(火曜日)

古賀さんってどうよ?

思考 17:00:00 天気:晴れ?
 民主党(現時点では既に"元"だが)の福岡2区選出衆院議員、古賀潤一郎氏の学歴詐称問題は、古賀氏の民主党離党、議員報酬の返却という方向に進んでいる。
 正直、議員の学歴などたいした問題じゃないし(小泉首相の学歴を覚えている人がどの程度いるだろうか)、要は科学的思考の出来る人であればいいと思う(それはその人の言動に注視するしかあるまい)ので、そもそも辞職する必要など無かったといえよう。しかし、この問題、変だぜ。
 古賀氏は、最初の説明では、ペパーダイン大からの卒業証書は、弁護士を通じて『受け取った』といったのだ。そしてそれは米国からの帰国の際、『紛失した』と。ふつう、紛失するものだろうか? そしてその弁護士の名前は既に『失念し』、所在も分からないという。ふつう、忘れるものだろうか? というか、そんな重要な情報、何らかの形でメモに残しておかなかったのだろうか。まず『受け取った』こと自体が捏造だと思える。あまりに都合よく古賀氏が紛失し、失念しすぎていると思えるからだ。また『受け取った』こと自体が事実だとしても、それは古賀氏が手の込んだ詐欺事件に巻き込まれたということを意味する。ペパーダイン大が卒業証書を発行して無いとしている以上、真正の卒業証書など実在しないはずだ。
 そもそも、この"弁護士"の実在が疑われている。弁護士を通じて卒業証書を受け取るなどありえないという指摘があり、また古賀氏の供述の迷走振りからも、弁護士の実在そのものが捏造であることを示唆している。卒業の事実だけではなく、その後の説明の内容の全てが、まるごと嘘だったというわけだ。
 たいした問題ではなかったのだ。ごめんなさい、見栄張りました、と古賀氏が頭を下げれば済むはずだった。その時点で民主党離脱、議員報酬返却という決着を着けたのなら、まずは妥当という印象を持つ人が多かったのではないだろうか。古賀氏を代表として国会に送り込んだのは、福岡の人々だから、一つの"嘘"を巡って、他の選挙区の人間がどうこう言うことではないと思う。古賀氏が学歴詐称していたからといって、それで国会の機能が損なわれるわけではない。そんな嘘吐きは要らん、と福岡2区の選挙民が判断するのなら、彼らがそれなりの手立てを取ればいいのだ。公選法違反により失職するというのなら、やむを得ないかも知れない。しかし、学歴詐称程度の問題で国会議員を失職させていいのかというのは、議論の余地があるのではないだろうか(過去には失職事例あり)。結局のところ、その程度の問題だったのだ。
 ところが、今や我々他の選挙区の者は、国会に古賀潤一郎という『過去の過失を糊塗するために嘘を重ねる人間』がいることを知ってしまった。これは単純に嘘をつくという問題とは、別次元の、重大な問題だと思う。過失を素直に認め、謝罪、補填できないような人間だけは、国会に置いてはならないのではないだろうか。古賀潤一郎という男、国会議員としては失格だと思うな。この問題、このままで収めちゃまずいぜ。
 何故、この時期に(自衛隊のイラク派遣開始という)問題が突如として浮上したか、などなど、深読みのネタは尽きないけれど、その後続々現れる新たなる疑惑や、与党の対応など、もう少し注視し続けなければならないと思う。
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2003年8月19日(火曜日)

夏はどこに行った

思考 00:00:00 天気:すっきり晴れないな
 本当に、夏はどこに行ったのだ、というような、涼しい日が続いている。暑ければ暑いで文句を書くに決まっているが、暑くないと物足りない気がするから不思議である。例年、8月には毎日稼動するエアコンも、今年は数えるほどしか点けてなかったな。これはこれで、電気代が助かる。おかげで農産物は大打撃だそうで、一面の向日葵畠を売りにしているとある観光地では、向日葵が全然咲かなくて困っているそうだ。
 これはアレだな、TYPE-MOON人気投票で、腹黒琥珀に逆転された秋葉様の呪いなのだ。秋葉は秋葉神社として全国各地に祀られている火事災難の神だ。秋葉山から火事という諺で知られている。え、秋葉山から火事、で合ってたっけ? ちなみに秋葉原の名は、明治維新前後、この地に秋葉神社の関連施設が作られたことに起因しているとか。その秋葉神社の祭神は火の神である火之迦具土神。つまり、秋葉様が熱を略奪する能力を持つことは、なんら不思議ではないのである(そうなのか)。さらに、この日本全土を覆う禍々しい冷夏の正体も、秋葉様の怒りがもたらすものだとしても全く不思議ではない(だから、なんでそうなのか)。このまま秋葉様の怒りを放っておけば、日本は未曾有の異常気象に見舞われ続けるだろう。いや、この異常気象が世界規模のものであることを考えれば、秋葉様の怒りは既にグローバルスタンダードな課題になりつつあるのだ!(くわっ)
 世界の危機を救うためにも、9月の秋葉様聖誕祭は、国を挙げて盛り上げねばならないな。なに、腹黒が怖い? だいじょうぶ、奴は遠野家から一歩出れば、ただのおばさんです。俺仮説では、琥珀の策謀が決まったのは、彼女が賢かったからではなく、むしろ愚鈍だったからだと推測しているのだ。恐れることは無いのだ。これでいいのだ。
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2003年5月29日(木曜日)

イリヤ・プリゴジン逝く

思考 23:55:00 天気:晴れ
 イリヤ・プリゴジン博士(いうまでもなく散逸構造の提唱者)が逝去した。SF者にも多くのアイデアをもたらしてくれた人だった(もちろん博士当人が意図してではなかったが)。氏の著作はひたすら難解(というより僕の方で受容できる下地が無い)だが、SF界に一つの流行を作ったのは確かだ。自己組織化の概念が提示されなかったら、スターリングの「スキズマトリックス」は書かれなかったんじゃないだろうか。
 これで『その手はイリヤのプリゴジン』とか『実にプリゴジン的だ』とかいった決り文句は言えなく、なったわけじゃないが。科学界の巨星が、また一つ落ちた。そういえば、チョムスキーもいつまで元気でいてくれるだろうか。
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2003年3月06日(木曜日)

井上瑤逝く

思考 00:00:00 天気:くもりのち雨
 なんと、声優の井上瑤女史の訃報は事実だったらしい。新聞の訃報欄に次々に掲載されている。1stガンダム世代では、マ・クベの塩沢兼人に次ぐ訃報。しかも、主役級の欠落なので、今後1stガンダムキャラのリメイクは難しいだろうなあ。
 さようなら、セイラさん。
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2003年2月01日(土曜日)

コロンビア墜ちる

思考 07:00:00 天気:快晴
 夜2:00頃、何の気なしにテレビを点けた。録画していた番組を見るつもりだった。ところが、目に入った光景に釘付けになった。そこには、青空を背景に、白い航跡を描いた物体が、次々に分裂しながら飛ぶ映像が映し出されていた。一瞬、ミール落下の様子を思い浮かべたが、テロップを見て驚いた。『スペースシャトル分解、墜落か』とあった。まさか、まずそう思った。それから、いや、やはりこの日が来たか、と思い直した。いつかはこういう日がまたやって来るだろうと思っていた。チャレンジャーの爆発以来、宇宙開発で再び死者が出る日が。しかし、まさかそれが再びスペースシャトルで起きるとは思っていなかったが。
 '60年代以降、人間が宇宙に行く機会はますます増えて来ている。サリュート以降、ミール、ISSと稼働し、宇宙に人が常駐する時代が始まっている。それは有人機が危険な領域、すなわち大気圏を通過する機会が増えているということも意味する。地上、0km/hの世界から、衛星軌道、8km/sの世界へと登り、また降りてくるという行程からは、常に危険を抹消できない。人類が到達した最速の領域へと行き来する間には、ほんの数秒のうちに完了しなければ大きな危険を誘発する作業が、おそらくは何十、何百となく必要になるはずだ。打ち上げの度に、そんなシビアな手順をこなして行かなければならない。つまり、余裕がないのだ。チャレンジャーの事故の時は、そんなシーケンスからのわずかな逸脱が、ついに爆発へと到る危険を呼び寄せてしまったのだ。今回のコロンビアでは、なにが原因かまだ分からない。だが、ほんの一瞬の出来事が、あっと言う間に空中分解を誘発した可能性が大きいだろうから、その構図は良く似ていると思う。
 もともと、シャトルの危険率はかなり高いものだった。現行のスペースシャトルは、'70年代の技術で建造され、'80年代の技術で改修され、'90年代の技術で管制されて来たものだ。機体の構造には、最新の科学的知見からすると無駄が多く、かつまた余裕もないものだ。管制コンピュータなどは3重化されているものの、機体構造の一部分が破損すれば、全体的な破壊に到ってしまう可能性が高い。損害を他の部分で支えてやる設計にはなってないのだ。それは今の技術でも達成が難しい課題だ。
 有人飛行の度に必ず人命を危険にさらすリスクは存在し続ける。宇宙開発は、日常的な空路の運営と同じく、そのリスクと利益を秤にかけながら進められている。それはロシアでも、そして間もなく有人飛行を行うと見られる中国でも同様だ。次の事故はロシアか、そのロシアの技術を流用している中国で起きるだろうと見ていたから、アメリカで再び発生したことに少なからず驚いている。
 真の原因は未解明だが(発射時の小さな事故が引き金になったという情報が入っている)、今日の7人の犠牲は、過去の、そして未来の犠牲者の一部にしかならないということだけはいえる。アメリカはこの犠牲者たちを、善かれ悪しかれ乗り越えていけるだろう。しかし、これから数年にわたるであろうシャトルの飛行停止が、これからの宇宙開発にどんな影響を与えるのか(必ずしも悪い影響ばかりではないはずだ)、注視する必要があると思う。
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2003年1月23日(木曜日)

インターネットは人類の鏡かな

思考 00:00:00 天気:雨の一日であつた
 不眠症とまでは行かない。しかし、ストンと素直に眠りにつけるタイプではない。眠りに就くまでいろんな事を考えてしまうのも、さっさと眠れない一因だろう。今後の人生のこととか、PC群を立て直さなけりゃとか、カーボンフレームのロードバイクが欲しいなとか、ナイチチの独裁妹に萌え死にそうとか、どうでもいいようなことばかり考えてしまう。
 最近、ふと考え始めたのが、インターネットが人類の知の創造にどれくらい関わっているのだろうか、という疑問だった。いわゆるインターネットに対して、『人類の知の新たな最前線』とかいった扇情的な言葉を贈られることもあるようだ。と思って検索してみたのだが、『人類の知を創造する』とする人は非常に少ないということに、今になって気づいたりしてな(だめじゃん)。替わりに、『人類の知を集積できる』と考えている人は非常に多いようだ。というわけで、世間の人々はインターネットと"知"の関わりとして、『その集積、新たなる図書館』という役割に重きを置いていることが分かった。なんか、僕の最初の目論見とは違う方向に話が進んでしまいそうだ......。
 実際、僕自身のインターネットへの関わりを見ても、便利な電話、回覧板代わりの電子メール、掲示板、そしてなにか新しい知識を得るための検索エンジンとして使うのがメインだ(掲示板という娯楽はあるにせよ)。その"新しい知識"も、既に『誰かが知っている事』に他ならない。つまり、インターネットを経由して手に入れられるのは、誰かにとって既知の事項に限られるのである。当たり前すぎる結論でした。
 インターネットを介して人類の知を集積して行けるのならば、そこに人類のありのままの姿を見出すことも出来そうに思える。だが、インターネットに見出せる"ありのままの姿"は、どうにも現実世界で思い描くそれとは隔たっているのではないだろうか。SPAMに代表される犯罪意識の欠如、2chなどBBSに見られる過剰さ、そして犬の時間(Dog year)などと表現される全体的に異様な進行(必ずしも進歩とはいえない)の速さなど、現実世界に基づくにせよ、かなりデフォルメされているように思える。つまり、インターネット上に描かれる人類の姿とは、何者かの意図やなんらかの技術的要因によってデフォルメされた、ポートレートに過ぎないのではないだろうか。......いや、それだけのことといえば、それだけなんですケド......。
 最初に戻って、『人類の知を創造する』というのは嘘なんですかねえ。考えてみれば、『知の創造』に関わるモノといえば、ハッブル宇宙天文台だの、ジーン・アナライザのクラスタだの、もっぱらモノを観測する手段、そしてそれを知覚して思考を巡らす人間の脳ミソくらいに限られてくる。数学の世界では、電算機で"エレファントな解"を求めるという方向もあって、それはそれで分散コンピューティング絡みでインターネットと密接に関係しているといえなくはない。でも、インターネットの機能(情報の流路であり、一時的な集積点であり)からすると、どうしても創造そのものというより、創造を支援するツールという度合いが高くなるのは止むを得ないだろう。しかし、それを言うなら、人類の"知"が創造される瞬間というのは、いつだって誰かの頭にそれが認識された瞬間であるはずで、だからこそ"自然科学"という、自然探求を掲げた分野が幅を利かせているのではないだろうか。ハッブル天文台にせよ、結局はツールに他ならない。
 もしもインターネットが知の創造に直接的に関わることがあるとすれば、それは情報を流し、一時的に蓄積するというその機能に直接与っている場合ぐらいだろう。そんな"創造の瞬間"が時たまある。複合知、つまり、1+1>2となる場合だ。いくつもの知識を重ねて行くことで、新しい知識が生まれて行く。そんな体験が、誰にでもあるはずだと思う。そういう創造の場所には、インターネットはいかにもふさわしい。しかし、だからといって人類の知の最前線を主体的に押し上げたとは思えないのだ。むしろ、インターネットは、人類の知のレベルを底上げしつつあるのではないだろうか。要するに、インターネットの知識創造機能を体験できるのは、僕のように知の底辺で蠢いている人間に限られるのではないだろうか。
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2003年1月01日(水曜日)

そこから先は私は知らぬ

思考 00:00:00 天気:晴れてますがな
 去年一年を振り返ると、打ち続く不況、高止まりの円相場、乱高下する証券取引市場、そして次々息絶えて行く企業群、といったものが目に付く。などとプレジデント誌愛読おやぢのようなことを俺様が書いても仕方ないので、自分史2002を回顧しよう。
 しかしまあ、去年は一昨年以上に自転車に入れ込んでしまった年になった。年初にMR-4Fを買って、もうこれで打ち止めだと考えていたら、思いがけずBikeEが転がり込んできた。さすがにこれで終わりか、もうこの先は今ある自転車の買い替えぐらいだなと思っていたら、年末にEPICという大物が控えていた。さすがにこれは、自分的にもやりすぎ感が強い。自転車が家に8台あるなどと人前で述べると、もう既にギャグになる領域だ。
 パーツもたくさん買った。家にある自転車で、コンポーネントが買ったままなのはBikeEくらいなものだ。これもやりすぎ感がある。そろそろ、C.B.あさひ辺りから付け届けが来ないかと思うくらい、売上に貢献したような気が。
 ツーリングにもよく出かけたなあ。でも行きたい場所がありすぎる。
 こうして振り返ると、自転車萌えな一年でした、と締めくくってもいいくらいだ。しかしこれではいかん。もう少し他の趣味にも時間を割かなければ。幸い、最近は狙ったように週末の天候が悪化することが多いので(本当になぜだ)、そういう時はすっきり別の趣味に走ろうではないか。そう、ネットゲーだ(ダメすぎ)。もう少し実のある趣味を持ちましょう......。
 あ、小説も書かないとね。
 しかしまあ、今年の景気はどうなるんだろう。
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2002年9月17日(火曜日)

日朝合意について

思考 00:00:00 天気:相変わらず良くない(だいたい雨)
 夕方、なにげなくニュースサイトを見た。小泉首相の訪朝について報じていた。というか、それ一色だった。そして、その内容にはぶったまげた。
 簡単にいえば、

という内容だった。
 要するに、訪朝前に果たしてなんらかの言質を取れるかとすら危ぶまれていた事項が、ほぼ全て盛り込まれてしまったわけだ。これが小泉首相の目論んだパフォーマンスか。とにかく、この訪朝に注目していたほとんどの勢力が、衝撃を受けたのではないだろうか。
 これだけの言質を引き出すには長い下準備が必要だったはずだ。『拉致疑惑の解明に至らなければ成果なし』などとのんきに発言していた民主党の鳩山氏よりも、小泉首相とその周辺の方が遥かに上手だったわけだ。かなりの譲歩を引き出せるとにらんだからこそ、電撃的な訪朝に踏み切ったのだろう。
 日本側の対価は無償援助、"謝罪"とそれに伴う補償(の交渉開始に関する合意)などであり、従来からの枠を一歩も踏み出してない。しかし、北朝鮮はその枠に踏み込まざるを得ないくらい行き詰まっていたのだ。その背景には、アメリカの軍事力による恫喝に対する、北朝鮮当局の恐怖もあったと考えるべきだ。北朝鮮が、というよりも、周辺諸国での動乱を病的に恐れる中国の意向が強かったという意見もある(読売辺りはそう見ている)。
 さて、今回、拉致疑惑が「北朝鮮による謀略」という形で、その犯罪性が明らかになった。その上、"拉致"された人々の大半(11人中なんと8人)の"死亡"が発表された。しかも、"拉致疑惑"、"不審船"への金総書記の関与は自明のことなのに(他国への危うい謀略に最高権力者が不関与などという状況が想像できるだろうか)、今回の訪朝では「責任者は処断した。再発はしない」で終わっている。これでは、拉致された人々の家族は納得できないだろう。
 だが、それでも、今回の合意の核、「正常化交渉再開」に踏み切ったことは、正解だったのだと思う。
 交渉の進め方には二つあると思う。一つは個別の題目を完全に消化しながら進めるやり方。もう一つは大きなフレームを設け、その枠内で按配しながら自分に有利になるような方向に進めるやり方だ。今回は、というよりも北朝鮮を巡る全ての交渉は、全て後者のやり方で進められてきたということに注意するべきだ。北朝鮮から見ると、個別の題目、すなわち戦後補償、あるいは不審船問題といった、個々の問題を切り離して、自分に有利な問題だけの解決を図りたいだろう。彼らは自国内に事実上世論というものが存在しない。一方、日本にはまあ自由といえる言論が成立しており、世論というものが大きな力を持つ。こんな立場の差があるが故に、北朝鮮は日本の世論の温度差というものを利用して、個別の議題に関して有利に交渉を進められる可能性を持っている。だからこそ、北朝鮮と他の自由主義諸国との交渉では、北朝鮮の国益に沿った議題に、その他の議題を一括してくくりつける、フレーム方式が取られてきたのだ。今回の訪朝は、その一環であり、またその枠内からは逸脱していないと僕は見る。
 もしも拉致問題の完全な解決を要求するとすれば、それはすなわち北朝鮮の最高権力者である金正日、金日成親子の責任を問うことになる。だが独裁制国家で、権力者が犯罪の責任を認めることはありえない。権力者の権威失墜は、そのまま体制の崩壊に直結するからだ。だから、拉致疑惑の「完全解明」を前提に正常化交渉を進めることは、端から不可能な話なのだ。
 しかし、一度国交を開かせ、彼らを資本主義経済の枠内に取り込んでしまえば、彼らは必然的に変質せざるを得ない。独裁制社会主義(というのも変な造語だが)から、少なくとも独裁制開発資本主義へと進まねば、超国家的な資本主義経済から旨みを得ることは出来ないからだ。
 だが資本主義社会は、言論の市場化をも包括しているから、やがて必ず反体制派の顕在化を招くだろう。その一方の終端に内戦による崩壊があり、一方に東ドイツのような吸収合併による崩壊がある。つまり、長い目で見れば、対北太陽政策というものは、結局は北朝鮮の消滅をにらんだ政策といえる。そして、もしもその段階になれば、初めて"拉致疑惑"の完全解明が進むだろう。権力者はもういない。あるいは、その重みは失われている。そのときになって初めて、権力者の犯罪というドラマチックな事実が解明されてゆくのだ。東独でホーネッカー書記長の"犯罪"が明らかになったのが、ドイツ統一の後であったように。
 だから、不明者の家族が憤慨するのは分かるが、マスコミはもっと冷静に論点を整理し、日本の世論に示すべきではないだろうか。死んでしまった命は戻らない。だが交渉の窓口を閉ざし、その死の形がどのようなものだったのかを探る糸口をも失うことも、また馬鹿げた態度だと思う。今回の拉致問題で真っ先に図られるべきは、生存者の帰国だ。それが、いずれにせよ国交正常化交渉の過程でしか解決できない問題なのは、これも自明のことではないだろうか。
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2002年9月11日(水曜日)

暗黒の日から一年

思考 00:00:00 天気:くもりのち晴れ
 あれから一年が経った。去年の9/11の日記を読み返すと、核戦争が起こるだのジェノサイドだの、自分のおびえている様子がうかがえて笑える。しかし、今もイラク絡みでちらちらやばい話が聞こえてくるなど、これが単なる笑い話に終始してないのが恐ろしい。それでも、全面核戦争という可能性は、もう考えなくて良さそうだ。だが、中東が灰になる(あるいはその他の地域で核テロがある)という可能性は、まだ残ったままだ。
 アメリカにとって幸いなのは、中近東の一般市民たちが、積極的にはラーディン一派を支持していないことだ。少なくとも、表立っては支持できないという雰囲気が出来たのは、アメリカの中東戦略にとって大きな助けになるはずだ。反面、隠然たる支持があることも確かであり、アルカイーダに対するイスラム教徒たちの態度が試されているのと同様、アメリカ、そしてそれを支持する日本を始めとする先進諸国もまた、その態度を問われているのだと言うことを、忘れるわけにはいかない。
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2002年7月17日(水曜日)

オーマの正体

思考 22:00:00 天気:晴れ時々雨
 朝はくもり、昼になって雨が降り始め、ヤヤヤ、と思っているうちに、今度は日が差してきた。なんとも忙しない天気だ。
 今日は定退日なので、さっさと帰宅する。帰宅するが、夜になって雲が出てきた結果、天体観望というわけにはいかなくなる。また、自転車の方も早朝ラン遂行中なので、夜は我慢だ。となると、本を読むかゲームをするか小説を書くかしかない。
 最近、小説に対するリビドーが減退しているように感じていたので、それを補うべくいくつかの本を買いあさり、読んでいた。ほとんどはノンフィクション系の本なのだが、一つ、大昔に手をつけて、そのまま中断していたある漫画も読んでいる。なにかというと、宮崎駿の「風の谷のナウシカ」だったりするのだが。
 「ナウシカ」は、だいたい土鬼神聖皇帝と絡み始める辺りまでリアルタイムに読んでいたのだが、映画が公開されると急に興味を失って、それっきりになっていたものだ。映画化の前後に休載があり、そこで興味もまた中断してしまったようだ。
 今、改めて、通しで読んでみて、いやはや驚いた。映画とは全然別物になっている。映画ではクシャナは背景や描写に含みはあるが、権力を従えた悪として描かれている。しかし原作(というか時期的には"漫画版"とするべきだろう)では、ナウシカと絡み、土鬼領内での様々な体験を通して、優れた統治者として目覚めてゆく女君主として描かれている。同じようにナウシカも、ただ人々に希望を伝える不思議少女ではなく、絶滅の運命を悟りながら("清浄の地"に生きてゆくことが出来ない以上、人類の滅亡は必然だ)、それでも人々に明日を生きることを説くという重い十字架を背負った、一人の"救世主"として描かれている。
 しかし、もっとも大きくその位置付けが変わったのは、ペジテで発掘された巨神兵、漫画版ではオーマと名づけられた彼ではないだろうか。
 映画では、彼は単なる兵器だ。それも、なんの感情も思考も持たず、持ち主(この場合はクシャナ)の命令通りに"火"を吐き、すべての物を焼き尽くす、究極の兵器だ。
 一方、漫画版では、彼は感情も思考もあり、その上、人の感情や思考を読み取り、思いやりすら見せる不思議な"兵器"として描かれている。さらにいえば、彼はナウシカによって名前すら与えられた。彼は何者なのか。
 オーマは、彼が目覚めたときに、ナウシカを母だと認め、その言(『小さき母の願い』)に従って行動する。ここで、なぜナウシカを"母"と認めたのかという問題が出てくる。それは、作中の出来事を表層的に拾ってゆけば、ナウシカをたまたま最初に目にし(つまりインプリンティングされ)、さらにナウシカが"秘石"を持っていたことで、ナウシカの意味が彼の内部で補強されたように見える。だが、それだけではないのかもしれない。
 ナウシカは彼に「オーマ」という名を与えた。その瞬間にオーマは知恵のレベルが急発展し、人語を解し、発するだけではなく、人の表情を読み、その思考すら推測するようになる。彼は日常的に嘘を吐きつづけているようなトルメキアの王族たちの真意を喝破し、その言質を取って思い通りに事を運ぶ知恵すら身に着けた。オーマは自らを『調停者にして戦士、そして裁定者』と名乗る。そして実際に、トルメキア軍を母国へと追い返す工作をし、戦争を止めさせようともするのだ。彼は「調停する者」であり「裁く者」なのだ。その目的がなんであれ、「調停」し「裁く」ためには、複数の対立する勢力それぞれの位置付け、その価値を理解する、高度な知性を持たなければならない。オーマがかくあるのも当然というわけだ。だがそんな高度な知を獲得するに至ったオーマが、なおもナウシカを「小さき母」とするのは不思議ではないだろうか。彼には、自分とナウシカに生物学的なつながりが無いことなど、すでに分かっているはずだ。実際、オーマは王子たちを「母さんと同じ種族」と呼び、自分とナウシカを生物学的に分け隔てるカテゴライズを行っている。それでも、ナウシカのことを"母"と呼ぶのはなぜだろう。
 恐らく、オーマは高度な知を与えられはするのだが、それに見合った倫理観を与えられていないのではないだろうか。そして、そのように作られた存在なのではないだろうか。
 オーマは、名を与えられる瞬間まで、「小さき母」のいいつけだけを守る、強暴だが幼い存在にとどまっていた。彼は力を制御する動機に欠け、機会さえあればあらゆるものを破壊しようとする。ところが、名を与えられた瞬間から、彼の暴力は抑制され、目的に添って発揮されるようになる。例えば、トルメキアの王子たちの船団を脅迫した時、彼は誰にも損害を与えない明後日の方向に"火"を放ち、警告としたのだ。また、シュワのトルメキア軍の前に姿を現したときも、攻撃を受けながらも止めるように説得し、それが功を奏さないと見たところで初めて"火"を用いた。このように、名を与えられた後で、彼の力には抑制が備わるようになったのだ。
 それでは、オーマの力に抑制をもたらしたものはなんだったのだろう。それは、ナウシカの倫理観では無かったろうか。ナウシカは戦争を止めさせ、無益な殺生をやめさせようとする。そしてシュワの墓所を封印しようとする。こうしたナウシカの意図は、オーマに対して直接的に、間接的に伝えられていたように思う。ナウシカはしばしばオーマの暴力を諌め、力を抑制することの重要さを教えようとする。オーマは、これに驚くほど従順に従っている。そして、彼はナウシカと王子たちとの会話、そしてナウシカのいくつかの命令(シュワまで飛べ)から、その最終的な意図をも理解していたはずだ。彼にとってナウシカは、守るべき対象というより、彼の行動を方向付け、意味を与える存在だったのだ。行動に方向と意味を与えるもの、それは倫理観ではないだろうか。ナウシカは、彼にとって"母"だった。しかしそれは、生物学的な意味ではなく、彼を善導し、彼の行動の意味を与える、倫理的な教師としての"母"だったのではないか。ナウシカは彼に善と悪を教えたのだ。
 こうしてみると、オーマたち巨神兵は、それ自身が自律的に行動するようになるまで、優れた人間の善導を必要とする、いわば教育期間が必ず必要な存在だったのではないだろうかと考えられる。彼らが「裁定者」だったという意味は、おそらくある人間集団の"倫理"を学び、それを実践するための強大な力を持たされているという意味での「裁定者」だったのだろう。裁定の基準は、オーマたちに与えられた教育の結果なのだ。オーマたちは、ボタンを押されれば必ず破壊に至る兵器への反省から、いわば高度な安全装置としての心を持たされた兵器として作られたのではないだろうか。名は彼らが兵器から調停者へと進む、きっかけを与えるものなのだ。
 すると、火の七日間の間、オーマたちが世界を焼き尽くしてしまったのも、彼らを教育した人々が邪悪だったためなのかもしれない。破壊を好む人々がオーマたちに破滅的な倫理観を与えてしまった結果、オーマたちは純粋な殺戮マシンと化してしまったのではないか。あるいは、あまりにも多量のオーマたちが造られた結果、なんら教育を受けていない、善悪の区別の無い彼らが大量に暴走してしまったのではないか。肝心の心が歪むか、無くされるかしてしまった彼らには、世界を破滅させることしか出来なくなってしまったのだろう。
 なんて宮崎駿に聞いたら「んなこと考えるわけねーだろ」といわれそうな妄想だが。しかし、映画版の後で、ナウシカのグランドデザインに修正を加えるとき(「清浄の地」の意味付けの右往左往振りから、それが最後の最後まで続いていたのは明らかだろう)、宮崎駿は案外にこれに近いことを考えたんではないだろうか。ナウシカとの絡みを考えるとき、僕はそういう気がしてならなくなるのだ。

2002年7月03日(水曜日)

元経企庁長官

思考 18:00:00 天気:くもり
 パパイヤ太一。
 いや、「パパイヤ鈴木、浴衣大賞受賞」ってのを見て。
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2002年6月28日(金曜日)

西日本では水飢饉だげな

思考 22:00:00 天気:くもりだったり雨だったり
 関東ではくもりの日が多く、また肌寒い日が多かったので、今年は梅雨らしい梅雨だなあなどと思っていたら。
 新聞によれば(正確には新聞社のウェブサイト)、西日本では水不足が深刻化しそうなんだとか。関東も楽観は出来ないなあ。今年は給水制限まで行くだろうか。
 それにしても、水不足の真の原因は、雨量の低下だけなんだろうか。自然保護団体は「違う」と行っている。河川沿いの開発が進んだため、貯水機能を持つ森林が減り、水を効率的に利用できなくなったからだというのだ。それが本当なら、河川域に対する植林事業を進めるなどの行政が必要になるだろ。しかし、短期的にはダムを作るべきという行政側の主張も、直感的には分かりやすい。しかし、既にダム建設は市民の拒否反応を生みやすく、思い通りには進まないという現実もあるわけだ。長野県の田中康夫知事なんぞ、そういう市民層に乗っているようにも思える。
 しかし、一番疑問なのは、果たして現在の水利用は効率的か、ということだ。現在、水の利用は、どころか水の確保(つまりダム建設の段階)から、目的別に進められている。農業、工業、飲用、などなど。下流に引かれた水も、その目的別の施設によって一定量ずつ処理される。ここで無駄が生じてないだろうかと、僕は怪しんだりするわけだ。例えば農家の軒数は毎年減少しているのだが、それに見合った使用量になっているのだろうか。鉱工業に供される水資源も毎年の増減に合わせているのだろうか。さらにいえば、僕にとって第一の問題になる、飲用水も効率的に供されているのだろうか。
 前にテレビで見たのだが、水利権の関係で、行政区画ごとに水供給の元ががらりと変わることがあるのだそうだ。同じ川から引いているにも関わらず、ある行政区画は断水に追い込まれているにも関わらず、隣り合った(本当にその隣の家から)区画では平常と同じく使える、という状況があるものらしい。まあ水利権なんてヤクザの飯の種みたいなもんだから、簡単には手を出せないのだろう。しかし、こういう現実を見ると、僕らは行政側から力を奪いすぎたのかなと思わなくもない。こと単一資源の分割効率という問題を取り上げれば、強力な行政によるトップダウンの方が効率的なはずだ。もっとも、官僚自体がヤクザ化しつつあるのがこの国の現実だから、どのヤクザにお出まし願うかという程度の問題なのかもしれないが。
 ふと思ったんだけど、「風呂場税」なんてどうだろうね。アレはあるだけで水を使いまくる代物だから。そんな法案を提出したら、それだけで落選運動の対象にされそうだ(笑)。今の有権者が、生活を不便にしてまで自然保護、行政の効率化を支持するとは思えないからな。
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2002年1月22日(火曜日)

すげえ夢

思考 23:55:00 天気:まあまあ晴れ
 正確には翌日になるのだろうが。その翌日に前日分を書いている都合、1/23未明に見た夢を1/22付日記に書く。
 22:00くらい、かなり眠くなったので、「あー、風呂に入らなきゃ」と思いつつ、布団に横になって寝入ってしまった。また寝る前に自転車に乗っていた。そのせいで、こんな夢を見たんだと思う。
 僕は、どうやら実家から広島辺りまで、長期ツーリングに出かけようと決心したらしく、自転車を走らせていた。道はなんだか荒れ果てたコンクリートのようなものが続いていて、一段低いところを車が走っているようだ。ごつごつした道に恐々走らせていた。この辺、荒川オフに参加して少し荒れた路面でこけた経験や、ロードバイクで荒れた道を恐々走らせた記憶から由来しているようだ。しかし、乗っている自転車は意識できない。
 やがて、今いる場所が、実家のすぐ近くにある肉屋さんの前だと気づいた。なんだか知らないが、かつて良くお使いに行かされた時の記憶が残っているようだ。夢を思い返すと、妙に懐かしい色がある。
 ここで、「まだ(実家に)こんなに近いなら、実家に帰ろう」などと考え、次に実家に飛ぶ。実家は現実のそれではないようで、風呂がやたら大きいようだ。僕はその脱衣場(8畳くらいありそうだ)に入り、さて、沸かしておいた風呂(ここら辺は現実の「風呂に入らなきゃ」が影響しているようだ)に入ろうとする。しかし、脱衣場と風呂に入る戸口辺りはなぜか荒れていて、得体の知れない生き物が群れる磯のような景色になっている。僕はそれ越しに扉を開け、風呂に入ろうとする。ところが、風呂もまた妙な具合に(磯というか水族館の水槽というか)荒れていて、浴槽の中には烏賊らしき謎の生物が泳ぎまわっている。夢の中とはいえさすがにたじろぎ、風呂に入るかどうか思案する。そしてまた浴槽に目をやると、いつの間にか小奇麗な、ごく当たり前の風呂場の光景になっている。足許に目をやると、脱衣場の荒れていた場所も、ふつうの板場になっている。が、その中に、肉質のイソギンチャクのようなものが突っ立っている。もしやこれが、と思いつつ、突いてみると、案の定それは触手を広げ始めた。これが荒れた磯の情景を作り出していたのだ。
 この辺で目覚めた。目覚めて、やたら水の登場する夢からの当然の連想で、慌てて布団を確かめた。幸い、寝小便したわけではなかったようだ。
 こう書き下してみて、夢の脈絡の無さには驚く。いや、実際には夢としては脈絡のあったほうで、だからこそこうして書き残すことが出来たわけだ。
 夢に脈絡が無いのは、過去に体験したエピソードを、ランダムに再現しているからだと聞いた。夢がエピソードそのものでないのは、記憶は体験を要素に解体して格納されているからだ。小松左京の「BS6005に何が起こったか」で、主人公の存在する"世界"が奇妙なのは、その"世界"がBS(機械脳)が見る夢だからなのだ。今日見た夢を掘り下げてみると、今の生活で直接関心のある事項、懐かしい記憶が影響しているようだ。
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2002年1月01日(火曜日)

21世紀の最初の一年が過ぎて

思考 00:00:00 天気:晴れのち雪
 はかり知れぬ未来が、時のどこかにその身を横たえる......。21世紀最初の一年は、僕にとって未来の計り知れなさをさらに痛感させるものとなった。
 21世紀の始まりを迎えたとき、僕はこれでいくつかの難問の解が見えるに違いないと思った。一つは日本が陥っている根深い不況。長期的にいつかは脱するとみんな思っているのだが、そのいつかが一向にやって来ない。僕はその原因の大きな部分を、世紀末的情緒に由来する先の見えない不安感が占めているのだと思った。個人消費の伸び悩みは、この先になにが待ち受けているかが分からないという不安感に由来している。そしてその不安感の大きな部分を、漠然とした世紀末意識が占めているに違いない。だから、その源である世紀末を終えてしまえば、気分的に自由かつ開放的になり、個人消費の低迷は自動的に解消されるだろう、と。しかし、事態はむしろ逆に、世紀末を終えて、しかし余計に閉塞感を抱えてしまうという結果になってしまった。
 もう一つは地域紛争の問題だ。これは経済のグローバル化が最終段階に入り、地域格差がさらに個人格差という問題に発展するに至り、逆に沈静化するものだと思っていた。世界中のどの個人にも成功への道があり、一方、成功した"民族"などという存在は成り立たなくなり(なぜならば民族は個人の集団へと結局解消されてしまうから)、民族を軸とした従来の地域紛争、更には宗教紛争も、徐々に沈静化して行くだろうと考えていたのだ。ところが、去年9月のビン・ラーディン一派によるテロで、そんな甘い考えは吹き飛んでしまった。ビン・ラーディンは、国家、民族だけが見えていた従来型の地域紛争に、個人として初めて顔を見せた人物なのだ。いや、昔からカダフィ、フセインといった人物は顔を見せていたじゃないかという指摘はあるだろう。だが、彼らはあくまでも国家、民族の代表だった。彼らは国家、民族の力に動かされていると言ってもいいだろう。ところが、ビン・ラーディンは個人の財産を軸に、宗教勢力を巻き込む形で立ち現れてきた。いわば、自営型のテロリストだ。こういう型のテロリストは、20世紀においては例が無かった。少なくとも、目立たない少数派だった。それが一躍、世界の表舞台に飛び出してきたのだ。世界に恐怖をもたらすものとして。
 どちらも、僕の想像の外にある事態だった。いつかは来るはずの終わりが来ないで、解消されるはずの恐怖に新しい要素が加わったのだ。僕の、常人よりは豊かだと思っていた想像力も、実は本当の未来のバリエーションの前には、全く貧しいものだという事を露呈してしまった。21世紀最初の年でさえもこの激動なら、残る99年には一体どんな未来があるというのだ。ほとんど恐怖するしかないではないか。
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