Strange Days

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2005年11月12日(土曜日)

NHKスペシャル「ユリばあちゃんの岬」

テレビ 23:03:00 天気:良好
 今夜のNHKスペシャルは、知床の荒々しい自然の中、一人で夏を過ごす、79歳のおばあちゃんの話題。
 北海道西端、北方領土に向けて延びる知床半島は、世界自然遺産に登録されたほどに色濃い自然が残る、日本でも数少ない手付かずの場所だ。特に先端部には人工物がほとんどなく、道路も無く、ここに進むには船で向かうしかないくらいだという。しかしオホーツク海と太平洋の狭間に位置するこの近海は、有数の漁場であり、海産物の宝庫でもある。そんな場所なので、無人の地とはいえ、夏の間だけは漁師が定住する。番屋と呼ばれる小屋を海岸線に建て、そこに寝泊りするのだ。
 半島先端、知床岬に近い赤岩という辺りにも、1軒の番屋が建っている。そこの主は、79歳になるというおばあさんだ。ユリばあさんは、昔から夫とともに漁を営み、死別した後も一人で同じ暮らしを続けている。晩春から早秋に掛けての四ヵ月、一人で水道もガスも電気も無い暮らしを続けている。
 ユリばあさんの獲物は、海岸線に生えるオニコンブだ。昆布は強い波に曝されると根を引きちぎられ、海岸に漂着する。ユリばあさんは、それを拾い集め、天日で乾かし、倉庫に溜めておく。秋口、小屋を退去する際には、1年を暮らすのに十分な金になるという。
 獲物は昆布だけではない。夏の間、この近海は魚の豊富な漁場になる。そしてその魚を狙い、方々から渡り鳥が集まってくる。それらの渡り鳥に狙われた魚たちが、時々海岸に打ち上げられるのだ。ユリばあさんはそれを拾い、食事としている。
 ユリばあさんの仲間は、二匹の犬だ。犬たちはユリばあさんをヒグマから守る役目も果たしている。先日、小屋にヒグマが侵入した時、ユリばあさんは町に出かけていて無事だったが、小屋を守ろうとした犬が噛み殺されている。ヒグマは頻繁に姿を現すのだが、ユリばあさんは泰然と構え、ヒグマへの刺激を控えている。そのせいか、ヒグマもたまに小屋を荒らす程度のこと以上はしない。
 ユリばあさんの隣人は、近くの番屋の漁師たちだけだ。しかし、その番屋までは、険しい斜面を越え、半島を横切らなければならない。ほとんど一日仕事だ。犬たちを連れて出かけるも、番屋は空。不在だった。「こういうこともあるさ」と、ユリばあさんはお土産を残し、また番屋へと帰っていった。しかし、電話も無い暮らしなので、万が一の時の連絡は、近隣の漁師仲間だけが頼りだ。
 帰り道、ユリばあさんは寄り道した。半島の先端部に向かったのだ。知床岬の崖上から眺める海は、雄大なオホーツク海が一望できる。前にも書いたように、ここまでは道路が通じていないので、この場所に立てるのは僅かな人間だけだ。
 嵐になれば、番屋は強い風に打たれる。大波が来ればひとたまりも無い。だがユリばあさんは、翌日が楽しみだという。強い波は、深い場所に生えている良質なオニコンブを打ち上げ、嵐の去った空は天日干に最適な晴れ空をもたらしてくれるからだ。翌朝、案の定の好天に恵まれ、ユリばあさんは張り切って昆布を集め、天日に曝した。ところが、晴れの続くはずの空は、突然の雨をもたらし、せっかくの昆布を台無しにしてしまう。「ゆったりして無いとやってられん」と、ユリばあさんは自然と付き合う心構えを説く。
 初秋、番屋を去る日が来る。ユリばあさんの孫たちが迎えに来る。昆布を全て運び出すと、犬たちとばあさんは番屋を去り、無人の番屋が残される。年明け、流氷がこの海に押し寄せると、もはや海からも陸からも孤絶した岬が、じっと冬の海を眺めながら、春を待つのだ。
 この知床半島。世界自然遺産に登録されて以来、この番屋の存在が問題化するのではないかと言われているようだ。番屋の多く*1は、糞尿の類を海に垂れ流しており、それが環境に影響するのではと懸念されている。少数の漁師ならともかく、番屋ツアーなる名目で半島を漁船で巡るツアーも現れており、観光客のもたらすそれにより、自然環境の汚染が進むのではないかと懸念される。ちょうど、富士登山と同じ構図になるのでは無いかと。
 富士に較べ、自然の許容量が圧倒的に大きいのが救いだが、何らかの規制が現れるかもしれない。だがそれは、自然と折り合いながら暮らしてきた、旧来の番屋暮らしを圧迫するのではないか。
 全ての地に人間が入らねばならぬ理由など無いが、厳しくともあの岬に立つ道だけは残しておいて欲しいなと思う。

2005年7月16日(土曜日)

NHKスペシャル「ディープインパクト~生命の起源に迫る彗星探査~」

テレビ 23:06:00 天気:良好
 今週のNHKスペシャルは、彗星への”爆撃”を敢行した、NASAの彗星探査機ディープインパクトの話題。
 ディープインパクトのターゲットは、地球近傍を頻繁に通過するテンペル彗星だ。前回のハレー彗星接近時以来、彗星の直接観測は何度も試みられている。だがこのディープインパクトの特徴は、インパクターと呼ばれる小型の子探査機を突入させて、彗星の一部を破壊し、内部の組成を直接観測しようという点にあった。インパクターは知能を持つ、一種のミサイルで、衝突起動を修正し、最適な地点に衝突する機能を持たされていた。確か、材質は銅が主体で、これは衝突時に彗星内部から噴出する(だろう)成分と、区別しやすくするためらしい。
 "衝突"は米独立記念日当日だった。首尾よく衝突に成功した、その一部始終は、探査機本体のほか、世界中の天文台でも観測され、その分析が進められた。
 テンペル彗星の表面は、反射能が極めて低い、黒く見える物質に覆われている。過去、観測してきた彗星のいずれも、同じような状況だった。
 衝突の状況からは、どうやら彗星の表面は比較的柔らかく、しかしその下には比較的硬い物質が存在しているようだ。氷主体の核に、黒い物質が降り積もって、層を成しているのではないかと推測される。
 日本の宇宙探査計画のタイムテーブルには、先日打ち上げられた"はやぶさ"後継の計画として、彗星へのサンプルリターンも計画されているようだ。彗星の裸の姿が、いよいよ人類の目に晒される時代がやってきた。
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2005年2月22日(火曜日)

今節のみんなのうた

テレビ 10:55:42 天気:ようやく回復
 最近のみんなの歌は妙に変則的で、ニュース番組の最中に挿入されたりする。おかげで、全部見るのに苦労したではないか。
 歌っている男子の横のおにゃにょ子、何してるのよと思っていたのだが、聾唖者なんだってね。それで歌モノユニットか。お染ブラザース並みの分業制なんだな。可愛いけど、この先ネタが続くのだろうかと心配になってしまう。がんばれ。
 ラシアンなおにゃにょ子が歌っているとか。こぶしが回りまくってド演歌っぽいけど。二度聴いて、主人公の少女がこの城の生き残りなのだとようやく気づいた。
 ああ、いいねこれ。歌っているのはソプラニスタという、女声のソプラノと同じ声域を持つ男性だとか。そういうのはファルセットでやるもんだと思っていたのだが、地声で出せる人もいるらしい。そういうのをソプラニスタというとか。ファルセットでやる方はカウンターテナー。どちらも希少な歌い手だが、ソプラニスタとして名乗りを上げているのは世界でも三人しか居ないとか。ほんまに地声か、という声もあるらしいが、カウンターテナーの場合より低音域がずっと安定しているように思えた。
 歌声は非凡の一言。ジミー・ペイジがロバート・プラントの歌声に初めて接した時、『これだ、この非凡さだ』とZEPPELIN*1の成功を確信したとか。この歌も、この歌声を得たことで、成功を約束されたようなものだ。いや、僕にとってはだけどな。
 歌われる歌詞もいい。あざとい、技巧的な表現に走ることなく、さりとて低俗に走ることも無く、ぎりぎりの線で、永劫の時間と輪廻、そして再会の物語をつむぎあげている。輪廻とは、単に存在が復活するわけではない。不滅の本質が、時を越えて何度も立ち現れ、めぐり合うことなのだ。作詞家はそう主張している。
 アニメはCGを多用しているし、それが*2どうしても目に付いてしまうのだが、それが鼻につく寸前で収めている。そして今までに無かった美麗な色使いで、絢爛たるこの世界を創造しているのだ。キャラがオコジョとイルカという、白いもこもこ系なのが、ちょっとあざといけどな。
 もう、俺様のみんなの歌殿堂入りは確定だ。世紀が変わる頃に放送された『風がくれたメロディ』*3も、何度も聞きたくなって、その度に心が和らいだものだ。この曲も何度も聴きたく、いや見たくなることだろう。

 再放送分。
 幻想系。だがアニメ臭さが鼻につきすぎる。
 冬の定番。これと寒太郎と白い道のヘビーローテーション振りには笑いさえこみ上げてくる。
 犬、いいな。いさましいチビの和犬を飼いたいものだ。って、全然歌の感想じゃないし。
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2005年1月13日(木曜日)

今節のみんなの歌

テレビ 22:22:00 天気:雲が出てきた
 というわけで、久しぶりにみんなの歌を録って見た。
 新曲分。
 美麗なアニメだが、スタジオジブリ周辺の連中を集めて作ったようだ。何度も聞けば良くなるかもしれない曲。
 僕はラップが大嫌いで、特に日本語を乗せたそれは、聞いていると歌っている奴を殺害したくなるほど嫌いだ。醜い音楽だと思う。これもその分に漏れず、一度聞いただけでうんざりした。みんなの歌で嫌いな曲に会えるとは、僕にとっては珍しいことだ。まあ、それがみんなの歌である証なんだろう。
 冬らしく、雪にまつわる歌だね。しかし白熊の爪が怖い。
 再放送分。
 謎の生物。
 真冬といえばこれと寒太郎だな。
 謎過ぎる。帽子の妖精なのか。しかし楽しい。
 傑作! 見てない間にこんな代物が放送されていたとは。しりあがり寿のアニメも、石坂浩二の意味があるのかないのか分からないようなナレーションも秀逸だ。
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2004年11月14日(日曜日)

NHKスペシャル『地球大進化』第6夜「ヒト 果てしなき冒険者」

テレビ 23:07:00 天気:悪化中
 あれ、と思い出すに、第5夜を見逃してしまったこの番組。くそっ、年末年始にアンコール放送するだろうから、ちゃんと見るぞ。
 さて、今夜は第6夜「ヒト 果てしなき冒険者」。年末放送の最終話は総集編らしいので、本編最後の回だ。
 どうやら前回で猿が無事に登場したらしいが、我々人類はその猿の眷属。つまりやっと我々人類に直接つながるご先祖様が登場したって訳だ。山崎努もご満悦なことだろう。
 我々と極めて近い親族関係にある猿の種が、アフリカに生息するチンパンジーだ。人類とチンパンジーは、400万年以上前に、共通の祖先から分かれたとされている。その祖先の種は、当時アフリカ全土を覆っていた熱帯雨林に生息していたらしい。そして彼らから分かれたヒト科最初の種が、アウストラロピテクスだった。
 アウストラロピテクスと猿とを分かったものは、直立歩行する能力だった。どうして直立歩行を始めたのかは分かってない。だが直立歩行は、やがて新しい能力の獲得につながる。歩行の補助から解放された両手は、道具を操作することを可能にしたのだ。アウストラロピテクス後期、彼らが道具の使用を始めた事が、化石の調査で明らかになっている。しかし、彼らの生活ぶりは、恐らくはチンパンジーのそれと大差無かったろうといわれている。実際、彼らの脳の容量は、現在のチンパンジーと大差ない。またチンパンジーにも道具を使用する場合があるということが、報告されてもいる。ただ、アウストラロピテクスは、チンパンジーに比して平地の生活に適応しつつあったと考えられている。直立歩行は、その結果なのだろうか*1
 彼らが平地の生活に適応しつつあった背景には、全地球的な気象変動があった。当時、アフリカ東北部は、二つの理由から乾燥化が進みつつあった。まず大地溝帯の形成。アフリカ大陸を南西から北東に向けて、地溝帯という一種のギャップが生じつつある。これは地球内部から上昇するプルームがアフリカ大陸の乗っているプレートに衝突し、その圧力で大陸が分割されつつあることを示している*2。この地溝帯は動植物相の断絶をもたらすため、主に植物の生息域を分割する結果になった。その結果、北部の比較的乾燥した地域では、乾燥した地域に適した植物が優勢になっていった。
 もう一つ、ヒマラヤ山脈の形成も影響している。インド亜大陸がユーラシア大陸に命中した結果生まれたヒマラヤ山脈は、地球史上最大の山脈だといわれている*3。このヒマラヤ山脈を季節風が越える時、大気は水分をヒマラヤ山脈に落としてゆく*4。そうして乾燥した風は、アフガニスタンからはるかサハラ砂漠に掛けての、広大な地域に吹き付ける。これらの地域の乾燥化が現在進行形なのは、このヒマラヤから吹き降ろす乾燥した季節風が継続しているからに他ならない。
 この乾燥化の結果、樹上生活に適した猿にとって快適な熱帯雨林は消え、開けたサバンナが広がってゆく。人類の祖先が樹上から平地へと進出していった背景には、そうした事情が横たわっているのだ。
 猿は樹上生活に適応した動物なので、熱帯雨林の生活は生存に関わってくる。直接的には、餌が手に入らなくなる。熱帯雨林では豊富な果実も、サバンナでは希少になる。猿から分かれた人類は、まずは果実以外の餌を求めなければならなかったろう。だがこの生存の危機が、その後のヒト科に進化の圧力として働き、急速な進化をもたらしたのだ。
 ヒト科の祖先が人類へとつながる道筋は、過去においてはだいたい一直線に、様々な種を経て漸進的に進化してきたと思われてきた。が、今までに積み上がってきた知識を総括すると、むしろ多種多様な種が同時代に共存し、それら多くの絶滅を経て、結果的に人類が生き残ってきたのだということが明らかになってきたのだ。
 だいたい200万年前。人類揺籃の地であるアフリカにおいて、少なくとも2種類のヒト科の種が共存していたことが分かっている。一つはホモ・エルガステルと呼ばれるすらりとした長身の種、もう一つはパラントロプス・ロブトスと呼ばれるずんぐりした種。見かけ上、あまりに違いすぎる二つの種は、長い間共存してきたと考えられている。
 二つの種を分けたのは、主たる食物だった。ホモ・エルガステルは、恐らくは他の肉食獣の食べ残した肉を漁っていたと考えられている。餌場を渡り歩いて餌を探す必要から、移動に適した体型を獲得したものと思われる。パラントロプス・ロブトスは、植物の根を漁っていたと考えられている。硬い植物の根を噛み砕くために、顎の筋肉が非常に発達していたのだ。これらの食性は、今でもアフリカに暮らす狩猟民族に見られるものだ。食性の違いが二つの種を作り出し、しかも長い間共存していたのだ。しかし、必要に応じてどちらの食物も漁れたらよかったじゃないかと思うのだが、なにか大人の事情があったのだろう*5
 この2種はそれぞれ繁栄したが、次の時代に生き残ったのはホモ・エルガステルの方だった。パラントロプス・ロブトスが滅んだ理由はよく分からない。しかし、ホモ・エルガステル以降の種は、肉食という食性を受け継いだため、脳を大型化させやすかったらしい。それがヒト科の種に新たなる進化の道を指し示したのだろう。
 ヒト科の種は、過去20種も誕生して、人類を残して全て絶滅してきたことが分かっている。それだけ苛酷な環境で生きてきたって事なのだろう。そしていつの時代にも、複数の種が共存してきたらしいのだ。
 人類も、つい最近まで隣人を持っていた。ネアンデルタール人だ。過去においては人類の直接の祖先ではないかと考えられたこともあったが、今は絶滅したホモ・サピエンスの亜種だったという説が優勢っぽい。
 ネアンデルタール人は、氷河期の欧州に勢力を広げ、現存人類=クロマニヨン人と共存していた種だ。寒冷地に適した丈夫な体躯を持っていた彼らは、欧州各地に遺跡を残している。
 ネアンデルタール人は、現存人類に比して、さほど大きな差異がある種ではない。脳の容量はほぼ同じだし、道具も立派に使いこなしていた。事実、ネアンデルタール人は、現存人類と同じホモ・サピエンスの一亜種とされている*6。番組中、山崎努がネアンデルタール人に扮して(いや顔だけな)市中を練り歩いたのだが、'80年代の北野武を思わせる点を除いて、さほど異様には映らなかった。
 にもかかわらず、生き延びたのは我々現存人類だった。我々とネアンデルタール人を分けたのはなんなのだろう。
 ネアンデルタール人の頭骨を詳しく調べると、一つの大きな違いが明らかになってくる。現存人類と、ネアンデルタール人とでは、気道の構造が違い、彼らの方が喉仏の位置が高いのだ。喉仏が高いということは発声器官の長さが短く、現存人類ほど柔軟に発声できなかったことが推測できる。そのことから、ネアンデルタール人は言語を用いることは出来たが、現存人類のような高度なコミュニケーションを持ち得なかったと考えられている。コミュニケーションの発達は、我々現存人類に生物学的装置に拠らない進化をもたらした。この強力なツールは環境の激変期には威力を発揮するはずで、氷河期の終わりとともに訪れた激変期に、現存人類のみを生き残らせる結果につながったのだろう。
 例えてみれば、インターネットに接続可能なハードのみが価値を持ち、そうでないハードは価値を失って駆逐されていった、って感じなのだろう。
 かなり面白かったこのシリーズも、今回で事実上最後。山崎努ともこれでお別れだ。最初はどうなることかと思っていたが、意外にいい仕事したね。

2004年7月17日(土曜日)

NHKスペシャル『地球大進化』第4夜「大量絶滅」~巨大噴火が哺乳類を生んだ~

テレビ 23:36:00 天気:なんだか禍々しい
 毎度毎度、生物に襲い掛かる悲惨な事件が楽しい(爆)この番組。今夜は『大量絶滅』ときたもんだ。期待も膨らむってもんだ(どんな期待だ)。
 毎度、山崎努の語りで始まる。『せっかく苦労してここまで来たってのに、また絶滅かよ』。その通り、人類の生命進化観は、過去の漸進的で継続的なものから、急進的で断続的なものに代わってきた。種の多くが根絶される大量絶滅劇は、過去5回もあったとされる。その中でも、2億5千万年前に起こったペルム期末のそれは、種の95%が途絶えたという凄まじいものだった*1
 ペルム期末、世界中で繁栄を極めていたのは、哺乳類の先祖に当たる、哺乳類型爬虫類だった。この奇妙な名称は、体の構造としては爬虫類の一種に当たるのだが、生活様式には現在の哺乳類の特徴も見られることから名づけられたらしい。一部には温血性の恒温性をもつ種もあった*2
 この絶滅劇、原因は様々に考えられているのだが、注目を集めているのが、プルームテクトニクスと絡められた環境激変説だ。
 この時期、陸地はパンゲアという単一の超大陸に集結していた。この時代だったらグレートジャーニーなんて簡単だったんだなあ。どうでもいいですかそうですか。ともあれ、でっかい大陸が一つ。馬鹿でかい海に取り囲まれていると思いねえ。海洋プレートと大陸プレートとの境目には、プレートが落ち込んでゆく海溝が発達する。日本の南海上にある奴ね。この時期、この超大陸は、周囲をぐるりと海溝に取り囲まれる形になっていた。そして、その海溝からは、潜り込んだ海洋プレートが落ち込み、マントルの中を地球の核へと向けて落ち込んでゆく。核は、超高温*3の内核、溶解した金属によって出来たやや低温の外核によって形成されている。この外核へとプレートが大量に落ち込んだとき、その反動*4で、巨大なプルームがマントルの中を上昇していった。この巨大プルームが、今のシベリア北西部へと衝突したのだ。地球内部から放出された膨大な熱が、巨大な火山活動を引き起こしたのだ。プルームの上昇は、今もシベリアの近くに、大きな裂け目として爪痕を残している。
 この大噴火は、しかしそれほど大きな被害はもたらさなかったろう。巨大な超大陸では、これほどの大噴火でもごく限られた領域に過ぎず、生物たちが逃げ出す余地は十分あったからだ。生物たちに大打撃を与えたメカニズムは、別にあった。
 この噴火は、大量の二酸化炭素を放出し、その温室効果により、地球の平均気温を数度、極地では10度以上も上昇させたものと思われる。その結果、海洋の底深くで異変が生じた。大量に蓄積されたメタンハイドレートを溶解させ始めたのだ。地表に放出されたメタンは、二酸化炭素より遥かに高い温室効果により、さらに地表の温度を上昇させた。それが更なるメタンの放出をもたらすという悪循環が始まり、結果、地表に莫大な量のメタンが放出されることになった。
 このメタンは、大気中の酸素と結びついてしまう。ペルム期、繁栄を極めた植物たちにより、大気中の酸素濃度は30%に達していたという。それが一気に10%前後にも落ち込んでしまったのだ。酸素濃度が1/3にも減少すると、多くの生物は運動能力が激減し、餌を得ることが難しくなっただろう。呼吸が出来ず滅びる種さえあったかもしれない。酸素という活性の高い物質を利用することで、高い運動能力を得てきたのが地球の生物だった。それゆえに、酸素の急減は、大量絶滅の一因として働いたのだった。
 この酸素不足は長い間継続した。その間、地球の生物相は、プルム期末からは一変していた。哺乳類型爬虫類は支配種族の座を滑り落ち、双弓類から進化した恐竜たちが闊歩する時代になったのだ。従来、この劇的な交代劇は、その原因がはっきりせず、諸説取り沙汰されて来た。後々、なぜか*5恐竜が、その哺乳類型爬虫類から進化した哺乳類に取って代わられたことを考えると、その奇妙さは増す。
 原因の一つとして考えられているのが、恐竜たちの呼吸器が優れていたからだ、というものだ。鳥は恐竜から進化したとされている。その鳥と、恐竜との間には、構造上の一致点が多い。首の骨の構造などはそっくりだ。そのことを敷衍してゆくと、鳥が持っているある器官を、当時の恐竜も持っていたことが分かる。気嚢の存在だ。気嚢は吸気を一時蓄積し、肺に流すことで、常に肺に対して新鮮な空気を流入させ続ける器官だ。この存在により、鳥は、そして恐竜は、低酸素の状況下にあって、なお高度な運動性を獲得できたと思われる。最大のライバルである哺乳類型爬虫類との生存競争の上で、恐らくは圧倒的な優位に立っただろう。
 このように、数多くの種が、巨大プルームの上昇によって生じた様々の現象に、直接、間接的に滅ぼされていったのだ。そして恐竜の時代が来た。
 人間の祖先に当たる哺乳類型爬虫類にとって、圧倒的な恐竜の脅威の下、苦難の生活を送る日々がやってきた。だが、彼らも新しい環境への適応を進めていた。一つは横隔膜の発達だ。低酸素濃度に対応するために、肺のサイズを拡大すると共に、迅速に排気するための横隔膜をも所持するようになったのだ。これにより、従来よりは遥かにすばやく動けるようになったと思われる。
 もう一つの画期的な事件は、真の哺乳類への進化だった。胎内で子供をある程度育て、生まれた子を確実に育ててゆく。それは恐竜の脅威の下で暮らす彼らの生存率を、確実に上げる手段だった。そのことが、未来での逆転劇、今度は哺乳類がメインストリームとなる事件の伏線になったという説がある。恐竜が滅びたとき、何らかの環境の激変*6を伴っていただろうという予測は多い。その時、基本的に*7卵を産みっぱなしだった恐竜に対し、子を育て、効率的に資源を受け渡してゆける哺乳類の方が、激変後の適応拡散の時期に大きく有利になれたと思われる。その結果、今度は恐竜が生存競争に敗れたのだ、という説だ。
 なんにせよ、恐竜の脅威下で、人間の先祖たる哺乳類が生まれ、その絶滅と共にいよいよメインストリームに躍り出たわけだ。
次回はお猿さんの登場らしいぞ。
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2004年6月26日(土曜日)

NHKスペシャル『地球大進化』第3夜「大海からの離脱」~そして手が生まれた~

テレビ 23:52:00 天気:雲多し
 毎月、山崎努の顔を拝める(いや別にそれを楽しみにしているわけでは)このシリーズも3回目。今夜は遂に、動物たちが上陸するのだ。
 今から4億年5千万年以上前、三つの大陸が集合して、一つの巨大大陸が生まれようとしていた。どうもローラシア大陸の誕生前夜のことらしいのだが、ローラシア大陸がパンゲア大陸から分かれたのは2億年前くらいじゃなかったっけ? あ、一度形成された後、パンゲアへと集合して、それから再度分裂したのかな。よく分からないな。
 まあとにかく、でっかい大陸が形成されつつあったと思いねえ。この大陸の形成域の中心には、生物の生育に適した広い浅海が広がっていた。当時、海域の住民は、定着性の生物の他、三葉虫、オウムガイの祖先、そして我々の祖先に当たる魚の一種も生息していた。これらの生物は、広大な内海の微温的な環境で繁栄していた。
 従来のプレートテクトニクスは、最近のプルームテクトニクスへと取って代わられつつある。というか、従来のプレート*1の動きにのみ着目したプレートテクトニクスに対し、プレートを駆動するエンジンであるプルーム*2の存在までも組み込んだのがプルームテクトニクス、というべきか。
 このプルームテクトニクスによれば、下降する冷たいプルームは、地殻を強力に引き寄せるので、そこに多数の大陸が集結して、超大陸が形成されるという事件が繰り返し起きてきた。ローラシアの形成もその一環だった。
 先の内海が存在していた時期は長かったが、永続はしなかった。というのは、ローラシアが形成されてしまうと、当然のことながら内海は消滅してしまうからだ。次第に狭くなる内海では、生物の生存競争が激化し、進化圧はより攻撃的な生物の出現を促した。板皮類*3が生物層の頂点に立ったのはこの頃だ。強力な顎を持ち、板皮によって防護力も持つこの類は、現代の魚類の大半の祖先である硬骨魚類に対し、捕食者としての位置に立った。また硬骨魚の多くが依存していた定着性の生物たちは、内海の消滅によりほとんど絶滅してしまう。巨大大陸では、浅海はその周囲のごく狭い範囲にしか存在しないので、面積的にはごく限られていた。
 ヒエラルキーの下層に追いやられた硬骨魚類は、新しい環境への適応拡散を図った。川への進出だった。
 巨大大陸の中央、かつての浅海の跡には、継続されるプレート運動により、巨大な山脈が形成されていった。この山脈に、湿度の高い風が当たると、雲が生まれ、雨が降り始める。このようにして、乾燥した大地から、一転して多雨多湿地帯となった高山沿いの地域には、大きな川がいくつも生まれていった。こうした川に、魚たちは進出して行ったのだ。
 魚たちには先達がいた。植物は、既に陸地への進出を始めていた。そして、昆虫たちも、それに着いて陸地に生息域を広げつつあった。この頃、陸地には、最初期の樹木が森を形成し始めていた。アーキオプテリスという木は、ライバルがいないこともあり、瞬く間に大繁栄を築き上げていった。それ以前の陸地は、日を遮り、水分をためる植物が存在しないことから、ほとんど砂漠化していたと考えられている。ところが、アーキオプテリスが森を作るようになると、強力な直射日光から生き物を守り、適度な湿度も提供してくれる、結構な環境が生まれることになったわけだ。水中生物にとっても事情は同じだったろう。またアーキオプテリスが落とす葉は微生物の活動を活発化し、川に進出した魚を頂点とするヒエラルキーに、しっかりとした基盤をも提供してくれる役割を果たしたのだった。
 ところが、このアーキオプテリスの落とす葉が、魚類に別種の災厄をももたらした。先に書いたように葉は微生物によって分解される。ところがこの時に、水に溶けている酸素をも大量に消費するのだ。水量が豊富で流れているときならば問題は無いが、乾季で水量が激減している時期には、深刻な酸素不足に見舞われることになったのだ。
 これに対し、魚たちが打ち出した対策の一つが、肺を発達させることだった。肺は食道の一部が膨らみ、空気から酸素を取り込めるように発達したものらしい。浅海の激減と比して河川域が長大化したこの時期、肺魚類は急激に発達して行ったようだ。やがて全長5mもの捕食者まで現れるようになった。すると、川という新環境の中にも、改めて生存競争が激化していく結果になったのだ。いやはや、世知辛いもんだ。
 肺魚の一部は、捕食者の脅威から身を隠すべく、アーキオプテリスが落とした枝の影や、川岸に近い物陰に暮らすようになった。こうした場所では、水中を自由に泳ぎまわるのとは別のスキルが必要とされる。
 アカンソステガというこの時代の肺魚には、奇妙な特徴がある。骨で支持された鰭、言い換えれば手足を持っているのだ。この手足には、指もある。しかし、あまりにひ弱で、可動範囲も狭いこの手足では、陸地を移動することは不可能だったはずだ。恐らく、先ほど挙げた川底の狭い環境を移動するのに適した形態だったのだろう。
 最初期の両生類、イクチオステガともなると、手足の造りはより強固になり、また空気中で肺を保持するために肋骨も発達している。イクチオステガは、最初に上陸した両生類の一派だろうと考えられている。そして、重力を浮力で相殺できない新環境の中で、両生類は爬虫類へと発達してゆくのだ。
 40億年も海の中でのほほんと暮らしてきた生物は、陸地という変化の激しい環境の中で、急激に進化の速度を上げてゆくのだ。次回は、どんな大絶滅が待っているだろう!(たぶん愉しみどころが違うと思うな)
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2004年6月12日(土曜日)

NHKスペシャル「永平寺/104歳の禅師」

テレビ 23:33:00 天気:雨らしいが、まだ
 夜、NHKスペシャル「永平寺/104歳の禅師」を見た。あんまり語るような内容はなかったが、一つだけ。この老禅師の語りに満ちる確信が良い。「~だ」と断言する口調には、確かに迷いは感じられない。ある事柄に関して思考することすらやめるという禅の教義に対する疑義はともかく、老僧がそれを確信し、常に実行あるのみという姿勢を貫いてきたであろう事は、その語り口から容易に想像できる。
 思えば、僕たちは悪しき相対主義に毒されるあまり、あらゆることに対して確信を失いつつあるのではないか。たいていの注意深い人は、一流の知識人と目される人々が語るときに、その言葉に添えられる「~と思います」とか「~ではないでしょうか」という確信の存在を疑わせるような一言に気づくだろう。僕はその度に、ああ、確かに相対主義は言論の世界を制圧してしまったのだなと考える。誰一人絶対的な確信をもち得ない言論の世界の現状は、自由度が高い反面、混迷にも溢れた現実世界にはふさわしいものだ。だが、老禅師の確信に満ちた姿勢を見るとき、迷いの無いことが懐かしい。迷いが自由の必然の代償だとすれば、なんとも不自由な世界に生きているとも思えるのだが。
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2004年5月15日(土曜日)

NHKスペシャル『地球大進化』第2夜「全球凍結」~大型生物出現の謎~

テレビ 23:29:00 天気:だんだん……
 第1夜も面白かったこのシリーズの第2夜は、「全球凍結」。
 ニューヨークの中心部に広がるセントラルパーク。その環境が日本人にはうらやましい広大な敷地のそこここに、奇妙な岩塊が転がっている。"迷子岩"と呼ばれるこの岩は、それが乗っている場所のものとは、全く異なる組成を持っている。これらの岩塊は、離れた別の場所から運ばれてきたのだ。その原因として、かつてはノアの箱舟にまつわる大洪水の伝説が挙げられていた。しかし、19世紀の博物学者アガシーが、別の説を(突然の直感により)打ち出した。アガシーは、ヨーロッパ各地に残る迷子岩は、やはりヨーロッパの高山、高緯度地方に残る氷河が運んできたものに違いないと考えたのだ。
 氷河は、降り積もった雪が自重で圧搾され、氷となったものが、地表の高低差によって流れてゆく現象だ。川と変わらんやんけ。しかし、氷河の移動速度は、数m/年程度だ。それでも、万年単位で見れば、数十Km単位で移動するわけだ。氷河は岩を転がしながら、ゆっくりと運んでゆく。セントラルパークの迷子岩も、そうして遠く離れた地から運ばれてきたわけだ。アガシーの説は次第に認められるようになり、やがて定説となった。
 セントラルパークに迷子岩を配達したのは、最近(数万年前)の氷河期だった。この時には、氷河が日本列島でも発達したことが分かっている。この寒冷期は動物たちの移動を促した。当時、陸続きだったシベリアから北米大陸へと、モンゴロイドの一団が渡ったのも、この頃の話だった。生物にとって、気温が大きく低下する氷河期は、大きな脅威だ。しかし、この時の氷河期では、熱帯地方への影響はほとんど無かったと考えられている。地球全体からすれば、深刻な影響は無かったのだ。しかし、遥か以前、遥かに大規模な氷河期が、文字通り地球全体を覆ったことが、近年の研究で明らかにされつつある。
 アフリカ南部の古い地層から、奇妙な岩塊が発見される事例が相次いでいる。その岩塊は、周囲の地層とは組成の異なっているのだ。そのことや、その形状(氷に削られた痕跡が残っているなど)から、それが迷子岩であることは明らかだ。しかし、その地層が問題だ。その地層は、6億年前のものなのだ。その時期、この一帯は、プレートテクトニクスによる移動を考慮すると、赤道直下にあったと考えられている。赤道まで氷河が? すると、それこそ地球全体が凍っていたとしか考えられないじゃないか。全球凍結(スノーボール・アース)という仮説だ。
 6億年前、なんらかの原因で、地球の寒冷化が進行しはじめた。両極の冠氷が発達し、ゆっくりと高緯度地方から赤道へと向かい始めた。この時期のプロセスは緩慢なものだったが、次第に昂進してゆく。というのは、雪原の反射能は森林や砂漠よりも高く、太陽からの光の多くを反射してしまうからだ。その結果、太陽光は地表を暖めることなく、その多くが宇宙へと逃れていってしまう。従って、雪原(氷河なども)が広がるに連れて、加速度的に地球の平均気温が下がっていってしまうのだ。
 この6億年前(原生代末期)の氷河期では、地表を1000mまで氷が覆い、海すら深くまで凍りついたと考えられている。今の地球がそんな状況に陥ったら、人類を含め、大半の生物が滅んでしまうだろう。
 ここで山崎努が登場すると、なぜか和んでしまう。意外にいい仕事をしているような気がする。地殻津波も全球凍結も、なんとなく深刻な事件じゃない気がしてくるから不思議だ。
 ともあれ、全球凍結だ。幸いというべきか、この時代の生物相は、ごく単純なものだった。酸素を生産するグループ。その酸素を取り込んで活動するグループ。そしてメタンを生産するグループの三つに大別される。実は、この全球凍結の契機になった急激な寒冷化は、この3者のバランスが崩れたからだという説がある。そもそも、地球の温暖な環境を保っていたのは、第3のグループが生産するメタンの温暖化効果だった。しかし、この第3グループは、第1グループとの資源の取り合いに負け、次第に少数派へと転落していった。その結果、大気へのメタンの供給が途絶えたというわけだ。
 これらの生物たちにとって、-50℃という環境は、生存が難しいものであったはずだ。実際、南極大陸の奥深くでは、ウィルスさえも死滅するという。しかし、第1夜で取り上げられた巨大隕石(逆に言えば小型の惑星)の衝突という地獄に較べれば、まだしも生存の余地は多いといえる。海洋の底は凍りついていないので、栄養さえ確保できれば生き延びられるはずだ。今、海洋底の熱水鉱床で生きる生物群のように、一部の生物は暖かな環境で生き延びただろう。また地表にも火山活動による温暖な地点はそこここにあり、生物に避難所を提供しただろう。地球の活動に守られ、一部の種は生き延びたに違いない。
 しかし、この氷河期は、原理的には永続するはずだった。一度寒冷化してしまうと、地表の反射能は高止まりとなり、地表が暖まることはもう無い。氷を溶かすきっかけは無いはずだ。しかし、それもまた、地球の活動によって、打ち破られたのだ。
 全球凍結の期間中も、地表の火山活動は続いていた。それに伴って、二酸化炭素も放出され続けただろう。通常、二酸化炭素は、海洋へと大半が溶け込んでしまう。しかし、その海洋が凍りついたため、放出された二酸化炭素は、ひたすら大気中に蓄積されてゆく。そうした期間が数百万年続いた。二酸化炭素は温室効果を発揮し始める。現在の濃度の20倍という高濃度の二酸化炭素により、今度は急激に地球の温暖化が進み始めた。そして氷は解け、氷河は後退し始める。地表と海面が現れはじめ、反射能が低下すると、今度は加速度的に温暖化が進行して行った。-50℃から50℃へと、100℃近い気温上昇の結果、地球は全球凍結を脱したのだ。
 全球凍結の時期を挟んで、地球全体で縞状鉄鉱床の発達が見られる。この点も謎だった。縞状鉄鉱床は、海中の鉄分が酸化し、海中に降り積もったものだ。形成のためには大量の酸素が必要とされる。しかし、生命活動がほとんど途絶えたこの時期に、すぐさま大量の酸素が供給されるとも考えられないではないか。
 いや、供給されたのだ、という説がある。全球凍結の期間中、生命活動の元となる有機物などが、深海底へとひたすら蓄積されていった。なにせ、それを消費するものがいないのだ。全球凍結が解除された時点でも、深海底の資源など、海面や地表にいる生物には、なんの意味も無かった。が、このかけ離れた両者を結びつける気象現象が、この時期の地球では頻発していたかもしれない。今の地球で見られるそれなど、足元にも及ばない規模の、巨大な嵐だ。嵐は、100mもの高波を沿岸部にもたらし、巨大な竜巻を巻き起こした。これほどの規模の竜巻になると、海洋は底に至るまで攪拌されたことだろう。そして海洋から吸い上げられた有機物が、海面へと再進出した生物群と出会った。とりわけ、酸素を生産するグループにとって、ご馳走だったろう。全球凍結が終わり、海洋面が上昇した結果、生物の繁殖に適した浅海面が、数多く生まれたはずだ。それらの楽園で、生物たちは増えに増えていった。海は葉緑素を持つ生物によって緑色に染まっただろう。そしてそれらが生産する酸素が、猛烈な勢いで大気に蓄積されていった。海中の鉄分を還元しても有り余った酸素は、酸素に乏しかった地球の大気を、今の組成に近いレベルにまで変えてしまったと考えられている。
 この時期まで、地球の住人たちは、ごく単純な単細胞生物たちだった。まあ、顕微鏡レベル。ところが、原生代が明け、古生代に入ると、一転して多細胞の大型生物が出現し始めるのだ。例えばエディアカラ生物群と呼ばれているグループは、大きなもので30cm~1mくらい。まあ、ゆらゆら、のろのろ、のたのた、という感じの生き物たちだ。完全に多細胞化し、器官への分化も始まっている。ある生物化石には、脊索の原型らしきものと、目らしきものがあると推測されている。これが正しければ、我々脊椎動物のご先祖様といってよかろう。今までは有名なバージェス生物群のピカイア辺りがご先祖様とされていたので、少しさかのぼったかもしれない。
 しかし、この急激な進化は、なぜ可能だったのだろう。なにせ、生物というものは、誕生以来の30億年、単細胞一筋で通してきたのだから。それをもたらしたものも、実は生物自身が生み出し、大量に蓄積された、酸素だった。
 多細胞生物の構造を作り出しているものには、コラーゲンという物質が関係している。コラーゲンは、例えば骨を形成したり、皮膚を維持したりするのに消費される。このコラーゲンを生産するには、大量の酸素が必要とされる。つまり、コラーゲンの量産が可能になったのはこの時期だったのだ。その結果、生物は急激な多様化へと向かい、エディアカラ生物群を経て、バージェス生物群に見られる、爆発的な適応拡散へと繋がってゆくわけだ。
 まるで地球と、生物と、地球環境の主導権を巡っての戦いとも思える。ドラマチックだね。そりゃあ番組制作者の主観がそう見せているにしても。
 地球環境に対する生物側の攻撃は、今も人類を尖兵として続いている。地球温暖化が取りざたされているが、その終わりから眺めたとき、結局は人類が進行させた地球環境の変化と、その生産物を足がかりに適応拡散していった新しい生物のドラマとして、認識される日が来るかもしれない。例え認識の主体が人類ではないとしても。
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2004年2月29日(日曜日)

NHKスペシャル『データマップ63億人の地図』

テレビ 22:33:00
 今夜のNHKスペシャルは『データマップ63億人の地図』第2回「感染症・謎の拡大ルート」
 現在、地球全体に広がりつつある鶏インフルエンザ。その流行は、去年オランダで始まった。そして今年、アジア、アメリカ、欧州のその他の国々に、感染が広がっている。
 去年のオランダでの流行時には、最終的に1億3000万羽もの鶏を処分する結果となり、養鶏業界に大打撃を与えた。しかし、その過程を追うと、政府を中心とした施政者側が、漫然と構えて被害を拡大したとは、必ずしもいえないようだ。
 鶏インフルエンザが発生したのは、オランダ最大の養鶏地帯のさらに北、同国北部でだった。当局は、発生当初から鶏の移動禁止区域を設け、感染拡大を防ごうとした。ウィルスを保持した鶏の移動を禁じれば、鶏インフルエンザの蔓延は防げるという発想だった。ところが、鶏インフルエンザは発生し続け、遂に移動禁止区域外にまで広がったのだ。この原因として、区域内外を行き来する車両に、ウィルスが潜在した鶏の糞が付着し、それが区域外に運ばれたのだと推測されている。微量の糞でも、広い地域に感染を広げるらしい。この辺、一般常識としては想像の外にあり、多くの意識せぬスプレッダーが誕生する結果になったようだ。
 この鶏インフルエンザ、当初は人への感染はありえないとされていた。ところが、感染が広がるに連れ、人への感染例が数多く発見された。それも感染を拡げる一因となったという。
 この疫病が、オランダ最大の養鶏地帯へと侵入することは避けなければならない。そこで、感染区域の南部に緩衝区域を設け、侵入を食い止める方針を打ち出した。緩衝区域の全ての鶏が処分された。しかし、それでも感染拡大は止まらず、ついに養鶏地帯への侵入が確認されたのだった。しかも、この時に最悪の事態が発生した。鶏インフルエンザに感染した医師が、死亡したのだ。この時、人から人へと感染するという、これも従来の認識に無い事態も起こっていた。
 このようにして、打った対策をことごとく逃れて感染は拡大し、最終的に莫大な数の鶏を処分する結果となったのだった。今年、同じように拡大してゆくのか、それとも去年の苦い経験を生かして食い止められるのか、まだ明らかではない。
 一方、アメリカでは、もう一つの思わぬ病気が広がりつつある。西ナイル熱。その名の通り、アフリカ原産のこの疫病が、遠く離れたアメリカ大陸に、着実に広がりつつあるのだ。
 西ナイル熱の発生が最初に確認されたのは、ニューヨークは西クイーンズ地区だった。当初、奇妙な流感だと思われたが、それが西ナイル熱だと判明すると、大きな驚きで迎えられた。遠く離れたアフリカとは、陸続きでもなんでもない。どうしてここにやってきたのか、そしてなにが媒介しているのか。
 一つのヒントとみなされているのが、この地区に二つある国際空港の存在だった。そこにやってくる何かが、ウィルスを保持していたのだろう。しかしなにがウィルスを運んできたのだろうか。推測の一つとして、(密)輸入された鳥が保菌しており、それがニューヨーク一帯にいる蚊に移され、感染が始まったのではないかというものがある。
 米保健当局は、感染区域の蚊を駆除すると共に、感染拡大防止のための手を打った。しかし、事態は予想を超えた展開を見せる。ニューヨークからは離れたボルティモアにも、患者が発生したのだ。その後、更にローリー、フロリダと、アメリカ東海岸を南下するという、不気味な動きを見せた。
 この奇妙な感染拡大について、その原因と目されているのが渡り鳥だ。渡り鳥の飛行ルートの一つとして、この東海岸を南下してゆくルートがあるのだ。その傍証となったのが、皮肉にもその後の拡大ルートの有様だった。アメリカ中西部へと広がっていったのだ。様々なルートで南下してきた渡り鳥たちは、南方の越冬地で共に冬を過ごす。その時、別のルートの渡り鳥にも、ウィルスが渡される。そうして、今度はアメリカ中部を北上する渡り鳥たちにより、西ナイル熱が拡大されていったのだ。
 さらに2002年には、今までに無い爆発的拡大を見せた。アメリカ中部は、長雨の影響で蚊が繁殖しやすい状況にあった。その結果、飛翔距離の長い蚊の一種が大繁殖し、それが感染を広げて行ったのだった。
 拡大の要因は、もちろん自然現象だけではない。遠く離れたカリフォルニアにも、感染がポツリと確認されている。これも、最初のニューヨークの事例と同じく、近くの空港を発着する飛行機(が運んだ何か)を経由したものだと思われる。
 このように、西ナイル熱の急激な拡大は、人為的な原因と自然現象とが併さった結果だと思われるのだ。しかも、その自然現象にも、結局は人間が関与している可能性がある。乾燥した中西部に蚊の繁殖しやすい環境を作ってしまったのは、人間の自然干渉の結果だし、長雨も全地球的な異常気象に一環なのかもしれない。
 かつて、船舶を媒介して、地球全域に猛威を振るったスペイン風邪。その悪夢の再来は避けなければならない。しかし、航空機による物流は、昔とは比べ物にならないほど時間を短縮し、量的にも拡大している。今や感染症は国際問題であり、カリフォルニアに到達した西ナイル熱が次に襲うのは、この日本なのかもしれないのだ。
 感染症には先手必勝だという。しかし、思いもかけぬ事態が連続する最近の感染症対策の現状を見ていると、これは人間の想像力が試されている戦いだとも思えてくる。

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2004年2月15日(日曜日)

NHKスペシャル「カルロ・ウルバニ SARSと闘い死んだ医師の全記録」

テレビ 23:50:00
 今夜のNHKスペシャルは、「カルロ・ウルバニ SARSと闘い死んだ医師の全記録」~ベトナムで何が起きたのか?~
 去年のSARS流行の記憶は生々しいし、鶏インフルエンザの流行も不気味だ。SARSが流行した去年前半には、空気感染するという情報もあって、なかばパニックのようになっていた。事実、東アジアの経済に大きな傷跡をもたらしているのだ。最終的に死者700名を越えた段階で、流行は収まった。だが、もしも一人の医師の命を賭けた奮闘が無ければ、死者は4桁になっていたかもしれない。
 一昨年の初冬、中国広東省で謎の肺炎が流行り始めた。これがSARS流行の発端となったのだが、中国政府は当初、いや病原が特定されるまで、この肺炎が新しい種類のものであることを否定し続けた。現地のWHO関係者は、新型肺炎の全容解明の手がかりを前にしながら、中国国家の秘密主義という大きな壁に阻まれ、最初期段階での流行制圧に失敗していた。結果、SARSは世界各国へと飛び火してゆく。香港、ベトナム、シンガポール、カナダ。市場としての魅力から多くのビジネスマンが行きかう中国は、SARSの"発信元"としてはうってつけだったのだ。だが、早期にSARSに直面したベトナムでは、感染者63名、死者5名と、比較的軽微な損害で切り抜けた。その影には、一人のイタリア人医師の努力があった。
 カルロ・ウルバニ医師は、国境なき医師団を経てWHOに入り、感染症対策の専門家として、当時ハノイに赴いていた。3月、彼の元に、市内の民間病院(社会主義国家ベトナムでは初めての)から、見慣れない症状を見せる患者に関して助言して欲しいという要請が入ってきた。患者は中国系アメリカ人のビジネスマンで、入国時に体調不良を訴え、入院、直後に重症に発展したという。ウルバニ医師は、その症状の進行の早さに疑念を抱いた。通常、肺炎を引き起こすような病気は、重症に発展するまで比較的長い時間を要する。それに対し、この患者の場合は、わずか5日程度。しかも健康な成人をここまで重症化させるような例は、彼の知る限りなかった。ウルバニ医師は出来る限りの治療を試みながら、彼の脳裏に浮かんだ疑念を突き止めようとした。そのビジネスマンは香港を経由してきたという。その中国で流行していると伝えられる肺炎との関連を懸念したのだ。同じものだとすると、ウィルスによる流行性のものであることになる。ウルバニ医師は、在中国のWHO職員と連絡を取り、情報を得ようとしたが、先に挙げた中国の秘密主義体質が、それを阻んだ。
 ウルバニ医師は、これが新しいウィルスによるものであることを確信していた。そのことをWHOの関係者やベトナムの保健政策責任者に説き続ける。しかし、病原や詳しいメカニズムに関して特定するには、時間も情報も不足していた。結局、この患者は、より高度な医療を求め、香港へと搬送されてしまった。しかし、ベトナムにおけるSARS流行は、まさにこの瞬間に始まったのだ。
 程なく、医療スタッフの中から、不調や不安を訴える声が出始めた。そして彼らに、最初の患者と全く同じ症状が現れ始めた。これで病原がウィルスであり、しかも人に感染することが確定的になった。ウルバニ医師は既に取り始めていた院内感染対策を徹底すると共に、患者の聞き取り調査を行い、彼らが最初の患者のごく近傍に接近していた事実を突き止めた。空気感染の懸念は薄れたが、飛沫感染である可能性は強まった。こうしてウルバニ医師が整理した情報は、後にSARSを制圧してゆく過程で大きな意味を持った。
 未知の病気に見舞われたスタッフは、パニック寸前に陥った。それを食い止めながら、ウルバニ医師は国家への働きかけを続けた。当初、ベトナム保健省は事態を軽く見ていた。単なるインフルエンザの変種だろうと見ていたのだ。しかし、ウルバニ医師は、必死に説得を続ける。ここで食い止めないと、流行は爆発的に広がり、手の打ちようが無くなるのだ、と。彼の粘り強い説得が功を奏し、ベトナム政府は国を挙げての感染拡大防止に乗り出した。病院は閉鎖され、既に感染の疑いが濃い患者から隔離されていた一般患者も転院させ、外部との接触を絶った。またウルバニ医師の助言に基づく二次感染対策も徹底された。その結果、やがてベトナムでは感染が食い止められ、いち早く制圧に成功したのだ。WHO側からすれば、国家主義の壁を熱意で乗り越えての勝利、ということだろう。しかしベトナム側から見れば、感染症との闘いに豊富な経験を持つベトナムの国家レベルでの正しい指針の勝利、というところになるのだろうか。
 WHOの診断基準のための骨格となるデータを提供するなど、計り知れない貢献を果たしたウルバニ医師。しかし彼自身も、感染から逃れることは出来なかった。あまりに患者たちと接触しすぎていたのだ。彼はタイに出張という形で出国したところで発病が明らかになり、隔離先の病院で死去した。
 彼の命がけの貢献が無ければ、SARSの流行という事実は発覚が遅れ、さらに診断基準も整わぬゆえに爆発的流行を食い止めるすべが無かったかもしれない。
 もう一人のイタリア人、マルコ・パンターニの死の報に接した夜、別のイタリア人の死に様を知るというのも、奇妙な偶然に思えなくは無い。
 現在、SARSの病原と特定されたコロナウィルスの変種には、ウルバニ医師の名が冠されている。
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2004年2月08日(日曜日)

NHKスペシャル

テレビ 23:09:00
 昼ごろ、まあ近所を走るくらいならと思い、TCR-2で湘南台に出てきた。近所の吉野家で済ませようと思っていたのだが、これがびっくりするような混雑振りだったので、諦めたのだ。多分、吉牛最期の日を前にした駆け込み需要だろう。
 湘南台で湘南家のラーメン(びっくりするほど美味くは無いが、なぜか通ってしまう店)を食ったら、外の冷気で更に喉がつらくなっていた。さっさと帰宅して、また布団に横になっていた。
 21:00からのNHKスペシャルを見た。今夜のNHKスペシャルは見ていて面白い自然科学もの。「探検 溶かされた大地 ~謎の洞窟に原始の命を追う~」
 メキシコの中部を流れる川の支流の一つ、この源流にある洞窟が、世界中の生物学者たちの注目を集めている。この洞窟から流れ出ている細い川は、なぜか白く濁っている。実は、この川には大量の石灰が含まれている。この一帯は、かつては浅い海の底で、大量の貝(牡蠣の仲間)の死骸が降り積もり、それがやがて岩となった地層で出来ているのだ。その豊富な石灰は、川のあちこちに、鍾乳洞に見られる棚田のような地形を作り出している。
 川の源流は、全長500mほどの洞窟に繋がっている。内部は有毒の亜硫酸ガスに満たされており、マスク無しで足を踏み入れるのは危険だ。マスクは有毒物質を吸着するようになってはいるが、フィルタは2時間程度しかもたない。
 洞窟は内部で細かく枝分かれしており、そこここに異様な地形を形作っている。入り口付近にあるのは、まるでなにかに溶かされたような、鋭いナイフのように尖った部分を持つ岩肌だ。また表面がペースト状のものに覆われた岩肌も、更に奥へと行くと見えてくる。岩を溶かしたものの正体は、小さなバクテリアたちだった。この洞窟には亜硫酸ガスを取り込んで、硫酸を排出するバクテリアが生息している。彼らが作り出す強い硫酸が、岩肌を溶かしていたのだ。そのバクテリアが糸状に連なって出来る、異様なものも見つかっている。
 これらのバクテリアはどこからやってきたのだろう。亜硫酸ガスを代謝して硫酸を排出するようなバクテリアは、地表には見当たらない。このバクテリアには、おそらく酸素は活性が高すぎて、有毒なのではないかと思われる。
 実は、このバクテリアは、地中奥深くの岩盤に潜み、地下から噴出する亜硫酸ガスと共に現れたものなのだ。洞窟を満たす亜硫酸ガスは、洞窟内に多数存在する穴から、多くは水と共に噴出している。地殻の奥深くには、マグマから湧き上がってくるガスを代謝して生きる微生物が、多数生息していることが分かってきた。これらの生物の総質量を推定すると、地表に住む生物全体の数倍というとてつもない値が示されている。彼らは、まだ酸素濃度が高くない原始地球に生まれ、葉緑素を獲得した藻類によって酸素濃度が急上昇すると主に、地球の奥底に封じ込められていた微生物たちなのだ。そもそも、生命が誕生したのは、比較的環境の安定した近くの奥底だという説もある。
 洞窟内には、このバクテリアを基底にした生態系が築かれている。洞窟内を流れる川には、洞窟外の下流にも見られる小魚が住んでいる。しかし、洞窟内のそれは、酸素濃度が低い洞窟内の水質に適応した、ヘモグロビンを多量に持つ種類だ。またその小魚を食すウナギの仲間までいる。生息数はごく少ないようだが、これも洞窟内の環境に適応したものだ。蚊やこうもりも生息している。
 洞窟の最深部は、亜硫酸ガスの濃度が特に高く、研究者たちも数えるほどしか足を踏み入れてなかった。ここに入るには、マスクでは能力が不足しており、外部からボンベで空気を供給する型のマスクが使われる。
 そこは濃い亜硫酸ガスが岩の表面に硫黄を析出させ、花畑のように広がった空間だった。美しくはあるが、さりとてマスクを外せば人間は長くは生きていられない。人間にとって苛酷な環境ではあるが、そこに住む生き物たちにとっては、まさに楽園なのだろう。
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2004年1月25日(日曜日)

NHKスペシャル 「データマップ 63億人の地図」

テレビ 23:00:00 天気:晴れ
 今夜のNHKスペシャルは、新シリーズ、「データマップ 63億人の地図」の第1回、2004年いのちの旅、だった。番組は、WHOや各国厚生当局が発表した資料を可視化し、様々な視点で見つめなおし、そこから新しい意味を読み取ろうとする。
 近年、日本は平均寿命という点で、世界最高の地位にある。長く続く平和は戦病死のリスクを減らし、国による統括的な保険政策がそれを裏付けている。こうした良循環が平均寿命を長く保ち続けているのだ。しかし、世界は日本のような幸運に恵まれた国ばかりではない。
 アフリカの小国シエラレオネは、現在の平均寿命がわずか35歳。多くは乳幼児のうちに死を迎える。その主因は、栄養失調だった。
 かつては豊かな農業国だったシエラレオネは、しかし近年の内戦で国土が荒れ果て、農業生産が落ち込んでいる。内戦は多くの人を傷つけ、その傷病が元で無くなる事はもとより、生産性の低下も大きい。国土が平和だったなら、国民を養うことが可能だったろう。平和であったが故に国民を養い続けるのに障害の無かった日本と引き比べると、その違いは際立っている。内戦の原因も、本来ならば大きな富を生み出すはずの鉱山資源(ダイヤモンド)の利権争いに端を発するという。
 世界の平均寿命上位の国は、ある程度必然的ながら、いわゆる先進工業諸国が占めている。世界最強の国家、アメリカ合衆国は、当然上位グループを形成している。ところが、そのアメリカの中でも、地域地域で平均寿命には差がある。その中では最低に属するウェストバージニア州では、肥満が大きな問題になっていた。食うことを止められず、命が脅かされるほどの肥満度に達する人が増えているのだ。なんと、3人に1人が肥満なんだとか。しかも、日本人の肥満とは太り方が違うというか、それは君、人として間違ってるよ、といいたくなるようなレベルに達してしまっている人ばかりのようだ。こうした携行は既に幼少時に見られ、その原因として食生活の変化が挙げられている。
 日本でも、沖縄での肥満の増加が問題になっている。長寿県で知られる沖縄だが、男性の平均寿命は、近年伸び悩んでいる。こちらでも、肉製品主体の食生活への移行が、こうした傾向を生み出しているのだと考えられている。
 先進諸国の中でも、平均寿命が下落している国がある。旧ソ連崩壊によって誕生した国々だ。ロシアでは、平均寿命が5歳も低下したという。大きな戦争が無かったにも関わらず、これほどの急落は異常なことだ。原因の一つとして、社会構造の急激な変化により、市民生活にまつわるストレスが増大していることが上げられている。
 こうして一つの『平均寿命マップ』を読むだけでも、世界各国の現状が目に見えてくる、というのがこのシリーズの狙いなのだろう。理科年鑑の類を読んで楽しんでいた人もいると思うが、一つのデータを別のデータと対比させるだけで(例えば今年の地域別平均気温とインフルエンザ死者数とか)、面白い発見があるものだ。この番組でどんな新しい読み方を提示してくれるのか、楽しみだ。
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2004年1月24日(土曜日)

NHKスペシャル 「ソウルに生きる」

テレビ 23:00:00 天気:晴れだったと思う
 今夜のNHKスペシャルは、「ソウルに生きる」~脱北者たちの歌舞団~
 統一の機運が生まれては、どこかで消失してしまう分断国家、韓国と北朝鮮。'90年代に入ってからの恒常的な経済危機に悩まされている北朝鮮からは、危険を承知で国外脱出を試みる者が後を絶たない。深刻な食糧危機で、餓死者が続出していると言われている。残って死ぬか、それとも国外への一か八かの脱出を試みるかの、二つに一つの賭けに乗ずる人が増えている。
 韓国では、こうして逃れてきた北の元国民に国籍と教育を与え、手厚く保護している。だが、南北の文化の違いから、韓国社会に馴染める者は少ない。番組では、こうした"脱北者"たちの現状を、彼らが結成した歌舞団の活動を追跡しながら、レポートしている。
 脱北者たちは、南北の文化、社会慣習の違い、北の出身であること自体を警戒され、思うように就職できない者が多くを占める。彼らに紹介される仕事は、きわめて条件の悪いものばかりだ。一応、韓国へと入国した際、専用の施設で教育が与えられてはいるのだが、それでも北での暮らしで身に着いたモノは、なかなか抜け落ちないようだ。結果、社会から落伍し、犯罪に走る者が後を絶たない。この点、日本国内での外国人によるそれと較べると、母数が母数だけにかわいらしくさえ見える。いや、日本で比較するべきなのは、中国残留孤児にまつわる事件の方だろうか。日本でも、やはり日本社会に馴染めず、犯罪に走る残留孤児(と家族)がいるという。
 この状況を変えるには、脱北者自身が力をあわせ、自分たちが身に着けた芸を売ってゆくしかない。北で歌舞団に所属していた女性を中心に、北朝鮮の芸能を中心に疲労する歌舞団が結成され、活動を始めていた。
 メンバーには夢があった。彼らが北の芸能を紹介することで、南北の敷居を下げ、統一の機運につなげたいというものだ。だが、仕事は思うように入ってこない。経済的な理由から、始まったばかりの歌舞団からの離脱者が相次いだ。また入ってきた仕事も、北への警戒心を煽りたいという右翼団体(日本での右翼は民族主義に近似しているが、こちらは南北の統一を力で成し遂げようという主張と見た)、客寄せとして利用したい健康器具メーカーなど、彼らの活動目的に沿ったものではなかった。後者の仕事など、ずいぶんまともなものに見えるが、リーダー格の女性はどうやら非常に誇り高く(前の職場を、言葉の訛りをからかわれてやめたという話をも考慮すると)、屈辱的に感じているようだ。だが、生きてゆくためには、そんな仕事でも笑顔でこなして行く他は無い。客の反応は鈍く、決して色よいものではないのだから。
 脱北者たちの受け入れ事業は、将来の南北統一を占う事業と位置づけられ、積極的に推進されてきた。だが潜在的には数十万に及ぶと見られる脱北者の受け入れを無制限に進めると、経済的な負担が大きくなりすぎるという批判が高まっている。一つの曲がり角に差し掛かっているといえる。南北の統一が果たして近未来に実現するのか、実現するとしてもドイツ型の吸収合併式で実現できるのか、予断を許さない。しかし、現実に南へと逃れてきた人々と、韓国社会とのコンフリクトは、様々な形で続いてゆくのだろう。
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2003年6月15日(日曜日)

NHKスペシャル 文明の道「ガンダーラ・仏教飛翔の地」

テレビ 23:00:00 天気:くもり(やや雨っぽい)
 今夜のNHKスペシャルは文明の道第3集、「ガンダーラ・仏教飛翔の地」。
 仏教は今から約2500年前にインドに誕生した。当時のインドにはバラモン教以外にも多数の宗教や宗教が次々に生まれ、それらがしのぎを削っていた。新宗教が次々に興り、そして消えてゆく、宗教の坩堝だった。仏教はそのただ中に、ゴータマ・シッダールタ(これは後世に付け加えられた偽名かもしれない)によって作り出された、新宗教の一つだった。初期の仏教徒たちは、他宗教との、特にバラモン教との論争を通じて、ゴータマの唱えた教義を洗練させていった。古い仏教の説話(スッタニパータなんぞに書いてあるような)を読むと、ここから後世の諸宗派(日本に限っても天台、真言、曹洞、浄土真宗など)のバリエーションが生まれたとは、なかなか信じがたいくらいシンプルなものだ。
 この時代の仏教徒たちは、修行を通して個々人の解脱を目指すという僧侶、その僧侶たちに布施を施すことで現世の罪を祓う在家信者の2クラスに分かれていた。あくまでも自分個人の救済を目指す信者集団という位置付けだったわけだ。
 アレクサンドロスの大遠征は、インド北部にまで至る広大な領域に、いくつものギリシャ人勢力の飛び地を生み出すことになった。紀元前2世紀頃、インド西北部に勢力を張ったミリンダ王(ギリシャ風にはメナンドロス王)は、そうしたギリシャの知的遺産を背負った、賢人王の一人だった。彼は当時のインドに群立する宗教的/哲学的勢力と、活発な論議を繰り返したらしい。その中でも仏教勢力の長老だったナーガセーナとの問答集が残されている。なんだか禅問答というか、東西屁理屈合戦の観も無きにしも非ずだが、その中に既に大乗仏教的な思想を説いた問答も散見されるそうだ。とはいえ、衆生一切の救済を本意とする大乗仏教は形を成しておらず、あくまでも個々人の枠にとどまった原始仏教の形が保たれていた。
 仏教に変革が訪れたのが、紀元後のインド北部、ガンダーラでの事だった。仏教徒は偶像崇拝を禁じてきた。したがって、彼らは崇拝すべき仏像をまだ持たず、もっぱら仏の象徴である法輪を崇めていたようだ。こうした礼拝の形式は民衆に対する訴求力を欠いていたようだ。要するに、原始仏教は伸び悩んでいたのか? それを一気に解決したアイテムが仏像だった。コレを拝めば救われるというのだから、信者集めには便利なアイテムだ。
 初期の仏像にはヘレニズム文明の影響が指摘されてきた。ところが、最初期の仏教遺跡を調査したところ、仏像(それもギリシャ的な彫りの深い造形だ)がギリシャ神話の神々を従えたものが発見されたのだ。さらには、アレクサンドロス大王その人の像が、仏像に従っていると思われる例も発見されている。このことは、インド北西部に残留していたギリシャ人勢力が、初期の仏像の造形に関わってきたことを示唆するものだ。
 仏像を得た仏教は、その教義を次第に変質させて行く。最大の変化は例のガンダーラで起こった。巨大な仏塔が建立され、仏教文化の興隆期を迎えていたこの地で、最初期の大乗仏教思想が起こった形跡が発見されたのだ。極めて古い仏典(椰子の葉や木の皮に書かれたものだった)の中に、大乗仏教思想を語るものが散見されるのだ。
 原始仏教から大乗仏教への変化には、この地の支配者となったクシャン族の影が見え隠れする。中央アジアからこの地までまたがる大帝国を築いたクシャン人に、仏教勢力は取り入ろうとした。そのために、クシャン人を始めとする富裕層に、受け入れられやすい形にアレンジされたのが、大乗仏教の正体だったともいえる。そしてこの時期に、仏教はインドのローカル宗教から、あらゆる民族に浸透して行く世界宗教への脱皮を果たしたのだ。
 しかし、仏像をアレクサンドロスが崇めている構図はインパクトがあったが、考えてみるとほとんど同時代、同時期の出来事なんだな。
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