Strange Days

手の海

2000年09月11日(月曜日) 21時30分 思考

 仕事の合間にgooのニュースチャンネルを見てると、海外のある催しが目に入った。平和を祈念するとかいった理由らしいが、「手の海」を再現する行事がどこかであったらしい。子供たちが色とりどりの手形を壁かなんかに大量につけたのだろう。
 「手の海」という表現は初めて見たが、これは原人の類がオーストラリアの海岸などに残したものを指しているようだ。彼らは海岸線の洞窟に仲間を葬った後、その入り口などに赤い染料を使った手形を残していた。しかもそれは手を置いた周りに染料を吹き付けた「ネガ」だったという。
 この話を初めて読んだのが日野啓三の「断崖の年」(だったっけ)の一節だった。日野はテレビで一瞬見ただけのこの画像を、幻視者ならでの鋭い感受性で「言語が誕生する瞬間」であると直感した。あるいは、その対としての「宗教が誕生する瞬間」であるとも言えるのではないか。これを残した人々は、昨日まで共に生き、暮らしていた者が突然モノに変わるという現象に直面し、その不条理さ、悲しみ、怒りを言葉の前段階としての絵画に残したのだ、と。ここまで書いて、これは芸術でもあるのだなと思った。それも、ムンクのように言語化できない不安や苦しみを画像化したものだ。死という不条理な現実を前にしたかつての人々が、弔いという意思を海に向けて開かれ、そしていっせいに蠢いている手のネガという形で結実させたものなのだ。
 最初のニュースによれば、今回の催しで作られたのはペンキを塗った手をぺたぺた押し付けただけのお気軽なものだったらしい。呪術的な意味を持たなくなったこの行為に、はてさてどの程度の効果があるだろうか。


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