Strange Days

九州北部山岳戦(6日目)

2007年05月03日(木曜日) 23時55分 天気:晴れたねえ

 いよいよメインイベントの1つ、ツールド国東の日がやってきた。やはり手ごわい序盤の山岳戦に苦労しつつ、160kmを走りきれるだろうか。


 7:00起床。ホテル10Fのレストランで朝食を取り、MR-4Fでスタート地点に向かう。去年は120kmコース*1で7時間強。今年は160kmを8時間で走りきらねばならない。
 会場には、既に溢れんばかりの人が。今年の参加者は2000人近くなんだとか。半分が、としても1000人程もセンチュリーに参加するのだな。ひぇぇ。
 会場で長岡氏と落ち合った。長岡氏は四国から走ってきたのだが*2、タイヤが破損してあまり走れてなかったという。タイヤは出先に送ってもらって交換したらしい。
 Aコースの出走時間が迫ってきたので、スタート地点に移動する。すげえ人数だ。はるか彼方だよ。
 今年の作戦は、山岳戦の多い序盤は抑え気味に、後半でダッシュというもの。作戦なんてレベルじゃねーよ。まあ、要するに、舐めないで完走狙いましょうというところだ。
 9:00に号砲一発、1000人ほどの集団が一斉に動き出した、わけもなく、最初はのろのろと動くだけ。スタートの旗を潜るのに数分かかった。今年は無線タグを採用して、各自のタイムが正確に計測されるようになったので、そういう不利は無い。ゲートの閉鎖が17:00なので、多少厳しくなるがな。
 最初7kmはパレード状態で、それから国東方面の山岳道路に転じてからが、本格的なスタートになる。すぐにそれなりの傾斜になるのだが、これが辛い。やはり足の疲労が蓄積されていたのだろう、なんでもない坂道でも、もう心拍数がバクバク上がってゆくのだ。これはダメだ。作戦変更。序盤:耐え忍ぶ。後半:頑張る。ますます作戦などというレベルではなくなってきたが、仕方ない。
 最初のチェックポイント、国東のなかよし館までは30km強だったが、既に疲労を感じていた。これは、ダメかもしれんね。ここは本当にチェックポイントのみで、エイドは無しだ。
 ここから道を転じ、安岐ダムの方面に向かう。ここは去年もBコースで通った道だ。今年もBコースとここで合流する。と、前方にいるのは長岡氏ではありませんか。車重のあるSatRDayでの登坂は辛いのか。わしもSatRDay Mk.2で出ていたら、この坂は押していたかもしれん。
 さて、この後は写真がほとんど残っていない。余裕が全く無かったのだ。というわけで、拙者のヴィヴィッドな駄文でお伝えしよう。
 2番目のチェックポイントはダムに程近い公民館だった。ここも去年のBコースでも通った場所だ。ここにはエイドがあり、ポカリとゼリーをむさぼった。ポカリはちゃんと規定よりずっと薄めてあり、感心した。あれは濃すぎると、本当の強度の運動時には摂取しづらいのだ。
 山岳戦はまだ続く。ある程度の諦めがついたのか、きつい坂ではとうとうインナーまで行使し始める。しかし、重いギヤを踏んで消耗してしまうと、後半で足が回らなくなってしまうだろう。
 やがて道はなだらかな丘陵を舐めるように走り始める。山岳ステージを終え、足の調子が気になるが、まだなんとか回るようだ。
 3番目のチェックポイントは、一度豊後高田方面にぐっと東走したところにある、健康交流センターだった。さっきのチェックポイントでは売切れだったバナナ、イチゴが、ここでなら貪るほどにあった。体が欲するままにバクバク食っていると、大会役員のおっちゃんが『早く出ないと足切りに遭うよ』と恐ろしいことをのたまう。ひぇぇ、そんなギリギリなのか。
 国東半島の北東部に当たる丘陵地帯を、丘を次々に越えながら走ってゆく。ここら辺からトレインを組めるようになってきた。って、似たような速さのもの同士が集まっただけで、後ろについた俺は無賃乗車だったがな。まあ要するに、速い奴は先に行き、どうしようもないものは脱落し、なんとか持ちこたえている者たちが頑張っている状態なのだ。
 やがて希望の昼食場所、粟島神社に到着した。昼食は、子供たちがパンとおにぎりを配り、おばさんたちがおせったいの煮物を配り、お姉ちゃんたちがなぜかたこ焼きと豚汁を配り、それとは別にエイドステーションもありで、大層豪華なものだった。しかし、ここは100km地点なので、14:00に出ないと残り60kmを走りきれない計算になる。入ったのは13:30。まあともあれ、入るだけ入れておかないと。食欲は意外に旺盛で、手に入るだけの食料がつるりと入ってしまった。これは、いけるかもしれない。まだ疲労が極に達してない証拠だ。
 追い出しが掛かる寸前、14:00少し前に走り出した。後はチェックポイントは無い*3。走りきれるか。
 去年もそうだが、ここから先の海沿いコースが、実に辛いものだ。やや向かい風だったというのもあるが、平坦かと思いきや岬を回る辺りではかなり登らされるなど、まだまだ坂と戦わなければならない。最初の山岳ステージとは比較にならないが、なぜか体は同等に辛く感じてしまう。
 と、道端を走る長岡氏を発見。激励の言葉をかけてパスする。それ以前に、俺自身に激励が必要だったがな。
 この先は、ひたすらトレインを見つけ、それに*4乗車するしかない。気力低下を感じつつ走っていたら、後から*5少し速いトレインが迫ってきた。時間的にはギリギリ。思ったようにピッチが上がらない苛立っていた。この列車が最後のチャンスかもしれない。躊躇無く飛び乗った。
 (トレイン・トレインを適当に繰り返したまえ)。
 この列車のおかげで、かなり平均速度を稼ぐことが出来た。しかし、何度か先頭を引こうと前に出るのだが、引いているお兄さんが着いてきてくれない。なんだか人に引かれるのが嫌なタイプのようだ。
 こうして、トレインを利用したり、単独で頑張ったりしながら、遂に大分空港近辺までやってきた。ここまでくれば、道は分かる。残り15km。時間は16:00を過ぎたばかり。完走間違い無しだ。
 後は回りにくくなってきた足を叱咤しながら、住吉浜に帰るだけだった。ゴールが混雑していたので、降りて押す羽目になったが、完走。計測は自動なので、後はチェックの入ったカードを受付に提出するだけだ。今年は完走証がオンデマンドにプリンタで印字される形式になった。タイムは7:25。仮順位は667位でした。頑張ったMR-4Fとともに、記念撮影だ。
 さすがに疲労は重く、しばらくそこら辺にへたり込んでいた。喉が渇いたのでなにか飲もうと思ったら、ちゃんとエイドステーションがある。薄い麦茶だけだが、ゴール地点にもあるというのは好印象だ。
 さて、長岡氏は無事に完走できるかな。17:00が来ても戻ってこなかったので、もしかして途中で諦めたかと思ったのだが、しかし回収車に乗ってきた形跡も無い。と、いつの間にか長岡氏が出現していた。ギリギリで間に合ったのだとか。いやあ、良かった。頑張った長岡氏も一枚
 去年もそうだったが、今年も微妙な天気予報と裏腹に、大変に良く晴れた一日だった。こんな大きな大会を無事に運営された大会関係者の方々、ボランティアの方々にお礼申し上げる。
 長岡氏は別府の宿に帰らなければならないので、ここで別れ、僕はホテルに帰ってまずは一眠りした。そして充実した気分で夜を過ごしたのだった。明日はとうとう旅の終わりだ。

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