Strange Days

俺様、南進ス

2001年12月09日(日曜日) 19時00分 自転車 天気:晴れ(だが寒い)

 前日、結構早めに寝てしまったのは、早起きして遠出するためだったのだ。予定起床時刻をやや過ぎて、起きたのは9:30。身支度をして、11:00に出立する。出る前にVAAMを服用する。
 今日の服装は、速乾性の長袖Tシャツに、サイクリングジャージ、チェックのシャツ、フリースと重ね着し、下はパッド入りインナーにバイカーズパンツ。こういう構成の方が、温度調整はしやすいようだ。これでヒップバッグを背負っていった。
 今日は快晴で、境川サイクリングロードは、すっかり冬支度を終えていた。
 本当は北に、境川の源流側に行きたかったのだけど、ちょっと海を見たかったのと、鶴岡八幡宮の大銀杏を見たかったので、南に進路を取った。
 江ノ島周辺は、なんだか知らないが暴走族が群れていた。目の前を通っても、警察はしらんふり。無能を通り越して、哀れですらある。警察の役目は善良な市民から暴走族を守ることか、そう問いたいぞ。
 海岸の道をひた走り、やがて鶴岡八幡宮に着く。コンビニで昼食を買い、コンビニ前でぱくついた。
 鶴岡八幡宮には自転車を持ち込めないので(特にシーズンだから拙かろう)、ちょっとだけ無断駐車して、奥に入った。駐車場所は源平池という、なんだか怨念を感じる名前の池のほとりだったが、上から紅葉がハラハラと降ってきて、なんだか詩的な眺めだった。八百年の時は、源平双方の怨念をも清めてしまったのか。
 奥まで入り、大銀杏を見てきた。源氏政権の興亡と、新田軍による鎌倉の陥落とを共に眺めてきたこの大樹は、今年も変わりなく黄色い落ち葉を散らしていた。
 さて、この次は相模川まで走るか。江ノ島までの間に横たわる二つの坂を越え、遊歩道に入る。ロードバイクの細いタイヤが、砂地に足を取られないか心配だった。が、案外にすっと進んで行く。細さより、ホイールの行き足が問題だと思った。BD-1が弱かったのは、そのせいかもしれない。
 終端までバーっと走り、折り返してお茶する場所を探す。結局、前にも喫茶した場所の近くに陣取った。海岸にまで母子が降りて、遊んでいる。自転車を止めた展望台には、なにを語らっているのかお年寄りの二人連れが海を眺めていた。コンクリートの護岸壁に腰を下ろし、さてコーヒーを入れるかと思ったのだが。あれ、カップを忘れてきてしまった。ダメじゃん。しょうがないので、水を飲みながら、キットカットをポリポリむさぼった。
 時刻は15:00前。早くも海には夕暮れの気配が漂い始めた。それと、雲がやや多くなってきた。陽が陰り、肌寒くなる。ヒップバッグからウィンドブレーカを取り出し、さらに重ね着した。
 海はやや鉛色になってくる。そこに時々日がさっと差し、しかしすぐに雲に負けて徐々に衰えて行く。それを見ながら、終わって行くのだと思った。終わった、ではなくて、終わって行く。日々、終わって行くのだ。今日も一年が終わって行き、明日もまた終わって行く。そして年が明けても、同じように日々終わって行くのだ。終わることは既に前提であり、それを日々確認して行く。なんとなく、バラードの小説に感じるもの憂げで乾いたリズム、それは案外に自然界に共通するものなのかもしれない。僕たちだけでなく、自然も、あらゆる生命も、そして宇宙すら、少しずつ終わって行くのだ。
 一息ついて、帰路をたどり始めた。遊歩道を引地川まで舞い戻る。走りながら、あ、足が足りないと思った。足を使いきって、全然速さが伸びないのだ。なんでだろう。ロードバイクだと、疲れていてもそれなりに頑張れるのが災いしているのかもしれない。鎌倉への行き来で、坂越えの時にかなり頑張ったのが響いているのかも。それにしてもひよわな俺様だ。こんなことじゃ峠は無理っぽいな。
 引地川沿いから国道に出た引地橋で、北方に見事な紅葉発見。案外に、こういうものは足元に転がっているものなのかもしれない。
 境川まで走り、サイクリングロードを北上する。やっぱり、足が全然足りません。途中、飯田牧場で休憩を取る。ミルクのジェラードがおいしかった。が、これで回復するわけでもない。シャリバテでもないようだ。ロードバイクに乗っているのに、20km/hくらいしか出せない。なんとかノロノロと走り続け、ようやく帰宅した。それと同時に、疲れきっていたので爆睡してしまった。体、もう少し鍛えましょう......。


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