Strange Days

NHKスペシャル「変革の世紀」

2002年05月12日(日曜日) 23時00分 テレビ

 NHKスペシャル「変革の世紀」第2回目は、"情報革命が組織を変える"。
 20世紀の大半を通して、様々なサイズの組織は、大体のところピラミッド状の階梯を成していた。つまり、意思決定を行う少数の幹部が居て、その下にその命令に従う労働者がいるという形式だ。その命令を効率的に実行するべく、多数の中間管理職が存在するのが普通だ。
 このような階層構造の組織を考案したのは、普墺、普仏戦争の立役者、ドイツ参謀本部のモルトケ(大の方)らしい。モルトケは、長い訓練期間を必要とする熟練した正規兵中心の軍隊を、未熟練の動員兵主体の近代的な軍隊へと作り変えた。平時に専門職(そしてただ飯喰らい)たる軍人を多数用意するのではなく、必要なときにその辺の一般市民に武装させて使うことをはじめたわけだ。そのような軍隊に、なおかつ高度な行動力を必要とする近代戦を遂行させるために、モルトケは一般兵に最低限の命令を与え、それさえこなせば機能する組織を編み出したのだ。この、教育を受けていないふつうの人に、高度な各種労働を遂行させるための仕組みは、その後様々な近代企業が取り入れるところとなった。
 中でも自動車メーカーのフォードは、ライン生産による職能の分解と組み合わせ、爆発的な成長を可能にした。フォードはピラミッド型企業の代名詞となった。
 ところが、こうした巨大組織に異変が生じている。
 まず、米軍は、一人の兵士は一人の命令系統からしか命令を受けないという大原則(命令一系統の原則とでも名づけるか)を崩し、ある兵士が直属の上司を飛び越えて、さらに上部の司令部から命令を受け取ったり、逆に情報を伝えたりすることを可能にしようとしている。このバックボーンになるのが"戦術インターネット"だ。一つの戦域中にある軍の構成員全員が、各種AFVに設置された端末を通じて情報を共有するのだ。これにより、情報の遅滞、欠如を生じることなく、自由に命令と情報の交換が可能になる。それだけではなく、横のつながりさえ生まれる。ある歩兵部隊が、上位司令部の命令を待つことなく、すぐ背後にいる砲兵部隊に支援依頼することが可能になるのだ。もちろん、戦闘教則もそのように書き換えられることだろう。
 フォードの場合、従来のラインが最下部、すなわちひたすら命令を待つだけなのはおかしいと、ピラミッドをひっくり返そうとしている。すなわち、顧客や生産現場に接している一般社員に大規模な権限委譲を行い、中間管理職、経営陣は、その支援に回るという図式だ。もちろん、企業の舵取りは"誰か"がやるのだろうが。
 さらに進んで、組織そのものが消滅するという予測もある。ある研究組織は、掲示板システムをうまく活用し、利益を上げている。ある懸案を掲示すると、それにまつわる情報を全社から求める。そしてその懸案に興味を持つ社員が集まると、自然に一つのプロジェクトが生まれるという寸法だ。これを進めてゆくと、やがて企業からは"部"、"課"、"係"などが消えるだろう。そして、それぞれ特殊な知識や技能を身につけた社員一人一人が、ある案件に対して集まり、解決や発展を図る場がアドホックに生まれてゆく、そういう組織になると予測する研究もある。
 この辺、日本ではどうかなと思わなくもない。すなわち、なにかトラブルがあったとき、それに対して謝罪し、あるいは"誠意"を見せるのは、ある程度の地位を持つ幹部でなければならない。いくら権限を持っているとはいえ、その辺のヒラが頭を下げても、日本の企業風土ではまったく意味を持たないのだ。こうした風土が根強く残る限り、縦の組織が急に解消されることは無いだろう。と、ここまで書いて思ったのだけど、それなら頭を下げる専門の部署を設け、見かけ上高い地位につけておけばいいのだ。実に日本的解決法。
 しかし、果たしてこのような組織が有効に機能するのだろうか。末端の一人一人が高度な権限を持つ。そのような組織では、不正をどう防げばいいのだろうか。例えば、莫大な資源を持つ大企業にオウム真理教(現アレフ)のような狂信者集団が潜り込み、危険な物資の調達、あるいは生産を図ったとしたら。また軍事組織で、首都にミサイルを照準することで、クーデターを図る組織が暗躍したとすれば。それゆえに、未来の組織では、監察という要素がより重視されるようになるだろう。軍隊の憲兵隊を、より強化したような組織が設けられるかもしれない。この組織がかなり高い権限を持たなければならないのは自明だろう。なぜならば、取り締まる対象がそれぞれに高度な権限を持つ構成員、あるいはその集団だからだ。その活動を阻止するには、やはり高度な権限を持ち、それらの活動を止めさせなければならないだろう。また命令系統の混乱防止、あるいは監査作業の独立性のために、監察組織もまた独立した存在でなければならない。ますます憲兵隊に似てくることになりそうだ。
 未来の組織は、あるいは個人個人がその力を伸ばせるような、働きやすいものになるかもしれない。しかし同時に、組織全体に張り巡らされた監視の目という、新たなストレス源が生まれることになるのかもしれない。


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