Strange Days

小樽散策

2012年08月09日(木曜日) 23時10分 , 自転車 ( 自転車旅行記 ) 天気:快晴

 今日は、新幹線が通るだとかいわれている小樽を訪った。


 相変わらずの好天が続く。
 さて、今日はどこに行こう。札幌に来るまでは、漠然と富良野だの美瑛だのといった辺りを考えていたのだが、日帰りでは非常につらい上、現地入りするための特急列車も、既に満席状態。これはダメだと思い、近隣の小樽を攻めることにした。ここなら、各停でも1時間かからないのだから。
 降り立った小樽は、結構拓けた土地だった。港湾地区から、西へと向かう。海沿いに走ってゆくと、祝津に至る。この辺は戦後しばらくまで栄えた鰊漁の拠点となった漁港で、鰊番屋と呼ばれる大規模な浜小屋がいくつか残されている。鰊漁の繁茂期には、ここに網元、船頭一家と、その下で働く漁師たちが一同に暮らした家屋だ。その1つは町外れの斜面に立つ通称鰊御殿だが、そこまでの途中で開放されているっぽい番屋を見つけたので、入ってみた。先の鰊御殿は、別の場所にあった建物を移築してきたものだが、立ち寄った番屋は元々ここにあったもの。案内してくれた方によれば、ちょうど今、小中学生たちが臨海学校よろしく、ここに宿泊しているのだとか。番屋の中は、網元、船頭など幹部層の暮らす区画と、一般層がクラスそれとで大きく分かれている。床下も収納用に使われていたんだとか。そして寝るのは床の上ではなく、周りを取り囲むように設置された寝棚だったのだそうだ。
 小樽水族館と、先の鰊御殿に立ち寄りたかったが、先に食事だ。浜辺の食堂で、冷たい鰊蕎麦を頼んだ。鰊が思いのほか美味しく、冷たい蕎麦がつるりと喉を通った。
 小樽水族館に入った。館内は、最近見た水族館が改装直後のものばかりだったので、やや古めかしさを感じさせる。しかし土地柄か、寒流を泳いでいるような魚の展示が豊富だった。ここは底生魚を主眼にした環形水槽なのだが、ぶったまげたことに鮃、鰈の類が、アグレッシヴに泳ぎ回っているではないか。『ちょっと横に平べったいけど急いで通りますよ!』とばかりにだ。お前らは待ちぶせ専門のハンターじゃなかったのか。
 数多い魚たちの中でも、一際愛嬌を振りまいている*1のがダンゴウオ。これは稚魚だが、成魚も負けず劣らずのラブリィさだ。しかし、これでも肉食性なんだから。
 外に出る。なぜだか水族館でカピバラさんが飼われている。まあ、カワウソもいたけどな。カピバラさんは、暑いからかやる気無さげに、ぐでーっと横になっておられた。
 小樽水族館の野外プールは、かなり大規模だった。崖下の海岸には別の建物とプールが立ち並び、別の水族館と言えそうな規模だった。
 水族館の後は、鰊御殿、その上に立つ灯台と見て回った。鰊御殿には謎の隠し部屋があって、その用途が様々に推測されていた。漁猟は基本的に大漁期と不漁機の差が激しく、借金取りの取り立てに合うことがままあったので、その時に家族を匿うためという説。場所的に大梁の集まった最も頑丈な場所なので、天災に遭った際の避難場所だったという説、があった。
 灯台は、さぞかし眺め良かろうと登ってみたのだが、肝心の灯台への立ち入りができないという結末。
 小樽市街に戻る。運河近辺をうろついた。この辺には、明治から昭和にかけて立てられた、古い倉庫が多い。
 やや外れの方に来ると、かつてこの辺まで走っていた幌内鉄道の展示がある、小樽市総合博物館がある。時間的に立ち寄れなかったが、鉄分多めの向きには楽しそうな場所だ。
 札幌に戻り、宿に荷物を置き、夕食に出かけた。狸小路の方に向かっていると、途中で営業時間になったばかりのジンギスカン屋を見かけ、思わず入る。腹減りが凄まじく、もう我慢できなかった。ラム肉をジンギスカン鍋でジュッと炙り、タレを付けて頬張ると、ビールがヤバイくらい進む。お代りもしてしまった。よく冷えて霜をまとったジョッキをツイートすると、勤労者たちから怨嗟の声が上がったが、ガハハハと高笑いしつつラムを焼く、食う。うまいぞ~。メニューにニラソーメンの字が見えたので、締めに頂く。ごちそうさま! いやあ、プロレタリアートどもの恨み辛みは、最高の調味料だなあ、などと満足して店を出た。しかしそれが、あんな恐ろしい事態を招こうとは……。

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