天候に恵まれてきたこの旅だが、今日は遂に雨。しかも、ちょっとした嵐になるものと予想されていた。じゃあ、さくっと輪行しますか。
今日の九州東部は、きっぱり雨の予報。それもちょっとした嵐になるというもの。これに頭を抱えた僕は、荒れる前に行動開始し、延岡に出てしまうことにした。輪行でだけどな。
宿を7時台と、行動開始が遅い僕にしては、早めに出る。宮崎駅へと走っていたら、もう降り出しやがった。延岡の宿は、駅からちょっと離れている。あまりひどく降る前に、到達できればいいが。
駅について輪行準備をし、電車を考える。9時台の特急にちりんにしよう。乗る前に、朝飯が非常に軽かったので、もう少し入れようと、駅のうどん屋に入って
宮崎うどんを食べた。宮崎に特有のうどんがあるとは。九州のうどんには多いのだが、細麺を箸で切れるほど柔らかく煮てあるものだ。
にちりんで延岡に出る。雨が降っていたが、そこまで強くはない。輪行解除して、宿まで走った。
まだ11時前だ。チェックインは出来なが、荷物は預かったくれた。雨具を着込んで、しばらく散策だ。
宿のすぐ近くに、延岡城がある。旧名縣城。天下統一シリーズだと、だいたい東国武将が九州に攻め入って、島津と当たる辺りだ。よく整備された
城門をくぐる。
登り口に、
千人殺しという恐ろしげな場所がある。積石をいくつか外すと、一気に崩壊して、攻城中の敵を一気殲滅できるということらしい。しかし、割と狭い区画が崩壊しても千人は無理だろうし、その上の構造そのものが崩壊して籠城も難しくなるんじゃなかろうか。
県城の築城者は高橋元種だが、高橋家は改易されて移り、紆余曲折を経て内藤家が城主となる。そのまま明治を迎える。というわけで、内藤家の主が顕彰されているのがこの
銅像。
城内はよく整備されており、雨にも関わらず花の手入れに精を出す男女を見かけた。ボランタイズで地元の人に依願しているのではないか。
流石に平城だけあって、
眺めは実に良い。しかし、構造物の類は全く残っていない。
三の丸の跡もこんな塩梅だ。
いったん城から降り、近くに見えた
内藤記念館に向かう。かつての城主の居住を寄贈したものだが、もともとの建物は戦時中の空襲で焼けたそうだ。陳列物は、やはり武家の記念館らしく、甲冑類が多かった。
お腹が空いたので、Gmapsで店を探し、城にほど近い定食屋に入る。ちょっと冷えるので、
カツ丼だ。揚げたてのカツがカリッとして美味。
この頃から、雨がますます強まり始めた。遠くに行けないなと思い直し、まだ早いがチェックインできないか、宿に聞いてみた。OKが出たので、まだ15時にはまがあったが、チェックイン。
窓の外では、ますます雨が強まっている。これはあかん。ふてくされて、昼寝を決め込んでしまった。
目覚めたのは18時過ぎ。窓の外を見ると、なんだこれ、
すっかり晴れてる。人を舐めすぎだ。買い物ついでに、もう一度、県城に登った。
暮れゆく空から雲が消えてゆく。日没を待つと、
遠い山の端にストンと落ちて、少し茜色になって、すぐに暗くなっていった。
コンビニで買い物して、宿に戻った。明日からは、天気に恵まれそうだ。