Strange Days

2000年04月30日(日曜日)

今夜の観望はなし

23時22分 星見

 夜、ベランダに出ると雲が空を覆っている。今夜の観望は無理。

世紀を越えて

22時20分 テレビ 天気:くもり

 連休も三日目ともなると倦怠感がみなぎってくる。水曜日までは大きなイベントがない。必然的に寝るか読むかの実にぐーたらな生活を送ることになるのだ。
 今夜は見たいテレビがあった。NHKスペシャル「世紀を越えて」。今夜は次第に恒常化しつつある生命操作の実態を追う。
 人の遺伝子を解読しようというヒトゲノム計画は、すでに80%まで進捗している。実を言えばアメリカの企業がすべて解読したと発表してはいるのだが、この発表には多くの専門家が疑義をあらわしている。しかし間もなくヒトゲノム解読が完了するであろうことは疑うべくもない(個人の個性という部分では恐らく依然として未知の部分が残るだろう)。
 その副成果(いや目的かもしれない)として人の病気のうち、遺伝子に要因を求めうるものの遺伝情報も明らかにされつつある。アメリカではそうした遺伝病の要因因子を持っているかどうかという遺伝子診断が普及しつつある。そのなかにはきわめてショッキングなものもある。ある男性は、自分もそうした遺伝病の一つの因子を持っているのではないかと疑い、遺伝子診断を受診した。彼の家族の何人もが、若年性アルツハイマー症に犯されているのだ。これは遺伝病だった。従って自分もその遺伝要素を受け継いでいるかもしれないと疑うのは当然のことだった。
 診断の結果は医師によって直接ではなく、カウンセラーを介して伝えられる。カウンセラーが伝えた結果はショッキングなものだった。彼も遺伝要素を受け継いでおり、発病する可能性が高いというものだった。これがどれほど衝撃的か理解できる気がする。これほど重い十字架を背負ってしまった人はそう多くはないだろう。
 彼は生きる気力を失ってしまう。その彼を支えたのは、そんな彼の人生を肯定してくれたある女性の存在だった。その女性が彼とともに病気と戦うことを誓ってくれたから、彼もまた死病の恐怖と戦う力を持てるようになったのだという。このような局面でカウンセラーの存在は大きい。彼は病気ではない。だがすでに死んだも同然だと自分をみなしてしまう。そうした心の葛藤に力を貸すのがカウンセラーであり、彼の生を肯定してくれる人々の存在なのだろう。
 別のある女性は、やはり家族に多かった乳がんと卵巣ガンの遺伝因子を持ち、発病する可能性が高いことを知った。その恐怖に直面した挙句、彼女はまだ健康であるにもかかわらず乳房と卵巣の切除手術を受けることにしたのだ。発病の恐怖から逃れるにはこれしかなかったという。
 遺伝子診断は生命の初期段階、受精卵の段階ですら実施可能だ。そのことによって、遺伝病の恐怖から子供を持つに持てなかった夫婦が、遺伝要素を受け継いでない健康な子供を得ることもできるようになった。体外受精で受精卵を複数つくり、それらの遺伝子解析から病気の遺伝要素を受け継いでいない受精卵のみを選別することができるようになったのだ。
 この受精卵に対する選別は、命の選別ではないか、すなわち受精卵の段階とはいえ人間の最初期段階でもあるのだから、他の受精卵たちの生まれてくる権利を阻害しているのではないかという指摘がある。
 この事に関していえば、それはダーウィニズムでいう適者生存というイデオロギーを、可能な限り隠蔽してしまおうという活動の一つだと見ていいのではないだろうか。近代に入って人間は社会ダーウィニズムを骨子とする資本主義社会を発展させてきた。人間の欲望をまあ概ね無制限に認める市場経済社会を駆動してきた社会ダーウィニズムの威力は絶大だった。しかし同時に優生学のような怪物を生み出しかねない危険をも孕んでいることをも、現代に生きる僕たちは知っている。後ろめたいのだ、適者生存なんて考えは。なんのためらいもなく社会そのものに適用できると考える人はよほどの少数者だろう。
 そこで胎児の選別が登場するわけだ。今意思的に行動している人に対して適者生存を適用するのにためらいがあるとしても、生まれる前の受精卵ならば後ろめたさは少ない。始末するにしてもわずかな量のたんぱく質が無駄になるだけだ(受精卵に魂が宿ると信じているのでなければ)。
 このように生命発生の早い段階で操作を加えようという考えは、旧来の価値観との衝突もそれほど大きくないだろう(なにせそのような段階があるという考えすらなかったのだから)。医療側から見ても都合のよい技術になりそうだ。だがこうした技術は生殖と出産という自然界で長い間に検証されてきた手法と違い、様々な検証がなされていない。いまや生物学的にも未知の領域に深入りしつつある現状で、いまさら検証もなにもないのかもしれないが。

2000年04月29日(土曜日)

今夜の観望はサイコー

23時59分 星見

 食事と風呂を挟んで2時過ぎ、再びベランダに出た。空はくもりが少なく、風も弱い。シンチレーションも悪くない。この時刻には既にさそり座が南中している。早速M4に挑んだが、このMIZAR20*80でもまだ見えない。M4との戦いは、いずれ8インチ級シュミカセ購入の時まで待たざるを得ないだろう。
 視線をサソリのしっぽの方に向け、M7をなんの気なしに視界に入れた。これは......今まで見たこともないくらい明瞭に、細かい微光星に取り囲まれた星々の集団が飛び込んできた。思わず、うぉ、すげー、とかなんとか、近所迷惑にならないくらいの声をあげていた。それくらいその光景は美しく、2度と忘れられないだろうと思えた。昨夜100EDで見たときより、さらに暗い星まで見えていた。これでプレヤデス星団なんか見てたら死んでたね。
 比較のために後で100EDも出してみたが、こちらでも同じくらいよく見えた。シーイングが昨夜よりいいようだ。さらにM7も難なく発見する。M22もちゃんと識別できた(相変わらず淡い"星雲"にしか見えなかったが)。M8も淡い明かりを感じとれた。いて座のもっとも豊穣な方向、銀河系断面(つまり天の川)方面を散歩してみた。細かい星々と、それを取り囲むようにして雲のようにぶちまけられた微光星が、視界一杯にひろがっている。恐らく、いくつかはM天体も目にしているに違いない。シーイングのいい田舎で見てみたいものだ。
 MIZAR20*80+カメラ三脚の組み合わせは、どう考えても100EDより軽量だ。そこで肩に担いで近所の観測ポイントを探してみた。街灯が多くて閉口したが、一軒の家の前の空き地でちょうど明かりが途切れ、数少ない適地に思えた。早速三脚を展開し、いて座方面に向けてみた。うん、良く見える。さらに天頂付近にも向けてみたが、このカメラ三脚ではちとつらすぎる。80°が限界だろう。さらに部屋の前で北天にも向けてみた。こちらもまことに美しいものだ。
 やがて夜が明けてきたので、ようやく今夜の観望も終了した。

MIZAR80mm双眼鏡のインプレッション

22時17分 星見

 帰宅して、早速組み立ててみる。むう、三脚への取り付け金具をどう付けるのかがわからない。蝶つがい部の前面に着けるのだとスターベースの人は言っていたのだが、それらしい穴が見つからない。前面にあるいかにも取ってくださいといわんばかりのプラスチック製の部品を無理に引きはがしたが、穴は見つからない。これはいったい、どうしたことなのじゃ!(常田富士夫風に読め)。
 考えあぐねたので三脚の方を引っ張り出し、そこに取り付け金具がどう着くかを検討してみた。これはあっさりわかった。雲台の留め具にぴったりの穴が開けられていたからだ。そこから考えると、やはり金具のスクリュー部を双眼鏡の蝶つがい前面にねじ込むとしか考えられない。
 再び蝶つがい前面を検分した。良く見るとさっき無理やり取ったプラスチック部品の一部が残って、穴らしきものを埋めている。ここだ、ここに間違いないんだ! ファシスト退治のためにそれ以上の自国民を殺戮し尽くしたスターリンのように、鉄の意思を持ってその穴をほじくりはじめた。5分後、プラスチックは全て取れ、やはりねじ穴が切ってあったことが判明した。意思の勝利なり。ん、待てよ。ということは単にプラスチック部品がねじ穴に沿ってねじ込まれていただけか。回し抜けばよかったんじゃのお(核滅)。
 まあ結果オーライということで、とにかく金具を着けてみた。当たり前だがぴったりとはまった。そこで三脚に着けると、をを、なんとも操作性よさそうって感じぃ。
 早速ベランダに持ち出す。この時刻は南天にはろくな星座がないのだが(うみへび座よ、すまん)、それでも星が非常に明るく見えてくるのが感じられた。ワイドビノ、10*42はもちろん、100EDよりもなんとなく明るい感じだ。80mm双眼鏡の開口面積は、100EDとの比でいえば0.8の自乗の2倍、ざっと1.28倍ということになる(あってるんだろうな)。確かに明るそうな数値にはなった。

秋葉の裏へ

20時16分 暮らし 天気:快晴

 今朝方早くまで観望していたわりには快適な目覚めだ。もっとも、昼は過ぎていたけれど。今日は秋葉になんとなく行きたくなったので、14:30頃には部屋を出た。~
 秋葉に着いたのは16:00前。そのまままずはスターベース方面に向かった。途中のカメラ屋でなんとなく三脚を見ておいたのがポイントだった(なんのだ)。~
 スターベースでは漠然と「でかい双眼鏡が欲しい」などと思いつつ、展示してある品を眺めたり持ち上げたりしていた。店の前に高橋製作所謹製の60mm双眼鏡が展示してあった。蛍石を使ったアポクロマートというフローライト原理主義者が泣いて喜びそうな代物だ。確かにそそられる。しかし店内にはもっとたくさんの双眼鏡が展示してあった。宮内の60mm対空双眼鏡もある。だが一番気に入ったのはMIZAR(またかよ)の80mm双眼鏡だった。かなりの重さだが、操作感は意外に悪くない。なんといっても3万弱という価格が気に入った。少し考えて、とうとうコイツに決める。さらに帰り道のカメラ屋で適当なカメラ三脚を買い、その足で帰宅した。なんと今日は電気街方面に向かいもしなかった。大きな荷物があったからね。~

2000年04月28日(金曜日)

今夜の観望は大漁

23時15分 星見

 帰って、望遠鏡で夜空を眺めた。昨夜に続いてオリオン座は冴えない。薄雲が出ているせいもある。さらに戸外に出て、2丁双眼鏡でかに座方面を眺めた。高度が高いが、ちょうどアパートの前の歩道に望遠鏡を出すといい眺めになりそうだ。
 丑三つ時になって、再び望遠鏡を出した。既にさそり座が西に傾きつつあり、いて座が南中している。さそり座のM4は相変わらず見えない。昨夜よりは夜空の透明度は高そうだが、それでも見えないものは見えない。夏至の頃の高度が高い頃じゃないと無理かもしれない。その替わりに昨夜楽しんだM8をしばし眺めた。
 ワイドビノとMIZAR10*42でさそり座の尾っぽを眺めているとき、細かい星が密集しているのに気づいた。そこに望遠鏡を向けた。SWK22で30倍弱で眺めると、視界一杯に密集した散開星団が飛び込んできた。位置的にM7だろう。M42と較べて明るい星が多く、とても美しい光景だ。写真に収めればさぞかしいい眺めだろう。
 その北西方向にある小さな集団にも気づいた。こちらはM6だ。双眼鏡でも容易に探し出せる。双眼鏡でも、望遠鏡でも楽しめる星団だ。
 さらにMIZARで南斗六星の北を眺めているとき、ようやく見分けがつくようなうっすらとした光の滲みを見つけた。これは位置的にM22だろう。しかしいくら高倍率にしても星に分解できず、まさに星雲状態だった。
 こうして一日にM天体を三つも見つけた希有な日になった。ますます天体観望が面白くなってきた。これも生きる意味だ!

ぐうたらな一日

17時14分 暮らし 天気:晴れ

 明け方まで観望していたので、目覚めたのは昼過ぎだった。少し起き出して昼食を摂った後、再び午睡を楽しんだ。今日はどこにも行かなくても、なにもしなくてもいい。とは思ったものの、各種料金と夕食の調達のために夕方に起き出し、出かけた。

2000年04月27日(木曜日)

今夜の観望

23時12分 星見

 帰宅する頃には春特有の薄雲のかかった夜空が広がっていた。望遠鏡を出してまだ西空にあったオリオン座に向けたが、薄雲と低高度のダブルパンチで冬の神々しいまでの美しさは既にない。
 深夜、ネットーサーフィンでいいページを発見した。アストロアーツのWebページにメシア天体の一覧があった。捜し方や簡単な概要などがあって、非常にためになるページだ。これによると何度挑戦しても敗れ去ってきたM4は6.4等相当。高度にもよるが、横浜の空は6等星までしか見えないのかもしれない。
 このページによると、そのさそり座の東に位置するいて座はM天体の宝庫、しかも見え難い系外星雲ではなく散光星雲、散開星団の密集地帯なのだそうだ。中でも干潟星雲ことM8は大変美しいとか。M4が相変わらず見えないことを確認して、ワイドビノとMIZAR10*42でいて座方面を眺めた。いて座は南斗六星の別名で有名な特徴的な星座なので、あっと言う間に見つかる。そして解説にあるまさにその位置に小さな星々と淡い光の滲みを発見した。
 100EDで眺めてみた。それは確かに散光星雲だった。光はオリオン大星雲よりも淡かったが、確かに美しい光を見た。
 久しぶりに感動した。ビクトル・エミール・フランクルというユダヤ人が、悪名高いドイツのユダヤ人強制収容所での体験から、生きる意味についていくらかの著書を著している。彼は毎日のように同胞が死んでいくのを目の当たりにした経験から、人が生きる意味についてこう書いている。「......あなたが愛して止まない音楽を聴いている瞬間に、生きる意味を考えてみるがいい。その瞬間、あなたは迷うことなく生きることを肯定できるはずだ」 言い換えれば、フランクルは生きる意味というものは通常は考えるなといっているのだ。そしてこの瞬間、僕は確かに人生を肯定するに足るだけのものを見ていた。
 M8を眺めている間に、あっと言う間に夜が明けてしまった。もう4時を過ぎると朝が来る。
 いて座周辺には美しい散開星団がいくつも存在しているという。それをじっくり眺めることが出来る夏が来るのが楽しみだ。

早出

20時11分 暮らし 天気:晴れ

 GW直前の慌ただしい一日だった。今日中にどうしても上げなければならない仕事があり、その関係で1時間ほど早出する羽目にさえなった。午前中に片がついたので早く帰宅しようと思ったのだが、作った書類の不備で差し戻しされるかもしれないなあなどと考えていたら定時になってしまった。ぐはぁ(吐血)。

2000年04月26日(水曜日)

雨天につき観望なし

23時10分 星見

 夕方には小降りになっていたので晴れてくれるかと思っていたら、そのまま朝方まで降り続いたようだ。

流行の複合機

20時09分 コンピュータ 天気:雨

 ふとしたきっかけから、最近何機種か出ている個人向け複合機が欲しくなってしまった。複合機といっても戦闘機+雷撃機でも冷蔵庫+掃除機でもなく(あるのかそんなの)プリンタ+スキャナの機械だ。EPSON、CANON、XEROXが投入しており、この先なかなかの激戦区になりそうな勢いだ。
 実は以前からPM700の代替が欲しくて物色してはいたのだ。そして平均的日本人の居住スペースしか持たない僕の目は、当然複合機に熱い視線を注ぐことになる。
 その時の感想は、いずれも一長一短あるというものだった。まずEPSONの機械はUSBしかサポートしてないのが気に入らなかった。手許にあるWindows98プリインストール機というと、TP235しかない。CANONの機械はプリンタ性能が他社に比べて低いのが短所。そしてXEROXの機械はカラー印刷できないと「思い込んで」いた。しかし昨日調べてみると、実はちゃんとカラー印刷も可能であることに気づいてしまった。僕の使い方ではほとんど欠点がなくなってしまった。うう、かなりまずいかも。本格的に欲しくなってしまった。
 この分じゃ週末には秋葉で買ってしまっているかも。大口径の双眼鏡も欲しいところなのだが。

2000年04月25日(火曜日)

今夜の観望はなし

23時07分 星見

 昼にはかなり晴れていたが、常にうす雲がかかっている状態だった。帰宅する頃には雲が濃くなって、星がほとんど見えない状態。今夜は観望出来なかった。
 考えてみると、一番活用している観望用具は双眼鏡たちだ。100EDは望遠鏡としては非常に手軽だが、それでも多少の準備は必要だ。GP赤道儀を使う場合はなおさら。だから今より強力な双眼鏡があればいいんでないかいと安易に考えた。そこでしばらくネット漂流。
 今持ってるうちで最強なのはMIZAR製の10倍42mmという機種だ。7000円だったので、左側の像が収束しないなど細かな欠点をいろいろ抱えてはいる。しかし結構広視野で明るいので、まあ値段相応ではあるのだろう。
 これより上のクラスとなると、50mmから100mmクラスに目が行く。100mm以上になるとこれまた単なる双眼鏡とは別種の世界に行っているので、できるだけ大口径でかつ気軽に扱えそうな機種を探した。このクラスでは宮内光学の60mm、77mmの機種に目が行く。接眼部が45度、または90度傾斜した本格的な対空型だ。NIKONやFUJINONの中/大口径にも目が行く。しかしこの辺になると相当高価だ。ちょっとした望遠鏡を買うくらいの覚悟は必要だ。そうなるとやはり因縁のMIZARか。20*80で3万弱という信じがたい値がついている。NIKONの18*70が11万円するのに。それでもこの価格だとそそられるものがある。
 頑丈な鏡筒設計で有名な高橋製作所の22*60という奴は、口径は中くらいだがレンズが蛍石製だ。別にフローライト原理主義者になるつもりは無いけれど、色収差がそろそろ気になってくるこのクラスではちょっとそそられる。ただし価格も重量も80mm級だ。宮内には同じくフローライト使用の100mmがあるけれど、価格は38万弱。かなりの覚悟が必要だ。
 こう考えていくと、安い大口径か高価な中口径かという選択になってしまうのかな。奮発して高価な大口径に行くか。悩ましいところだ。

アニメとか

20時06分 テレビ

 先週撮っておいたグルグルを見た。ああ、ゆうしゃさま~(爆死)。相変わらず変なノリで良いです。キタキタ親父おいしすぎる(アレはタモリのネタにあったな)。着ぐるみ着せたがるモンスターも良い。
 六番目の小夜子。やっと第1週を見た。小夜子役の女の子、前から見ると鬘かと思うような不自然な髪型なのだが。後ろから見ると自然だな。まだ導入部という感じだ。

寝れば寝るほどまだ眠い

18時05分 暮らし 天気:晴れのちくもり

 昨夜は早めに寝たので7時間以上の睡眠時間は確保できたはずだ。ところがそれでも昼間は眠気に悩まされることになった。睡眠中枢が壊れた?
 とりあえず仕事に集中している間は大丈夫なのだが、ふと時間が空くと気が遠くなってしまう。サマータイムなんぞよりもシエスタを導入せんかい > 政府

2000年04月24日(月曜日)

嵐が去って観望

23時03分 星見 天気:雨のち晴れ

 夕方定時間際、突如として重々しい雷鳴が職場に鳴り響いた。外を見ると、この時刻にも関わらず真っ暗だ。ある種の条件反射として作業中の文書をこまめにセーブするモードに入りつつ、外の雨音に耳を傾けた。えらい降ってるなあ。こりゃ今夜も観望は無理だろう。
 ところが、これは単なる通り雨に過ぎなかったらしい。会社を退ける頃に空を見上げると、なぜか空が暗い気がする。空が曇っていると、光害のおかげで空は明るくなるのだが、暗いということは晴れているということだ。
 足早に帰宅して、ベランダに出てみた。空はやはり晴れていて、所々に雲は残っているものの、星はばっちりと見える。早速観望タイム。
 かなり眠かったので、2丁双眼鏡モードで観望開始。ワイドビノで空をざっと掃天する。冬の星座たちは西に去り、すでにこいぬ座が西空低くにかかっているだけだ。一方、しし座とおとめ座が相次いで登りつつある。双眼鏡をスピカ付近にやると、明るいスピカの右下に少し暗い星々が台形を形作っているのが見えた。からす座だ。今まで気にもしたことがなかった星座だが、ワイドビノで明瞭に捉えることが出来るので、少し見てやろうかという気になった。
 MIZAR10*42を向けた。からす座のスピカ寄りにある二重星がくっきりと見え、さらに細かい星々も浮かび上がってくる。ワイドビノの視野にはむしろこじんまりと納まっていたからす座も、10倍程度の双眼鏡でのぞくともう全体像をつかむのが難しくなる。そのかわり、星を一番明るく感じるのは、このMIZARだ。通り雨のおかげで空の浮遊物が吹き払われたのか、夜空は洗い清めたように透明だ。ZepのStairway to Heavenに「五月姫のための清めの雨なのさ」という一節があるけれど、今夜の雨はまさにそういう感じ。
 そのからす座の二重星の近辺からおとめ座方面に移動していくと、なんとなく暗いぼんやりした星がいくつも見えているような気がした。この双眼鏡では限界だ。
 ここでようやく100EDが登場する。SWK22mmで30倍弱。これで問題の空域をうろついてみた。30倍弱とはいえ、10倍の双眼鏡と比べてもはるかに狭い領域しか見えない。その代わりにさらに細かい星々が浮かび上がってくる。なんとなく不思議な気分だ。
 この辺りにはM104があるはずだ。M104はソンブレロ銀河として有名な系外銀河だ。別の銀河をほぼ真横から見ている形になるので、写真で有名な特徴のある眺めになる。もっとも、100ED程度の能力では楕円形の広がりがわかる程度だろうが。
 M104では無かったが、いくつか面白い星の並びを見つけた。見かけ上は同じくらいに暗い小さな星が、ごくごく近接して並んでいるのだ。二つというのが多かったが、なかには四つが同じ空域に密集しているものもあった。これらの多くは単に見かけ上の並びに過ぎないのだろうが、実際の連星だってあるかもしれない。また球状星団の最も明るい部分を見ていることもあるだろう。ふつうの星図には載ってないような、暗くてマイナーな星たちだ。大倍率でもやっと分離できる程度の星たちを、しばし飽きもせず眺めていた。
 結局M104は見つからなかったが、星たちの不思議に思いを馳せる俺様だった。

2000年04月23日(日曜日)

今夜の観望

23時02分 星見

 今夜はきれいに晴れたので、夕方から観望を開始した。まずは西空低くにあるオリオン座。オリオン大星雲は、大気の透明度の低さと、低高度にあるという悪条件から、なんとも冴えないものに映った。久しぶりに見るM42も、明るい星を10個ほど見分けるのがやっとだった。
 この時刻には南天は寂しいものなので、冬の星座たちに別れを告げて部屋に戻った。
 11時頃にまたベランダに出た。この時刻にはおとめ座が南中しつつあるので、まずはワイドビノで星空探索をした。ワイドビノだと星座がほとんど視界に収まりきるので、星図と対照しながらすぐに探し出すことが出来る。おとめ座も、しし座も、高倍率の望遠鏡ではなかなか全体像をつかめず、いらいらするのだが、ワイドビノなら一発だ。軽量だし、これは本当に便利なアイテムだと思う。しかし星を一番明るく感じるのは、MIZAR10*42の双眼鏡のほうだ。
 おとめ座からかみのけ座にかけては局部銀河群があるはずだ。一応、その方面に望遠鏡を向けたが、相手が銀河ばかりなのであんまり期待は出来ない。BORG100ED程度の能力では、よほどきれいに導入しない限り、ただの暗い星と見分けがつかないだろう。
 しし座のレグルスも、おとめ座のスピカも明るい星だ。それらをしばらく100EDで眺めた。ピントを出すと、その周囲に小さな星が群れているのがわかる。高度があるので、大気の影響が少ないせいもあるだろう。
 しばらくネット沈没した後、またベランダに出た。月が昇りつつある時刻である。さそり座がベランダの真正面に見えるので、しばらく星座をたどってみた。小さな星が群れている場所、暗くて星が少ない場所(暗黒星雲がある?)があり、見ていて飽きない。
 月は満月度75%程度まで欠けていて、昼夜境界線のクレーター群が幽玄な眺めを見せた。ティコの中央にある丘陵までくっきりと見えた。これで14インチ級の望遠鏡で強倍率をかけたら、どんなにいい眺めだろう。
 寝る前に、双眼鏡の2丁拳銃で北天を眺めた。こちらも今夜はゴージャスだ。大熊座のひしゃくは西天に大きくかかり、カシオペアは東天に傾いている。天頂付近は無数の星が肩を寄せ合い、抜きん出た1等星が自己主張している。ワイドビノを使えば星座が、MIZARを使えば細かな星星が見える。首が痛くなることを除けば、本当に美しくてうれしくなる眺めだ。明日が休みならば、朝まで飽きずに眺めていただろう。GP赤道儀も出したかもしれない。
 GWに期待をつなぎつつ就眠。

星空幻想

19時01分 天気:晴れ

 昨日に続いてだらけきった一日。もうすぐ10連休だからと思うと、なんでも後回しでいいやと考えてしまうのだ。実に無為な日々を過ごしている。
 これではいかんと思いつつ、「臨死体験」を読みきり、さらに日野啓三の「断崖の年」も読み始めた。偶然だが、どちらも死の淵からの生還が背景にある。
 日野は腎臓ガンで比較的早期に摘出手術を受け、その手術の前後に様々な体験をする。死ぬかもしれないという恐怖がもたらす心の変化も興味深い。しかし圧巻なのは、腎臓摘出手術の直後に体験した、意識の異様な変容のほうだった。
 日野は手術前の検査がもたらした精神的苦痛から十分に立ち直れないまま、深い昏睡に落とされる手術を施される。集中治療室の暗い静寂に神経を痛めつけられた日野は、モルヒネがもたらす意識の変容のなかで奇妙な幻影を見る。一つは隣の病棟の屋上、その手すりに並んで腰掛けた、いくつもの人影だ。その屋上には滅多に人が立ち寄らず、まして危険な手すりに腰掛けるものなどいないと日野の理性は承知している。しかしそれでもくっきりと、その人影を幻視してしまうのである。凝視すれば、そのディテールまで明確に観えるくらいに。日野はその人影たちに懐かしいような親しみを感じたという。
 もう一つは空を過ぎっていく動物たちの顔だという。それも赤く点滅しながら飛び交うという、浦安にあるでかいネズミの支配下にあるテーマパークを思わせるような、奇妙にファンタジックな光景だった。
 日野はその顔たちを眺めながら、これが星座の原型だったのではないかと考えるのだ。隣の病棟の人影にせよ、空飛ぶ顔たちにせよ、それらは自らの意識のごく内側に潜んでいるというのだ。そしてそれらは意識のごく薄い表層を食い破って、いつでも飛び出してきてしまう。日野はモルヒネが生み出した激しい幻覚と考え合わせ、人は結局見たいものを見ているのだと考える。そして人が見たいものは、時代によって移り変わってきただろうと。
 中世の(欧州の)農民たちは常に多くの悪魔、天使、聖人たちと畑にいたという。彼らはそれを実際に「観て」いたのだろう。その時代の価値観、論理に照らし合わせれば、それらの実在は非常なリアリティを伴っており、紛れもない現実だったということなのだろうか。
 僕たち現代人も様々なもの(たとえばガイア、たとえば市場、たとえば民主主義)を幻視しており、その実在は多くの人にとって疑うべくもないものだ。しかし後の世ではやはりただの幻想だったと決め付けられることになるかもしれない。
 話はようやく星座の話になるのだが。日野は空を飛ぶ顔たちを幻視したとき、かつての人々はこんな風に、空にうごめく英雄や大熊の姿を見ていたのだと直感した。僕にはこんなあからさまな幻視の経験がないので何ともいえないが、人が見たいものを見てしまうという現象は良く体験するので、日野の所感には違和感を感じない。恐らくそうだったのだろうと思うのだ。そのことは立花隆の「臨死体験」でも語られていることだ。人はしばしば自らの見たいものを見てしまう。人間の視覚は客観的なものではなく、脳という個人的で主観的な器官が処理したものを「観て」いることを意味する。さらに敷衍すると、人にはそもそも客観する能力が無いという結論さえ出てくる。しかし多くの人と見ているものを共有しているように思えるのはなぜだろうか。もしかしたら単なる共同幻想を形成しているだけなのかもしれない。そして星座も、ある時代の人々の共同幻想だったのではないか。いや、幻想というよりは、それも一つの現実だ。
 考えが共同幻想という段階にいたると、もはや何事も直ちに否定することが出来ない気分になってくる。街頭でUFOによる救済という奇怪なものを訴えている人々も、実は彼ら自身のコンテキストでは十分に客観的なのかもしれない。そして彼らを笑っている僕らのほうも、実は別種の共同幻想に囚われているだけなのかもしれない。僕らに可能なのは、それを恐れつつなおも笑うという態度に過ぎないのではないだろうか。

2000年04月22日(土曜日)

iMODE対応

23時58分 インターネット

 この日記にiMODE対応エクステンションを導入してみた。iMODE対応日記で見えるはず。しかしiMODEって制約が多いんだね。1文書辺り2KBに収めるように推奨されているなんて。この日記なんて毎日のように溢れてしまうことになる(爆)。今は携帯電話の能力が低いので仕方ないのかもしれないが、この先能力が向上したら、大きな足かせになってしまうのではないだろうか。

ワイドビノの威力発揮

23時30分 星見 天気:曇りの後で晴れたな

 お外に出ようかなと思っていたが、僕が世界に誇る怠けマシーンが怠惰衝動をふんだんに生成したおかげで、結局日がな一日寝てすごすことに。よくもこれだけ眠れるものだとあきれ果てるほど寝て、とうとう真夜中の2時くらいまで半分寝て半分起きてという状況にわが身を置く春の曙。それでもなおも眠いというのはどういうことか。怠けるのもいいかげんにしろと叱咤したくもなるというものだ。外出しなかったけど、まもなくGWなのでよしとしよう。
 そんな夜中まで寝ていたのは空が曇っていたからだ。ちくしょうめ、そんなに俺様のゴージャスな天体観望装備が憎いかといいたくなるってもんだ(事実としては相当貧しい装備だが)。
 しかしチャットをしながらふと空を見上げると、いつの間にか空が晴れ上がっているではないか。早速観望タイムに突入だ。
 連夜の不意討ちにも軽量のBORG100EDなら楽勝で即応だ。これでGP赤道儀との組み合わせだったらめげてたかも。そのかわりベランダに立っているだけで視界が揺れる剛性の低さには笑うしかない。ベランダの剛性の問題もある。
 時刻的に月が高く上っている時刻で、間もなく南中というところではある。しかし昨日に比べて空の透明度が低く、星は昨日の様には浮かんでこない。本当に、昨夜のシーイングは絶好だった。
 もっぱら月を見たが、風が弱いせいでシンチレーションは比較的安定している。それでも高倍率では視野がゆらゆらと揺れ、ネガに収めようとするときなどはさぞかし苦労するだろうと思った。大気の存在は本当に問題だ。この先、CCD経由の観望が一般化すれば、おそらくは大気補正の導入が一般化するだろう。
 その他の空にはワイドビノを向けてみた。さそり座はほとんど視野に収まる。おとめ座もしし座も、10*42の双眼鏡では全体の形を捉えるのに苦労したが、ワイドビノなら楽勝だ。これは本当に、星空観望の必需品といえるのではないかな?

2000年04月21日(金曜日)

雨ときどき観望

23時48分 星見 天気:雨のち晴れ

 今日は雨の一日だった。昼頃は降ったり止んだりしていたけれど、夕方くらいからまた本格的に降り始めた。これは今夜も観望は無理か。
 ふてくされてチャットしながら、ネット漂流を繰り返しているうちに明け方になった。さて、天気はと外を見ると、いつのまにやら晴れてるじゃありませんか!
 即座に望遠鏡を出して、明るく輝く月に向けた。晴れたとはいえ、まだ雲が多いので月はしょっちゅう隠れてしまう。その替わり、その光輝に隠れていた星たちが見やすくなる。今夜はやっとワイドビノのフルスペックを試せた気がする。実に空が明るく、透明なのである。雨と強風が浮遊物を吹き飛ばしてしまったのだろう。高度の低い星まで、実によく見える。さそり座は月の真下にあったが、アンタレスのオレンジも良く映えた。またいて座の南斗六星もその全体が視界にすっぽり収まる。まことに観望向きの双眼鏡と言えるだろう。もっとも、今夜のシンチレーションがあまりに良すぎたのかもしれない。
 月に望遠鏡を向けた。大変に明るく、細かい部分までくっきり分解できる。ああ、こういうときにデジカメで撮影したいなあと思いはしたが、やがて夜が明けてしまったので果たせなかった。
 明日こそ晴れてくれよ。

2000年04月20日(木曜日)

今夜も観望不可能

23時45分 星見

 今夜もくもり。しかも明朝には雨になりそうだ。いいかげん、望遠鏡にカビが生えないか心配になってきた(いやマジで)。

地下車道

20時44分 思考 天気:雨のち雨(なにがだ)

 さてさて、今朝は朝から雨だ。傘を差して駅に向かう道すがら、国道の横断歩道の少なさと、信号間隔の長さにあきれ果てる。これなら歩道橋の方がいい。もっともこれは僕の主観によるものだが。
 歩道橋も万能ではないのは確かだ。金がかかるし、体の不自由な人には大層つらいものだと思う。しかし常時横断可能になるという利点はありがたい。
 金がかかるのはどうしようもないとして、体の不自由な人にとって障害にならないような歩道橋は作れないのだろうか。要するに歩道橋は車と歩行者の通行空間を分離させるものといえる。それなら車のほうを上にすればいいのだ。これが恐らく都市高速の発想の原点だろう。ところが都市高速のような巨大な構造物を街中に作ることは、都市空間の有効利用という観点からは優れた策といえない。なら車の方を地下に追いやってしまってはどうだろうと思うのだ。車道を都市の地下に張り巡らし、地上はあくまで歩行者の空間とするのだ。
 すると騒音問題がかなり解決する。地下車道を密閉型にして、防音壁で囲めばシャットアウトできるだろう。そうすると大気汚染が心配になるが、これも強力な空調装置を巡らせれば問題にならないのではないかと思う。それを外気と交換する際に、フィルターなどで清浄化すれば、都市部の大気汚染も改善されるのではないだろうか。ヒート・アイランドの問題も含めて、要するにこれらはアン・コントロールドな場所に原因があるから対処できないのだから。
 しかし歩道と車道を完全に分離してしまうと、タクシーやバス、あるいはもっと単純に自家用車での外出の際などにいろいろ困ってしまうだろう。したがってスポット的にでも車道が地上に出ている場所が必要になると思う。エレベータなどで結ぶという手もあるが、利便性という点で大きく劣ってしまうのは避けられない。
 この程度の発想ならたぶんゼネコンの企画室とかで扱われていることだろう。しかし一向に話題にならないのは、都市の地下空間の再利用の難しさ、ありていにいって高くつくという点に尽きるのだろうと思う。それならば予め地下利用を前提とした都市計画を立てればいいのではないか。要するに都市開発区域の地下を予め人工建築物化しておけば、後々に再利用する際にも有効に働くはずだ。
 もっとも、これほどまでして地下利用に執着する理由は日本国内では無いかも知れない。日本では都市の建設可能な場所は、すでにあらかた使い尽くされているからだ。北米のように土地に恵まれた場所ならば、こうしたビジョンも有効なのかもしれないが。

2000年04月19日(水曜日)

今夜は観望不可能

23時40分 星見

 昼には晴れ間がのぞいていたのだけれど、夕暮れ時くらいから空一面を雲が覆い始め、夜半にはとうとう雨になった。
 ワイドビノを買ってから、空が晴れ上がった日は一日しか無い。欲求不満でどうにかしそうだ(ぷんぷん)。

危うしゴールデンウィーク

19時37分 暮らし 天気:くもりのち雨

 どうも仕事の雲行きが怪しい。4月いっぱいに終わるはずだった仕事がずれ込んで、場合によってはGW中にまでもつれ込みそうなのだ。いっそのことGWを飛び越してしまえば問題は無いのだが(いや僕にとっては)、既に納入予定まで決まっているのでそう簡単にはいかない。なにせ、僕の担当は製品開発の最終段階なので逃げ出すわけには行かない。
 どのみち往復で4万弱の金がかかるので帰省するつもりは無いのだが、ちょっとどこかに出かけようかと思っていたのになあ。

2000年04月18日(火曜日)

少しだけ観望

23時36分 星見

 夜、空は曇っている。お月さんは明るいが、星は一つも見えない。月も雲の向こうに揺らめいている。しかし双眼鏡を向けると、この雲の中でも月の表面の模様が見分けられた。月の光量の豊富さゆえだろう。
 昨日、GP赤道儀の重さに懲りたので、今日は片持ち赤道儀に戻してベランダに出した。ベランダ観望にはこれがベストな解だ。しかし指で押すとゆらゆらゆれてしまう剛性の低さは、GP赤道儀を体験すると物足りなくなる。
 満月に100EDを指向した。雲のおかげでムーングラスは不要なくらいだった。満ちた月は陰影に乏しく、スカイ・ウォッチャー誌のいうとおりいまいち面白みに欠けるが、ティコなどの強い光条を持つクレーターの眺めを楽しめる。アリスタルコスは時々月面の爆発と誤認されるほど明るいクレーターで、雲を通してさえ明るい輝条がはっきり見える。さすがに大倍率をかけると、月面の情景は雲にかすんでしまうのだが。
 1時間ほど眺めて、撤収した。

Cygnusでw3mを

19時33分 インターネット 天気:晴れ

 愛用しているブラウザはNetscape4.7だが、軽いのを気に入ってLynxも併用している。Lynxはテキストブラウザだが、おかげで動作が非常にきびきびして気持ちがいい。しかしフレームを表示できないという弱点もある。正確にはフレームの要素一つ一つは表示できるのだが、1画面に同時に表示できない。
 その弱点を解消したテキストブラウザがw3mだ。これはLynxでは扱えないTableもFrameも表示できる上、Lynxよりさらにコンパクトだ。実際、わずか700KB程度でしかない。
 このw3m、PC-UNIXでは当然のこととして、OS/2でも使える。ありがたいことにバイナリを用意してくださった方がいるのだ。(Altairさん)

 それではWindowsで使うにはというと、GNUのフリーソフトウェアで構成したCygnus社のUNIX互換環境を使えばいい。Cygnusの公式サイトで取ってこよう。後のことを考えてフルパッケージ(13MBある)がいいだろう。それをインストールして、さらにw3mの公式Webページ
からCygnus用バイナリを持ってきて展開すればいい。現在用意されているのはバージョン0.1.6ベースのものだが、普通使う分には問題ない。
 僕の場合、会社の認証付プロキシを越えなければならなかったので、話が少しややこしくなった。このバイナリでは認証の受付が出来ないようなのだ。w3mのMLを読むと、最近のパッチで認証関係を拡張したようなことを書いてあった。そこで0.1.8のソースを取ってきて、適当にconfigureしてmakeした。最初ルートに/binが無くて(あたりまえだ)失敗したが、/binを掘ってCygnusのbinをmountすればOK。maka一発でバイナリが出来たので、make installして早速起動してみると、今度はちゃんとプロキシから認証が要求された。楽勝だぜ。しかしなぜか一部のテキストエリアにはメッセージを書けない。謎だが、滅多に書くことは無いので問題は無しだ。
 個人的にはコンソールで暮らすことが多いので、この環境は非常に便利そうだ。

2000年04月17日(月曜日)

ようやくGP赤道儀のインプレッション

23時59分 星見 天気:晴れ

 会社から退けての帰り道、夜空には満月寸前の月が浩々と灯っていた。今夜は快晴。ようやく到来した観望日和だ。
 帰宅して、夕食もそこそこに望遠鏡をベランダに出した。GP赤道儀に載せた100EDの総重量は、片持ち赤道儀に載せているときの3倍にはなりそうだ。そのくそ重いのをとりあえずベランダに出してみた。そして極軸をコンパスを見ながらあわせようとした。
 合わない。三脚を思った方向に向けるには、我がベランダは狭すぎる。脚の一つを部屋のサッシ上に載せないと、うまくアジャスト出来なさそうだ。そうするとサッシが閉まらない。笑うしかない状況である。
 極軸を合わせるのは諦めて、とりあえず望遠鏡を月に向けてみた。粗動、微動装置ともに動きはスムーズで、月くらいなら粗動装置のみでも十分なくらいだ。赤経軸では微動装置の替わりにモータードライブを着けているのだが、その動作もスムーズで案外に使いやすい。もっとも、軸部の動きを見ているだけでは動いているのかどうかわからないくらい遅いのだけれど。クラッチ付微動ノブを着けて、手動でも微動できるようにした方が使いやすそうだ。
 望遠鏡の安定性もはるかに向上していて、片持ち式赤道儀より安定感がある。望遠鏡に例のアダプタをつけてE950を接続してみた。さらにフードを伸ばすと、なんだか物凄く怪しい物体になる。
 ムーングラスを入れたWO13.5mmで月を真中に入れる。その状態でミラーを切り替え、直進側に着けたE950に光を入れ、ピントを出そうとした。......あ、合わない。タレットと望遠鏡の接合部を深く接合しすぎたようだ。少し距離を取り、再度ピントを出すと、今度は月面の情景が露になった。しかしE950の液晶面に保護シールを貼っていることもあり、少しピントをつかみにくい。だいたいのピントを出して、シャッターを切ってみた。その画像をノートPCで転送して、表示させてみると、見事なピンぼけ。なんで~? しかし少し考えて手ブレの可能性が大であると考えた。こういう場合はレリーズが正解なのだろうが、E950には標準では取り付け不可能だ。自作しようと思っていたが、適当なパーツが手に入らずほったらかしになっている。
 それならセルフタイマだ。E950の取説を引っ張り出してタイマの使用法を理解し、早速使ってみた。写すごとにセルフタイマがオフになり、セルフタイマをONにするごとに手動フォーカスがオフになるのがうっとうしい。まあそれでも毎回手で設定しながら何枚か撮影してみた。
 それをPCに転送してチェック。うん、さっきよりはずっとましな画像になった。が、やっぱり全体的にピンぼけ気味だ。
 なぜなのか考えてみた。今回はどこかで読んだ知識を元に、フォーカスを無限遠に設定していた。対象が事実上無限遠にある星(E950の光学系では20m以上向こうは無限遠になる)なのだから良いのかと単純に考えていたのだ。しかしよくよく考えるとデジカメアダプタを介した撮影はコリメート撮影法だ。これは接眼レンズの接眼側に結んだ像を撮影することだと理解している。ならマクロ撮影じゃないと駄目なのではないだろうか。
 そんな風に考えたのは、あまりに眠くて一度寝床に入った後の事だった。
 日付が変わる頃まで一眠りするつもりが、目覚めるとなんと3時過ぎ。慌てて風呂に入り(ちょっと近所迷惑で気が引ける)、それからベランダに出てみた。もう遅いので、望遠鏡をのぞく気にはなれず、ワイドビノで空を見渡した。
 評判どおり、非常に明るい視界が広がっていた。確実に2等級は暗い星まで見渡すことが出来る。さそり座に向けると、アンタレスを中心に星座の大半が視界に入っている。これなら星座早見表と相性がいいだろう。星空観望の初心者にはうってつけのグッズと言えるのではないだろうか。
 ワイドビノを空のあちこちに向け、をを明るい明るいと喜んでいたら、空が本当に青く、明るくなっていることに気づいた。夜が明けつつあるのだ。そうか、もう夜明けがこんなに早くなっているのだなとしみじみ実感しつつ、ようやく床に入った。
 それにしてもGP赤道儀の重さ(というか我がベランダの狭さ)には参った。GP赤道儀は週末に活躍してもらうことにして、普段はやはりBORGの片持ち赤道儀に活躍してもらう方が良さそうだ。この軽さは本当に助かる。なんだかんだいわれて欠点はあるのだが、それでもBORGの製品構成はお気軽な観望のために良く考えているように思った。

2000年04月16日(日曜日)

一瞬だけ観望

23時59分 暮らし

 夜中までとろとろと寝て、もぞもぞと起き出した。今夜は風が冷たい。室温も低めで、最近は開けっ放しのサッシを締め切ってしまった。ベランダに出ても濃いくもり空が広がっているばかりだ。やけくそになってしばしネット漂流を続け、3:00頃にさて寝るかとベランダに出ると、東の天頂付近に少しだけ晴れ間がのぞき始めている。早速ワイドビノで空を眺めた。噂どおり、ワイドビノで見る夜空は大変明るく、しかも星座が視界の中にほとんど入りきってしまう。これなら、都会の空でもかなりの星を一瞥できるだろう。口径40mmのオペラグラスというコンセプトが良かったのか、ロシアの光学設計の勝利なのか。
 翌朝、目覚めると空は憎らしいばかりの快晴である。今夜まで晴れが続けばいいのだが。

湘南台に出るかい

19時27分 暮らし 天気:くもり

 目覚めると雨は上がっていた。しかし空は相変わらず鉛色だ。午前中に目覚めてしまったので、しばし布団の中でゴロゴロしながら妄想を巡らせていたが、そのうちに飽きて外に出ることにした。秋葉に出ようかなと思ったが、さして欲しいものも無く、図書館に行くつもりで湘南台に出かけた。
 今日は風がやや冷たい。少し寒が戻ったようだ。
 図書館では臨死体験の本を読み漁った。実体験派の本ばかりだったが、なんとも説得力に欠ける論理ばかりでうんざりする。確信はあるが、人に確信をもたらすに足る論理は組み立てられない場合が多いように感じられる。体験者に直接聞き取りするという作業を積み重ねた研究者ほど、実体験派に傾斜するようだ。思うに、話者の個人的魅力(臨死体験者の人格的魅力が増すことが多いのは間違いないようだ)に引きずられてしまっているのではないだろうか。
 だからといってすべてを脳内現象として片付ける事が出来ないのが面白いところだ。むしろ脳内現象+ESPというモデルのほうがすっきり説明できる。超心理学ともども読み進めると面白い分野だと思う。
 帰りに湘南台のWaveEyeに寄った。最近改装して、売り場面積を広げている。適当なプリンタサーバ(プリンタのパラレルポートに取り付けるタイプの小さいやつ)が欲しかったのだが、あいにく扱っていなかった。こういう濃い品は秋葉じゃないと駄目かも。

2000年04月15日(土曜日)

新さくらほか

23時26分 テレビ

 いや銀行合併の話ではない。4月に入って地上波でもC.C.さくらの新シリーズが始まったので、さっそく録画しておいたのを見た。新オープニングは前のより絵柄がポップになった。前の方が動きがあって良かったな。
 中身は相変わらず元気なさくらを拝めてヨイ(^^) しかし、小狼め、色づきやがって。許せん(爆)。

今夜も観望は無しだ~(激怒)

22時25分 星見

 結局、夜中まで昏々と寝て、やおら起きだしてベランダに出たのだが、相変わらずの雨でまったく晴れる気配が無い。いやはや、せっかくワイドビノとGP赤道儀用プレートが届いて本格的な観望セットが揃ったってのに。欲求不満でどうにかしちゃいそうである。

寝週末と心霊体験

20時23分 思考 天気:雨

 せっかくの週末だというのに雨。出かけるのも本を読むのも面倒になった僕は、日がな一日寝てすごした。日ごろの睡眠不足をまとめて解消しようとでもいうのか。
 世の中には寝溜めができるという人もいるようだが、僕はまったく駄目だ。最近、星を見る習慣が出来たので、帰ったらすぐ寝て、夜中に起きだして星を見た後で、また寝るという生活をしている。一応、一日7時間程度の睡眠時間は確保できているはずだ。ところが体の方は明け方までの数時間の睡眠しか憶えていないらしく、目覚めると肉体はなお睡眠を欲しているのだ!(単なる寝不足という意味だが) 要するに帰ってすぐ寝る分はあまり意味が無いのだが、その頃には睡眠不足で意識不明寸前なので、どうしても寝ざるを得ない。
 そういうことで週末に寝まくってもあまり意味が無いのだが、半分眠りかけつつも頭はさめているという状況が好きなので、ゴロゴロしていることにした。この状況で様々な論理の飛躍が果たされるということは、今読んでいる「臨死体験」にも出ている事例である。この状況では、通常の負荷にさらされつづけている状況では果たせない種類の情報処理を、無意識のうちに遂行しているようだ。
 この半覚醒状態では、ココロとカラダの同期がずれて、通常では体験できない現象が起こることがあるという。事実、僕はオカルト用語でいう幽体分離と思しき現象を何度も体験している。誰もが体験するであろう金縛りの状況で、強く外界の事を想うと、視点のみが想った場所に移動する。カラダから抜け出して、部屋の中を漂い、さらには屋外に出て空を自由に飛ぶことが出来る。それも非常にリアリティを伴った体験なのだ。ところが、後で言語化しようとすると、実は体験の細部が非常にあいまいで朧であることに気づくのだ。思うに、「明瞭であると感じること」と「体験の細部まで明瞭に記憶すること」はまったく別種の体験なのだと思う。ここで前後の体験を等号で結んでしまう人は、無意識のうちに日常得ている他のデータを拝借してきて、結果的に「明瞭な体験」そのものを捏造しているのではないだろうか。
 まどろんでいて眠りに落ちる寸前で頭に浮かぶ映像は、時たま非常に明晰なものになる。これも僕が体験するところの幽体分離と同質の体験なのかもしれない。このことを考えてみると、人間の想像の不明瞭さは、実は身体感覚というノイズの存在ゆえのものなのかもしれないと思われる。眠り込む寸前、カラダの感覚が消失し、想像のほうのリアリティが向上する。そこで人間の恐怖心やその他の性質が幻視させるのが様々な心霊体験の正体なのではないだろうか。事実、金縛り状態で「のどを締め上げる腕」だとか「背後に添い寝する誰か」を想像すると、その通りのものを体験できる。それを消すように強く念じると、その通りに消えてしまう。明らかに幻覚なのだ。まあこれは、僕個人の体験という、それ自身では一般化も解析も出来ないモノに依拠しているのだけれど。

2000年04月14日(金曜日)

ワイドビノ他到来

20時22分 星見 天気:はっきりしないくもり

 朝、9:00に起床。これから朝食を作って9:45に出ても10:15には間に合う。近場に住むと楽だ。それで朝食の目玉焼きを作っているとき、玄関のチャイムが鳴った。このチャイム、例の「ピンポーン」という、それもかなり大音量のものなので、結構心臓に悪い。こんな朝っぱらから誰が、といぶかしみつつ開けると、何度も荷物を届けてもらったのですっかり顔なじみになってしまったヤマト運輸のおじさんだった。Tommy Oasis Directに発注していた荷物が届いたのだ。
 早速開梱してみる。モノはGP赤道儀用アリミゾプレート、それに100EDを取り憑けるための鏡筒バンド、VixenのNikonデジカメアダプタ、そして笠井トレーディング扱いのワイドビノだった。とりあえず中身がそろっていることを確認して出社した。
 速攻で帰宅して、それぞれの品を取り出してみた。鏡筒バンド&プレートは、最初は使い方がわからなかったが、GP赤道儀の説明書を見ているうちに理解できた。100EDをGP赤道儀に取り付けると、さすがに片持ち赤道儀よりはるかに安定していて、指で鏡筒を揺すってもびくともしない。持ち運ぶ必要がないのなら、これはベストな解ではないかと思う。そこにNikonデジカメアダプタでE950を取り付けてみた。タレット側にはとても固定できないので、H50mmがささっているファインダ側にコンバータを介してLV5mmをさし、そこに取り付けてみた。なんだか物凄く怪しい物体になってしまったが、赤道儀の強度は十分で、安定性に問題はない。残念ながら空は曇っているので試すことは出来ないが、これでちょっとした天体写真なら撮れそうなので楽しみだ。
 ワイドビノは小型ながらずっしりと重い。ようするにオペラグラスなのだが、実視界が非常に広い(30°強)ので、星空観望用にも向くということで、結構知られている品だったらしい。僕が入手したのはそのオリジナルに対して改良を加えたというモノで、合焦装置をスムーズに動くよう加工したという。合焦装置は一般的な望遠鏡のように左右連動しているタイプではないが、左右の視力に差がある僕にはこちらの方が助かる。動作は確かにスムーズだ。
 ワイドビノの評価に「倍率を感じさせないまま視力がアップした感じがする」というのがあるが、まさにそのように見える。また非常に明るいのも特徴だ。
 これらを試したくても曇天ではしかたがない。おまけに明日は雨だとか。トホホ、来週までお預けになりそう。

2000年04月13日(木曜日)

今夜の観望

23時20分 星見

 今夜も月に望遠鏡を向けてみた(早く寝ろよ)。月は満月に向かいつつあり、60%程度満ちた状態。シーイングは良く、160倍で眺めてもピントがどんぴしゃ出る。晴れの海周辺や、ちょうど昼夜境界線近辺にあるコーカサス山脈を眺めた。ピントの合った100EDなら、月表面の直径数kmの小さなクレーターまで識別できそうなくらいだ(独立しているものじゃないと難しいけれど)。これが別の星の眺めなんだと思うと感慨深いものがある。
 月の地図が欲しくなってきた。

死にそう

20時18分 暮らし 天気:晴れ

 前日、遅くまで夜更かししていたせいか、なんだか調子が悪い。動悸が止まらなくて、頭がふらふらしている。熱っぽくは無く、逆に全身が冷たい感じ。半分死んでるような気分だ。今仕掛かってる仕事が細かなトラブルの連続で一向に終わらず、鬱憤がかなり蓄積されているせいかも知れない。まあ、早く寝ろよという天の声なのだろう。

2000年04月12日(水曜日)

ちょっと観望

23時16分 星見

 なんだか疲れていたので、帰宅して早々に床についてしまった。夜半にガバッと起き出し、ネット土左衛門と化してしばし放浪し、それからベランダに出た。遅かったので望遠鏡は出さず、双眼鏡で星空散歩と決め込んだ。
 愛用のMizar11*40は叩き売り品だっただけのことはあり、左側のピントがどうしても合わない。光軸がずれている感じがする。それ以外に重大な問題は無いし、質感も悪くないので、値段相応のことはあると諦めているのだが。もう少しでかい、高級望遠鏡にも色目がいってしまうのだ。
 今夜もアンタレスやベテルギウス、スピカの三角地帯を散歩した。良くアンタレスは血の赤といわれるが、ただのオレンジ色にしか見えない。この辺りは一見して1等星が少なく、寂しい眺めなのだが、目が慣れると暗い星がたくさん散らばっていて、なかなか楽しい眺めだ。

OS/2の改訂

16時15分 コンピュータ 天気:晴れ

 OS/2にひさびさに動きがある。前から噂になっていたコンビニエンス・パックなるものが出ると発表されたのだ。これはWarp4(VT版)以降に発行されたFixPackと、メモリ空間の拡大(現行512MBから4GB?)などの機能アップを盛り込んだもの。うわさのJFSなども入る。ただしClientでのMulti Proccesorサポートは見送られたようだ。
 今のところ、Windowsでなければという局面が少なくなってきているので、これからもしばらくはOS/2を使いつづけていくつもりだ。というか、既にOSはかなりどうでも良くなっている。OS/2のこの改訂の次の大きな動きは、たぶんNC6の移植だろう。

2000年04月11日(火曜日)

今節のみんなの歌

23時14分 テレビ

 今節分のみんなの歌を全部収録したので感想を書いておこう(また忘れるし)。
 新曲分。今節は3曲。
「太陽(ティダ)の歌」。ティダというのは琉球方言か? 琉球音階のポップスだ。琉球式演舞(?)を習っている子供たちが誇らしげなのがいい。
「21世紀の君たちへ」。スティーヴィー・ワンダーの曲をさだが歌っているぞ。スティーヴィー・レイ・ヴォーンのVoodoo Chileは絶妙だったが、これはなんだか気が抜けているような。
「変身」。ROLLYってあのローリーか? 岡林信康が歌いそうな曲だ。なんだかいい感じ。
 新作分の画像は全部実写再編集ものだった。方針変更なのか、予算のせいなのか。
 再放送。「歩いてみっか」はまあいいな。
「想い出に溶けながら」。ポニテがいい感じ。犬がかわいい。飼うなら勇ましいちびの柴犬だな。
「いつもの笑顔で」。お母さんは大変だ。
「大きなりんごの木の下で」。でかいぞ、このりんごの木。村全体が覆われてしまうくらいだ。イグドラシルか?

お月様

21時12分 星見 天気:晴れ

 このところ、夜風が暖かくて春風駘蕩という感じだったが、今夜は少し寒め。しかし久々にすっきり晴れ上がった空には、半月のお月様が浩々と輝いている。これを見逃す手は無い。
 21:00前に望遠鏡を出して、月に向けようとした。......む、向かない。定位置からは屋根が邪魔になって、望遠鏡を向けられないのだ。定位置からより手すり側にずらすしかない。そうすると赤道儀モードで使う意味が無い。そこであっさりと経緯台モードに戻した。まあGP赤道儀だってあるわけだし(未稼動ではあるが)。
 望遠鏡を手すりに寄せ、経緯台モードにすると、ようやく月が視界に入った。今夜はシーイングが安定していて、月があまり揺らがない。シンチレーションは良好なり。
 この前購入したムーングラスをWOにつけてみた。着けたといってもWOにもタレットにも取り付けねじが無いので、フィルタを接合部に落とし込んで見る形になる。揺すぶるとカタカタいうので怖い。
 効果は劇的ではなく、一見したところ光量はそれほど落ちてない感じがする。全体的にグレーっぽく着色する。しかし以前のように視界に焼きつくということは無くなった。ということは、効果は高いようだ。
 月はほぼ半月で、月正面の中央に走るクレーター群が影となり、面白い眺めになった。おりしも、スカイ・ウォッチャー誌では月面観望の特集を組んでいたので、それを参考に見ても良かったかもしれない。しかしあまり時間が無かったので、それは週末に譲ることにした。
 月の眺めで面白かったのが、月面の右上(望遠鏡は裏像になるのでこれでいいはずだが)にあるクレーターが皆無の海と、そのさらに右にある二つの親子クレーターだ。大きなクレーターの真中に、その後に出来たのか火山性なのか知らないが、別の小さな、明るいクレーターがあるのだ。また近辺にはティコを思わせる明るい放射状の噴出物を散らせた明るいクレーターもある。
 月面中央下部のクレーター群は、逆にごつごつとした山容の塊で、複雑な影が入り混じり、ぎざぎざのクレーターが重なり合っている。まことに玄妙な眺めで、見ていて飽きなかった。

2000年04月10日(月曜日)

使えね~>Bookweb

22時11分 インターネット

 数年来のBookweb会員なので、結構便利に使っている。が、発注しても在庫状況がわからないというのは拙いんではないだろうか。今回も丸山健二の結構最近の本を数冊まとめて発注したのだが、受領されたのは「千日の瑠璃」上下巻だけ。こんなのその辺の本屋で手に入るって。結局、たかが文庫本2冊のために、安くも無い送料を負担したことになる。事前にわかっていれば、発注を取りやめるなり、別の本を追加発注するなりしたのだが。
 さすがに冬樹兄はその辺がわかっているようで、「Bookwebは検索専用に使って、発注は他の店に出せばいい」云々と以前書いていた。オンライン販売に手を出すのは早かったのだけれど、今のままじゃ黒猫や丸善のようなライバルに負けちゃいますよ。

風は困る

20時09分 暮らし 天気:雨と風

 雨のしょぼ降る一日だった。
 雨の量はそれほどでもないのだが、風が困る。特に遮蔽物の無い道路沿いでは、強い風に雨が吹き付けられ、さらには柔な折り畳み傘まで壊れそうになる。災難だ。

2000年04月09日(日曜日)

今夜の観望は無し

23時08分 星見

 では観望をと思って夜空を見上げると、すっかり雲が覆っている。月もうす雲に覆い隠されている。残念だが今夜は無理だ。

湘南台にお出かけ

20時06分 天気:晴れ

 昼頃まで寝て、さてどうしようかと思案した。BORG等からの荷物を待っていたのだが、この分では未発送だと推測される。では外出しよう。
 湘南台まで230円。つくづく納得できないのが、あざみ野まで乗っても500円だという点だ。距離的には10倍ではすまない。
 湘南台に出ると、図書館のほうに歩いていった。途中、ちょっとした公園があるのだが、そこでは多くの人々が花見を楽しんでいた。そうか、花見の季節だったんだ。公園のそこここや、隣の中学校に点在するさくらを眺めながら、図書館に向かった。
 図書館では臨死関係の本を探してみた。昨日から立花隆の「臨死」上下巻を読み出していた。500ページ2巻の大著で、この間再放送を見たNHKスペシャルでの取材を起点に書かれたものだ。この中で「死ぬ瞬間」(キューブラー・ロス著)が取り上げられていたので、探し出して斜め読みしてみた。時代はベトナム戦争末期の'69年。「アメリカの20世紀が終わった」といわれた頃だ。様々な価値観が大転換を遂げつつあった頃にこの本が書かれたのは、ある意味で象徴的といえる。
 ロス博士は死病に力尽きようとしている人々にインタビューを試み、その貴重な体験から何事かを学べるのではないかと考えた人だ。最初の頃は現場の医師たちの理解を得られず、インタビューは困難を極めた。しかし少しずつ支持を集めていき、最終的には毎回50人規模のセミナーを開けるまでに発展した。
 ロス博士は人が死を受け入れるまでには五つの心の段階があると説いた。
 最初は否認。自分が死ぬことなどありえないと信じ、死病に取り付かれたことを否定しようとする時期だ。この時期は永続せず、死の瞬間まで否認しつづけることは出来ないとしている。
 次に怒り。「なぜ自分が死なねばならないのか」といったように、自己に死すべき理由がないと捉え、その不条理さを前に怒りという形での発散をせざるを得なくなる時期だ。多くの末期患者が医療の現場で扱いにくい人物となるのは、この時期の存在のためだという。
 続いて取り引き。「せめて子供が大きくなるまでは」あるいは「作りかけの本棚が出来るまでは」といった風に、生あるうちに成さねばならぬことがあると設定し、その間の生を継続できるように訴えるものだ。超越者が相手である場合もあるし、自分の欲求を叶えられる身近な人物である場合もある。~
 続いて抑鬱がくる。死という避けがたい運命を前に、成さねばならなかった事、成したことを思い返して悲しみに暮れる時期だ。
 そして最後に受容だ。死をあるがままの事実として受け入れる。しかし必ずしも死に積極的な意味付けが成されたわけではない。病者の体力的な問題から思考が鈍り、無気力とものぐさのうちに受け入れていることも多い。
 ロス博士のこの分類は、あまりにも物語的に過ぎると感じるが、同時に広く受け入れられている考えでもあるらしい。ターミナル・ケアの現場では、なんらかの指針が必要だということなのだろう。
 こうした分析を元に、死すべき人々と、残された人々への対応を説いたのがこの書だ。ロス博士はその後も死に関する本を著している。
 ロス博士のこうした活動を通じて、ターミナル・ケアという考えが医療の主流に持ち込まれることになったのだ。従来から宗教を中心としたターミナル・ケアはあったが、近代医療においては胡散くらいモノと捉えられていた。近代医療の現場では長い間人の死という運命を受け容れず、戦うことを前提に組織づくられて来た。そこにインパクトを与え、死生観に新しい意味を付け加えたこの書は、歴史的なものとしてもっと評価すべきだろう。
 さて、他に臨死関係はというと、少なくとも宗教、哲学関係には無い。心理学関係でもない。探してみると、医療関係に固まっていた。確かにごもっともなのだが。
 その後、PC屋と本屋によって帰った。おっと、文房具屋でちょっとしたアイテムを購入。原稿用紙などの目隠し用テープだ。剥がしても跡が残らないテープを探したら、たまたまこれだっただけなのだが。実は100EDのタレットからやや重いLVアイピースがすっぽ抜けそうなので、なにか手当てしようと思い立ったのだ。これで固定してみると、かなり強度が増したように思える。剥がしても跡は残らないので、抜き差しするときにも安心だ。

2000年04月08日(土曜日)

今夜も観望できました

23時59分 星見 天気:晴れ時々くもり

 夕方までドロドロと眠り、起きだしてぼんやりしていた。本当はちょっと出かけたかったのだが、発注した分の荷物が届くかもしれないと思い(期待)、外出を控えたのだ。
 まだ眠いので夕食を食ってさらに眠りこけ、目覚めたら既に真夜中だった。ベランダに出てみると、それはくもりがちで観望には向きそうも無い。
 やむなくしばしチャットして、ネット土左衛門になり、あくびをかみ殺しながら夜明け前のベランダに出た。すると晴れている。早速望遠鏡を出した。
 昨日、低倍率作戦で敗退したので、今夜は中倍率作戦でM4にチャレンジ。SWK22mmやWO13.5mmでM4のある辺りを凝視する。うーむ、確かにぽつぽつと小さな星がいるように見えるが、散開星団といえるほどだろうか。やはりもっと大口径の望遠鏡で光量を稼ぐか、フィルタを導入してコントラストを上げるかしなければ、M4のような淡い天体の目視は難しいのかもしれない。
 こうなるとBORGに発注中のVIXENデジカメアダプタに期待するしかないと思われる。加算的に光量を稼ぐことで淡い天体を浮き上がらせるのだ。あるいは目に良い食品で体質改善作戦をするか。旧日本海軍では夜戦時の監視員にうなぎ等の特別食を振舞うことがあったそうだ。こうした監視員たちは一日中真っ暗な特別室でずっと待機し、暗順応を極限まで高めていたのだそうだ。こうした人々には、光害の無い夜空とあいまって、空の眺めはさぞかし見事なものだったろう。その余裕があったのならば。

2000年04月07日(金曜日)

久しぶりに観望

23時59分 星見 天気:結構晴れな感じ

 春の空は春霞でどうもはっきりしない。昼に空を見上げても、晴れてるんだか曇ってるんだかさっぱりわかりゃしない。春から梅雨時にかけては、きっぱり望遠鏡をしまっちゃう人も多いそうだ(その代わりに双眼鏡を使うんだとか)。僕も100EDにカビが生えないか心配になるくらい、ベランダに持ち出せない日が続く。これがいきなり20cm級のニュートン式なんて買っていたら、今ごろ錆付かせていたかもしれない(早すぎ)。
 そんな風に空を心配しながら夜を迎えたが、今夜は結構晴れていた。結構、というのはぼんやりかすんだ感じがどうにも拭えないからで、真っ暗になった丑三つ時に空を見上げると、冬時には無かったような空全体に渡る薄明かりが感じられた。冬に比べて大気中の浮遊物が増え(水滴だけでなく黄砂なども)、光害もさらに甚だしいものになるのではないだろうか。
 それでも宵の口にはまもなく観望シーズンが終わるオリオン座とおおいぬ座の眺めを楽しんだ。トラペジウムはくっきり分離できるので、透明度は悪くないようにも思われるのだが? 風が無く、シンチレーションが安定しているためかもしれない。さらに西の空低くでは、火星、木星、土星の会合に月が加わり、結構にぎやかな眺めだったようだ。しかし僕の部屋からはどうしても西空の展望が不可能なので、この天体ショーは双眼鏡で、屋根のぎりぎりに身を乗り出して眺めるより他は無い。
 夜中に起きだして続きを見ようと思い、少し眠り込んだが、うっかり3時過ぎまで寝てしまう。まあ日付が変わる頃の南天は、明るい星座が一つも無いので、今日見れなくても構わないのだ。起きだして、ちょっとチャットしながら、またもやアンタレスの周辺に目を凝らした。手元のアイピースではもっとも低倍率のH50mm(なにせファインダーとして使えというくらい)でアンタレスとさそり座β星(いやγ星だったかな)を視界に収め、M4があるという辺りを一心不乱に眺めてみたが、念写と違ってそこに映像が浮かび上がるということは無かった。夏至辺りの、もう少し高度があるときならば見えるのかもしれないが、この分では望み薄だ。すっかり闇に慣れた目で夜空を見上げると、空全体が明るくて雑誌が読めそうだった(さすがにこれは無理)。夜明けが近いせいかも知れないが、本物の夜明けは間もなくやってきて、真夜中に感じた薄闇とは違うものだった。
 夜が明けきって、腹が空いたので、例の吉野家まで歩いていって朝飯を食い、それから寝た。

2000年04月06日(木曜日)

久々に一瞬だけ観望

23時02分 星見

 夜、なかなか雲が切れないので今日も観望は無理かと思ったのだが、深夜になってようやく雲が切れるようになった。望遠鏡を出し、アンタレスの横に注視した。M4がこの辺りにあるのは間違いない。何枚か天文写真を検索したのだが、β星との二等辺三角形の鈍角に位置するものがあったのだ。しかし、いくら目を凝らしても見えてこない。光害が打ち消してしまうのだろうか。一番明るいのが9等星なので、高度が低いとつらいのかもしれない。まもなく雲が空を覆ったので、観望はここで中止。

これでもたまにはフィクションも読むのだ

21時00分

 夕方までドロドロと眠ったので、病み上がりは快適かと思いきや、まるで気分が乗らない。まだ寝たりないくらいだ。自家中毒の前兆と思われるので、茶を喫しつつ本を読んだ。
 読んだのは神林長平の「魂の駆動体」。ホビーとしてのクルマが、それどころか実体としての肉体が捨て去られつつある時代に、その自動車を蘇らせようとして情熱を燃やす老人たちの話が前半。この辺り、個人的には涙無しに読めなかった(いやほんとに泣いたわけじゃないが)。最近になって、天体観望という廃れつつある趣味を得た僕には、この老人たちの生き様は過大なくらいのリアリティを伴って感じられる。望遠鏡自作などという日本では滅亡寸前の趣味を持つ人々も、とても冷静に読めないのではないだろうか。
 後半は遠未来、既に滅亡した人間を研究する翼人の活動を軸に展開される。翼人の一人が人間の肉体を得て、その視点で人間の遺物を研究しようとする。最近、エクリチュールという問題を少し探求しているので、この翼人の思考法はよくわかる。僕たちはどれほど精神が自由だと信じていても、事実は肉体に縛られ、モノに囚われ、言葉に拘束されている。だからこそ精神は自由だという言明が尊いものになるのだが、ともあれ何をするにも晴れ上がり前の宇宙のように、光はまっすぐに進めない。この闇の中で真理を探究するには、真理を曲げて見せている(というか"真理"の外形を定めている)モノどもの形を把握し、それが認識に与える影響を探る必要があるだろう。翼人はヒトの思考法の中心にあるであろう肉体を模倣することで、その闇を突破しようとしたのだ。
 翼人による人間研究は長足の進歩を遂げるが、しかし魂の無い研究用アンドロイドに魂が宿ったことから、事態は急速に発展していくのだ。
 この「魂」という科学の俎上には載りにくいモノを、神林は饒舌なほどの理屈で修飾してみせる。理論というより理屈というべきだろう。人間の動機や生きる意味、そして機械の発展系に過ぎないアンドロイドとヒトとを分けるものとして、ともあれ魂なるものを置くのだ。実体は何でもいい。そして実はヒト(や翼人)はこの魂が目的を果たすために存在しているに過ぎないというわけだ。オブジェクト・オリエンテッドな駆動法なのだ。
 ラストシーンは、この老人たちならば必ず目的を実現したに違いないと思わせ、ニヤリとさせられる。この神林の飄々としたユーモアには、いつもホッとさせられる。

久々に休む

20時59分 暮らし 天気:くもり

 前日、深夜までどんちゃん騒ぎしていたので(嘘です、ひざを抱えて黄昏てました)、目覚めは最悪。そのせいか、起き抜けに腹が異常発酵している感じだった。地下鉄でピーは恐怖なので、さっくり休む。が、これは食中りの前触れだったようで、会社に電話を入れてまもなく吐いた。うげぇ、少し痛んだオレンジを食った祟りか。ともあれ、水分を摂り、梅干パワーに頼った治療を試みた結果、夕方までには快復した。

4/5の暮らし

20時56分 暮らし 天気:くもり

 くもりというか、雨だけど。
 昼に、新会社の設立式が執り行われた。設立式というより結社式かな。なんだかKKKの集会みたいで楽しそう(KKKは嫌だが)。
 実際の式典は楽しくもなく、新執行部の顔ぶれを眺め、多少の演説を拝聴しただけのものだった。30分で終わったのが救いだった。

2000年04月05日(水曜日)

今夜も観望なし

23時57分 星見

 早々に引けて、本屋をうろついて帰宅したのが19:00過ぎ。スカイ・ウォッチャー誌と天文ガイド誌を買って帰った。
 空は相変わらず曇り、今夜も観望は不可。個人で衛星軌道に望遠鏡を打ち上げることが出来れば、光害だのなんだのはハンデでも無くなるのに。ETX90なんていう高度に自動化された望遠鏡を見ると、50kgh程度の質量で8インチ程度の鏡筒を持つ全自動宇宙望遠鏡なら、1000万円そこそこで実現可能なのではないかと思った。衛星軌道への打ち上げは数十個まとめて、プロトンやアリアンといった安価なロケットで打ち上げればいい。これくらいならあちこちにあるアマチュア天文家団体で十分負担可能ではないか。
 なんて事を考えながら、今欲しいのはMeadeのDSシリーズだ。おもちゃには良さそうだ。
 そんなことを考えながらネット土左衛門と化していたせいだろう、BORGのサイトで『ワイドビノとVIXENのNikonデジカメアダプタがあるよ』とあったので、必要だった鏡筒リングMとVIXENアリミゾプレートもあわせて発注してしまった。BORG製品が一つしかなくてごめん。ワイドビノはまあ天体用オペラグラスなのだが、目の悪い僕には星座を見つけるのに便利そうだ。BORGは対応が早いので来週には届くだろう。

2000年04月04日(火曜日)

今夜の観望もなし

23時59分 星見

 今夜もくもり。それどころか夜半には雨が降り出した。ここしばらく、天文ファンにはつらい天気が続く。

仮想世界と信頼性

22時53分 思考 天気:くもり

 むー、けだるい一日。
 疲れ目がきつかったので、1分仕事しては1分休みという感じで目を労わりながら(というか酷使しながら)終日過ごした。
 帰って寝る前にチャットをしていると、各種コンテストの話題が出ていた。神奈川新聞の30万円/15枚という文芸コンテストは割が良さそうだ。が、15枚などという短さで何を書けることやら。
 それよりエルフ(18禁ゲーの雄)が主催しているゲームコンテストの方が凄いかも。こちらは1000万円だ。いったいどういうゲームを望まれているのか不明なのだが(18禁じゃなくても可らしい)、ひとつJava3DでQuake系ゲームでも組んでみるか(同案多数かも知れず)。
 文藝に命をかけることを誓った(誰にだ)僕ではあるが、20世紀末の一大消費文明の中を生きてはいるので、やはりゲームにも色気がある。ネットワーク接続が様々な形で提供されていく事になる近未来では、それがゲームに与えるインパクトも巨大なものになるだろう。今のようなコンシューマーゲーム機の世界は、案外に長生きできないのかもしれない。UO2やDiablo2が未来のゲームを垣間見せてくれるだろうか。それともまったく新しいコンセプトのゲームが登場するのだろうか。この先、携帯電話の高性能化などで、普通の人々も含めてますますゲーム世界での滞在時間が長くなるだろう。そうするとゲームの中ですべての生活を送れること(例えば日用品を届けてもらえるように手配すること)が望まれるようになると思うのだが。そういう推測からは、ゲーム世界とショッピングモールが一体化するのは、もう時間の問題だと思う。信用の置ける決済手段が確立されれば、ゲーム世界の形は大きく変わっていくのではないだろうか。逆に今ゲーム世界(はもとよりインターネットそのもの)の足かせになっているのが、信用の置ける決済手段がないという点に尽きるのではないだろうか。
 電子出版が取り沙汰されているが、現状では紙に取って代わるのはかなり難しいだろうと思う。可読性云々のハード的なハンデも大きいのだが、100円、200円といった小額決済が簡単には出来ないという点も大きいと思う。店員と直接顔を付き合わせたまま、商品と貨幣を直接交換する。この信頼性の高い決済手段に変わる電子決済が登場しない限り、小額商品を取り扱う電子出版(ようするに最大のマスを望める分野)が確立できる望みは低いのではないだろうか。むしろオンデマンド出版のように、現状の紙出版を補完する形での電子出版に可能性がある。
 要するに、ゲームにせよなんにせよ、信頼の置けないものに金を払いたくないのが人情というものだし、物の道理だろう。

2000年04月03日(月曜日)

ここは吉野家

20時52分 暮らし 天気:くもり

 なんともぱっとしない天気が続く。今日も雑用ばかりが多くて、ピークのはっきりしない仕事が続いた。しかし定時頃までにはあらかた片付けて、さっさと帰宅。
 帰路、立場駅近くのヨークマートに寄って、自宅近くに出来た吉野屋で牛丼をかっ食らって帰った。まだ店が新しいためか、店員にノウハウが蓄積されておらず、細かな失敗を繰り返しているようだ。
 帰ったのは19:00過ぎで、それから1:00くらいまで寝た。いや、体がストライキを起こしそうだったので。だが突然早寝したせいか、その後は寝ようにも眠れないわ、頭はボーっとするわで大変だった。どうせなら3:00くらいまで寝ればよかったのに。
 空は曇りきっていたので、今夜の観望はなし。あー、曇る日が続いている。

2000年04月02日(日曜日)

赤道儀来る

20時51分 星見 天気:くもり

 昨日のオフ疲れか、起きたのはなんと15:00過ぎ。ちょっと出かけようかと思っていたのだが、もう無理だ。やはり昨日のオフの前に用を済ませておくべきだった。
 玄関のほうに行くと、ダンボール箱が三つほど置かれている。そういえば、朝方に寝ぼけたまま受け取った記憶があった。非常に軽い箱、軽めの箱、そして異常に重い箱だ、非常に軽いのはムーングラス。ものの5gもない代物を送るのにたいそうな梱包だ。軽めの箱は赤道儀を支える三脚で、重いのはその赤道儀だ。いったい、中に何が入っているのだろうと思いつつ、それぞれ開梱してみた。
 三脚はがっしりした幅広のもので、BORGに着いてるカメラ三脚よりもはるかに剛性が高そうだ。赤道儀はVixenのGP赤道儀で、赤経モーターだけつけた。重量の多くは、実はカウンターバランス用の錘だということがわかった。本体はそれなりの重さで、100EDをしっかり支えてくれそうだ。サイズ的には、8インチのシュミカセぐらいならなんら問題なく支持してくれるだろう。
 赤道儀を三脚に載せてみた。総重量はBORGのフルセットをはるかに凌ぐ。これを持ち歩くのは骨だろう。心配だった三脚の展開面積は、実は背が低いためにBORGのものと変わらない事がわかった。その上に大きなGP赤道儀が載るので、結果的に支持位置はBORGの現状と大差ない。
 赤道儀にはなんと極軸望遠鏡が内蔵されている。思ったより奢った仕様だったようだ。
 さて、これに100EDを載せてみよう............だめじゃん。BORGの鏡筒バンド側取り付けプレートと、赤道儀の取り付け部のサイズがぜんぜん合わないのだ。BORGのほうはすべてコンパクトに作ってある。
 BORGのカタログと赤道儀の説明書をつき合わせてみると、Vixenのアリミゾプレートと、BORGのそれ用鏡筒バンドを買わなければならないようだ。というわけでこの組み合わせを試せるのは次の週末になりそうだ。
 しかしこのGP赤道儀、ベランダにセットするのに手間がかかりそうだ。やはりBORGの軽さはなにものにも代えがたい。GP赤道儀は時間に余裕がある週末に活躍することになりそうだ。

2000年04月01日(土曜日)

今夜の観望

23時55分 星見

 ちょっとチャットして、眠かったので早々に引けた後、望遠鏡をベランダに出した。時刻的にアンタレスがほぼ南中していたので、またM4探しに精を出した。
 アンタレスとその近傍の星を手がかりにして、M4のありそうな辺りを注意深く探してみた。その辺には小さな星がいくつも散らばっている。が、散開星団らしきものは見えない。これはどうしたことか。
 これはもう、僕がアンタレスだと思い込んでいる星が、実はそうではないとしか考えられない。そこで星図を持ち出して空と見比べてみたが、間違いなくアンタレスであるという確証が深まっただけに終わった。M4はなぜ見えない。8等星弱の明るさなので、確かに見えにくいかもしれないのだが。後は近辺に散らばる小さな星のいずれかが、実は散開星団の明るい部分だという事ぐらいしか考えられない。
 もうこれは目盛り環を使って導入してやるしかないだろう。明日、GP赤道儀が届くので、それから導入を試みてみようと思う。

渋谷謎宴会

23時47分 暮らし 天気:晴れ

 今日は北海道の謎妖精みかりんを囲んだ宴会が開かれる日。時間は13:00だと記憶していたので、眠いが10:30には起きた。起きて最後の確認をしておこうと思い、過去のメールを探してみた。あったあった。えらい昔に流れたメールだが......。メールには18:30集合と書いてあるぞ。ありゃ、間違えて記憶していたか(怒りつつもはからずも笑)。逆に憶えていたら今ごろ真っ青だ。
 しょーがないなー、とばかりにもう少し寝て、それからダラダラダラダラと出かけようかな、でももう少し眠いしぃ、などと優柔不断の極限を追求し続けた。早く出ればいろんな用事を片付けることも出来たのに。結局、16:30に出た。
 渋谷には16:25くらいに到着。さて、誰か来てるかな......誰も来てない(怒)。久遠さんは端から諦めてるとして、他のメンバーが誰も来てないというのは一体......。
 もしかして場所間違えたかなー、とお使いに出た子供のような不安な気持ちで待っていると、突然ショートカットの女性から「あのー」と話しかけられた。相手は主賓のみかりんだった。良かった、主賓が来ても誰も来てないなどという失態をしでかさないで(爆)。
 みかりんは大学入学のために上京した複合装甲君(チョバム・アーマー?)の随行員として下向してきたのだ。しかしその複合装甲君の姿は?
「はぐれちゃいました」とみかりんは明るくいった。オイオイ、それで保護者代わりのつもりか(爆)。「大学ってサークルの勧誘とかあるんでしょう。それに捕まってるか、あるいは浮いているか......」と、どこに浮かぶんだよと突っ込みたくなるようなことをいう。
「今ごろ赤色革命に燃える戦士になっているか、オウムに入っているか......」と僕は当たり障りのないことを(どこがだ)答えた気がする。
 続いてY.SATO氏が登場。気になったので集合場所や時間を確認したが、氏が所持しているA60(欲しいなあ、ほんとは)でお知らせメールを読むと、ここで、この時刻で正しいことが確信できた。
 さて他のメンバーは現れない。集合時刻は過ぎている。来ないネー、と話しつつ、唯一電話番号を控えていたいしかわさんに電話しようとしていると、すぐ目の前を見慣れた顔が過っていくではないか。慌ててボディランゲージ(ようするに手招き)を駆使して呼び止めると、確かに京木さんだった。
 京木さんとみかりんがおしゃべりしている間に、いしかわさんに何度か電話してみたが、留守電につながるばかりだ。どうしたことかと思っていると、凄まじい雑踏をかきわけてぽんちえ&Kの両氏が登場した。これで半分が揃った。
 さて残りは、と再びいしかわさんに電話しようとしたところ、ある重大な事実が判明した。我がPHSにはいしかわさんの番号が二つ登録されていたのだが、その一方を現用の番号と勘違いしていたのだが、事実は逆だったのだ。全然無関係の人にかかっていたかもしれない。すまん。
 早速正しい番号にかけると、すぐ応答があった。近くに来ているという。しかしいしかわさんは集合時間を19:00だと思い込んでいたらしい。待ってますと伝え、電話を切った。
 程なく、久遠さんが予定通り遅刻して登場した(爆)。今日は仕事帰りらしい。スーツ姿だった。続いていしかわさんも登場。
 集まった8人で来てないメンバー、複合装甲君と妄言王はどうしようという事を話し合ったが、まあなんとかなるんでないかいといういい加減な結論を得て会場に向かった。場所はモーモーパラダイス。歩きながらその道順の複雑さに皆驚き、「これでは妄言王の到達は不可能だ」という意見が優勢をしめた。
 モーモーパラダイスは、新学期直前の週末ということで満員状態。飛び込みの客が店先に列を成している。我々は久遠さんの骨折りで予約が入っていたので、難なく席に着いた。
 我々を待っていたのはしゃぶしゃぶとすき焼きの鍋。それからしばしの間、僕はビアフラ紛争で2年くらい欠食していた児童のように、ひたすら肉を鍋でさらし、食らった。瞬く間に肉の皿が片づいていく。
 しばらくしてみかりんに複合装甲君から電話が入った。やっと渋谷に着いたという。一人では来れないだろうから迎えにいかねばならないが、顔はみかりんだけが知っているが、渋谷の地理に関しては不安がある。そこでみかりんと久遠さんが迎えに行くことになり、ここで中座。
 その間も酒席は進む。いやもっぱら食う方だったが。なにか話していたような気がするが、食う一方だったので憶えていない(爆)。
 が、ここで驚くべき事態が発生した。妄言王が忽然と姿を表したのである。誰もが予想もしなかった展開である。なんでも交番で道順を聞いてきたらしい。恐るべし、妄言王。その潜在能力は侮れない。というか、他のメンバー(特に僕、いしかわ、京木)の方向音痴ぶりが凄すぎるのかもしれない(滅)。
 宴席のかなたでいつの間にか多量の酒と肉を片付けていく妄氏をよそに、我々はあれこれとなく雑談しながらやはり食った。というか僕はそれ専業。
 ここでアクシデント発生。隣の小うるさい学生の一団だったか、店員だったかは不明なのだが、いしかわさんの背後におかれた壷が倒れ、服にポン酢がかかってしまったのだ。当然、いしかわ嬢は怒る。店員謝る。その向こうの学生は無関心。しばらくして店長らしき人が来て、クリーニング代を出すことで謝罪に替えることになった。「ジーンズだったら別になんにもいわないんだけど」とはいしかわさんの言。クリーム色のスカートだったので、ポン酢なんて付けられたら目だってしまうだろう。
 この騒動が収まった頃、ようやく複合装甲君を連れた両氏が帰ってきた。複合装甲君は理工系っぽい感じ。どことなくロシアンなアバウトさを漂わせたみかりんといいコンビかもしれない。苦労するのがどっちかは明白だが(笑)。
 この辺で場はいよいよ盛り上がる。話題は巨人の星、アストロ球団、侍ジャイアンツなどなど、'70年代に狂気のように輝いた野球マンガたちの事だった。もっぱらぽんちえさんの独演会となった。すぐ近くで見ていた複合装甲君にとっては、まるで伝説のウッドストックを語るタケカワユキヒデのように映っただろう。アストロ球団なんて、試合毎に誰か死んでたんだぜ(それじゃ野球にならんよ)。
 あれやこれやと話しているうちに、我々はなんと3時間も居すわってしまった。なにせ、ラストオーダーの後もかなり居すわっていたのだから。「絵に描いたような千鳥足」(Kさんいわく)の妄言王の心配をしつつ(いや心にもないことを書いてしまった)、我々は渋谷駅で解散した。