Strange Days

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2001年9月25日(火曜日)

キワチャリ更生委員会

自転車 21:06:00 天気:晴れ
 キワチャリをなんとかものにしようという活動は続いている。今日はパンク修理に再挑戦。まず、外れてくれないのだ。
 普通のやり方で出来るが、すげぇ難儀する、というアドバイスをいただき、プラスチック製タイヤレバー*3を手に戦いを挑む。が、レバーが逝きそうなのでいったん撤退。うがぁ、なんちゅう固さじゃ。これをほいほい修理できるという人が居るなんて信じられないが、きっと居るんだろうなあ。
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2001年9月24日(月曜日)

キワチャリに手を入れ、すぐ逝く

自転車 18:00:00 天気:晴れ
 昨日のみなとみらい散歩の時、いくつかのアイテムを買ってきた。まずはジャックモールに大規模スポーツ洋品店で、径24.5mmのサスペンション付きシートポスト、スペシャライズドの中割れサドル風サドルを買った。さらにハンズでシートポスト用のクイックを購入した。
 これらをキワチャリに装着する。シートポストが短くてペダリングが辛いので、かさ上げついでにサスも着けることにした。ついでに、ねじで止めてあるのをクイックに替える。この2点を交換した結果、乗り心地がよく、また折り畳みも素早くなった。
 早速、立場北運動公園(ってな名前だとか)を一周してきた。この乗り心地なら、km単位で乗る気になれる。と思いきや、帰宅して即パンクを発見。やむなく前輪を外し(なんとボルトとナットで止めている)、タイヤレバーで外そうと試みるも、あまりの固さに挫折。ううむ、掲示板でコツを聞いてみるか。
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2001年9月22日(土曜日)

キワチャリの走り心地は

自転車 17:29:00 天気: 晴れたやん
 雨が止み、秋晴れの空になった。清々しい青空だ。雲一つ見えない。
 昨夜届いたばかりのキワチャリで、近所を散歩するつもりで出かけた。アパートの2階から下まで運ぶのは、MTBはもとより、BD-1よりもかなり楽だ。軽いせいもあるが、全長が短いのも効いている。
 さて、いざ出発。昨日少し試したとおり、漕ぎがものすごく重い。一漕ぎ一漕ぎ、気合いが必要なくらいだ。またハンドルが重いのにも参った。ラチェット付きかと思うくらいにカクカクしている。駄目だこりゃ。100mも走る気にならない。そそくさと帰還する。これは、一度ばらしてみないと駄目だろうな。特にBBは最悪の状況だし。
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2001年9月21日(金曜日)

キワチャリ襲来

自転車 22:10:00 天気:雨ですよ、雨
 昨夜はかなり残業したので、今日は定時にさっと退けた。帰宅すると、なんと佐川急便の不在通知が入っているではないか。思い当たる荷物というと、あれだ、キワチャリだ。果たして、メールをチェックすると、通販サイトからの発送メールが入っていた。いきなりかよ。まあ、結果的には思ったより早く入手できそう。
 しかし佐川の場合、時間指定不能なのだ。明日は受け取れるまで空けておくしかない。しかし佐川は気が利かない。日通やヤマトの場合、昼来て駄目なら夜にもう一度来ることが多いのに。と思っていたら、佐川から電話があり、今から届けに行ってよいかという事。もちろんだぜ。やがてやって来た佐川のおばさん(最近は運送業界にも女性が増えている)に7879円払い、キワチャリを受け取った。箱が小さい。BD-1の半分位の幅しかない。
 早速開梱する。中にはキワチャリがそのまま納められていた。
 これがキワチャリだ。ご覧の通り、凄く小さい、BD-1に較べて6割りくらいの長さしかない。重さは9kg弱くらいか。思わず笑みがこぼれる。
 早速試運転、といいたいところだが、今夜はどしゃ降りの雨でとても不可能だ。しかし既にいくつかの問題を発見した。まずハンドルがグラグラなのだ。この長さではある程度仕方ないか。しかし不安だ。また漕ぎが凄く重い。これはクランクを回すと周期的に重くなるので、BBに問題があるのかも。チャーンホイールが斜めになっている気もする。さすが中国4000年の歴史!(中国製) こいつをどこまで更生させられるだろうか......。
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2001年9月17日(月曜日)

キワチャリを買う

自転車 18:16:00 天気:晴れてるようです
 金土日と元気に自転車を乗り回したせいか、またしても手首が痛い。実は金曜日にMTBのグリップを柔らかいスポンジのものに交換して、シフターを内寄りに詰めてみたのだが、手首をいたわる効果はあまりなかったようだ。多少違うかもしれないな、という程度だった。
 こうなるとライディングポジションを変えるよりなさそうだ。ということで、迷いはあったがミニチャリ購入に動いた。
 ミニチャリというのは正式にはMobike、一部ではキワチャリと呼ばれている超小型自転車で、後輪は12インチくらい、前輪はそれよりはるかに小さく8インチくらいしかないという奇妙な自転車だ。重さは9kg弱。ハンドルとシートポストを畳めばすぐに持ち運べる大きさになる。ライディングポジションは立ち気味のママチャリポジション。尻が痛くなりそうだが、シートを替えればよさげ。これをなるべく安く買いたい。
 インターネット検索して、Mobikeだのミニチャリだのを手繰ってゆくと、楽天市場に6000円弱で売り出している店舗があった。6000円弱。あれやこれや含めても1万円切るな。多少の危険性は感じたが、この店に発注してみた。首尾よく手に入ったら、これでしばらくポタリングして遊ぼう。手に入らなかったら、トチ狂ってケルビムのウルトラミニでも買っちゃうかもしれない。
 このキワチャリ、前輪が極小でブレーキ無し(後ろブレーキのみ)なので、改造が盛んだ。前輪をもっと大きなものに換え、カンチブレーキを取り付ける、なんていう改造で、安全性を高める努力がなされている。しかし、そのうちに改造費が本体価格を上回ったりして。やるならできるだけチープに極めないとな。
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2001年9月15日(土曜日)

9月の海へ、そして引地川を遡行

自転車 19:48:00 天気:くもり時々晴れ
 3連休も二日目。さて、今日はどこに行こうか。暗い世相だから、明るい海でも見に行くか。そうだ、夏過ぎた湘南の海を見に行くのも悪くない。
 もう13:30近くになっていたが、吉牛で腹ごしらえをして、まずは境川サイクリングロードを南下していった。今日は海風が強い。この道は、観光のためというより、自転車による快適なトランスポートのための道という観が強い。自転車の高速道路だ。
 藤沢で国道に出て、そこから江ノ島まで走る。その間、目の前をTrekのロードバイクに乗った男性が走っていたのだが、MTBでも抜けそうな、しかし抜いたら長い直線ですぐ抜き返されそうな、微妙な速さで走っているので、ちょっと苛つく。抜いたらしんどそうだしな。結局、江ノ島までほとんどランデブー状態で走る。
 江ノ島への入り口につき、ふと気づくと髪留めのバンドが無くなっている。落ち武者状態です。もうヘルメットは外せない。
 江ノ島口から西に少し走る。内陸側に渡る歩道橋に登ると、広大な太平洋の水平線に、にぎやかな江ノ島の島影が、アクセントのように浮かんでいる。
 引地川の河口を越え、内陸に向かってすぐ、サイクリングロードが現れる。前回はここを南下してきたわけだが、今日は北上する。引地川の水源地にある公園を訪れるつもりだった。このサイクリングロード、左右に緑があって、風と陽光をさえぎってくれる。蛇行しているので境川のそれより走りにくくはあるのだが、走っていて気持ちのいい道でもある。
 どんどん北上してゆくと、やがてサイクリングロードは途切れ、一般道に紛れてしまう。その一般道を北上すると、なにか要塞の銃眼を思わせる建造物が、道の脇に建っているのが見えた。バードウォッチングの観察窓らしい。大型の双眼鏡も据え付けてある。
 道に迷い、その度に引地川の方に進路を変更する。
 やがて、川沿いの道は細いオフロードになる。まさにこういう場所こそMTBにふさわしい、などと進んでいると、行く手を野放図に繁茂する草木にさえぎられた。ここは人の往来がなさそうだ。そしてこのタイミングで、雨が降り始めた。天気予報では曇りだったんだけどな。幸い、それほど強い雨でも無かった。ここで引き返すことにした。
 ここはどこだろう、などと思いながら幹線道路を東進してゆくと、やがて目の前に見慣れた光景が現れた。長後街道と境川の交差点だ。長後街道をいつもと逆方向から進んできたってことか。つまり、今日は大体長後辺りまで進んでいたのだな。
 このまままっすぐ帰るには、まだ物足りなかった。そこで前から行ってみようと思ってはいたダイクマいずみ中央店をのぞいてみた。結構でかい店舗で、食料品も扱っている。自転車コーナーもあり。ただしファミリー車のみ。あたりまえか。しかし、小物パーツも少々扱っているので、非常時には利用できそうだ。
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2001年9月14日(金曜日)

舞岡公園への別ルートを探るも

自転車 19:47:00 天気:くもり(晴れないな)
 昼過ぎまでぐっすり寝て、それから舞岡公園への新ルートを探してみた。地図で見ると、戸塚から南下して明治大学側から侵入するルートもあるようだ。前のルートは坂にめげそうだったので、このルートをたどってみた。が、いろいろ問題がある。
 まず、戸塚から南下する道が狭く、歩道もほとんど無い。また坂がやたら多い。これじゃ前のルートと全然変わらんやんけ。坂で気力を使い果たし、舞岡公園を拝むことなくすごすごと撤退した。負け。
 後は国道1号線を途中まで進み、舞岡の北から南下するルートか。こちらは川が流れているくらいなので、それほどのアップダウンはあるまい。と書きながら、一抹の不安を拭えないのが横浜の手ごわいところだ。
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2001年9月09日(日曜日)

ロードバイク探してあっちこっちに

自転車 20:38:00 天気:雨が降ったり止んだり
 昨夜からの雨がまだ降り続いている。風が強いやら弱いやら。雨が降るやら止むやら。なんだかさっぱりわからん天気だ。驟雨が降り注ぐとみたら、すぐに上がって日差しさえ見える。空が晴れから豪雨まで各種取り混ぜたカクテル状態になって、それらが次々に入れ替わっているような按配だ。台風はかなり本土に接近している。
 こんな日なので、自転車では出かけられないなあ。その代わり、いくつかの自転車屋を回って、手ごろなロードバイクを探す旅に出ることにした。
 まずはシマダ。ここは横浜東急ハンズの近くにあるということだ。地下鉄で横浜まで出て、ハンズの方に抜けた丁字路にそれはあった。そんなに大きくはないが、立地がいいせいかひっきりなしに客がやってくる。店主らしい初老の男性に聞いてみると、カタログを引っ張り出してあれやこれや探し始めた。なんとなく、スポーツバイクにはそう詳しくない感じだ。その奥さんらしい女性も、はきはきとして入るがやはりカタログ以上の知識はなさそう。おそらく、黙々と作業していたテッキーの男性が詳しいのだろう。最終的にGiantのTCR-3とGTのバイクがよさげということになったが、在庫はない。一応、販社に聞いてくれるということになった。明日電話すると伝えて店を出た。
 ハンズに寄り、B1Fのアウトドアコーナーをうろついた。ふと、携行コンロが目に入った。エスビットという固形燃料を使うもので、存在は知っていたが想像以上に小さい。また安い。これならサイクリング中の休憩で、温かい飲み物を摂るのによさげだ。これとシエラカップ、替えのグリップ(MTBの)を買って出た。
 次は町田の高田フレンドを冷やかそうと思った。町田まで出て、南のほうに歩いてみたが、あれ、見つからない。前はこの辺にあったはずなのに。良く場所を確認せずにきた僕の負け。失意のまま繁華街をうろついていると、別の自転車屋が目に入った。イトイサイクル。思ったより大きい店舗だ。
 店内に入り、2FでGiantのTCR-1を発見。これは欲しい車両だ。店員にサイズを聞くと、どうも僕の体格では無理そうだ。別の、Specializedの14万円弱の自転車を薦められた。悪くないと思ったが、シマダの返事を聞いてからでも惜しくないと思ったので、今日はここで引き上げた。
 案外に足で歩くと時間がかかるもので、相模も回ろうと思っていたのに、今日はそこまで行けなかった。
 湘南台経由で帰宅。
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2001年9月02日(日曜日)

子供自然公園

自転車 21:28:00 天気:曇り気味
 11:00前に目覚めた。前日の疲労が残っている。今日はまた東京に出て皇居周辺を走るつもりだったのだが、時間的にどうだろう。ちょっと考えて、予定を変更した。割と近所にある横浜市子供自然公園なるところに向かうことにした。ここは比較的広い公園で、園内の随所にダートがあるんだとか。ダートといえばMTBでしょう。ということで、MTBハードロック号で発進。
 しばらく地図を眺めて、概ね北進していくつかの目印を見つけながら進めば、それほど遠くでもなさそうに思えた。が、最初の目印としたコンビニの捜索に失敗。後で気づいたのだが、道順を完全に誤解していた。こういうときにはロカティオが大活躍だ。コンパスと見比べて(ロカティオは方位までは出せない)、位置を確認しながら進んだ。
 気の遠くなりそうな(20%?)坂道に差し掛かり、しかしふと南に向かっている気がして、またロカティオで確認。その通りだった。危ない危ない。細い道を通り、丘を越え、やがて太い幹線に出た。ここは緑園都市のメインストリートのはずだ。またしても丘を越えてゆく。その途中で、ふとひざに何かがまつわりつく感覚が走った。一瞬目をやると、しかし既にその何かは落ちてしまったようだ。気にせず丘の頂上にまで進み、小休止を取った。ボトルからポカリを飲むと、なぜか髪がまつわりついてくる。髪が、髪が......。なんと、うしろで縛っていたバンドが外れている。さっきの謎感覚の正体は、実は髪から取れたバンドだったのだ。慌てて来た道を戻り、道に目を凝らしながら歩く怪しい男を演じながら(というかその通り)、丘を下っていった。見つからなかったらどうしよう。テープで縛っておくか、とまで考えてのだが、やがて無事に発見。今度はきつめに縛りましょ。
 この道をひたすら走り、この辺かと思える辺りで右折した。行く先に、なんだか緑が多そうな気がした。ここからはほとんど迷路で、道が曲がりくねっている上、辻で道が五つに分かれているなんて事態も珍しくない。それでも、やがて緑の鬱蒼と茂る場所に来た。
 MTBを押して、緑の区画に入った。道は山道のようで、自転車で入るには躊躇する。どこか、他に正式な入り口があるのではないか。そう思って、この緑に沿ってMTBを走らせた。やがて、もう少しましな道と、そこで遊ぶ多くの人が目に入ってきた。自転車もいるようだ。ここなら問題なさそう。
 MTBを乗り入れ、やや荒れた道を下ってゆくと、よく整備された硬い土の道が現れた。これが公園のメインストリートらしい。家族連れで一杯だ。その間を、最徐行しながら回っていった(お子様はいつ飛び出すか分からないので)。
 公園内には池がいくつかあり、そこで釣りをしている人もいる。『投げ釣り禁止』という看板はそこら中に立っているのだが。投げ釣りじゃなきゃいいのか。
 やがて公園の正面口に着いた。自販機や売店もあり、結構な賑わいだ。自販機でコーヒー牛乳(この薄ら馬鹿な名称が消えるなんて、返す返すも惜しいことだ)を買い、池を眺めながら飲む。
 園内を自転車で散歩したり、高台にある休憩所でのんびりしたりしながらしばし過ごしたが、時間が16:00に近づいたので重い腰をあげる。
 公園を出て、さっきの幹線をさらに北上すると、二俣川についた。そこから線路を渡ると、国道40号線に出る。ここをたどって行けば、三ツ境まで出るはずだ。今日は三ツ境のサガミサイクルセンターと町田のたかだフレンドを訪ねて、手頃なロードバイクを探すつもりだったのだが。この分では町田は大変そうだ。サガミのみにする。
 三ツ境方面と泉の方面との分岐点で、"サガミ"という看板を発見。おや、こんなところにも自転車屋が。店員のお兄さんにロードバイクの事を聞くと、「もう一軒の店舗の方が在庫も豊富です」と言われる。ここはサガミサイクルセンターの別店舗らしい。
 もう少し進むと、サガミサイクルセンターに至る。店内でロードバイクのことを聞くと、ピナレロのバイクを薦められた。コンポーネントのグレードは低い(ティアグラ)。しかしフレームを取るかコンポーネントを取るかといわれれば、いくらでも換装できるコンポーネントよりはフレームだろうな。しかし、フレームの目利きが出来るようなものでもない。ううむ、もう少し悩むか。しかしピナレロ、ピナレロ、なんとなく心にこびりついてしまった。
 サガミサイクルセンターを出て、境川沿いに南下して帰宅した。
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2001年9月01日(土曜日)

横浜ポタ

自転車 20:26:00 天気:曇りっぽい晴れ
 みんなの歌で「よこはま詩集」なんちゅうのをやってるせいでもなかろうが、ここらで一発、横浜駅から山下公園近辺までを走ってみたくなった。横浜ポタリングというところでしょ。
 横浜中心部へのルートを検討した。一つは国道1号線を通るもの、もう一つは海に向かって環状2号を南下し、南側から関内方面に入るもの。後者はちょっとルートが複雑そうなので、今日は国道1号線を通ることに決定した。しかし交通量が多くて危険そう......。
 場合によっては輪行するつもりなので、BD-1で出かける。出かけるときに、ちょっと悩んだ。普通に走るのならば、フロントバッグは便利なのだが、輪行するときにバックパックを背負っていたりすると荷物を三つ(一つはBD-1)抱えることになって不便だ。ではバックパックのみにするか。ちょっと考えて、今日はフロントバッグのみにすることにした。各種ツール、雨具、カメラ、ロカティオ程度を積むのなら、これ一つで十分だ。何も背負わなくて良くなるので、体が楽なはずだ。
 昼前に出て、まずは戸塚まで長後街道を走る。戸塚の通称"開かずの踏み切り"を渡り、1号に入る(正確には長後街道との合流点から入っているのだが)。1号線は車道2車線、歩道もあるが細めの道で、自転車で走るのにはそう苦労はしないものの、飛ばすのが難しい道だ。女学生のようにゆっくりこいだ。
 大体、分岐でもまっすぐ進めばよいのだ。しかし大きく二つに分かれる地点に差し掛かった。ここでロカティオで位置を確認し、迷うことなくさらに進む。横浜は丘の街だなと改めて思い知らされた。坂を登り、下る。これを幾度となく繰り返す。
 やがて道路が太く、かつ複雑に絡み合うようになり、都心部に入ったことを感じた。そして、遠くにはみなとみらいの高層ビル群が目に入ってきた。
 BD-1をあちこちに向け(土地鑑が無いのよ)、とりあえず桜木町駅を目指して走った。JRの高架下を走る。どこまでいっても珍走団の落書きが目立つばかり。なんちゅう殺風景な通りだろう。
 やがて適当に海側への分岐を抜けると、すぐ目の前にランドマークタワーの威容が飛び込んできた。この辺は何度か歩いた場所だ。ランドマークタワーの根元のすり鉢状の広場で、なにやら大道芸が繰り広げられていた。
 さらに進み、新港埠頭のある出島に渡る。岸壁で釣りをしたりカップルでいちゃついたりする人々を横目に、海上防災基地のでかい箱を目指して走る。風が心地よい。ワールドポーターズを見つけ、その前に立っているでかい風穴を開けたホテルと、その向こうに見えるランドマークタワーをカメラに収めた。ここは、なんでもスケールがでかいなあ。ワールドポーターズにはいろんな店が入っている。が、安くはなさそう。
 一度旧市街側に戻り、県警前を緊張しながら走り(なんでや)山下公園へと向かった。山下公園は、幅が800mくらいある公園だ。芝生に寝ころがっている家族連れや、ベンチでいちゃついているカップル(畜生、呪われてしまえ!)が群れている。向こうの方に見えるのが「街道を行く」でも取り上げられた氷川丸。クラシカルでエレガントな貨客船だ。そこでミネラルウォーターを買い、フロントバッグの横に差しておいた。走りながら、時々止まってはちびちびと飲む。このフロントバッグ、本当に便利だ。ボトルケージがいらない。
 山下公園前のマックでダブルチーズバーガーセットを買い、山下公園の芝生に座り込んでおやつにした。鳩どもがもの欲しげに周囲をうろつく。意地汚い鳥だなあ。無視してポテトをほおばる。穏やかな風が頬をなでて行く。なんとも絶妙な居心地よさだ。
 さて、16:00も過ぎたことだし、帰ることにしよう。自転車を横浜駅に走らせる。途中、PCラボの巨大店舗を発見。PC関係もこの辺で充足できそう。線路の向こうへの渡り方が分からず、しばらくうろうろした後、横浜駅西口のハンズ近辺に出た。ハンズを冷やかし(今日は異様に人出が多かった)自転車を押して横浜駅西口に出て、地下鉄への降り口でBD-1を畳んで帰った。前半の坂が効いたのか、結構消耗した感じ。
 地下鉄に乗り込んで、しまったと思った。ハンズの近くにある自転車屋を見てくるべきだった。ちょうどロードレーサーが欲しいところなんだ。でも後の祭りだ。
 立場駅でBD-1を組み立て、自走で帰った。
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2001年8月27日(月曜日)

横浜そごうのサイクルコーナー

自転車 23:45:00
 午後、新川崎に出張して、そのまま直帰することにした。往路、横浜駅で物凄い混雑に巻き込まれた。なんでも、集中豪雨のために下り線が徐行しているんだとか。その帰路、横浜そごうに寄って、スポーツ用品売り場をうろついてみた。案内板を見ると、一応サイクルコーナーもあるようだ。そこは面積こそ狭いが、案外に多くの車両やパーツが置かれている。値段はどうかな。
 ロードバイクとしてはTrekの2000年モデルなんかが置いてあった。置いてある車両の大半はMTBだ。意外に、フォールディングバイクは一台も無い。
 パーツ類も豊富なので、他の店で見つからなかったらここで探すのも良いかも。
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2001年8月26日(日曜日)

町田に行く

自転車 20:40:00 天気:晴れ
 このところ、週末は充実してるんだかしてないんだか、よく分からない状態だ。心身の疲労という点では充実してるんだろう。が、やったことといえば、闇雲に走り回ったというだけ。昨日の東京ポタなんてその際たるものだ(東京駅から上野なんて、JRであっという間だ)。しかしまあ、日々新しい発見がある。凄く些細なものばかりだけど。
 今日もスペシャライズドのMTB(最廉価グレードのハードロック)で町田へとでかけた。本当の目的は相模サイクルセンターにあったのだが。
 ハードロック号には以前からフロントバッグを取り付けてあったのだが、取り付け角調節のために取り付け部を加工したところ、この間の鎌倉行で下を向いてしまった。ピアノ線で釣ったのだが、うまくなかったようだ。今度は園芸用のつまみ付き縒り線ワイヤをボルトにはさむ形で固定した。ちょっと下がり気味にはなるが、テンションがかかっていい感じ。またMTBなので2.5気圧くらい入れていたタイヤも、ほとんどオンロードばかりなので3.5気圧まで上げてみた。走りが軽くなった気がする。が、乗り味はかなりゴツゴツするようになった。
 MTBを境川まで走らせ、境川サイクリングロードを北上してゆく。前は休み休みだったけど、今日は25km/h前後を維持したまま、一気に突っ走った。なんだか、徐々に自転車足になってきた感じ。坂道もかなり平気だ。
 途中、相模サイクルセンタへの分岐に差し掛かったが、後で寄ろうと思ってそのまま通過した。そもそも、寄ろうと思ったのはハートレートモニタ(リスト式の奴)を買うつもりだったのだが。これっきり忘れてしまい、帰路にも寄ることは無かった。
 町田までは1時間強程度。信号待ちでボトルを取る程度だったのだが、喉はそんなに渇いてない。自転車喉になってきたようだ(なにそれ)。
 町田の市街地は、小田急の線路を挟んで向こう側にあるから、なんとかして線路を越えなければならない。その踏切を探して、しばしうろうろする。最終的には、陸橋で超えることが出来たのだが。その途中で、自転車屋を発見。雰囲気的にスポーツ車を主に扱っていそうな店だった。しかし、店の前に常連と思しき人々がたむろしていたので、今日は通過する。
 町田駅周辺に出て、ハンズに入ってみた。以前、近所の古淵に住んでいたのだが、その当時はここに来たことがあったろうか。
 2Fをうろつく。自転車コーナーは横浜の1/4くらいしかない。店員が一人、Bromptonを一生懸命に調整していた。側に待ち受け顔で立っている男性が買ったようだ。
 近くのドトールでアイスコーヒーを買い、しばし休息を取った。
 ハンズのはす向かいに、5階建ての巨大100円ショップがある。100円ショップというと、戸塚の駅前にあるかわいい奴くらいしか知らなかったから、このでかさにはたまげた。というか、100円の商品ばかりをよくも集めたものだ。気が付いたらチャック式ビニール袋を三つばかり買っていた。なんに使うのだ?
 ダイソー(今店名を思い出した)を出て、再び境川サイクリングロードを南下し、長後街道へと戻った。ここで帰宅しようか、それとも戸塚に行こうかと迷う。戸塚にあるスポーツショップでアウトドア関係の品を見てみようかと思ったのだが、結構疲れてもいた。そういえば、VAAM切らしてるんだよな。しかし、結局は戸塚までさらに走ることにした。
 戸塚に行く道すがら、ミネラルウォーターのペットボトルを売っている自販機は無いものかと探した。が、小さなボトルしか売ってないみたい。結局、途中のコンビニで買った。
 西友の隣にあるスポーツ用品店で、アウトドア用の携帯ストーブなんかを眺める。ちょっと野外でのささやかなお料理なんぞに憧れ中だ。トランギアのアルコールランプが、携帯に凄く良さそうだけど、置いてない。LPガスベースの奴も思ったより軽い。けどかさばりそう。
 帰路、ユニクロに寄り、買う気は無かったけどTシャツなんぞを買ってしまった。
 疲れた体を引きずり、帰宅。
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2001年8月25日(土曜日)

東京ポタ

自転車 20:39:00 天気:晴れっ!
 前日思いついた、東京ポタリングを決行してみたことよ。
 久しぶりに秋葉原に行ってこようかと考えていたら、東京駅から自転車で行けば面白そうだと思うようになった。基本的に歩いて行ける距離だから、きっとあっと言う間だろう。その後は上野方面に足を伸ばし、更には新宿に向かって、皇居を一周して東京に戻る。そういう遠大な構想を立ててはみたのだが......。
 昼前に腹ごしらえして、BD-1で戸塚まで走った。交番横の駅入り口でBD-1を折り畳み、ホームまで持って上がる。改札口が地下か2Fかというのはちょっと辛くないか。しかし、BD-1を折り畳んで、ホイールを尻に載せる感じで運べば、意外に楽だと気づいた。
 東海道線の列車では、大荷物(BD-1)を抱えているので、わざわざ先頭車両に乗ったのだが、東海道線の旧型車両は最前部にも座席があるのだった。空いていたので出入り口脇のベンチにもたれかけさせるようにして置いたが、混雑しているときには要注意だ。
 東京駅に着き、北口(というのか北東にある口)の前でBD-1を組み立てる。いや、折り畳んでいたんだから"展開する"のが正しいのか。まあ、概ね北東に走れば秋葉だろう、などと楽観的に走り出した。
 東京はビルの林だった(当たり前だ)。そこら中にビルが立ち並んでいる。その中を走るのは、いつものサイクリングとはちょっと趣が違う。概ね歩道を走って行けたが、車道に降りなければならないこともしばしばだった。また、意外なことに歩道への上がり口の段差が、田舎の広島に較べても高いのだ。小径車のBD-1では、ちょいとリム打ちが心配になる。特に今はPanaracerの18インチ(Max40PSI)なので、ちょいと低圧気味なのだ。
 すぐ着けるだろうと思いつつ走っていたが、あれれ、前方に堀が見えてきたぞ。皇居に出てしまいました(爆)。なんというか、東京の道は迷路だな。
 ロカティオとにらめっこして、再び走り出した。首都高沿いに走った方が良さそうだ。この作戦は当たり、やがて神田駅が見えてきた。神田を通過し、さらに走ると、見慣れた秋葉原の通りに出た。ここで昭和通口の東海銀行により、ちょいと金を下ろしておく。秋葉に寄ったのには、VJE-デルタの最新バージョンを入手するという目的があったのだ。自転車だとやっぱり速い、スターベースを冷やかし、あっと言う間に中央通に出た。しかしこの辺で人込みに巻き込まれる。自転車だとやっぱり遅い。
 T-Zone本店に着き、ガードレールにBD-1を磔の刑に処し、上階に上がる。が、VJEが見つからない。というか、日本語入力(IM)そのものが売ってない。ATOKはあるが、これはJustsystemのコーナーにあるだけなのである。どうやら日本では、IMの市場そのものが消滅してしまったらしい。IMといえばInstant Messangerだもんな。許すまじMS-IME。さらに九十九本店を襲うも、やはりIMそのものを売ってない。なんてこった。
 気落ちしつつも、さらに北上する。次は上野を襲うつもりだ。って、なにかい、僕は官軍かい。
 上野は広い公園という感じで、緑に囲まれた施設が点在している。しかしその向こうを見ると、高いビルの列が走っている。なんとも不思議な眺めだ。公園内の道をゆっくり走る。気持ちいい。
 この辺で16:00を過ぎてしまう。うむ、これでは新宿行きなんて無理だ。せめて不忍の池を、と思い、BD-1を適当に走らせた。
 不忍の池には、家族連れなんぞが群れていた。しばし水辺で和む。何か水鳥が、のんびり翼を休めていた。
 帰路は東京駅まで走ることになる。適当に走って、下り坂では思い切り重いギアで踏みまくる。45km/hは出ていたか。なんだか、MTBより速度は出しやすいぞ。たぶん、タイヤが1.5インチ幅と接地面積が狭いせいだろう。最高速で四つ辻を駆け抜け、ふと気づくとそこは秋葉だった。
 やがて東京駅にたどり着き、またBD-1を畳んで、東海道線で帰った。戸塚からは自走で戻る。
 案外に楽しかったな。また来週にでも来てみよう。
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2001年8月17日(金曜日)

今治から松山に

自転車 20:23:00 天気:晴れ(雲量やや大)
 朝、8:00前に起床。昨日、宿に着いた途端に爆睡したためもあり、目覚めは割とすっきりしている。窓を開けると、相変わらず雄大な来島海峡大橋が目に入ってくる(当たり前だ、寝てる間になくなっていたら怖いぞ)。
 朝食は7:00~9:00なので、すぐに1F食堂に向かう。朝食はバイキング形式で、既に満員に近い有り様だ。ちょっと時間を置いて席を取り、適当な品を取って食した。相変わらず食欲が無い。が、冷やしたうどんがうまい。讃岐が近いせいか、うどんのレベルが高いのか。
 食後にコーヒーで一服。走っているときはコーヒーなどの糖分が多いものはあまり飲まないので、朝一のカフェインは心地よいものだ。
 9:00頃にチェックアウト。ちょっと制限はあるが、ロケーションも内容も良い、お得な宿でした。
 BD-1で、昨夜ちょっと放浪した海岸沿いの道に降りていった。当たり前のことだが、歩いて15分くらいかかった所を、自転車だとあっという間に通り過ぎてしまう。
 今治の市街まで、海岸沿いに走ってゆく。漁港と岸壁が交互に現れ、消えてゆく。人通りも店も少ない。やがて遠くに高いビル群が見え始めた。あれが今治の市街地だろう。自転車をちょっと内陸に向ける。
 運河のような川沿いを走り、碁盤の目のような通りに沿って、民家が建ち並んでいる辺りに差し掛かった。おや、この辺は......。なんとなく見覚えがある。実は僕の母方の祖父が、亡くなる前に住んでいたのがこの辺のはずなのだ。しかし、ここだという確証は無い。さらに走って商店街に出た。ここも見覚えあり。
 港に走り、自販機で冷たいものを買い、急激に上がり始めている気温にうんざりしながら、しばし小休止。ふと思いついて実家に電話を入れた。住所がどこだったかを聞き出そうと思ったのだ。が、誰も出ない。
 少し考えて、そういえば四辻の角に蕎麦屋(更級)があり、そこでよく素麺を食っていたことを思い出した。更科、更科、と呪文のように唱えつつ探し始める。
 走ってゆくと、また見覚えのある家並みに出た。そしてこれも記憶にある寺の門も発見。ここから東に一本くらいずれているはずだ。通りを一本分東に走り、また南下してゆくと、ほらあった、更科だ。そしてそこからちょっと進むと、見覚えがある祖父宅の、いやもう人手に渡っているから元祖父宅か、への細い路地が見えた。ちょと入ってみると、そこには確かにかつての祖父宅が建っていた。懐かしいなあ。ちょっと改装されて、かつての玄関は塞がれ、別の位置に新設されているようだ。
 懐かしさに浸りながら立っていると、通りすがり風のおじさんが急に声をかけ、「あなたが悩んでいるのなら......」などと始めた。宗教の勧誘だな。「結構です」ときっぱり断ると、あっさり引き下がった。まあ悪い人ではなさそうだが。なにか家出中年にでも見えたか。
 さて、次は港だ。子供の頃、夏休みは祖父の所に遊びに行く習慣だった。そして港に出かけ、長い防波堤で釣り糸を垂れるのが楽しみだった。しかし、しばらくぐるぐる走り回っても、ピンと来る場所が無い。適当なところで腰を下ろし、コンビニで買ったおやつを食った。
 次は松山に行こう。しかし松山の地理がとんと分からない。今治は漠然とした記憶があったのだが、松山はどうも路面電車に乗った記憶しか残ってない。そこで本屋に入り、地図をあさってみた。なんとなく位置関係は分かったが......。まあ詳細は観光案内所かどっかで地図をもらおう。そう思った僕は、輪行すべく今治駅に向かった。
 今治駅は長い編成の特急も停まるが、基本はごく短いホームがあるだけで、のどかなローカル駅だ。港湾設備の発達振りに比べると、落差が大きい。
 松山行きの列車に乗り込んだ。これがワンマン運行の1両編成で、整理券を取る方式だった。整理券が要る電車にははじめて乗ったよ。いや、広島の路面電車もそうだったか。
 このワンマン号で、ひたすら単線な線路を走る。のどかな風景が外に続いている。線路は海岸線に出たり、山中を走ったりしながら、松山を目指した。
 車中、荷物の関係で最後部に乗ったのだが、僕の近くにはねーちゃん二人組みが、後部ドアの近くには髪も髭もぼさぼさの爺さんが立っていた。この爺さんが、めったやたらと人に話し掛ける。それも「俺の母ちゃんは中国人だ」とか、「北条市はつまらんところよ」とか、およそ他人には愚にも付かぬことばかり口にする。その上、なにを話しているのか良く聞き取れない。当然のことだが、誰も相手にしていない。しかし、爺さんにとって一番反応が良かったのがさっきのねーちゃん二人組みだったのだろう。爺さんはこの二人にばかり話し掛けるようになった。爺さんの話に内容が無いせいで、会話はほとんど成り立ってない。しかしそれでも、やがて爺さんが松山の手前の駅で降りる事が明らかになり、その事からなんとか会話らしきものが成り立つようになった。といっても「ここはXXか?」、「まだよ」などというレベルではあったが。しかし、無理やりにでもコミュニケートしてしまえたねーちゃんたち、恐るべしである。コミュニケートできなければ凄く変な爺さんだが、コミュニケートすることで変な爺さんというレベルまで、潜在的危険性を緩和してしまえる。いやまあ、変さがちょっと違うくらいではなるけれど。しかし野獣が家畜になるくらいの違いはあった。
 やがて列車は松山に着いた。駅前で観光案内版を探したが、構内には無い。ちょっと外れた場所にあった。ふむふむ、路面電車の線路を伝ってゆけば、道後温泉に簡単に行けそうだ。そこまで、BD-1を走らせた。
 松山市内は道幅が広く、歩道も広いので自転車で快適に移動できる。30分程度で道後温泉に到着した。商店街の入り口にBD-1を止め、歩いて道後温泉本館まで向かった。
 本館の写真をとり、しかしこの暑さでは温泉に入る気になれず、結局そのまま引き返した。もう少し涼しい季節に来たならば。
 近くの喫茶店に入り、カウンターにいるご婦人に松山港までの道を聞いてみた。すると、道後温泉の前から、概ねまっすぐ走ってゆけば良いのだと分かった。また自転車を止めている辺りに、観光案内所があることも分かった。早速、地図をもらいにいった。ついでにフェリーの便も調べた。松山近郊には、松山観光港、堀江という二つの港があるが、呉経由のフェリーがあるのは観光港の方だ。そこまでBD-1を走らせる。
 もらった地図を見る限り、国道をずっと走ってゆけばいいらしい。走ってゆくと、ほとんど下りで、時々上りがある。しかし体力はかなり回復しているので、そんなにきつくはない。快調に飛ばし、長い下りでは一番重い8速ギアを踏んだりした。45km/h以上出ていただろうか。BD-1では、ちょっと飛ばしすぎ。
 国道の案内表示に松山観光港の表示が常に出ていたので、道に迷うことは無かった。しかし次第に道が細くなり、しまいにはちょっと山寄りかなという場所を走り始めた時には、正直心配になった(笑)。
 しかし、やがて無事に松山観光港に到着。ロビーで呉行きのフェリーを尋ねると、どうやら200mも離れた場所に券を買いにいかなきゃならないとか(車両つきだとそうなのか)。そこでそこまで走ると、妙に急いだ雰囲気で車両ゲートを案内された。どうも次の便の出港時刻が近いようだ。BD-1を走らせ、フェリーに滑り込んだ。ほどなく、出港。
 客室に上がり、周囲に見える島々を18*50ISで眺めつつ、ビールで一杯。くぅ、たまらんっす。しかし、周囲の島のどこにもギャルの群れはいなかった......。
 やがて16:00前に呉港着。そのまま自走して帰宅した。ああ、楽しかった。
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2001年8月16日(木曜日)

しまなみ海道に(輪行)

自転車 23:30:00 天気:激晴
 前日、一睡しか出来ず(1時間程度かな)、まるで遠足に出かける寝不足小学生のような気分で起きだした。朝5:00過ぎ。眠気を抑えつつ、出立準備をした。母が起きてしまったので、タオルをひとつもらっておいた。
 5:45頃出立。駅に着き、さっと輪行準備をして、改札口をくぐるも、電車は行ったばかり。30分ほど待つ破目に。その間、途中のコンビニで買ったおにぎり弁当をぱくついた。
 やがて電車に乗り込み、尾道まで1時間半かけて走る。窓の外には鄙びた風景が流れて行く。この辺も、海岸沿いに走ると、それなりに気持ちよさそうだ。
 やがて尾道に到着。時刻は8:00をちょっと過ぎた辺り。さて、どこかでルートマップを入手せねば、と思いつつ駅前でBD-1を展開した。周りを見ると、やはり輪行組らしい人々が、同じように自転車を組んでいる。ロードバイク、あるいはスポルティーフが多いようだ。どうやら同好の士で集合している模様。僕は一人旅で、BD-1があっと言う間に組み上がったので(そりゃそうだ)、さっさと走り出す。
 まずは観光案内所に行ってルートマップをもらおう。そう思って走り出したはいいが、観光案内所の類が見つからない。駅の西側にあったのだが、まだ開いてないようだ。しばらくぐるぐる走り回り、困り果てて交番で尋ねてみた。すると、やはりまだどこも開いてないみたいだ。交番の裏にもあるそうなのだが。しかし、親切な警官は、そこにあったしまなみ海道のパンフレットを一部くれた。これでようやく詳細なルートを確認できたのだ(というか、事前調査が杜撰すぎ)。

・向島(海路、平坦な道、因島大橋)
 尾道駅の真正面から向島へのフェリーが出ている。海峡の幅は1kmも無いくらいで、運賃は大人100円+自転車10円。折り畳むのもあほらしいほどの安さだ。フェリーは操舵手と甲板員の二人で運行されている。僕が乗ったフェリーは、小さな入り江(運河にも見える)の奥まで入って行く便だったが、おかげで走行距離が多少短縮された。
 上陸すると、鉄工所やら倉庫やらが立ち並ぶ、地方の工業区画という趣の場所だった。さてさて、たぶん、どこかにサイクリングロードを示す標識があるのだろう。桟橋からまっすぐ内陸に走って行くと、交通量の多そうな幹線と行き会った。その両脇の歩道は、自転車でもそれなりに走れそうな広さだ。とりあえず車道の脇を進んで行くと、すぐに歩道に緑でペイントされた標識に気づいた。いわく、「↑今治 しまなみサイクリングロード」。これに従えばいいのだな。楽勝じゃないか。この時はそう思った。
 ところが、この標識があまり多くないのだ。結構長い間、これを目に出来ない状態が続くので、「この道で合ってるのか?」と、凄く不安な状態になることもある。人間の心理を突いた的確な攻撃だ(なにがだ)。結論からいえば、「出来るだけ歩道を走り標識を確実に拾うようにして走れば問題ない」という事になった。標識を見逃したことは無かったので、確実なルートではあるのだろう。かえって気を回しすぎて、わき道を行ってしまったりしたことがあるくらいだ。標識の指示に従えば問題はないみたい。
 道は平坦で走り易いが、日影が全くないのには参った。体がジリジリとあぶられている感じだ。
 走りながら、島のスケール感が全く掴めてないので、果たしてどこまで走ればいいのか不安だった。が、やがて海岸線遠くに、大きな橋が見えてきた。あれが因島大橋だ。
 ここまで、僕以外のチャリダーはほとんど見かけない。が、海岸線で休んでいると、何人かの人々が(主にママチャリを駆って)追い抜いて行く。どこからともなく集結しているという感じ。他のルートもあるのか。
 さて、橋へのアプローチは、自転車の場合は車とは違うルートを取る。傾斜を出来るだけ緩やかにするためだ。
 巨大な因島大橋を頭上にやり過ごし、少し走ると、山に向けてアプローチへの入り口が続いていた。そこにBD-1を乗り入れた。傾斜は10%だそうだが、それでも長いときつく感じる。途中の展望台で一休みしちゃうぞ、もう。
 展望台から見上げる因島大橋は迫力十分だ。E950では広角側でも画面に収まりきらない。ワイコンを持ってくればよかった。
 展望台で休んでいる間に、男女二人のカップルが、MTB&ママチャリで、軽快に登って行く。ほとんどなにも持たない軽装だ。あれなら楽だろう。
 さて、再び上り始めた。10kgを越える装備が足に響く。それでもなんとか、橋の側に上り詰めた。因島大橋は原付き以下の車両と歩行者は、車道の真下にある専用道路を走る。こういう構成の橋は、しまなみ海道では唯一のものだ。こういう感じ
 この歩道、自転車と歩行者が一緒に通る右側の通路は幅が狭く、やや危険な感じがする。

・因島(ややアップダウンのある平坦な道、生口橋)
 考えていたより時間を要しながら駆け抜た。各橋の愛媛県側には、賽銭箱のような塩梅で料金箱と案内板が置かれている。係員はいない。あらかじめ小銭をたっぷり用意しておいたので、特に困ることはなかったが、小銭が無い人は困るかも。対岸では爽快な下りになる。しかし、せっかく高度を稼いだんだから、このまま次の橋まで下らず走れるルートは作れないもんかね。
 因島もひたすらこぎ続ける。時間的にどれくらいかかるか不安だったし、また向島に渡るまでのロスが気になっていた。
 やがて生口橋に到達。アプローチは、素直に押して上がりましたぜ。ここは車道と並んで歩道があるタイプ。やはり頭上に空が広がっている状況の方が爽快だ。

・生口島(平坦な道、多々羅大橋)
 生口島ではルートから外れ、島の南側を走った。多少なりとも短縮になるかと思ったのだ。その代わり、平山郁夫美術館などにはお目にかかれない。また大した短縮にもならないようだ。
 この辺りで既に、熱中症の予兆が現れていた。警戒怠るべからず。体がへばる可能性を承知の上で、冷水をがぶ飲みする。少しでも体温を下げたいのだが。
 こっちはルート標識がないので、ひたすら海沿いに走るばかりだ。観光とはかけ離れた、鄙びた風景が続く。お日さまもますます燃え盛っている。暑い。脳みそが沸騰し始めている。
 ここで道沿いにコンビニを発見、冷たい物を求めて入ってみた。このコンビニには、無料の休憩所も併設されている。単に別区画に椅子を並べただけの物だが、とりあえず日ざしを遮れて、エアコンもまあまあ効いている。この時点で、この休憩は凄く効いた。最後まで走れたのは、ここでかなり休めたからだと思う。ありがたかったよ。おにぎり2個とゼリー食、麦茶を喫しつつ一休み。おにぎりがまずい。死ぬほどまずい。僕は過負荷に曝されると、食欲が一気に減退してしまうのだ。きっと塩味が効いておいしいに違いないシャケお握りも、こんな状況ではもさもさした粘土の塊に等しくなる。それでも食うのだ。この先もこぎ続けるエネルギーが要るのだ。無理やりに一つだけ食い。後はゼリー食で賄う。
 再び走り出す。元気一杯、とはいかないが、今にも死にそう状態からは回復している。しかし、すぐに太陽に脳みそを煮られ始める。水ぶっかけで対抗だ。しかし休憩で得たエネルギーは間違った方向に爆発した。やたら怒りが湧いてきて、わけの分からないことをずっとつぶやいている状態になったのだ。いわく、「漕がないと進まないんだよ」。いわく、「人生と同じなんだよ」。いわく、「漕がなきゃ始まらないんだよ!」。こんなところで人生幸朗師になってどうする。それは分かったからさっさと進め、といいたくなるような事をつぶやきつつも、距離は着実に伸びて行く。怒りの一部は、とりあえずペダルに伝わったようだ。
 この生口島南ルートを行く間、同じチャリダーには一人として行き会わなかった。観光ルートからは外れているせいだろう。それと、あまり距離も短縮できない。が、その割りにルートとしては走り易かった。急ぎの旅なら、こっちの方がいいかもしれないぞ。
 やがて、彼方に多々羅大橋が見えてきた。生口橋と似たような構造の橋だが、こっちは世界最大の斜張橋だということだ。太い鋼索が橋梁の頂点に向かって集束して行く様は、なんともいえない迫力がある。とても人間の建造物だとは信じられないような迫力だ。

・大三島(平坦な道、大三島橋)
 この辺りで中間に達しているくらいだろうか。あと三つの島があるが、大三島、伯方島は通過するルートが短いので、大島だけが問題といえる状況だ。やっと、少しばかりゆとりを感じ始めた。というか、体が重くなり始めてスローダウンしただけなのだが。おかげで妄言垂れ流しは収まったが。しかしまあ、後はゆっくり走っても良かろう。
 大三島は本当に短い。他の島に較べれば。しかし、次なる橋まではそれなりに走る。無言で走る(というか独り言いいながらだと気持ち悪くないか?)
 大三島橋への上りで、向こうから下ってきた女性に「こんにちはー!」と声をかけられた。とてもさわやかな気分で手を振り返した。そのエネルギーをちょいと分けてもらった感じ。ああ、僕もああやって自然に声を出せれば。
 大三島橋はアーチ橋で、幾何学的な造形が美しい。この橋では右半分がまるまるバイク、歩行者専用で、とても走り易かった。

・伯方島(アップダウンあり、伯方・大島大橋)
 伯方島も行く距離は短い。少し丘を越える塩梅ではあったが、ここも割と順調に通りすぎた。しかしながら、後で伯方の塩ソフトクリームを試してみればよかったと思った。次の機会は途中で一泊するつもりで、ゆっくり見て回りたいもんだ。
 ここで印象的な出来事があった。
 ちょうど伯方・大島大橋の真下辺りに差しかかった頃だった。大三島橋からの下りを抜けた辺りで、自販機が数台並んでいる一角。そこからちょっと離れて、20代くらいの男性が、自転車をそこに転がしたまま休んでいる風だった。僕は気にせずその前を駆け抜け、道路の対面に渡り、ちょっと一休みしようとBD-1を停め、その自販機で水を買い、一息入れた。ここを登りきれば大島だけなので、もう間違いなく完走できる。そう思っていた。
 しばらく体温が下がるのを待っていたら、その男性がやってきて、「なにか先のとがった物を貸していただけませんか」と声をかけてきた。とがった物? なんでも、足にマメが出来てしまったので、潰したいのだとか。あるとすれば、Palmのスタイラスペンに内蔵しているリセットピンだけだ。それを貸してあげると、その男性は両足に出来た巨大なマメを潰した。これじゃ走るのは無理そうだ。「大丈夫ですか?」と声をかけると、「せっかくここまで走ってきたんですが......」と、残念そうだがリタイヤすることにした、と答えた。なんでも、青春18切符で尾道まで来て、僕と同様に自走で今治を目指していたんだとか。僕のBD-1を見て、「その自転車だとどこでも持っていけていいですね。家にはMTBがあるんですが......」と、とても残念そうだ。そうだろうなあ、ここまで来て。ここからバスなどで帰るつもりだという。
 その男性と別れ、僕は伯方・大島大橋へのアプローチを上り始めた。この時点で上りは辛いが、さっきの男性のことを思えば走れるだけましだ。そういえば、僕の場合、足の裏にだけは負担がかかってない。いかに踏んでないかが分かるってもんだ。
 伯方・大島大橋は、ふつうのつり橋だった。しかし島を一つ踏みつけているような塩梅だ。

・大島(かなりの丘越え、久留島海峡大橋)
 最後の大物、大島に到達した。ここは島の真ん中を道が突っ切っている。距離的には楽そうだった。が、この突っ切りがくせ者だった。そう、本四架橋公団の攻撃は、ますます激しくなってきたのだ。やつらもここを越えられると後がないと知っているのだろう(いや別に越えられてもかまわんだろう)。その攻撃は、今までになく熾烈な物になった。
 まず、日ざしが最強に強まった(それは公団のせいじゃないな)。ジリジリとあぶられ、腕などは徐々にやけどするのを感じるほどだ。また、この大島のルートは、なんとかなり長い丘越えをしなければならない。ここに来て体力が、いやむしろ生命力が落ち始めているので、この丘越え攻撃は辛い。それでも押したり、走ったりしながら、なんとか丘を越えていった。前方から、ロードバイクやMTB、果てやママチャリに乗ったおばあさんまでが、軽快に駆け降りてくる。恨めしい限りだ。っていうか、下りを押して歩いてたらそれは怖いぞ。
 もう僅かな上りでさえ辛いのだ。おのれ公団、許すべからず(それは逆恨みだよ)。日なたで日干しになっているミミズたちの骸を横目に、その仲間入りしかねない状況で坂を越えた。今度来たときは、遠回りになっても海岸沿いに行こう。
 坂を越えればこっちの物だ。全速で重いギアを踏みまくる、という体力は、しかしもう底を突いていた。それでも、来島海峡大橋へのアプローチに、遂に取り付いた。
 来島海峡大橋は、しまなみ海道中最長の橋なので、そこへのアプローチも雄大なものだった。これで終わりかと思ったところで、さらにループが続いている。その手前、最後の展望台に停め、そこにある自販機で喉を潤した。ここを越えればサンライズ糸山だ。長かったなあ。
 僕は最後のループを回り、遂に橋の上に到達した。そうだ、遂に公団に勝ったのだ、と、その瞬間は愚かにも感動したものだ。だが公団の最後の抵抗は、僕の予想を超えて熾烈だった。
 なんと、橋そのものが上りになっている!(愕然) 3連の吊り橋という性格故か、橋の真ん中に向けて明らかに盛り上がっているのだ。体力の落ちまくった現状ではこれはきつい。3速でもきついくらいで、のろのろとあがくようにして進んで行くのみだ。だがここに及んで挫折することは決して許されることではない。日本の男の子は潔く腹を切って汚名をそそぐより他にない。腹を切るのは痛そうなので、ここは断固として公団に泣いてもらうぞ。踏め、踏むのだ。死ぬまで踏むのだ。
 アーチ状に傾斜している関係で、進むに従って徐々に傾斜は緩くなり始める。漕ぐのをやめると、橋の差しかかりではものの2m程で停止したものだが、それが3mになり、4mになるに従って、幾何級数的にペダリングが楽になって行く。わはは、わははははははは、勝利の時は目前だ。もはや公団に打つ手はない。あの鋼索が一番下がる地点、すなわちこの橋の中央を越えたときこそ、我が勝利の時なのだ。チャイコフスキーの"1812"のクライマックスのように、勝利の砲声がとどろき渡るのだ。それが公団崩壊の時だ(いや、そんな目の敵にする理由あるのか?) 様々な人々の人々の顔が浮かぶ。軽快に下りながら元気を分けてくれたお姉さん(お兄さんも続いていたが目に入らなかった模様)、志半ばで挫折した18切符の彼、そして軽やかに行き違った多くのチャリダーたち。そしてルドルフ・シェンカー、永山則夫、小野小町ら、強敵(おとこ)たちの顔も脳裏をよぎった(ってなんでじゃ。知り合いでもなんでもないじゃん。だいたい小野小町は女子じゃ)。もう半分位妄想に満たされた頭で、遂に橋の中心を越えた。後は放っておいても下って行くだけだ。そうだ、僕はヴィクトリーロードを進んでいるのだ。この橋の後半は、我が勝利をたたえるためにある(今そう決めた)。この苦難に満ちた旅を終えた僕の前に、もはや恐れるものなど何一つないのだ。

・糸山展望台~サンライズ糸山
 アプローチを抜けると、糸山展望台への道があった。上りです。もう勘弁してください(身も世も無く泣き崩れ中)。ゲロを吐きそうになりながら、それでも上り気味のトンネルを越えた。ああ、坂さえなければ、100kmなんて楽勝なのに。坂が、坂が怖い。幸い、上りはあっと言う間に終わった。
 展望台に向かい、エアコンの効いた案内所でしばらくクールダウン。はあ、本当に体がどうにかなりそう。時刻は16:00前というところ。今からサンライズ糸山に入っても、16:00過ぎというところか。
 展望台にある案内板でサンライズ糸山の位置を確認し、またしてもさっきのトンネルを越え(もううんざり)、そこからは下り一本でサンライズ糸山に到着した。走行時間は7時間。実質は5時間半くらいか。良く走ったもんだ......。さすがのVAAMにも全身の倦怠感はぬぐえない。
 チェックインし、自転車をロッカールーム(自転車用のロッカールーム)に入れ、部屋に入る。ここ、4人部屋なんだね。それを一人で占有するのか。ちょっと罪悪感が。しかし素泊まりで4000円という設定は安すぎる。今度は誰かと来よう。
 ここでうっかり爆睡してしまい、気がつくと20:30を過ぎていた。ああ、レストランのラストオーダーが終わってる。このままでは飯を食えない羽目になるぞ。そこでちょっと外に散歩がてら、出かけてみた。しかしまあ、周囲になにもないこと。どうも市街地から外れているようで、自販機以外にはなにも見つからなかった。焼き鳥食いたかった。
 まあ、食欲もあまりないことだし。ここはビールでカロリー補給だ。ミネラルウォーターをつまみに、ビールで喉を潤す。くぅ、うますぎ。風呂は大浴場があるのでそちらに。大きな風呂ではなかったが、足を伸ばせるのでユニットバスより遙かに快適。
 やがて夜も更けてみたので、しばらく警告灯に彩られた来島海峡大橋を愛で、長かった一日を終えた。寝るぞ~。
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