Strange Days

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2008年4月28日(月曜日)

四国南部ツーリング2日目:四万十川(概ね)源流~上流

, 自転車 ( 自転車旅行記 ) 23:20:00 天気:好天続く
 最大の山だった四国カルストを無事に越え、後は四万十川に沿って下るだけだ。しかし、坂の神は我輩をなかなか放免してくれないのであった。
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2008年4月27日(日曜日)

四国南部ツーリング初日:四国カルスト山岳戦

, 自転車 ( 自転車旅行記 ) 22:57:00 天気:晴れ
 今日は今次ツーリングでも最難所を越える。四国カルスト高原1200mの登坂だ。
 意外に楽じゃがのと思いつつ登っていたら、最後の方で来ましたよ。
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2008年4月26日(土曜日)

四国南部ツーリング前泊

自転車 ( 自転車旅行記 ) 22:27:00 天気:とっても好天
 今日は松山空港に飛んで、駅近くのホテルに投宿するだけだ。さっそく、新GPSの性能発揮と思いきや。
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2008年2月24日(日曜日)

房総南端暴風暴走ツーリング2日目

, 自転車 ( 自転車旅行記 ) 20:48:00 天気:快晴&爆風
 昨日今日と快晴に恵まれた*1このツーリング、今日はほぼ海岸線に沿って保田の手前までもどるということだったが。
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2008年2月23日(土曜日)

房総南端暴風暴走ツーリング

, 自転車 ( 自転車旅行記 ) 22:02:00 天気:快晴&暴風
 三井氏からお誘いを受けた房総半島南部ツーリングに参加してきた。春間近、高山の無い房総半島の旅は、花を巡る穏やかなものになるだろうと期待していた。だが、その春の足音が、恐るべき奴を連れてきてしまったのだった。
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2002年8月04日(日曜日)

麦草峠ツアー二日目

自転車 ( 自転車旅行記 ) , 22:00:00
 朝、他の人が起き出す物音で目覚めた。また目を閉じて、浅い眠りに落ちていると、今度は自分の携帯電話のアラーム音で目覚めた。ぐっすり7時間ほどは寝ただろうか。
 起きて、外を見ると、なにやら雨の形跡がある。幸いにして、我輩のMR-4Fは、屋根の下に移動しておいたので、濡れることは無かったようだ。昨夜は雷鳴も激しかったとか。
 7:00から朝食である。うまいパンにサラダ、スクランブルエッグというところ。パンもバターもうまいので、瞬く間に売り切れてしまう。特にミキ氏は、これだけ食うからあれだけ走るんだなと、納得の健啖ぶり。
 部屋に戻り、一夜を過ごしたベッドを引き払い、出立準備をする。空は雲が多いものの晴れ、早朝の雨が畑の作物に宿り、きらきらと輝いている。気持ちのいい朝だなあ。
 まずは野辺山の電波望遠鏡を見ようということで、こっつぁんに別れを告げて走り出した。いきなり坂を登るものの、既に足にキテます(滅)。こりゃあ、峠越えなんて無理無理である。
 しばし走り、電波天文台に到着。その名の通り、電波望遠鏡が集結した、日本の電波天文学の一大拠点だ。守衛所から見学者コースを進んで行くと、まず移動式の5m鏡が出迎えてくれる。これは多数の5m鏡をレールに載せ、移動できるようにしたもので、開口合成により、見かけ上数百メートルという大きな口径を実現するものだ。電波天文学は、可視光を対象とした天文学に対しては新しい分野だが、固有の歴史と輝かしい業績を持つ分野だ。宇宙が膨張しているという直接的な、確かな証拠を提示したのも、そもそもは電波天文学だ。エドゥイン・ハッブルの観測はそれ自身偉大な業績ではあるが、観測した天体が少なすぎ、どうしても疑念を拭いきれなかったのだ。AT&Tの技術者が偶然に宇宙の背景輻射を発見したことで、ようやくハッブルの観測結果に間違いが無かったことが確証されたのだ。
 5m鏡群の側を抜けて行くと、遠くにより小さなパラボラ鏡が並んでいるのが見えた。干渉計の一部らしい。そしてさらに歩いて行くと、目の前に45m鏡が偉容を現した(いや、ずっと前から見えてたんだけど)。でかい。付帯設備にそのまま住めそうだ。戦艦の主砲塔というものも、こういう威圧感満載な代物だったのか(あれは駆逐艦載せてるようなもんだからな)。
 見学者用の視聴覚室をざっと見て、再び正門に取って返す。次はJR鉄路最高地点だ。おっと、その前にトイレ。
 再びちょっとした丘を越えると、もうそこはJR鉄道最高地点。以前は鉄道最高地点だったらしい(つまりより高々度に私鉄の鉄道が通ったわけだ)。その記念碑かなんかのところで、なんの集まりか小学生くらいの少年少女集団が記念撮影をしていた。そしてその脇を通りすぎて行く、我々奇特な小径車集団に歓声を挙げるのだ。まき氏など「手もちぎれんばかりに振った」そうである(本当かよ)。
 ここでアイス。ソフトクリームを試す。うむ、ソフトクリームである。
 それぞれアイスだのなんだのをやりながら、今後の経路を話し合った。おの氏らの提案の一つは、約めて申せば峠を二つ越えようというものだった。他にあんまり高いところを行かないで、お気楽に行こうというコース、少し上りがあるかなというコースだった。峠*峠コースの志願者は、結局おの氏、ミキ氏、吉田氏だけだった。残りはお気楽コースに雪崩れ込んだ。やっぱり、体力は有限だからね。
 おの氏らとはここで別れ、一行は清里へと進路を取った。清里から美し森までは、公園の中の曲がりくねった道を登って行くのだ。入ってすぐ、こぐ氏に「先にどうぞ」と道を譲られてしまった。というわけで、俺様が引く破目に。斜度はそれほどでもないが、果てしがない。走っても走っても次のカーブが見えてくる。ペースが合わないからか、いっとく氏はさっさと前に行ってしまう。延々と走りきって、ようやく出口に着いたときにはヘロヘロになっていた。最後の数周など「まだ先があるのか!」と絶叫しながら走っていた。しかしまあ、むやみに面白いコースだ。
 後続が来るのを待ちながら、疲れを癒す。平野氏がなかなか来ない。元気な者を偵察に出そうと話が決まりかかった頃、ようやく平野氏が登ってきた。話を聞くと、手製のマッドガードの間隔が狭すぎて、泥が詰まってしまったのだとか。マッドガードならぬマッドキーパーになってしまったわけだ。
 平野氏のトラブルが解決したら、また少し上り、展望台に上った。一番上までは徒歩で登るのだが、これがなかなかつらい。
 展望台からの眺めは、周囲のなだらかな斜面に広がる森が見え、その名の通り美しい。天気がよければ、八ヶ岳はおろか、富士や北アルプスも見えるとか。
 ここでもアイス。ただし、かき氷にソフトクリームをトッピングできるという情報を得たので、それを試してみる。うみゃ~! しかし量が多すぎ。すぐ持て余す俺様である。なんとか食いきるが、この影響かその後腹の調子が悪くなる。
 美し森から八ヶ岳高原ライン、八ヶ岳公園道路とつないで走る。アップダウンがあり、アップの度に苦しむが、長さはそうでもないのでなんとか乗り切れる。沿道には人家が全くなく、木立がずっと続いている。交通量もそれほどではない。いろんな意味で楽しい道だった。
 しばらく、後続を待ったりしながら、公園道路の終端まで走る。そこから少し行くと、きょう最後の目的地、スパティオ小淵沢があった。まずは温泉で一休み。体を流し、熱い湯船に漬かったりしているうちに、いつの間にかみんな露天風呂に集結し、今回の麦草越えの反省や、トレーニングについてなど話し合った。空からは時々雷鳴が聞こえてくる。時々雨もぱらついている。しかし露天風呂に漬かったり涼んだりしながら、なんとなく長旅が終わったような気分に浸っていた。二日間、峠を越えてアイスを求めて走っていただけなのに。
 風呂から上がり、上階の中華料理レストランで遅めの昼食を取る。なぜだか飯物を食いたかったので、中華飯と、そしてこれでしょう、ビール。うますぎる!(ビールがな)
 それから小淵沢駅に移動し、臨時急行を待つ。これがまた、いつの間にか乗客が増え、果たして全員乗り込めるのだろうかと心配になってきた。しかし、車両は二階建てで、しかもここ始発なので、ほとんどがら空きという感じだった。自転車を置いた場所とは別の場所に座席を確保したとかで、いっとく氏に荷物の監視をお願いして、そっちで一眠りすることにした。しかし、窓の外の風景を見ているうちに、眠気は飛んでしまう。
 僕は新宿まで乗って行くことにしたのだが、ほとんどのメンバーは途中の駅で降り、だんだん残り少なくなって行く。結局、新宿まで行ったのは僕といっとく氏だけだった。僕はさらに湘南ライナーを捕まえ、戸塚経由で帰宅した。
 帰宅して、MR-4Fを清掃しなけりゃとも思ったのだけど、あまりに疲れすぎていてその気にもなれず、さっさと爆睡した。
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2002年8月03日(土曜日)

ついに麦草に

自転車 ( 自転車旅行記 ) , 23:55:00
 予定通り、朝4:00に起床。慌ただしく朝食を摂り、MR-4Fの点検をして、荷物を背負って立場駅へと出発。しかし急ぎすぎたのか、立場駅はまだ閉まっていた(爆)。MR-4Fを輪行態勢にした頃、ようやくシャッターが開き始めた。
 戸塚からJRに乗り換え、新宿まで、新宿で中央線特急のホームに到着すると、既にこぐ氏を初めとするかな支部の面々+αが待っていた。僕が挨拶していると、@nak家も姿を現した。
 程なくホームに入ってきた特急あずさ81号に乗り込み、一行は車中の人々となった。ところでおの氏は? 不安を感じた誰かが電話してみたところ、「今起きた」とか。間に合わないぞ、こりゃ。
 車中、少々寝ておこうとも思っていたのだが、結局はちょっとウトウトした程度だった。
 9:20頃、目的地茅野に到着。駅の東に出ると、自転車を組み立てている人々がちらほら。それがBD-MLの麦草アタック隊だった。合流して、各々の自転車を展開する。
 おの氏はやはり1時間以上遅れそうだということで、速攻で見捨てていくことになった(笑)。
 一行はかれこれ15人以上だろうか。とても2000m超級の峠を攻める連中とは思えない人数だ。それがズラズラと連なって登って行く様は壮観だ。
 何度かの小休止を取る。上りはまだ序の口。出発点が1000m前後で、今は1300mくらいだろうか。(た)女史が土地の農家の人にいろいろ話しかけられ、お土産にじゃがいもをもらってしまった。今から1000m近くも登るんですけど。かわいそうに、夫君の(あ)氏が運ぶことに。
 まだまだ序の口で、この辺までは元気があった。この程度の斜度なら、なんとかいいペースで登って行けると思えた。ところが、これからいよいよ斜度が上がり始めるのである。
 別荘地を過ぎ、人家もまばらな中を上がって行く。この辺でもかなりきつい。もう一番軽いギアを踏んでいる状況だ。それでもペダルを回すというには程遠く、一歩一歩踏む感じなのだ。それなのに、まだまだ本当にきついのはこの先だという。
 ずっと下を見て進んで行く。もう最後尾だったので、臨時幹事に就任したミキ氏が後ろに付き、なにかと話しかけてくる。それさえほとんど耳に入らない。一度、あまりにつらくて立ち止まったところで、ミキ氏が手持ちの非常食を恵んでくれた。親切が身に染みる。というのも、その後、少しだけ足が回るようになったからだ。その隙に、いつの間にか後退してきた吉田氏をパスし、ついにゲートまで進んだ。そこで自転車を降りたことは憶えているのだが、気がつくと寝転がって空を見上げている自分がいた。けっこうやばい......。そう自分で気づいた時、『ここで引き返そう』と決断しかかっていた。死にそうになるまで自転車のペダルを漕いで漕いで登って行くなんて、なにかが間違っている。自転車には楽しく乗りたいのに......。見たところ、周りにこんな危機的な状態に陥っている人はいない。それぞれ苦しげな顔は見せるが、基本的に顔はまっすぐ前を向き、僕のように下を向きっぱなしというわけではない。どうも、僕と周りの人々との間に、なにか大きな違いがあるようだ。直感的に、僕の苦しさは分かってもらえないのではないかと思った。
 止めようか、どうしようか。いつの間にかおの氏がやって来ていて(そういえばさっき見た気もする)、17人にもなったメンバーの楽しげな表情を見ているうちに、やはり苦しくても登っておこうと思った。いまだかつて、BD-MLのこの麦草アタックで、途中で引き返した者はいないはずだ。その最初の一人になる屈辱には耐えられそうにない。
 やがて、このゲートから一斉にアタックが開始された。いっとく氏はもう先にいっているという。その他のメンバーが、勇躍上りに飛び出して行く。僕は内心忸怩たるものを抱えて、その後をのそのそと上りはじめた。
 やはり、きつい。今までの上りなんか楽なものだった。斜度が上がり、いよいよ本格的な峠越えの雰囲気だ。みんな、あっと言う間に見えなくなる。初参加の人々さえ、ずっと先の方を進み、二度とその後ろ姿を見ることが無かった。ああ、あれが世間の標準なんだな。やっぱり、僕はなにかがおかしいのだ。いやおかしいのは、そもそもこんな峠を自転車で越えようなどと思った人間の頭の方だ。と、いい加減、八つ当たりモードに突入しつつあった。しかしそれも長続きせず、むしろ中に落ち込むような怒りがくすぶっている。力になるような怒りさえ湧いてこないのだ。全く顔は上がらず、下を流れる白線を見つめるばかりだ。時々顔を上げては、スピードメーターの表示が7km/hから4km/hをふらつくのを見て、下がりすぎないように必死にこらえる。
 つらい。たかが坂を上ることが、こんなにつらいだなんて。いくらなんでもつらすぎる。自転車の選択を誤ったのだろうか。そもそも、足が全然鍛えられてないようだ。なんという疎外感だろう。自分だけがこれほど劣っているとは......。もう自転車に乗るのは止めようかとさえ思い始めた。それは大げさにしても、峠を人とともに越えるのはごめんだ。二度とやりたくない。
 一度、立ち止まって、前方を呆然と眺めていると、後ろからなぜか一人で登ってくる人が。ああ、平野氏だ。そういえば、ゲートを出たとき、まだなにかやってる雰囲気だった。立ち止まっているので、平野氏は先に進んでいってしまう。ものすごくゆっくりだが、着実に登って行く。よし、僕も、どれほど時間がかかっても、ペダルを踏み続けるぞ。
 再び、ペダルをじわりと踏み、白線が苦痛なほどゆっくり視界を流れて行くだけの時間が戻ってきた。が、気がつくと、すぐ前に平野氏の後ろ姿が見えている。ゆっくり、ゆっくり追いついて、しかし追い抜く気力はないので、そのまま後続して走り出した。時速5km/h。自転車って、こんな速さでも走れるんだ。結成、チーム5km/h!(爆)
 5km/hをキープしながら、ペダルを一歩一歩(もう一回一回という踏み方ではない)踏みながら登って行く。すると、なんとか続けて行けるような気がしてきた。これなら上まで上がれそうだ。はじめてそういう気になった。それでも、カーブはあまりにも苦痛だった。斜度が一気に上がるからだ。できるだけ緩やかなアウトコース寄りに出たり、さらには蛇行したりしながら、なんとかカーブを一つ、また一つパスして行く。平野氏との間に、会話する余裕さえ生まれた。高度2000mの看板を確認。まだ200mも登るのかよ! 頭がトビそうになる。
 また一つカーブをパスした。すると、急に道がなだらかになる。しかし気を抜かない。最後の最後に、一番急な斜面を通ると聞いていたからだ。案の定、まもなく最後の上りに突入。これは、厳しい......! 頭がトビそうになる。時速4km/hに落ちつつも、なんとか坂を登って行く。そして、再びなだらかな直線に出た。今度こそ最後の直線だ! 僕は平野氏をさっさと見捨てて(笑)、再び回せるようになったペダルをくるくる回しつつ、最後の直線を突っ走った。平野氏、ごめん。
 そして、ふと右を見ると、先行していた面々が固まっている。そこがとりあえずのゴールらしい。もう走らなくていいんだな。もう坂を上らなくていいんだな。そう自分に確認しつつ、僕はその一団に歩み寄った。
 自転車を降り、本当の頂上(それはまだ先にあるが、もうなだらかな坂だ)に目をやり、それから衝動的にミキ氏にカメラを差し出して、撮影のお願いをした。そして、登頂記念のスナップをパチリ。これは確かに麦草峠を極めた証として、そして再びこんな暴挙に乗り出す前に考え直す戒めとして......。
 ほどなく、平野氏も登ってきて、全員がそろった。ようやく、なにがしかの余裕を取り戻した僕は、周りと和気あいあいと会話しながら、フュッテでの昼食になだれ込んだ。しかしながら、内心はどうしようも無い屈辱感に苛まれてもいた。なんでみんなが平気でできることを、僕だけはこんなに苦しんでしまうのだ。いわく言いようのない疎外感も感じていた。しかしまあ、冒険は終わった。後は楽しむだけだ。
 フュッテでは、遅刻したおの氏が全員におごるという話も出たのだが、金額のでかさに驚いたおの氏が日和、なぜか吉田氏のみにおごることになったそうだ。吉田氏に対しては、前に遅刻をネタにおごらせた手前、勘弁してくれとはいえなかったようだ。
 フュッテでの休息もそこそこに、今度は反対側へのダウンヒルだ。高速組と低速組に分かれ、それぞれ隊列を組んで降りて行く。これがもう、爽快で爽快で。各カーブで速度を少し落とし、また速度が上がるまでの間、周囲の風景が目に入る。こんな植生のところにいたんだ、ああ、もう木立が増えてきた、などといちいち感慨にふけりながら降りて行くのだ。風で体が冷えるが、日差しもあるので寒くなるほどではない。念のためにウィンドブレーカーを着ていたのだが、今回は不要だったかもしれない。
 途中、低速組の先頭を追い越してしまい、高速組を追いかけて突っ走る間、完全な単独行になった。誰にも合わせる必要がなく、自分のペースで突っ走る。ああ、これだと思った。これがいいのだ。
 と、道が三叉路になり、その近くで先行組が待っているのが目に入った。合流して、低速組を待つ。なんか、けっこうおいしいポジションにはまったな。
 合流して、さらに下って行く。小海線の駅近くまで下り、さてこれからどうしようということになった。今回は、夏ということもあって消耗した人が多く、自走して宿泊地の野辺山まで行こうという人が少なかった。おの氏ら数名だけが自走で出発する。草津のkei氏もここでお別れということで去り、残りは少し話し合い、結局すぐ輪行ということになった。駅まで降りると、先に輪行するつもりで降りていたkei氏がポカンとしていた(笑)。
 小海線は、四国の予讃線以来乗ったワンマン車で、バスのように降り口が一つしかない。野辺山で降りるときは大変な混雑になるぞと思った。過ぎて行く車外の風景が美しい。車内の女子学生のスカートが、関東ではここ10年もお目にかかってないような長さだった。これが本来の標準なんだろうが。
 やがて野辺山駅着。駅員がいるので、結局全ドアが開き、スムーズに降車できた。
 駅前で本当にkei氏とお別れとなる。残ったメンバーで話し合い、適当に分かれて近くの温泉で汗を流す組、その前に宿に荷物を置いてくる組に別れた。僕は直行組。宿に行く途中の旅館で温泉に浸かり(といっても銭湯と変わらない)、ようやく一日の疲れを癒した。
 温泉を出て、酒を買おうということになり、まずは駅近くに引き返した。自販機で酒を買い、さらに駅前のみやげ物屋で酒やつまみを買い揃え、今夜の宿、こっつぁんちを目指す。
 こっつぁんちに着くと、もじゃもじゃした白髪頭のおじさんが出迎えてくれた。これがこっつぁんか。人なつっこい感じのおじさんである。
 宿はまさにユース的で、家構えは民家そのもの。ユーティリティスペースに、客室がいくつか。その一つに適当に荷物を置き、ベッドメークなどしているうちにもう夕食である。
 夕食はここで取れた野菜を中心に、シチューやサラダ、揚げ物など。なぜかシチュー食いたい欲が最強に強まっていた僕は、一も二もなくシチューに飛びつく。うまい。欲を言えば、シチューのお代わりしたかったな。
 その後はビールを取り出し、酒盛りの始まりだ。昼間の疲れに舟を漕ぐメンバーもいたが、概ね盛り上がりながら23:00までバカ話に耽る。いいねえ、こういうわけの分からん状況は。
 そして各々のベッドに入り、明日の起床時間に携帯電話のアラームをセットした途端、ストンと意識が途切れた。
 ずいぶん長かった一日も、ようやく終わったのだ。
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