Strange Days

2000年08月20日(日曜日)

NHKスペシャル「世紀を越えて」

23時15分 テレビ

 今夜は久しぶりに「世紀を越えて」があった。新シリーズではテクノロジーの発達に焦点を合わせるようだ。
 去年、日産から新型車の発表があり、世界中の自動車関係者の注目を集めた。注目を集めたのは、実は新型の変速機だった。この車は新しいタイプの無断階変速機(CVT)を搭載していたのだ。
 CVTは90年代に入って相次いで登場したが、その概念は古く、自動車の登場とほぼ同時だったといってよい。動力軸の終点と駆動軸の始点に円盤を取り付け、その二つを直行させて接触させる。その接触点を変えることで駆動力を無断階に伝達できるというのが原型だ。しかし初期のCVTは伝達部分の磨耗が激しく、車の能力が向上するに従って姿を消した。
 '70年代、オイルショックがCVTの再登場を促した。当時も今も変速機の主流はギアを使った機械式変速機だが、これは大動力の伝達にも耐えられるものの、機械内部での動力ロスが大きいという欠点があった。これを改善すれば莫大な量の石油を節約できると見たアメリカは、国を挙げてのCVT開発に乗り出したのだ。
 この動きを日本のメーカーも見ていた。動力ロスの少ないCVTを実用化できれば、自動車の燃費をさらに伸ばせる。メーカーの一つ、日本精工でも、若手技術者をCVT開発要員に当てて、独自に開発を始めた。
 CVTにはいくつもの形式がある。'90年代初頭に富士重工が開発したのはベルト式の物だが、これは大動力の駆動には向かないとされる。またベルト自身のフリクション・ロスも大きい。伝達に流体を使う形式も考えられるが、原理的に動力ロスが非常に大きくなってしまう。CVTは結局隔たった動力軸と出力軸の間をなにで繋ぐかが問題になる。日本精工が選んだのは、アメリカの発明家が研究していたローラーを使用する形式だった。二つの軸の端に取り付けたディスクで二つのローラーを挟む。このローラーの角度を変化させると、それぞれのディスクでの接触位置が変化する。これにより各軸間の伝達比を自由に変化させることができる。日本精工の技術者はこの発明家との共同研究を進めた。
 最初の試作機を搭載しての耐久試験は、しかし潤滑油に起因する障害で失敗に終わった。このCVTでは特殊なオイルを使って各軸、各ローラー間の焼きつきを防ごうとしている。オイルは各部品の接触面に膜を作り、ごく小さな間隙を確保することで接触を防ぐ。しかしこのままでは部品間にすべりを生じ、動力の伝達ロスが大きくなる。この発明の核心はオイルの性質にある。すなわち高圧がかかると固化する特殊なオイルを使い、肝心の接触部ですべりを防ごうというものなのだ。ところがこのオイルは超高温、高圧になる接触部の過酷な状況に耐えられず、分子がばらばらに切断されてオイルとしての用を成さなくなってしまったのだ。
 日本に帰国した技術者は、より耐久性の高いオイルを求めて日本石油の技術者とコンタクトを取った。この技術者は潤滑性の高い新型オイルを相次いでリリースしていたのだが、過酷条件で確実に「滑らない」オイルの開発という要求に驚いたという。しかし500に上る物質の分子形状を洗い直し、検討に検討を重ねた結果、意外なヒントにより滑る/滑らないという二律相反する性質のオイルを開発することに成功した。ヒントは作業服に縫い付けられたマジックテープだった。マジックテープは水平方向に引くと決してはがれないが、垂直に引くと簡単に外れる。このマジックテープの接触部の形状をヒントに、新しい潤滑油の開発が成されたのだ。
 このオイルを得たCVT開発は新しい段階に進んだが、ここでまたしても新しい課題に直面した。このオイルを用いての耐久テストを実施中、部品の破損という深刻な問題が発生したのだ。原因は部品を形成している鉄の質にあった。当時最高級の鉄を用いていたのだが、それでも僅かな不純物が混入している。通常の部品としてならなんら問題にならない程度の不純物が、CVT内部の苛酷環境では破断を生むのだ。
 この問題は素材のメーカー、山陽特殊製鋼に委ねられた。高純度の鉄は、溶解した鉄に吸引ポンプを差し込み、含有している酸素を吸い出すことで得られる。しかしこの吸引ポンプ差込のとき、径の大きな吸引ポンプにスラグが取り込まれ、これが溶け出してしまうことで不純物を残す要因となっていた。この問題は現場の職人のアイデアで解消されたという。吸引ポンプに薄い金属で出来た覆い(陣笠という)を着けるのだ。この覆いは溶解した鉄に差し込んだときに、表面のスラグを取り除けてくれるが、間もなく完全に溶解してしまう。この結果、吸引口にはスラグが取り込まれず、高純度の鉄を得ることが出来た。
 いわば究極のオイル、究極の鉄を得たことで、CVTはいよいよ実用間近と思われた。この頃には日産が研究に参加し、実用化に向けて走り出していたのだ。ところが、ここでまたしても大問題に突き当たった。
 日産は大出力向けのこの方式のCVTを、自社の大排気量車に搭載したいと考えた。そこで小型車向けに考えられていたプロジェクトを改め、大動力を伝達可能な設計に改めた。そしてこれを耐久試験にかけたところ、今度はローラーの破断という恐ろしい現象に見舞われるようになったのだ。現象的には、ローラーの破断面に白色組織と呼ばれる変質が表れていた。
 全ての関係者による原因究明が進められた結果、意外な事実が明らかになった。このCVTのために開発された新型オイルと、強い相関を持つことが分かったのだ。日石の技術者は丹念にチェックを行い、最後にようやく原因を突き止めた。オイルの添加物に問題があったのだ。
 オイルは基本となる潤滑油の他に、その性質を改善するために様々な添加物が加えられる。日石では耐久テストに向けての最後の調整として、硫黄化合物の一種を添加していた。ところがこの物質が苛酷環境で変質し、ローラーの表面を侵し、その内部に水素を浸透させてしまったのが白色組織の成因と考えられた。そしてこの化合物を別の物質に変えたところ、ついに問題は解決された。CVTはようやく実用化されたのだ。
 このCVTは市場に出るなり大きなインパクトを与えた。しかし既にCVTという技術に対する開発競争は激化している。このCVTはライバルメーカーによって調査され、これに打ち勝つ技術の開発が進められているのだ。この開発競争無くして20世紀における技術の進歩はあり得なかったろう。しかしその行き着く先を誰も考えてないのが面白い。速く走ることに夢中で、どこに向けて走っているのか、誰も確信していないのだ。果たして21世紀にも同じ傾向が続くのかは、まったく予見できないことだが。