Strange Days

2001年07月08日(日曜日)

NHKスペシャル「宇宙 未知への大紀行」

23時32分 テレビ

 今夜のNHKスペシャルは「宇宙 未知への大紀行」"惑星改造 もう一つの地球が生まれる"の巻。~
 人類の活動が、地球環境に大きな影響を与えている事実が認識され始めたのは、前世紀末の事だった。フロン、メタンといった温室効果ガスが、地球全体の平均気温を押し上げるというシナリオが、幅広く認知され始めたのだ。もしもこの傾向が続けば、地球環境は生命が生存するに適さなくなるだろうと警告する学者もいる。物理学者のスティーブン・ホーキングもその一人だ。ドイツのマックスプラント研究所のシミュレーションによれば、今世紀半ばまでに極地を中心に5度近く平均気温が上昇する可能性があるという。これほど平均気温が上がれば、ピーク気温は10度近く上がるはずで、極地に堆積された膨大な氷が溶け出し、それがさらに地球系に別の影響を引き起こしてゆくだろうと見られている。人類の生存のために、地球外に生活の場を広げなければならない、という主張をする科学者は多い。
 地球外に居住の場を作る方法はいくつかある。その一つがテラフォーミング、地球以外の惑星、衛星を地球環境に近づける技術だ。その最大のターゲットになっているのが、地球のすぐ外側の軌道を巡る赤い星、火星だ。
 火星は地球より平均気温が低く、マイナス60℃にもなる。また大気は地球の1/100の気圧しかなく、液体の水もほとんど存在しない。このままでは生命は一瞬足りとも生存できない、苛酷な環境の星だ。しかし、火星の歴史を紐解くと、常に不毛(人類にとって)の惑星だったわけではない。火星は、その誕生直後には濃い大気と広い海があり、地球に瓜二つだったという研究結果がある。しかしその歴史のどこかで、大気と水を失い、赤茶けた死の星になってしまったのだ。その原因はまだよくわかっていない。星として小さいので、地球ほどの恒常性が確保できず、ちょっとした切っ掛けで死の星に向かうフィードバックが働いたのかもしれない。
 しかし、その大気と水が完全に失われてしまったわけではないようだ。
 火星の南極には、白い氷のようなものが堆積している。観測の結果、これは低温で固形化したCO2、すなわちドライアイスであることが明らかになっている。さらに、火星の大地には、莫大な量の水も潜んでいるという観測もある。火星の地表の所々に、まるで亀の甲羅のような文様が見える場所がある。実は地球の永久凍土帯にも、同じような文様が散見される。これは水分を含んだ土壌が低温で凍りつくと、その体積が縮小することにより生じるものだ。収縮した分だけ周辺に割れ目が生じ、そこに多量の氷が蓄えられる。その割れ目が新たな土壌に覆われると、亀の甲羅のような文様が出来上がるという寸法だ。極地でこの現象を観測してきた科学者は、同じサイズの文様には同じだけの氷が蓄えられているという研究結果から、火星の同一地形にも多量の氷が埋蔵されていると推測している。おそらく、平均数百メートルの深度を持つ海を作るくらいの。
 では火星のテラフォーミングはどのようにして進められるのだろう。火星地球化の決め手になるのは、皮肉にも地球温暖化の主犯とされている温室効果ガスだ。
 まず、火星の地表に化学プラントを建設し、大気中に多量のフロンガスを散布する。フロンは地球温暖化に大きな役割を果たしているCO2に対し、実に100倍もの効率を発揮する温室効果ガスだ。これを過去地球で生産されてきた量の半分ほども散布すれば、火星の平均気温は20度ほども上昇すると考えられている。するとドライアイスの沸点(昇華点)を超えることになり、今度は南極のドライアイスが気化し始める。これが全て気化すると、それらの温室効果の相乗により、火星の大気は地球の高山並になると見られている。とにもかくにも、生命が存在しうる環境にはなるわけだ。それはほんの1世紀で達成できると見られている。従来、テラフォーミングは1000年単位でしか実行できないと言われてきたので、この大幅な短縮は心強いものだ。NASAでテラフォーミングを研究している科学者は「地球環境の破壊をもたらす物質が火星の地球化を助ける」とその皮肉を語っているが、見方を変えれば火星の別種の、急激な環境破壊に役立てるということだ。
 さて、地学的には火星の地球化は達成されたわけだが、この後に大仕事が待っている。生態系の移植だ。人間だけが火星に住むわけには行かない。まず大気の大半をCO2が占めている状況では、人間は直接呼吸することが出来ない。酸素を増やす必要がある。これは太古の地球環境で、どうやって酸素の割合が増加していったか、という研究から、その方法が考案されている。地球大気中の酸素を生産した珪藻を利用するのだ。これにより長期的に、海洋を主体とした酸素生産は可能になる。が、火星では海洋の面積比が地球より小さいので、陸地における酸素生産を重視する必要がある。陸地での酸素生産の主体は、森林になると考えられている。しかし火星に森林を広げるには、大きな課題が残されている。
 地球上で火星に近い環境といえば、高山地帯が相当する。しかし高山では森林限界と呼ばれる現象が観察され、ある高度以上の土地には高木が生えない。この謎は、高山の土壌にあった。ある高度以上の土壌には、樹木が生息するのに必須なアンモニアなどを生産する微生物が少なく、結果的に樹木が育たないのだ。この問題を解決するには、高山に適合した新種の微生物の開発が必要だろう。
 おそらく、こうした技術を組み合わせてゆけば、次の千年紀には火星に人類の新たな居住圏が成立するだろうと思われる。しかしそれは、単に火星を地球化するということを意味するわけではない。そこに移植される地球種を、火星化するという意味ももつのである。
 生体学者たちは、人類が月で行動したりした時の記録から、人類の行動様式が別の環境では容易に変化することを発見した。たとえば、地球の1/6の重力しかない月では、宇宙飛行士たちは歩くより飛び跳ねて移動するようになった。これはどちらが効率的か、体感した人間が即座に適応したことを示している。
 環境の変化は、人体の形状や質にも影響を及ぼすと見られている。ベッドに横たわった状態では、全身に均一に荷重がかかるため、無重力状態に近くなる。この状態で長期にわたって生活した人の心臓を調べると、ポンプとしての役割が軽くなった結果、その筋肉が薄くなる傾向が発見された。つまり、低重力/無重力では人間の心臓は小さくなるのだろう。さらに、ジャンプして移動するとすれば、足や腕の形状も変わるかもしれない。
 実は、生命は新しい環境に適応してきたという歴史がある。初期の肺魚は、擬似的な無重力状態である水中から、重力が支配する地上へと一歩を踏み出し、歩行するという新しい形態を獲得し始めた。人類にしても、樹林で木にぶら下がりながら生活していたサルの一派から、生活環境の激変により歩くことを余儀なくされたことから自由に使える手を獲得し、頭脳を発達させてきたのだ。人類が宇宙空間に、火星に広がっていったなら、どのように変化してゆくのか興味は尽きない。