Strange Days

2004年05月15日(土曜日)

NHKスペシャル『地球大進化』第2夜「全球凍結」~大型生物出現の謎~

23時29分 テレビ 天気:だんだん……

 第1夜も面白かったこのシリーズの第2夜は、「全球凍結」。
 ニューヨークの中心部に広がるセントラルパーク。その環境が日本人にはうらやましい広大な敷地のそこここに、奇妙な岩塊が転がっている。"迷子岩"と呼ばれるこの岩は、それが乗っている場所のものとは、全く異なる組成を持っている。これらの岩塊は、離れた別の場所から運ばれてきたのだ。その原因として、かつてはノアの箱舟にまつわる大洪水の伝説が挙げられていた。しかし、19世紀の博物学者アガシーが、別の説を(突然の直感により)打ち出した。アガシーは、ヨーロッパ各地に残る迷子岩は、やはりヨーロッパの高山、高緯度地方に残る氷河が運んできたものに違いないと考えたのだ。
 氷河は、降り積もった雪が自重で圧搾され、氷となったものが、地表の高低差によって流れてゆく現象だ。川と変わらんやんけ。しかし、氷河の移動速度は、数m/年程度だ。それでも、万年単位で見れば、数十Km単位で移動するわけだ。氷河は岩を転がしながら、ゆっくりと運んでゆく。セントラルパークの迷子岩も、そうして遠く離れた地から運ばれてきたわけだ。アガシーの説は次第に認められるようになり、やがて定説となった。
 セントラルパークに迷子岩を配達したのは、最近(数万年前)の氷河期だった。この時には、氷河が日本列島でも発達したことが分かっている。この寒冷期は動物たちの移動を促した。当時、陸続きだったシベリアから北米大陸へと、モンゴロイドの一団が渡ったのも、この頃の話だった。生物にとって、気温が大きく低下する氷河期は、大きな脅威だ。しかし、この時の氷河期では、熱帯地方への影響はほとんど無かったと考えられている。地球全体からすれば、深刻な影響は無かったのだ。しかし、遥か以前、遥かに大規模な氷河期が、文字通り地球全体を覆ったことが、近年の研究で明らかにされつつある。
 アフリカ南部の古い地層から、奇妙な岩塊が発見される事例が相次いでいる。その岩塊は、周囲の地層とは組成の異なっているのだ。そのことや、その形状(氷に削られた痕跡が残っているなど)から、それが迷子岩であることは明らかだ。しかし、その地層が問題だ。その地層は、6億年前のものなのだ。その時期、この一帯は、プレートテクトニクスによる移動を考慮すると、赤道直下にあったと考えられている。赤道まで氷河が? すると、それこそ地球全体が凍っていたとしか考えられないじゃないか。全球凍結(スノーボール・アース)という仮説だ。
 6億年前、なんらかの原因で、地球の寒冷化が進行しはじめた。両極の冠氷が発達し、ゆっくりと高緯度地方から赤道へと向かい始めた。この時期のプロセスは緩慢なものだったが、次第に昂進してゆく。というのは、雪原の反射能は森林や砂漠よりも高く、太陽からの光の多くを反射してしまうからだ。その結果、太陽光は地表を暖めることなく、その多くが宇宙へと逃れていってしまう。従って、雪原(氷河なども)が広がるに連れて、加速度的に地球の平均気温が下がっていってしまうのだ。
 この6億年前(原生代末期)の氷河期では、地表を1000mまで氷が覆い、海すら深くまで凍りついたと考えられている。今の地球がそんな状況に陥ったら、人類を含め、大半の生物が滅んでしまうだろう。
 ここで山崎努が登場すると、なぜか和んでしまう。意外にいい仕事をしているような気がする。地殻津波も全球凍結も、なんとなく深刻な事件じゃない気がしてくるから不思議だ。
 ともあれ、全球凍結だ。幸いというべきか、この時代の生物相は、ごく単純なものだった。酸素を生産するグループ。その酸素を取り込んで活動するグループ。そしてメタンを生産するグループの三つに大別される。実は、この全球凍結の契機になった急激な寒冷化は、この3者のバランスが崩れたからだという説がある。そもそも、地球の温暖な環境を保っていたのは、第3のグループが生産するメタンの温暖化効果だった。しかし、この第3グループは、第1グループとの資源の取り合いに負け、次第に少数派へと転落していった。その結果、大気へのメタンの供給が途絶えたというわけだ。
 これらの生物たちにとって、-50℃という環境は、生存が難しいものであったはずだ。実際、南極大陸の奥深くでは、ウィルスさえも死滅するという。しかし、第1夜で取り上げられた巨大隕石(逆に言えば小型の惑星)の衝突という地獄に較べれば、まだしも生存の余地は多いといえる。海洋の底は凍りついていないので、栄養さえ確保できれば生き延びられるはずだ。今、海洋底の熱水鉱床で生きる生物群のように、一部の生物は暖かな環境で生き延びただろう。また地表にも火山活動による温暖な地点はそこここにあり、生物に避難所を提供しただろう。地球の活動に守られ、一部の種は生き延びたに違いない。
 しかし、この氷河期は、原理的には永続するはずだった。一度寒冷化してしまうと、地表の反射能は高止まりとなり、地表が暖まることはもう無い。氷を溶かすきっかけは無いはずだ。しかし、それもまた、地球の活動によって、打ち破られたのだ。
 全球凍結の期間中も、地表の火山活動は続いていた。それに伴って、二酸化炭素も放出され続けただろう。通常、二酸化炭素は、海洋へと大半が溶け込んでしまう。しかし、その海洋が凍りついたため、放出された二酸化炭素は、ひたすら大気中に蓄積されてゆく。そうした期間が数百万年続いた。二酸化炭素は温室効果を発揮し始める。現在の濃度の20倍という高濃度の二酸化炭素により、今度は急激に地球の温暖化が進み始めた。そして氷は解け、氷河は後退し始める。地表と海面が現れはじめ、反射能が低下すると、今度は加速度的に温暖化が進行して行った。-50℃から50℃へと、100℃近い気温上昇の結果、地球は全球凍結を脱したのだ。
 全球凍結の時期を挟んで、地球全体で縞状鉄鉱床の発達が見られる。この点も謎だった。縞状鉄鉱床は、海中の鉄分が酸化し、海中に降り積もったものだ。形成のためには大量の酸素が必要とされる。しかし、生命活動がほとんど途絶えたこの時期に、すぐさま大量の酸素が供給されるとも考えられないではないか。
 いや、供給されたのだ、という説がある。全球凍結の期間中、生命活動の元となる有機物などが、深海底へとひたすら蓄積されていった。なにせ、それを消費するものがいないのだ。全球凍結が解除された時点でも、深海底の資源など、海面や地表にいる生物には、なんの意味も無かった。が、このかけ離れた両者を結びつける気象現象が、この時期の地球では頻発していたかもしれない。今の地球で見られるそれなど、足元にも及ばない規模の、巨大な嵐だ。嵐は、100mもの高波を沿岸部にもたらし、巨大な竜巻を巻き起こした。これほどの規模の竜巻になると、海洋は底に至るまで攪拌されたことだろう。そして海洋から吸い上げられた有機物が、海面へと再進出した生物群と出会った。とりわけ、酸素を生産するグループにとって、ご馳走だったろう。全球凍結が終わり、海洋面が上昇した結果、生物の繁殖に適した浅海面が、数多く生まれたはずだ。それらの楽園で、生物たちは増えに増えていった。海は葉緑素を持つ生物によって緑色に染まっただろう。そしてそれらが生産する酸素が、猛烈な勢いで大気に蓄積されていった。海中の鉄分を還元しても有り余った酸素は、酸素に乏しかった地球の大気を、今の組成に近いレベルにまで変えてしまったと考えられている。
 この時期まで、地球の住人たちは、ごく単純な単細胞生物たちだった。まあ、顕微鏡レベル。ところが、原生代が明け、古生代に入ると、一転して多細胞の大型生物が出現し始めるのだ。例えばエディアカラ生物群と呼ばれているグループは、大きなもので30cm~1mくらい。まあ、ゆらゆら、のろのろ、のたのた、という感じの生き物たちだ。完全に多細胞化し、器官への分化も始まっている。ある生物化石には、脊索の原型らしきものと、目らしきものがあると推測されている。これが正しければ、我々脊椎動物のご先祖様といってよかろう。今までは有名なバージェス生物群のピカイア辺りがご先祖様とされていたので、少しさかのぼったかもしれない。
 しかし、この急激な進化は、なぜ可能だったのだろう。なにせ、生物というものは、誕生以来の30億年、単細胞一筋で通してきたのだから。それをもたらしたものも、実は生物自身が生み出し、大量に蓄積された、酸素だった。
 多細胞生物の構造を作り出しているものには、コラーゲンという物質が関係している。コラーゲンは、例えば骨を形成したり、皮膚を維持したりするのに消費される。このコラーゲンを生産するには、大量の酸素が必要とされる。つまり、コラーゲンの量産が可能になったのはこの時期だったのだ。その結果、生物は急激な多様化へと向かい、エディアカラ生物群を経て、バージェス生物群に見られる、爆発的な適応拡散へと繋がってゆくわけだ。
 まるで地球と、生物と、地球環境の主導権を巡っての戦いとも思える。ドラマチックだね。そりゃあ番組制作者の主観がそう見せているにしても。
 地球環境に対する生物側の攻撃は、今も人類を尖兵として続いている。地球温暖化が取りざたされているが、その終わりから眺めたとき、結局は人類が進行させた地球環境の変化と、その生産物を足がかりに適応拡散していった新しい生物のドラマとして、認識される日が来るかもしれない。例え認識の主体が人類ではないとしても。