Strange Days

NHKスペシャル「ユリばあちゃんの岬」

2005年11月12日(土曜日) 23時03分 テレビ 天気:良好

 今夜のNHKスペシャルは、知床の荒々しい自然の中、一人で夏を過ごす、79歳のおばあちゃんの話題。
 北海道西端、北方領土に向けて延びる知床半島は、世界自然遺産に登録されたほどに色濃い自然が残る、日本でも数少ない手付かずの場所だ。特に先端部には人工物がほとんどなく、道路も無く、ここに進むには船で向かうしかないくらいだという。しかしオホーツク海と太平洋の狭間に位置するこの近海は、有数の漁場であり、海産物の宝庫でもある。そんな場所なので、無人の地とはいえ、夏の間だけは漁師が定住する。番屋と呼ばれる小屋を海岸線に建て、そこに寝泊りするのだ。
 半島先端、知床岬に近い赤岩という辺りにも、1軒の番屋が建っている。そこの主は、79歳になるというおばあさんだ。ユリばあさんは、昔から夫とともに漁を営み、死別した後も一人で同じ暮らしを続けている。晩春から早秋に掛けての四ヵ月、一人で水道もガスも電気も無い暮らしを続けている。
 ユリばあさんの獲物は、海岸線に生えるオニコンブだ。昆布は強い波に曝されると根を引きちぎられ、海岸に漂着する。ユリばあさんは、それを拾い集め、天日で乾かし、倉庫に溜めておく。秋口、小屋を退去する際には、1年を暮らすのに十分な金になるという。
 獲物は昆布だけではない。夏の間、この近海は魚の豊富な漁場になる。そしてその魚を狙い、方々から渡り鳥が集まってくる。それらの渡り鳥に狙われた魚たちが、時々海岸に打ち上げられるのだ。ユリばあさんはそれを拾い、食事としている。
 ユリばあさんの仲間は、二匹の犬だ。犬たちはユリばあさんをヒグマから守る役目も果たしている。先日、小屋にヒグマが侵入した時、ユリばあさんは町に出かけていて無事だったが、小屋を守ろうとした犬が噛み殺されている。ヒグマは頻繁に姿を現すのだが、ユリばあさんは泰然と構え、ヒグマへの刺激を控えている。そのせいか、ヒグマもたまに小屋を荒らす程度のこと以上はしない。
 ユリばあさんの隣人は、近くの番屋の漁師たちだけだ。しかし、その番屋までは、険しい斜面を越え、半島を横切らなければならない。ほとんど一日仕事だ。犬たちを連れて出かけるも、番屋は空。不在だった。「こういうこともあるさ」と、ユリばあさんはお土産を残し、また番屋へと帰っていった。しかし、電話も無い暮らしなので、万が一の時の連絡は、近隣の漁師仲間だけが頼りだ。
 帰り道、ユリばあさんは寄り道した。半島の先端部に向かったのだ。知床岬の崖上から眺める海は、雄大なオホーツク海が一望できる。前にも書いたように、ここまでは道路が通じていないので、この場所に立てるのは僅かな人間だけだ。
 嵐になれば、番屋は強い風に打たれる。大波が来ればひとたまりも無い。だがユリばあさんは、翌日が楽しみだという。強い波は、深い場所に生えている良質なオニコンブを打ち上げ、嵐の去った空は天日干に最適な晴れ空をもたらしてくれるからだ。翌朝、案の定の好天に恵まれ、ユリばあさんは張り切って昆布を集め、天日に曝した。ところが、晴れの続くはずの空は、突然の雨をもたらし、せっかくの昆布を台無しにしてしまう。「ゆったりして無いとやってられん」と、ユリばあさんは自然と付き合う心構えを説く。
 初秋、番屋を去る日が来る。ユリばあさんの孫たちが迎えに来る。昆布を全て運び出すと、犬たちとばあさんは番屋を去り、無人の番屋が残される。年明け、流氷がこの海に押し寄せると、もはや海からも陸からも孤絶した岬が、じっと冬の海を眺めながら、春を待つのだ。
 この知床半島。世界自然遺産に登録されて以来、この番屋の存在が問題化するのではないかと言われているようだ。番屋の多く*1は、糞尿の類を海に垂れ流しており、それが環境に影響するのではと懸念されている。少数の漁師ならともかく、番屋ツアーなる名目で半島を漁船で巡るツアーも現れており、観光客のもたらすそれにより、自然環境の汚染が進むのではないかと懸念される。ちょうど、富士登山と同じ構図になるのでは無いかと。
 富士に較べ、自然の許容量が圧倒的に大きいのが救いだが、何らかの規制が現れるかもしれない。だがそれは、自然と折り合いながら暮らしてきた、旧来の番屋暮らしを圧迫するのではないか。
 全ての地に人間が入らねばならぬ理由など無いが、厳しくともあの岬に立つ道だけは残しておいて欲しいなと思う。

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