今日は、前回回れなかった、明日香村周辺をうろつきたい。
ホテルのしょぼい朝飯を食いつつ作戦会議。恐らくは、ホテル前の道を延々と南下すると、近鉄飛鳥駅まで出られそうだ。Bromptonを南下させていった。道は比較的広く、まあまあ走りやすい。下手にサイクリングロードを行くよりは楽だった。
さて、ずっと南下してゆくと、地図上では橿原市に入った辺りで橿原神宮に出る。なんの予備知識も無かったのだが、要するに明治期の国家神道に置いて新設された、神武帝を祭神とする新しい神社らしい。正直、有り難みがないな。しかし、これもいい機会だと思い、立ち寄ることに。
神社の前に、近くにある橿原歴史博物館に立ち寄った。遺跡の豊富な地故か、地味な佇まいの割に見応えのある博物館だった。
橿原神宮の参道に回る。偶然にも、すぐ近くに滑りこんできた男性も、Bromptonでやってきていた。旅行にはいい自転車ですよね。
橿原神宮は、想像より豪奢ででかい神社だった。ここに見えている拝殿から、さらに本殿までの間はえらく離れている。むしろ遥拝殿の扱いだ。ちょっと、カミとのダイレクト感がない。
橿原神宮から更に下ると、近鉄飛鳥駅。ここが今日の実質的なスタート地点だ。
まずは高松塚古墳に向かう。
古墳を取り囲む丘陵地を込みで公園化されており、高松塚古墳そのものは外形しか参観できない。別に古墳館があって、内部の状況などを知ることができる。
高松塚歴史公園を離れ、次はと地図をまさぐってみると、どうもサイクリングコースが設定されているようにみえる。なので、その道を通ることにした。
公園からやや北上し、こんもりした丘を越える道に入ると、
鬼の俎があった。実態は、この近くにある鬼の雪隠と合わせて、一対の石棺を成していたようだ。こうした謂れのわからなくなった、しかし明らかに古墳の一部と思われる遺跡が多いのも、明日香村の楽しいところだ。
一度丘を降り、車道と並走するような裏道にあるのが
亀石。これも古墳関係なのだろうとは思うのだが、その用途が想像できない。呪術的な意味合いを持つ埋納品だったのか。
お腹が減ってきた。橘寺近辺に出て、何の気なしに
対面の川原寺に目を向けると、なにやら食事できそうな雰囲気だ。自転車を止めて、寺の脇手で
鍋焼きうどんを頂く。雨もぱらつく寒い曇天だったので、この暖かさに生き返るようだった。
その対岸にある橘寺には、やはり
二面石という謎の遺構がある。亀石と同じ古墳関係なのだろうとは思うのだが。
明日香に来たんだから、どうしても石舞台には行きたい。それほど離れてない場所にある、石舞台歴史公園に向かう。ちょっと雨がぱらついているのを気にしつつ、公園に入った。
外から見ても、
中から見ても、明らかに古墳の玄室ですねという造りだ。しかし、たかが人一人を葬るのに、えらい手間だ。権力と富というものは、これを可能にする。
この辺で雨が強まってきたので、石舞台歴史公園対面の売店で雨を凌ぐ。まあ、どうしても雨がやまなければ、雨具を着て最寄り駅まで走るだけだ。しかし、その前にせめてアレは見たい。雨が上がればいいが。
そういう願いが通じたのか、濃い雨雲は通過していった。よし、アレを見にゆこう。
さらに北に続くサイクリングコースに沿って走る。案内表示を拾いながら小公園に至り、山中に分け入ると、あった。
酒船石だ。手塚治虫だ! 三つ目がとおるだ! これも、いやこれこそが極めつけに謎の遺構だ。写楽保介が説いたような、薬石混合台という説は無さ気だが、丘の下から発掘された
亀型石造物の存在と考え合わせるに、なんらかの流体を扱う場だったという予想は成り立ちそうだ。実際、
亀形石造物の方は、どう言い繕いようもなく水盤だ。
次に見たいのは、飛鳥寺。その辺に向かう途中で、
異界への入り口のような光景に出会う。
更に北上すると、これも押さえておきたい古刹、飛鳥寺に行き当たる。本尊の
飛鳥大仏は、その創建当時から動座していない希少な飛鳥仏だという。脇侍のうちの
阿弥陀如来像も重文であり、残る釈迦牟尼仏とともに、この三尊は撮影自由らしい。ありがたくカメラに収める。
この寺を突き抜けて、少し歩いたところに、
蘇我入鹿首塚がある。なんの説明もなく、中途半端に造成中の場所にぽつねんと置かれ、いささか戸惑った。
まだ雨の気配が残る中、最後に飛鳥情報館に立ち寄る。ここでは、この近くにある山田寺の遺構に関する展示がされていた。しかしまあ、古寺古刹に古墳だらけの土地だな。
JRの桜井駅まで走り、輪行でホテルに戻った。食事は、なんだか鰻欲が最強に強まっていたので、三条通のうなぎ屋に入る。しかし炊いたご飯はあまり欲しくない。なので、鰻雑炊という変化球を取った。卵を絡めた鰻の雑炊がうまい。
明日は平城京跡には行きたいものだ。