今日は東端、東平安名崎に往復する。しかしこの地で、不測の事態が吾輩を襲うのだった。
宮古島は、南西に直角を持つ二等辺三角形に近い形をしている。今日は東に突き出した東平安名崎に向かう。ミニチュアの佐田岬のように、海に突き出した細長い半島状の場所だ。
今日も
マモル君は、宮古島の守りを固めているぞ。
さて、宮古島は中央が小高い作りで、海岸からはよじ登ってゆく必要がある。感覚的には、島の四方に行くのに、ちょっとした台地を越えてゆく感じになる。島は十分拓け、コンビニなど本州の山間よりよほど高密度に存在している。おや、
ファミマがあった(地元資本だな)。え、しかも’K'なの?
お、
お馬さんがいるぞ、と思いきや、作り物。ここはダムだ。うん、ダムなんだ、すまない。
宮古島はサンゴ礁が隆起した島で、基礎は石灰岩。透水性が高いので、雨が降っても流れて行ってしまう。地下深くに泥層があるので地下水は豊富なのだが、それをくみ上げるのが大変だ。そこで、地下水位を上げるために、地下水を貯める止水壁で囲う地下ダムが建設されたのだ。この公園を含む広い土地が地下ダムで、やや傾斜した地下深くの泥炭層に直交して止水壁が複数、やはり地下に設置されている。おかげで、宮古島の農産物は美味しいんだとか。
東平安名崎で食事できるか不安だったので、途中
パン屋で何某か買っておいた。この辺りにも、もちろん居るのだ、
マモル君。
保良泉(ぼらがー)辺りを通過したところから、いよいよ幅が狭くなってゆく。
海は清い。
左右に海が見えそうな道を行く。
浜に岩がゴロゴロしているが、恐らく崩落した岩石が台風で運ばれたのだろう。
先端部の公園に近づき、岩の転がる園内を散策していた時だった。下は草地なのだが、そこに石灰岩がゴロゴロしていて、足場が悪い。何の気なしに岩の一つに左足を乗せた時だった。ちょっと載せた角度が悪かったかもしれないが、比較的水平に近い面だった。にも拘らず、足首が内に折れ曲がる形で、「グキッ」と行ったのだ。えっ、グキ?
ともかく、その瞬間、足首を抱えてのた打ち回る拙者がおったそうじゃ。ぬぉぉぉ、と苦しんでいると、平然と周囲の写真を撮っていたこば氏が、ようやく人間の心を取り戻したのか「大丈夫?」と、「見てわからんのか!」と喚きたくなることを聞く。
しかし、実はかなり心配したようで、すぐにアンメルツを貸してくれる。骨が折れた形跡はないが、かなり挫いたなあ、と思いつつ、痛む足首左前方を中心に塗り塗りしておくと、痛み自体はかなり緩和された。しかし、これで戻って行けるだろうか。
心配をよそに、ここに立つ
灯台に登る。やはり折れたわけではなく、しかしジンジンと痛み、次第に腫れてゆく状況だ。なんとか会談を上り切り、最上層から周囲を展望した。
西を振り向くと、細長い半島状の立地が良くわかる。
北には遠浅の海が広がり、波が見えるのは珊瑚礁だろうか。しばらく、真っ青な海に躍る白波を眺めていた。
灯台を後にし、戻り始める。方々に
断崖があり、この崎が海からの総攻撃を受けていることがわかる。何万年かしたら、消えるか、宮古島から独立するのだろう。
公園に出店がいくつかあり、昼食にできそうだった。琉球ではこれでしょ、の
ソーキそばをすする。こんなに肉肉しいのに、あっさり味だ。
島が削られつつある証拠を浜辺に見ながら、ホテルに戻って行く。行きとは微妙なコースを通り、また地下ダムの、しかし今度は資料館などがある場所に行く。
こんな風に地下ダムの一部を開口し、水が見えている。資料館で、なんとダムカードをもらえるということだったが、生憎在庫切れだったので、後日郵送してもらえることになった。しかし、何を写したカードになってるんだ。
島の南岸を走ってゆく。遠目に
やたら立派なリゾート地が見える。シギラビーチとか、ドイツ村などがある辺り。意外に栄えていそうだ。
実は、電子書籍でだが、
マモル君のガイドブックを発見したので、それを宛に見て回ってもいた。繁華街だけでなく、結構さみしい郊外の道にも多くいた。
無事帰宅。足首は腫れているが、痛くて動かないというほどではない。ともあれ、サロンパスの類で冷やしつつ、様子見だな。