Strange Days

九州横断ツーリング初日

2010年04月25日(日曜日) 23時13分 , デジタルカメラ 天気:快晴

 今日は長崎に飛び、徒歩でホテル周辺を中心に観光するつもりだ。


 朝5:30に起床。昨夜、意外に就眠が遅くなったので、睡眠時間は4時間を切っている。が、その割に眠くはない。
 荷物のほとんどは昨夜のうちにまとめてあった。VAIO Xと電源ケーブル、その他に多少の小物をメッセンジャーバッグに放り込む。いつもなら音楽を聴くのにウォークマンを持って行くのだが、今回はW62CAとSONYのBTヘッドホンの組み合わせで乗り切るつもりだ。この組み合わせではヘッドホンの充電が専用ACアダプタでしか出来ないので、旅には連れて行けないなと思っていた。ところが、昨夜ふと思いつき、AA電池を使う安物USB給電器に付属のアダプタを使うと、USBからちゃんと充電できるのに気づいた。これで便利なBTヘッドホンを旅先でも使える。航空機内では使えないが、大概寝ているので問題にならないだろう。
 さて、地下鉄、京急と乗り継ぎ、羽田に到着。荷物の中身は電子機器類とヘルメット、靴なので問題ないだろうと、そのまま保安検査を通った。問題なし。
 ANA長崎行きの搭乗口は、この世の果てのような場所にある。あれ、よく考えたら米子に飛んだときと同じだな。ともあれ、歩いて5分も掛けてたどり着き、時間があったのでスタバでラテをショートで買って、まずはカフェインを注入した。
 搭乗時間が来て、機上の人となる。朝の8:00台は発進ラッシュで、出発ラインに入るまで6機分くらい並ぶ楽しい光景も目に出来た。
 やがて離陸。この機は、離陸してすぐに180度ターンするので、羽田はもとより、多摩川沿いの風景を、上空からつぶさに観察できた。今日は晴れ渡っているので、かなり見通しがいい。遠くのアルプス群が白く冠雪しているのを眺めながら、VAIO Xでメモ書きしていた。
 長崎空港に着き、バスで長崎市内に向かう。長崎市街に近づくに連れ、山は海に迫り、急傾斜の斜面でつながる地形が増えてきた。長崎は坂ばかりの街だ。その点は我が故郷の呉よりも急峻だ。
 バスは今日の宿の近くに停留するので、降りてまずはホテルに荷物を預けた。一番かさばるヘルメットとシューズを預け、またメッセンジャーを担いでトコトコと歩きまわることにした。
 まず向かったのが中華街。HT-03AでGoogle Mapsを眺めると、ホテルの近くにあるのに気づいたので、ここで早めの昼食を取ることにした。長崎中華街は日本三大中華街の一つとか聞いたが、規模的には横浜中華街ほど巨大なものではなく、また中華密度もそこまで高くはない。中華っぽくない店が半分位を占めている印象だ。
 もちろんちゃんぽん麺か皿うどんを食べたかったので、端から端まで歩きまわったが、ピンと来る店がない。そこで目についたのがこの店だったので、とりあえず覗いてみた。すると店内には客が全くいない。正直ビビったが、レジの女性と目が合ってしまったので腰を落ち着ける事にした。少し経つと客がぞろぞろ入り始めたので、要するに昼時には早い時間に入ったせいらしい。
 ここでちゃんぽん麺を当然の義務として注文した。他の店だと\900~1200が相場のところ、この店は\750。ちょっと心配したが、出されたものはちゃんとンまい! どっちかというと甘めの、胃に優しい味付けで、すっかりおっさんの僕のお腹にはありがたかった。完食。
 次に向かったのが唐人屋敷。鎖国当時、ここに中国の商人たちが住んでいたという場所だ。かつては塀で囲まれていたそうだが、今はその面影はない。しかしかつての廟楼がそのまま残されている。その一つがこの土神堂。この辺の土着神を中国式に祀ったものらしい。少し坂を登ると福建会館という比較的新しいものもある。ここは原爆により会館本館は倒壊したが、航海の神、媽祖を祀る祭堂と門は残った。
 この唐人屋敷通りにはなんにもないのだが、土神堂から裏手に入るとちょっと良い通りがある。とはいえ店が全く開いてないので、良いのは雰囲気だけだが。ここで中華風の銭湯を発見。入ってみたいなあ。
 さらに坂を上り、きれいに整備された広場の近くが天后堂。ここも航海に関係あるようだ。
 最後に観音堂に向かうと、その前で寝転んでいる猫をゲット。まったく人に馴れきった猫で、人が来ようがバイクが来ようが、道の真ん中に居座って逃げようともしない。
 観音堂は中国で盛んだった観音信仰の祭堂だ。
 さて、次に向かったのがオランダ坂。いったん坂を下り、グラバー邸方面に向かうと、ほどなく雰囲気の良い坂に出た。なんてことのない坂で、日本三大がっかりの一つに挙げられることもあるようだが、僕はこの雰囲気を気に入った。また近くには東山手12番館という古い洋館があり、また良い雰囲気なのだ。
 ところで、オランダ坂を抜けて孔子廟に下る坂道の手前に、こんな看板があった。どうすりゃええねん。うっかり自転車で上ってきて、『あ、こっちじゃない』と戻ろうとしたら、今度は押して行かなきゃならないのだ。しかも下りだけ。だが、この傾斜を見て納得。その辺のお買い物自転車のブレーキではきつかろう。また下りきるといきなりT字路なので、事故も多かったのだろう。ってか、ママチャリで登れるのか?
 この坂道の途中にも異人館が散在している。
 下りきって海側に折れると、かなり広い孔子廟がもう目に入る。ここは博物館が併設されており、入場有料だ。入ると中国式庭園を挟んで廟門が見える。さらに門を潜ると廟楼が中国歴史上伝説上を問わず数多くの聖者に囲まれて建っている。周囲は論語がぐるりと囲んでいる。いいなあ、いいなあ。なんというか諸星大二郎の世界だ、孔子暗黒伝だ。解明獣も視肉も無かったのは残念だ。
 奥には博物館があり、中国清代の茶器を中心として陳列されている。中には日本なら国宝だろうというものもある。乾隆帝が実際に使ったという茶器なんかそうだし、日本では皇室か大大名しか持ってなさそうな大きな器もゴロゴロある。さすが中国というところ。
 孔子廟を後にし、次に大浦天主堂を目指した。高台にあり、直ぐに目に付く。キリスト教徒という連中は、なんだってこんなに高台が大好きなのだろう。城を作る心理に似ているのかもしれない。
 大浦天主堂は、大浦四番崩のきっかけを作った隠れキリシタン再発見の舞台となった地だ。200年も信仰を守ってゆく純粋さには打たれるものの、死んでも信仰を手放さない頑迷さにはゾッとするものも感じる。中東で自爆テロを巻き起こしている連中と同じ臭いを感じるのだ。
 グラバー園はこの隣だ。有料だが、古い洋館が集められており、回るだけで結構な時間を要する。
 一番高台にあるのが旧三菱第2ドックハウスで、中は典型的な洋館になっている。またこの洋館の2階からは眺望が拓けている
 旧ウォーカー邸はやや和風の色も帯びた建造物だが、中は居心地良さそうな洋風だ。
 園内になぜか残されている門柱には、謎のマークが刻まれている。これは実はフリーメースンの印なんだげな。つまり、明治初期にはユダヤの魔手が日本に刻まれていたんだよ。ナ ナンダッテー!! Ω ΩΩ
 旧オルト邸は美しい庭園を従えている。別に新オルト邸があるわけでもなさそうだが。
 それにしても花が美しい。特にツツジが咲き揃っている。
 本命のグラバー邸は、キリンビールのラベルにも登場している彫像なんぞもあって、やはり見所が多い。
 最後に土産物屋を兼ねた伝統芸能館という建物を通過させられるのだが、無駄にでかくて驚いた。
 最後にホテルの近くの出島跡を見てやろうと思い向かったら、なんだか有料になっている。外から眺めると、中にはミニチュアの出島があるだけみたいだ。じゃあいいや。
 ホテルにチェックインして、夕飯を食いに行こうと思っていたら爆睡して夜中に目を覚ます始末。坂また坂の長崎を歩きまわり、結構足に来たようだ。明日は大丈夫かなあ。

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