Strange Days

2001年05月13日(日曜日)

NHKスペシャル

23時50分 テレビ

 今夜のNHKスペシャルは「被爆治療83日間の記録」。
 一昨年の9/30、東海村で国内初の臨界事故が発生した。事件の経緯は述べないが、科学技術社会の真っ只中にあっても、命に関わるような知識の欠如はいくらでもあるということを再確認させる事故だった。
 このとき、作業者の一人、大内久さんは健常者の平均被爆量(自然界には微量の放射線が常在している)の2万倍という莫大な放射線を浴びている。純粋な被爆であり、核兵器による被爆の場合と異なって高温火傷などの障害は無かったため、即死は免れた。しかし、通常の2万倍だ。医療関係者は2週間以上の生存は難しいのでは......と考えていたらしい。
 東大付属病院の緊急医療チームに大内さんの命運が委ねられたのは、事故から三日後のことだった。世界最先端の医療技術を誇り、豊富な経験を持つこのチームにとっても、これほどの放射線被爆というのは経験が無い。
 被爆直後の大内さんは、見た目は健常者と変わりが無い。わずかに日焼けしたような軽度の放射線やけどを負っているだけだった。しかし彼の内部では、はるかに深刻な事態が起きていた。高速中性子を浴びたため、全身の細胞核にある遺伝子が破壊されていたのだ。細胞は増殖することも、正常な活動することもままならないことを意味する。
 最初に立ち現れた危機は、白血球の激減に伴う感染症の可能性だった。健常者なら多少の雑菌が身近にあっても問題は無い。体内に入り込んだ外部の雑菌は、白血球などの免疫機構が働いて除去してしまうからだ。ところが、大内さんは白血球を生み出す造血機能を損なわれ、日々消費されてゆく白血球を補うことが出来なくなったのだ。この問題に対し、医療チームは大内さんの妹さんの血中から造血細胞をろ過し、それを移植することで対処しようとした。
 次に皮膚の脆弱化、腸壁の損傷の拡大が発生した。皮膚も、腸壁も、日々その表面から剥がれ落ちている。しかしその分を新しい細胞で補っている。ところが大内さんは新しい細胞を作り出すことが出来なくなったので、それらの皮質によって保護されている筋肉が露出し、わずかな刺激で出血などを起こすようになったのだ。体表に関しては人工皮膚の移植で対処しようとしたが、定着することが無かった。そして腸壁の損傷は、毎日リットル単位での体内出血を引き起こすようになった。失われてゆく血液と体液を補うべく、小刻みに輸血、輸液が行われた。
 組織の脆弱化は肺機能にも及んだ。急激な肺機能の低下に対処するため、人工呼吸器の取り付けが行われた。これ以降、大内さんは自らの意思を表現することが困難になった。
 一度は心停止という危機を乗り切った大内さんだが、医療チームにも打つ手無しという思いから、無力感が広まっていた。家族も回復を祈りながら千羽鶴を折りつづけたが、大内さんの容態から一つの決断に達した。次に心停止があっても、もう回復させない、と。
 臨終前の夜、大内さんの妻子が最後の面会に訪れた。そして最後の心停止。大内さんと家族、医療チームの83日間の戦いは終わった。
 大内さんが運び込まれたとき、医師団の中には治療不可である事を見抜いている者もいた。が、それを口にすることは医療チームの士気に響く。それ以上に、快復を(いかに絶望的とはいえ)祈っている家族の気持ちを思えば、決して口に出来なかったのだろう。
 しかし、大内さんの壊れてゆく過程(これは"死に向かう"などという生易しい事態ではない)を目の当たりにしたある看護婦は、「これはなんなんだろう」という根源的な疑問をおぼえたという。そこには、既に死界へと赴いてしまったにも関わらず、最新の医療技術に支えられてなおも"延命"されている事への、根源的な疑問が込められていると思う。最後に「これ以上の延命はしない」と決断したのは、望んでいるかどうかも(あるいは既に望む能力すら失われているかもしれない)患者を、生存日数というスコアで図る現代医療の現実に対し、医師たちが良心を選択した結果なのだと信じたい。