Strange Days

世紀を超えて

2000年02月20日(日曜日) 20時53分 テレビ

 今夜のNHKスペシャルはシリーズ「世紀を超えて」。今夜は20世紀の医療に革命を起こした抗生物質とその耐性菌との戦いの話題。
 今世紀初頭にイギリスで発見された抗生物質は、今世紀中葉には実用段階に達し、急速に世界中に普及していった。抗生物質は医療の現場で猛威を揮っていた感染症の撲滅に大きな力を発揮し、'60年代にはアメリカ保険局によって勝利宣言が出されるほどになっていた。勝利は目前だと多くの人々が考えていた。ところがフレミングが早期に指摘していた通り、抗生物質の多用は耐性菌の顕在化を促す方向に働く。個々の細菌は突然変異によって様々な形質を獲得し、中には抗生物質を無効化出来るものも現れる。そうした特殊な種類の細菌は、抗生物質によって他の種類の細菌が根絶された環境では資源的に有利になり、むしろ増殖を促される事になるのだ。'70年代、'80年代と抗生物質の使用量は増大し、家畜にまで用いられるようになった。耐性菌が増殖する環境は、いたるところに整いつつあった。したがって「抗生物質の多用はやがて大きな失望をもたらすだろう」というフレミングの予言が、'80年代に入って現実のものとなる。
 強力な抗生物質の耐性菌の登場は、医療の現場に大きな課題を与えるものとなった。旧来の医療"習慣"では、医師は患者の病因が細菌によるものなのかを見極める前に、とりあえず万能薬として抗生物質を与えてしまう傾向が強かった。ところが抗生物質の濫用は耐性菌の増殖を促し、場合によっては病状をさらに悪化させるリスクが伴う。そのリスク評価を巡り、一般の医師と、感染症に詳しい医師たちとの間での意見の対立が日常化しているようなのだ。
 医学者たちも耐性菌に手を拱いているわけではなく、新型の抗生物質の開発に余念が無い。しかしこうした抗生物質にも、いつかは耐性菌が生まれてしまうだろう。この戦いに終わりはない。
 全く新しい試みもある。耐性菌の近似種を遺伝子操作し、毒性の無い細菌に変えて役立てようというものだ。この細菌は人体に有害な毒素を全く出さないので、組織が破壊される事はない。しかしこの細菌も増殖のためには資源を消費する。すると耐性菌が独占できるはずの資源が制限され、結果的に耐性菌の増殖が抑えられる事になる。細菌を根絶するのではなく、その増殖をコントロールしながら共生しようという狙いだ。
 その一方、抗生物質の使用もコントロールしようという動きが活発だ。まずは家畜に無制限に使用されていた抗生物質を規制し、さらに医療の現場で用いられる抗生物質も出来るだけ抑制しようという方向で調整が続いている。しかし安い畜肉は抗生物質の使用に支えられてきたもので、一朝一夕には使用を止める事が出来ない。しかしいずれ、リスクと効果を秤にかけながら、妥協点が見出されていくだろう。
 こうして番組を振り返ってみると、20世紀末に登場した新たなキーワードが注意を促しているように思える。共生と制御だ。自然界の事象を敵対的に評価し、根絶と抑圧という暴力的手段を取ってきたのが、産業革命以来の科学的自然観だと思う。しかし20世紀も末になり、そうした科学的自然観が先鋭的になるに連れ、次第に自然界からの反撃も激しいものとなってきた。あるいは反撃、という概念そのものが旧来の科学的自然観に毒されているのかもしれない。
 しかし人為的多様性など比較にならないほど多様な自然界に対し、これ以上征服的な事業を展開できる見込みは既に薄い。無限を相手に勝利できる人間はいないのだ。するとどうしても自然界と共生する事を、その苦い半面と共存していく道を取らざるを得ないのだ。その為には自然界(として科学が観測するものども)の仕組みを抹殺し、人為的な仕組みに作り替えるという旧来の手法を捨てる必要がある。むしろ自然界の仕組みを利用し、その矛先が人間に向くのを逸らすために制御するという道を選ばなければならないだろう。


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