Strange Days

遠野後ろ向きツアー(ではなかったのか?)3日目

2007年11月25日(日曜日) 23時55分 天気:好天

 この旅、本当はなにも無い野原でお茶なんぞ喫しつつ、ひたすらぼんやりするつもりだったんだが。


 おかしいな。もっと後ろ向きな旅にするつもりだったのだ。どこぞの名も無い野原でぼんやりして、鬱々と煮え切らない思考に浸り、早々と宿に戻っては今度は酒に浸る。そんな、どうしようもないわたしが歩いていそうな旅にしたかったのだ。だというのになんだ、この充実感は。
 思えば、初日は滅多に無い雪中行軍で観光コースを歩ききり、肉体的充足感を味わった。昨日は古都平泉に出掛け、2大古刹を堪能して精神的充足感を得た。そして、折に触れては往時を偲び、その場その場を過ぎていったものどもに思いを馳せたのだ。
 イカン。まことにイカン。そんなイイ旅にしてどうする。後ろ向きな旅にするという貴様の決意は偽者だったのか。断固として後ろ向きな旅にせねばならない。前に向かう眼差しも充実した開放感も、敢然と捨て去るのだ。断固貫徹の気迫をもって、後ろ向きな旅を遂行せねばならない。前向きに旅して、なにが後ろ向き道かっ!*1。裂帛の気合をもって後ろ向き道を往かねばならないのだ。
 そんな烈しい決意を裡に、朝は7:30にのんびりと起床した。ふぁぁ、もう少し寝たいダス。
 まずは宿に荷物の発送を依頼し、身軽になって宿を出た。便利な場所にある宿だった。
 昨日の午後に降った雨のおかげで、雪がかなり溶けている。日陰にはまだ溜まっているが、車道はほぼフリーだ。これなら問題なかろう。勇躍、Bromptonを北に走らせた。
 どこに行こうかと考えるに、遠野ふるさと村が良かろう。多少、登った場所にあるのだが、行って見て回った頃に、ちょうど昼時になりそうだ。
 途中までは、デンデラ野、水車小屋がある山口地区に向かう道筋だ。途中で直角に分岐する。その辺りに伝承園、カッパ淵がある。これも時間が許せば見に行こう。
 さて、ふるさと村への道は、それなりにアップダウンがあり、Bromptonでは不安に思っていたものだ。だが交通量は少なく、道は悪くなかったので、アップで多少しんどい思いはするけれど、なかなか快適に走って行けた。遠野に最適な自転車はBromptonであると決定して構うまい*2
 分岐地点からの中間地点にて、山上に五重塔を発見。『世界最大の一木彫り観音像』の文字に接した僕は、でかい駐車場に吸い込まれ、山門を潜った。
 福泉寺というこの寺、どうやらこの一山が境内らしい。恐ろしく広い寺域をヒイヒイ言いながら歩き続け、件の大観音像を目指した。現世利益追求丸出しの真言寺院ということで嫌な予感はあったが、拝観料は大観音像300円なりで済んだ。その割に見応えのある伽藍が立ち並んでいる。本尊の大観音像は、その丈17mという巨大な木像で、この寺の2代目住職の自作なのだそうだ! 日本最大のフィギュア? 本堂を含めて、全て戦後の建立という新しい寺なのだが*3五重塔も観音像も、嫌味な造型では無い。ただし、妙に中華風の山門や宝塔はどうしたものやら。ちなみに、完全にオフシーズンだったようで、他に見かけた拝観者は一人だけだった。
 さらに走り続けると、坂を上った辺りでふるさと村の看板を発見した。ふるさと村のビジターセンターを通過し、村内に立ち入った。ここは古い家屋を集め、染付け、ソバ打ち、大工仕事などのテーマにしたがって、それぞれ公開されているものだ。ちょうど『どべっこ祭』なる催しが開催されていた。どべっことは要するに濁酒。それが飲み放題になるからというのか、僕が入村した辺りから人が増え始めた。しかし自転車で来ている僕には切ない行事だ。
 ビジターセンターに戻り、適当な定食をいただく。1050円でご飯に野菜のてんぷら、汁ソバ、平たいうどんっぽい汁物がついてくる。充実している。
 山口方面に向かう。さっきの分岐地点までは、概ね下り優勢だったが、伝承園を過ぎてしばらくした辺りから、次第に傾斜が増していった。とはいえ、Bromptonでも十分に登りきれる程度だ。
 次第に細くなる道を進み、山口地区の奥へと入っていった。デンデラ野の看板を今はやり過ごし、水車小屋に到着。小屋のはす向かいには小奇麗なトイレと駐車スペースがあった。水車小屋は今でも稼動している。かつては脱穀に使われていたのだということだ。維持に手間が掛かりそうだが、それでも省力化できるのは大きかったのだろう。
 少し戻り、いよいよお待ちかねのデンデラ野に向かう。なんてことのない田んぼの中に、北西の山塊から延びる舌部が突き出している。デンデラ野とは、そうした舌状の台地を指す言葉らしい。
 未舗装の滑りやすそうな急傾斜の道を、Bromptonを押し上げた。そこには、なんてことのない原っぱと、ベンチ2基、説明書きのプレート1枚が、あっけらかんとあるだけだった。掛け値なしの全景
 事前、『原っぱに杭が1本立っているだけ』という情報に接し、どんな場所なんだろうとワクワクしたものだ。
 原っぱだな。うん。見事に原っぱだ。歩いても原っぱ、走っても立っても転んでも泣いても這っても原っぱだ。よもやここまで原っぱだとは、普段概ね原っぱでない僕には知る由もない*4
 杭一本よりはよほど立派な施設だが、本質においてなんら違いは無い。原っぱだ、うん、原っぱだ。
 これはまた、途方に暮れる観光スポットだ。この原っぱは南向きの見晴らしのいい場所なので、などと語ることは可能だ。だがそれは原っぱについてではなくて、風水やら環境学やらについて語ることにならないか。デンデラ野とはかつての姥捨て習俗の一種なり、などと語ることは、しかし民俗学について語ることに他ならない。拙者、原っぱそのものについて語る術を持たないと悟ったのである。語ろうとすれば語ることは可能だが、それはいつしか原っぱそのものから遠く離れてしまうことになろう。精緻に語ることが出来ないのならば、それは語りえぬものであるということだ。先人に倣い、拙者も沈黙を守らねばならない*5
 ベンチに腰掛けて、とりあえず途方に暮れてみた。やはりJETBOILを持ってくるべきだった。さぞかしお茶がうまいだろう。
 まあヴィトゲンシュタイン先生にはご退場願って、少し語ってみようか。デンデラ野に立ってみて、案外に雰囲気が明るいのに気づいた。なにせ、後背地には普通に畑があって、農家のおっさんがなにやら立ち仕事をしていたくらいだし、眼下には山口の家々も、田畑も良く見通せる。物見櫓でも築くに最適な地だったんじゃなかろうか。
 少なくとも、姥捨て山から連想される隔絶性はかけらも無い。ちょっと坂を下れば田畑があり、そこから少し登れば山口の村だ。むしろ、足腰の弱った年寄りたちへの配慮が窺えた。年寄りたちは、折々に里に下って*6は、家族の仕事を手伝い、いくばくかの糧を得てはこのデンデラ野の小屋に戻っていったのだろう。そして、この地で自然に果てるのを待ったのだ。姥捨て山の如き断絶性は窺えない。ここに打たれているのは、人生のdiminuendoだ。
 とはいえ、先のない年寄りを家計から切り離すということは、飢饉の時に真っ先にあの世に旅立ったのが、その切り離された年寄りたちだっただろうということを意味する。だから、これを一種のシルバー産業だなどとまで受け取る気にはなれない。やはりここは、姥捨て山の一種だったのだ。
 デンデラ野を後にし、伝承園まで戻った。ここから猿が石川さくらサイクリングロードという自転車道が、25kmほども延長している。ここを走って帰ろう。と、その前に、カッパ淵は見ておこう。
 サイクリングロード始点のはす向かいの道を走ると、カッパ淵がある常堅寺がある。その山門を潜り、本堂の脇に入ると橋が架かっている。その橋から、下流にある祠までの辺りがカッパ淵らしい。しかし、水底が完全に見えていて、とてもカッパが住まう余裕など無さそうだ。あるいは、かつては森も深く、違う雰囲気だったのかもしれない。
 サイクリングロード始点に戻り、花巻方面に走っていった。十分に広く、また良く整備されたサイクリングロードだ。途中で国道に合流して、その歩道を走ったりするのだが、概ね気持ちいい道だった。しかし風がなあ。非常に強い西風に向かって走る破目になった。この道、車止めはあるのだが、幅1.5mmほど置いた円柱2本の構成だったので、トライク以外なら問題無さそうだ。トライクも、その脇が概ね開いているので、回避することが出来そうだった。
 国道に出てからが切なかったが、鱒沢まで20kmほど走っただろう。この先、田瀬湖まで続いているのだが、今回はここまでにしておいてやろう。命冥加な奴めが*7
 ここで15:00過ぎの快速便を待ったのだが、これがまた満員状態だ。こんなに多いなんて。多人数のツーリング時には気をつけないと。
 新花巻に着いたのは16:00前。帰りの指定席は、なんと19:44だ。緑の窓口で聞いてみたが、18:44まで埋まっているという。時間を潰そう。
 少し南下すると、花巻市博物館と宮沢賢治記念館がある。Bromptonを展開して、既に薄暗い坂道を登って行った。
 博物館の受付に行くと、『閉館は16:30です』と言われた。20分しかない。少し駆け足で見て回った。もっとじっくり見たかったな。
 16:30に出て、さてどうしようかと途方に暮れた。3時間もあるよ。でも真っ暗だよ。駅に戻り、待合室で陰々滅々した時間を過ごした。後で思うに、バスで花巻温泉に出たほうが良かったか。ともあれ、ここでこの旅で一番後ろ向きな時間を過ごしたのであった。日記がやたら詳細なのは、この時のメモ書きのおかげだ。
 東京に23:00に着き、自宅着は日付が変わった頃だった。月曜日休みにしておいてよかった。

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