Strange Days

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2000年5月04日(木曜日)

久しぶりに快晴の夜空

星見 23:55:00
 帰宅したのは21:00前。全身に眠気が漲っていたが、あえて無視してベランダに出た。思ったとおり、春先には珍しい澄み切った夜空が広がっていた。ワイドビノでざっと掃天してみた。そろそろおとめ座が上ってくる時刻だ。おとめ座、からす座近辺の小さな星々も良く見える。
 そこで眠気がピークに達したので、ちょっと布団にもぐりこんだ。
 夜半に起き出し、既に南中しつつあるさそり座にMIZAR20*80を向けた。M4はやっぱり見えないか。でもなんとなく暗い星がぽつぽつと見えるような気がする。あまりに見たいと思っていると、そのうちに幻覚を見てしまうのかもしれない。
 M6、M7の眺めは今夜も最高だった。M7はその大きさから双眼鏡で見るのが一番ではないだろうか。夏至の頃にどんな眺めになるか楽しみだ。
 M8もかすかな光を感じ取れるくらいに明るく映えた。いや、M8の圧巻は、やはり渦巻くように見える微光星たちだろう。これを空が暗い山上の盆地で眺めてみたいものだ。
 いて座のM22も相変わらず朧な星雲に見えた。これを分離するにはやはり8インチ級の鏡筒が必要になるのだろう。
 M24を探してみた。M24はメシエ天体として登録されて入るが、実体は銀河系のもっとも濃く濃密に見える部分に過ぎない。いや、メシエ天体の当初の目的としてはこれでふさわしいのだが。メシエ天体は、もともとメシエが彗星探査にあたって紛らわしい「彗星状」の天体を集めることから始まったのだから。
 この近辺にはメシエ天体が密集している。視界中にいくつも散開星団らしきものが浮かび上がる。横浜の空は恐らく世界で一番明るい空なのだろうが、それでもこれだけ楽しむことも出来るのだ。
 闇に慣れた目には夜明けは敏感にわかる。4時過ぎにはもう空が青くなってくる。そして星たちも一夜の夢のように消えていく。それを見届けて、ついに就眠した。
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2000年5月04日(木曜日)

連日のオフ

暮らし 20:41:00 天気:晴れだかくもりだか
 前日の高揚感がいまいち冷めないまま、今日は今日であざみ野のオフに出かける(暗黒系)。
 あざみ野までは地下鉄一本だが、我が立場とは逆方向の終端側なので、ざっと一時間ほどかかる。
 あざみ野到着は12:50くらい。集合時間は13:00となっていたが、どうせ時間どおりには来ないだろうと高を括り、ゆっくり集合場所に向かった。集合場所の東急改札口に立ち、13:00になる頃にも誰一人来ない。5分経ったら速攻で帰ろうと思っていたら、我がPHSが振動した。取ると、笑夢君だった。実はちょっと前に掛けてみたのだが、ぜんぜん取られなかったのでどうしたものだろうと思っていたのだ。笑夢君によればこっちに向かっているという。30秒もしないうちに久遠さん、笑夢君、KAZUKAさん、瓜生さんが現れた。どこに出かけるというわけでもなくひたすらゴロゴロするために上京したという、なんとも謎めいた一団だ。
 このむさいともなんとも言い難い一団は、その足でパーミヤンに入り、適当な昼食を摂った。ここで思い出したのは、僕が今朝出がけにラーメンを食ってきたという事実だった。中華連発。しかも昨日も思い起こせば出掛けにスパゲティを喰らい、昼にもスパゲティを喰らったという。イタリアンも連発。さっき食ったものも忘れる若年性アルツハイマーなのだろうか。
 ここではソフトドリンク飲み放題なのをいいことに、実に2時間も粘る。それでいて料金は一人1000円少々だった。いつもながら、実に安上がりなオフだ。
 それからまあどうしようかねえ、などと無目的にあざみ野周辺をうろつき、この近辺にたくさんあるDAIOなるディスカウントストアに入ってちょっと買い物&物色。このDAIO、ロゴからしてLaOXにクリソツで、しかもLaOX専用商品なる扱いの品まで置いてある。資本関係にあるのだろうか。
 ここでへたりかけてるMP-MANのガム電池を買い替え、PC関係やオーディオ関係の売り場を放浪する。最近のオーディオの安さには驚く。いや、ハイエンドは以前と変わらず高価なのだろうが、5万円程度でCD&MDのミニコンポが手に入るのだ。この値段なら一台くらいあってもいいかなと思う。
 この店内にあるコーヒーショップで一休みして、今度は本日のメインイヴェントである焼肉食い放題に突入した。店はあざみ野から二駅のセンター北にある。このセンター北駅、実に堂々たるショッピングモールを抱えていて、いかにもこれから拓け行くという気にさせてくれる。場末の侘しさを漂わせた立場駅周辺とはえらい違いだ。
 この食い放題系焼肉屋は基本的にセルフサービスで、勝手に肉やらなにやらを取ってきて喰らうというスタイルだ。最近、部屋にこもりきりでカロリー消費が少なかった僕の食い気はほぼゼロゼロで、関西組や笑夢君の旺盛なる食欲を眺めているしかなかった。この店は「食う」と決めて入るに限るだろう。何の気なしに入って雑談に耽るような店ではない。事実、ここではほとんどなにも話さなかったと思う。
 タイムリミットが来て、一人3000円なりを払って店を出た。僕はなんとなく気分が乗らず、また今夜は星空が呼んでいるような予感がしたので、ここで一行と別れた。
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2000年5月03日(水曜日)

SFセミナー

SF 21:30:00 天気:くもり時々雨
 前日あまり眠れなかったが、9:30には家を出た。今日は御茶ノ水でSFセミナーがある。それに参加しようということになっていた。
 出掛けにふとPHSを見ると、参加者の一人、みつまめ嬢から掛けてきた痕跡があった。掛け直すが、この時は通じない。JR戸塚駅で待っているときにようやく捕まった。なんでも、飼っているウサギが病気で集合時間に間に合わないとか。焦っていた(なにせ電車が進入中)ので、了解とのみ返答し、電車で御茶ノ水に向かった。
 御茶ノ水駅前の丸善近辺で、他の参加者と落ち合った。一人はわざわざ北海道からやってきた(SFセミナーが目的というわけではないだろうが)笑夢君、もう一人はいつでもいつもやってくるミツルんだ。三人揃ったところで適当に飯を食いに店を探し始めた。
 入ったのはパスタ屋。ここで適当なパスタを頼んだところで、ある重大な事実を思い出した。今朝、出掛けにパスタを食ってきたんだ。飽き飽きしながらも全部平らげる(笑)。
 12:00になったので受付が始まっているはずだ。セミナー会場に向かった。セミナー会場にはまだ人影まばらで、受付が始まったばかりという感じだった。ここでみつまめ嬢から再びTEL。セミナー開始時間(13:00)までに間に合いそうにないので、行けたら行くけど途中入場するので先にどうぞとのこと。ウサギ君、お大事に。
 会場は500席くらいのホールで、上の方に席を確保して即売会場の方を回った。古書としてサンリオ文庫を久しぶりに見かけた。ステンレス・スチール・ラットは全部揃っていた。ふと横を見ると、白髪頭の丸っこい爺さんが......ああ、野田大元帥閣下だ。なんとも人なつっこい感じの人だ。その場でサイン本が売り出されるが、大元帥の本は既に持っていたのでその場を辞す。
 13:00になって、ついにセミナーの始まりだ。女性二人組の進行で開始が宣言され、まずは角川春樹 v.s. 大森望のデスマッチだ(違う)。
 角川春樹氏は全身から幻魔的オーラを発しつつ、SFの時代の再来を宣言していた。対する大森望氏は過去の角川商売への批判を滲ませつつ応酬する。なかなか見ごたえのある一戦だった(プロレスじゃない)。
 角川氏いわく、「小松左京賞は俺が無理やり認めさせた」とか。小松左京もやはり生きているうちに自分の名前を架した賞など作りたくは無かったのだろう。
 10分の休憩のうちにトイレと飲み物をどうにかして、次は「ブックハンターの冒険」と題して牧眞司がSF古書を巡る冒険を語る語る。古書狙いの人々にはたまらない話題だったろう。
 続いては本日もっとも楽しみにしていた巽孝之/牧眞司の「日本SF論争史」。名前しか知らない「山野/荒巻/柴野論争」、「ニューウェーブ論争」、そして「SFクズ論争」を視界に収め、それらの主要なテキストをまとめた巽&牧の同名本を題材に、日本SF界の暗黒面(笑)を語った1時間だった。聞き手の森太郎氏のボソッという突っ込みが良かった。「論争は所詮数種類のパターンしかない」という指摘は、概ね多くの人の意識にあっただろうが、非常に胸に落ちるものがある。
 ここで30分の休憩を挟み、次は新人作家3人(藤崎真吾/三雲岳斗/森青花)による「新世紀のSFに向けて」。実は誰も意識的にSFを書いているわけではなく、結果的にそうなってしまっただけというのが実に興味深い。
 最後はあんまり期待してなかった「妖しのセンス・オブ・ワンダーへようこそ」。アニメ監督の井上博明氏が同じくアニメや特撮作品の脚本を手がけている小中千昭氏に聞くという形で進行していった。
 実はこのセッションが一番面白かった。小中氏はコアなSFへの興味より、演出家として視聴者に何を伝えるかを重視している人だ。SFという手段も恐怖やセンス・オブ・ワンダーというモノを効率的に伝えるための道具に過ぎないと考えているようだ。彼はそのためにはSF的な約束事(概ね科学知識に等しい)をもあえて無視するという。演出を手がけた作品のSF考証が足りないと非難されたこともある。小中氏はその事に触れて「なんらかの理屈をつけなければならなかった」という反省の弁を述べてはいる。しかしそれはSF的な約束事を守れなかったためではなく、理屈がつかないという状況を嫌う一部の視聴者が入り込めなかったかもしれないという点に立脚しての反省だと受け取った。本来、物語というモノはそうあるべきではないだろうか。つまり伝えるべきモノがあって、それに見合った手段が選択されるべきなのだ。その意味では市場に氾濫する"SF"とは手段に過ぎず、目的として選び取られた"SF"がどれくらい存在するのだろうか。いささか心もとない限りではある。
 この後、久遠さん周辺の人々が渋谷で集合するということになっていたのだが、あまりに精神的疲労が濃かったのでまっすぐ帰宅した。角川春樹氏の毒電波に当てられたらしい。
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2000年5月02日(火曜日)

今夜の観望もダメじゃん

星見 23:29:00
 昼は空が晴れていたのだが、夜になると雲が出てくる。今夜も星が見えない。
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湘南台に

暮らし 18:28:00 天気:晴れ
 体が腐りそうだったので、午後に湘南台へ出た。
 天気が良いせいか、湘南台公園には多くの家族連れが遊んでいた。公園は緑が萌えさつきが花開いて美しい。時間をかけて図書館の方に歩いた。
 図書館は休みだった。ありゃ、そうか。仕方ないので本屋に寄り、ケンタで鶏を喰らって帰宅した。
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2000年5月01日(月曜日)

今夜ははっきりしない空だ

星見 23:25:00 天気:晴れ
 一日中ゴロゴロしていた。夕方にはさすがに買い物に出かけたが、それ以外の時間はひたすら本を読む。
 夜、ベランダに出た。空はかなり雲があって、いまいち冴えない。MIZAR20*80でさそり座を見ても、薄雲がかかっていてどうもよろしくない。
 諦めて今夜は寝た。
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2000年4月30日(日曜日)

今夜の観望はなし

星見 23:22:00
 夜、ベランダに出ると雲が空を覆っている。今夜の観望は無理。
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世紀を越えて

テレビ 22:20:00 天気:くもり
 連休も三日目ともなると倦怠感がみなぎってくる。水曜日までは大きなイベントがない。必然的に寝るか読むかの実にぐーたらな生活を送ることになるのだ。
 今夜は見たいテレビがあった。NHKスペシャル「世紀を越えて」。今夜は次第に恒常化しつつある生命操作の実態を追う。
 人の遺伝子を解読しようというヒトゲノム計画は、すでに80%まで進捗している。実を言えばアメリカの企業がすべて解読したと発表してはいるのだが、この発表には多くの専門家が疑義をあらわしている。しかし間もなくヒトゲノム解読が完了するであろうことは疑うべくもない(個人の個性という部分では恐らく依然として未知の部分が残るだろう)。
 その副成果(いや目的かもしれない)として人の病気のうち、遺伝子に要因を求めうるものの遺伝情報も明らかにされつつある。アメリカではそうした遺伝病の要因因子を持っているかどうかという遺伝子診断が普及しつつある。そのなかにはきわめてショッキングなものもある。ある男性は、自分もそうした遺伝病の一つの因子を持っているのではないかと疑い、遺伝子診断を受診した。彼の家族の何人もが、若年性アルツハイマー症に犯されているのだ。これは遺伝病だった。従って自分もその遺伝要素を受け継いでいるかもしれないと疑うのは当然のことだった。
 診断の結果は医師によって直接ではなく、カウンセラーを介して伝えられる。カウンセラーが伝えた結果はショッキングなものだった。彼も遺伝要素を受け継いでおり、発病する可能性が高いというものだった。これがどれほど衝撃的か理解できる気がする。これほど重い十字架を背負ってしまった人はそう多くはないだろう。
 彼は生きる気力を失ってしまう。その彼を支えたのは、そんな彼の人生を肯定してくれたある女性の存在だった。その女性が彼とともに病気と戦うことを誓ってくれたから、彼もまた死病の恐怖と戦う力を持てるようになったのだという。このような局面でカウンセラーの存在は大きい。彼は病気ではない。だがすでに死んだも同然だと自分をみなしてしまう。そうした心の葛藤に力を貸すのがカウンセラーであり、彼の生を肯定してくれる人々の存在なのだろう。
 別のある女性は、やはり家族に多かった乳がんと卵巣ガンの遺伝因子を持ち、発病する可能性が高いことを知った。その恐怖に直面した挙句、彼女はまだ健康であるにもかかわらず乳房と卵巣の切除手術を受けることにしたのだ。発病の恐怖から逃れるにはこれしかなかったという。
 遺伝子診断は生命の初期段階、受精卵の段階ですら実施可能だ。そのことによって、遺伝病の恐怖から子供を持つに持てなかった夫婦が、遺伝要素を受け継いでない健康な子供を得ることもできるようになった。体外受精で受精卵を複数つくり、それらの遺伝子解析から病気の遺伝要素を受け継いでいない受精卵のみを選別することができるようになったのだ。
 この受精卵に対する選別は、命の選別ではないか、すなわち受精卵の段階とはいえ人間の最初期段階でもあるのだから、他の受精卵たちの生まれてくる権利を阻害しているのではないかという指摘がある。
 この事に関していえば、それはダーウィニズムでいう適者生存というイデオロギーを、可能な限り隠蔽してしまおうという活動の一つだと見ていいのではないだろうか。近代に入って人間は社会ダーウィニズムを骨子とする資本主義社会を発展させてきた。人間の欲望をまあ概ね無制限に認める市場経済社会を駆動してきた社会ダーウィニズムの威力は絶大だった。しかし同時に優生学のような怪物を生み出しかねない危険をも孕んでいることをも、現代に生きる僕たちは知っている。後ろめたいのだ、適者生存なんて考えは。なんのためらいもなく社会そのものに適用できると考える人はよほどの少数者だろう。
 そこで胎児の選別が登場するわけだ。今意思的に行動している人に対して適者生存を適用するのにためらいがあるとしても、生まれる前の受精卵ならば後ろめたさは少ない。始末するにしてもわずかな量のたんぱく質が無駄になるだけだ(受精卵に魂が宿ると信じているのでなければ)。
 このように生命発生の早い段階で操作を加えようという考えは、旧来の価値観との衝突もそれほど大きくないだろう(なにせそのような段階があるという考えすらなかったのだから)。医療側から見ても都合のよい技術になりそうだ。だがこうした技術は生殖と出産という自然界で長い間に検証されてきた手法と違い、様々な検証がなされていない。いまや生物学的にも未知の領域に深入りしつつある現状で、いまさら検証もなにもないのかもしれないが。
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2000年4月29日(土曜日)

今夜の観望はサイコー

星見 23:59:00
 食事と風呂を挟んで2時過ぎ、再びベランダに出た。空はくもりが少なく、風も弱い。シンチレーションも悪くない。この時刻には既にさそり座が南中している。早速M4に挑んだが、このMIZAR20*80でもまだ見えない。M4との戦いは、いずれ8インチ級シュミカセ購入の時まで待たざるを得ないだろう。
 視線をサソリのしっぽの方に向け、M7をなんの気なしに視界に入れた。これは......今まで見たこともないくらい明瞭に、細かい微光星に取り囲まれた星々の集団が飛び込んできた。思わず、うぉ、すげー、とかなんとか、近所迷惑にならないくらいの声をあげていた。それくらいその光景は美しく、2度と忘れられないだろうと思えた。昨夜100EDで見たときより、さらに暗い星まで見えていた。これでプレヤデス星団なんか見てたら死んでたね。
 比較のために後で100EDも出してみたが、こちらでも同じくらいよく見えた。シーイングが昨夜よりいいようだ。さらにM7も難なく発見する。M22もちゃんと識別できた(相変わらず淡い"星雲"にしか見えなかったが)。M8も淡い明かりを感じとれた。いて座のもっとも豊穣な方向、銀河系断面(つまり天の川)方面を散歩してみた。細かい星々と、それを取り囲むようにして雲のようにぶちまけられた微光星が、視界一杯にひろがっている。恐らく、いくつかはM天体も目にしているに違いない。シーイングのいい田舎で見てみたいものだ。
 MIZAR20*80+カメラ三脚の組み合わせは、どう考えても100EDより軽量だ。そこで肩に担いで近所の観測ポイントを探してみた。街灯が多くて閉口したが、一軒の家の前の空き地でちょうど明かりが途切れ、数少ない適地に思えた。早速三脚を展開し、いて座方面に向けてみた。うん、良く見える。さらに天頂付近にも向けてみたが、このカメラ三脚ではちとつらすぎる。80°が限界だろう。さらに部屋の前で北天にも向けてみた。こちらもまことに美しいものだ。
 やがて夜が明けてきたので、ようやく今夜の観望も終了した。

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MIZAR80mm双眼鏡のインプレッション

星見 22:17:00
 帰宅して、早速組み立ててみる。むう、三脚への取り付け金具をどう付けるのかがわからない。蝶つがい部の前面に着けるのだとスターベースの人は言っていたのだが、それらしい穴が見つからない。前面にあるいかにも取ってくださいといわんばかりのプラスチック製の部品を無理に引きはがしたが、穴は見つからない。これはいったい、どうしたことなのじゃ!(常田富士夫風に読め)。
 考えあぐねたので三脚の方を引っ張り出し、そこに取り付け金具がどう着くかを検討してみた。これはあっさりわかった。雲台の留め具にぴったりの穴が開けられていたからだ。そこから考えると、やはり金具のスクリュー部を双眼鏡の蝶つがい前面にねじ込むとしか考えられない。
 再び蝶つがい前面を検分した。良く見るとさっき無理やり取ったプラスチック部品の一部が残って、穴らしきものを埋めている。ここだ、ここに間違いないんだ! ファシスト退治のためにそれ以上の自国民を殺戮し尽くしたスターリンのように、鉄の意思を持ってその穴をほじくりはじめた。5分後、プラスチックは全て取れ、やはりねじ穴が切ってあったことが判明した。意思の勝利なり。ん、待てよ。ということは単にプラスチック部品がねじ穴に沿ってねじ込まれていただけか。回し抜けばよかったんじゃのお(核滅)。
 まあ結果オーライということで、とにかく金具を着けてみた。当たり前だがぴったりとはまった。そこで三脚に着けると、をを、なんとも操作性よさそうって感じぃ。
 早速ベランダに持ち出す。この時刻は南天にはろくな星座がないのだが(うみへび座よ、すまん)、それでも星が非常に明るく見えてくるのが感じられた。ワイドビノ、10*42はもちろん、100EDよりもなんとなく明るい感じだ。80mm双眼鏡の開口面積は、100EDとの比でいえば0.8の自乗の2倍、ざっと1.28倍ということになる(あってるんだろうな)。確かに明るそうな数値にはなった。
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秋葉の裏へ

暮らし 20:16:00 天気:快晴
 今朝方早くまで観望していたわりには快適な目覚めだ。もっとも、昼は過ぎていたけれど。今日は秋葉になんとなく行きたくなったので、14:30頃には部屋を出た。~
 秋葉に着いたのは16:00前。そのまままずはスターベース方面に向かった。途中のカメラ屋でなんとなく三脚を見ておいたのがポイントだった(なんのだ)。~
 スターベースでは漠然と「でかい双眼鏡が欲しい」などと思いつつ、展示してある品を眺めたり持ち上げたりしていた。店の前に高橋製作所謹製の60mm双眼鏡が展示してあった。蛍石を使ったアポクロマートというフローライト原理主義者が泣いて喜びそうな代物だ。確かにそそられる。しかし店内にはもっとたくさんの双眼鏡が展示してあった。宮内の60mm対空双眼鏡もある。だが一番気に入ったのはMIZAR(またかよ)の80mm双眼鏡だった。かなりの重さだが、操作感は意外に悪くない。なんといっても3万弱という価格が気に入った。少し考えて、とうとうコイツに決める。さらに帰り道のカメラ屋で適当なカメラ三脚を買い、その足で帰宅した。なんと今日は電気街方面に向かいもしなかった。大きな荷物があったからね。~
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2000年4月28日(金曜日)

今夜の観望は大漁

星見 23:15:00
 帰って、望遠鏡で夜空を眺めた。昨夜に続いてオリオン座は冴えない。薄雲が出ているせいもある。さらに戸外に出て、2丁双眼鏡でかに座方面を眺めた。高度が高いが、ちょうどアパートの前の歩道に望遠鏡を出すといい眺めになりそうだ。
 丑三つ時になって、再び望遠鏡を出した。既にさそり座が西に傾きつつあり、いて座が南中している。さそり座のM4は相変わらず見えない。昨夜よりは夜空の透明度は高そうだが、それでも見えないものは見えない。夏至の頃の高度が高い頃じゃないと無理かもしれない。その替わりに昨夜楽しんだM8をしばし眺めた。
 ワイドビノとMIZAR10*42でさそり座の尾っぽを眺めているとき、細かい星が密集しているのに気づいた。そこに望遠鏡を向けた。SWK22で30倍弱で眺めると、視界一杯に密集した散開星団が飛び込んできた。位置的にM7だろう。M42と較べて明るい星が多く、とても美しい光景だ。写真に収めればさぞかしいい眺めだろう。
 その北西方向にある小さな集団にも気づいた。こちらはM6だ。双眼鏡でも容易に探し出せる。双眼鏡でも、望遠鏡でも楽しめる星団だ。
 さらにMIZARで南斗六星の北を眺めているとき、ようやく見分けがつくようなうっすらとした光の滲みを見つけた。これは位置的にM22だろう。しかしいくら高倍率にしても星に分解できず、まさに星雲状態だった。
 こうして一日にM天体を三つも見つけた希有な日になった。ますます天体観望が面白くなってきた。これも生きる意味だ!
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ぐうたらな一日

暮らし 17:14:00 天気:晴れ
 明け方まで観望していたので、目覚めたのは昼過ぎだった。少し起き出して昼食を摂った後、再び午睡を楽しんだ。今日はどこにも行かなくても、なにもしなくてもいい。とは思ったものの、各種料金と夕食の調達のために夕方に起き出し、出かけた。
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2000年4月27日(木曜日)

今夜の観望

星見 23:12:00
 帰宅する頃には春特有の薄雲のかかった夜空が広がっていた。望遠鏡を出してまだ西空にあったオリオン座に向けたが、薄雲と低高度のダブルパンチで冬の神々しいまでの美しさは既にない。
 深夜、ネットーサーフィンでいいページを発見した。アストロアーツのWebページにメシア天体の一覧があった。捜し方や簡単な概要などがあって、非常にためになるページだ。これによると何度挑戦しても敗れ去ってきたM4は6.4等相当。高度にもよるが、横浜の空は6等星までしか見えないのかもしれない。
 このページによると、そのさそり座の東に位置するいて座はM天体の宝庫、しかも見え難い系外星雲ではなく散光星雲、散開星団の密集地帯なのだそうだ。中でも干潟星雲ことM8は大変美しいとか。M4が相変わらず見えないことを確認して、ワイドビノとMIZAR10*42でいて座方面を眺めた。いて座は南斗六星の別名で有名な特徴的な星座なので、あっと言う間に見つかる。そして解説にあるまさにその位置に小さな星々と淡い光の滲みを発見した。
 100EDで眺めてみた。それは確かに散光星雲だった。光はオリオン大星雲よりも淡かったが、確かに美しい光を見た。
 久しぶりに感動した。ビクトル・エミール・フランクルというユダヤ人が、悪名高いドイツのユダヤ人強制収容所での体験から、生きる意味についていくらかの著書を著している。彼は毎日のように同胞が死んでいくのを目の当たりにした経験から、人が生きる意味についてこう書いている。「......あなたが愛して止まない音楽を聴いている瞬間に、生きる意味を考えてみるがいい。その瞬間、あなたは迷うことなく生きることを肯定できるはずだ」 言い換えれば、フランクルは生きる意味というものは通常は考えるなといっているのだ。そしてこの瞬間、僕は確かに人生を肯定するに足るだけのものを見ていた。
 M8を眺めている間に、あっと言う間に夜が明けてしまった。もう4時を過ぎると朝が来る。
 いて座周辺には美しい散開星団がいくつも存在しているという。それをじっくり眺めることが出来る夏が来るのが楽しみだ。
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早出

暮らし 20:11:00 天気:晴れ
 GW直前の慌ただしい一日だった。今日中にどうしても上げなければならない仕事があり、その関係で1時間ほど早出する羽目にさえなった。午前中に片がついたので早く帰宅しようと思ったのだが、作った書類の不備で差し戻しされるかもしれないなあなどと考えていたら定時になってしまった。ぐはぁ(吐血)。
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