Strange Days

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2015年12月16日(水曜日)

夫婦別姓

思考 22:01:00 天気:くもり
 うーん。良いんじゃないかな、別姓でも。
 別姓にすることで、当人たちの尊厳が守られるというのなら、それで良いのではないかという、単純な理由だ。
 同姓を強制することで、その人達のどんな社会的利益が守られるのか、分からない。
 同姓でなければ、何が損なわれるのか分からない。
 別姓で通す国がお隣にあって、それで社会が混乱しているわけではないのは、一目瞭然なのだし。
 ならば、当人たちが別姓にしたいから、で十分な理由になるのでは?
 この辺、戸籍制度に固執する理由というのに似ている。家系を辿るのに苦労するようになるかもしれないが、それがそれほどに重要とは思えない。そんなことを気にする人は、明らかに少ないだろう。そのために、多大な努力を傾けて戸籍制度を維持する意味があるとも思えない。
 要するに、”家”というものを気にかけることに、いまさら意味があると思えないのだ。これほど単身者が増えてしまった現在、盲腸のような戸籍制度は、もっと現代的な形に見直す、あるいは撤廃すべきではなかろうか。
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2015年10月28日(水曜日)

嗚呼、青春の訃報に接し、藤沢周りで帰宅する牛すき鍋ナイト

SF , 思考 , 自転車 22:10:00 天気:晴れ
 昨日は、簡潔な飲み会。なので、自転車は置いて帰った。紹興酒をしこたま*1飲んだので、帰宅するなり沈没していた。
 なので、生頼範義画伯の訃報には、翌朝の今日になって接す。
 喪失感。自分でもびっくりするような喪失感。小松左京が物故した時に並ぶくらいだ。
 僕がSFに接し始めたのは、70年台も後半、日本ではSFが一度『死んだ』などと言われ始めた時代だ。それは、福島正実が牽引した日本SF第一世代に続く世代が立ち現われ、実際には黄金期を迎えつつあった時代だった。だが、その変質に耐えられない古手のSFファンたちが反射的に口にしたのが、過去への郷愁とセットのこれだったのだと思う。SFの洗礼を受けつつあった僕にはまるで関係ないことで、まさにその時代の、まさに黄金期を迎えた日本SFのエッセンスを濃厚に満たす、早川角川徳間創元といったSFシリーズが棚を埋めていた当時の本屋に通い、手に取っては乏しい小遣いで買うべき魅力を感じた本を買って帰り、本当に貪り読んだものだ。
 その中でも、事情があって角川へと版元が変わっていた小松の、未だに仰ぎ見るばかりの傑作長編群、そのビジュアルを担当したのが、生頼画伯だったのだ。一目でわかる宇宙の”色”。緑色に明るい宇宙は、天文写真とは全く違うものだった。その色こそが、僕にとってはSFのシンボルカラーになった。SFと言われて思い出すのは、あの生頼画伯の描き出した『緑の宇宙』だった。
 生頼画伯の訃報に接し、『あの色』をまた思い出し、その生みの親がこの世を去ったことの喪失感に直面したのだ。あの色が失われた、わけではないが、あの色の使い手がいなくなったことは事実だ。
 さて、別に悲しいからという理由ではなく、淡々と藤沢周りで帰宅。涼しくなってきて、だが暗いので、ちょっと心細い家路だ。
 夕餉は、悲しかったので吉野家で牛すき鍋膳(なんでや)。
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2015年6月16日(火曜日)

Wifiルータ不調と何気ない新知識

暮らし , インターネット , 思考 22:39:00 天気:くもり
 昨日辺りから、お家のWifi通信状態が、どうにも安定しない。いい加減、Wifiだの独自規格の近距離通信だのを使う機器が多いところ、ICSもWifiを使うため、その関係でとうとう帯域を使い尽くしたのかと思った。そこで、帯域をある程度固定したり、Wifi使用機器を1台ずつ止めては再接続して様子を見たりしていた。だが、これ、1台でも起きてるなあ。ルータはポケットサイズの小さいものなので、夏場の酷暑に耐えられず、偶然故障したと判断した。いやこれ、よくある事態。過負荷気味なところ、さらに機器追加でとどめを刺した、ってところだろう。もっと大型で熱処理のしっかりした機器が欲しい。
 旅行時に使うマッチ箱サイズのWifiルータで、しばらく代用する。これこそ熱に弱そうだが、数日保ってくれ。
 全く無関係な話だが、漠然と『地球の核がアチチなのは、放射性元素の崩壊熱なんだよなあ』と調べ始めたところ、意外にも内外核ともにウランもトリウムもほぼ含まれてないと判明。この2種の崩壊熱が、地球内部がアチチな原因なはず。しかし、UもThも、実は地球内部の組成と折り合いが悪く、遊離しては地表へと浮き上がってくるらしい。結果、これらの豊富に存在する部位は、地殻という結果になったということだ。そうなると、崩壊熱の大半は地球外へと逃れてゆくのではなかろうか。しかし、それでも十分な量の熱が、逃げ場のない地球内部へと向かうならば、充分に高熱になるということなんだろう。
 地球内部が高熱なのは、放射性元素の崩壊熱という知識は広く共有されていると思うが、それが内部の核やマントルで起きているわけでは無さそうだというのは、意外な発見だった。
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2015年2月16日(月曜日)

今日も只見で雪遊び

, 思考 , デジタルカメラ 23:20:00 天気:快晴時々粉雪
 今日も只見で雪遊びする予定だ。まずは朝食
 バスに乗り、まず向かったのは、宿にほど近い場所にある古民家。バスを止め、古民家に入るまでの道を、高さ4~5mの雪が壁のように取り囲んでいる。そこの上から顔を出した、黒柴。かわええのお。しかし、この柴が居る場所は、常ならば地上の5m上だ。
 古民家は、構造的には東北に多く見られる曲がり屋だった。比較的最近まで現用され、今はゲストハウスになっているようだ。3階建てで、あちこちに中2階や屋根裏部屋がある、複雑な構造だ。
 今日のメインイベントは、只見スキー場での雪遊び。1本めはスノーモービルの体験乗車。ライダーのおっちゃんの後ろにしがみついて、1周500mくらいのコースを回ってくる。乗っていると結構な速度に感じられるのだが、車両の方はレース用にチューンナップしてあるので、低速過ぎて次々とオーバーヒートに陥っていったのが面白かった。
 次は、かんじきを履いての、雪中行動。かんじきはあんな細い骨組みなので、そんな効果あるのかと疑っていたのだが、履くと足の沈み方がぜんぜん違うと分かった。ここ数日で降った新雪なので、まとわりつかず、きれいな雪だ。雪の感触を楽しみつつ、ガイドについて斜面を登っていった。
 ずんずん登ってゆくと、大きな岩がそびえ立ち、その足元の雪を掘り抜いている場所に到達。ここは、なんと三石神社の御神体だった。雪のない時期にはこんな状況だったのだが。以前来た時には、なぜか祠の頭上まで糸結びがあり、どうやってあそこで結んだんだろうと不思議に思ったものだった。しかし、冬に来れば上の方に手が届くと判明した。
 三石神社からの戻り道は、行きと変えて新雪の上を歩く。雪がない時期は藪しか無い道だ。下り道が楽しくて、皆さんいい笑顔だ
 昼食は、スキー場のゲストハウスで。その入口に、こんな掲示が。福島県が追い込まれている、放射線パラノイヤの一例が、ここにある。只見といえば、日本海のほうがずっと近い。むしろ新潟に含まれていてもおかしくない場所だ。そんな、福一から遠く離れた場所で、こんなどうでもいい線量の掲示を、未だに強いられ続けているのだ。今こそ、立ち止まって考えなければならない。これが本当に必要なことなのかを。
 昼食後は、再びバスの人となり、東京駅へと戻る。車中、寝ているか、通信状態が良ければArrows Tabで艦これをやっていた。遠征くらいはやらせてくれよー。
 東京駅から鉄路で帰宅。楽しかった。でも、凄い疲れた。
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2015年1月23日(金曜日)

長旅用携行洗濯乾燥機妄想

暮らし , 思考 22:06:00 天気:晴れなのだ
 長旅で一番弱るのが、実のところ洗濯物の始末だ。
 PCの類は、別に増減するわけではないし、消耗してしまうわけでもない。電源さえあれば大丈夫だ。しかし、着替えは困る。毎日着替える必要があるわけだし、持って行く分が尽きたら如何ともし難い。嵩が張るので、出来れば減らしたいのだが、長旅では毎日洗濯できるとは限らないのが困りもの。下着程度ならなんとかなるにせよ、自転車旅では上のレイヤーも重要で、そのボリュームが大きい。
 いや、洗濯はその気になれば出来る。浴槽でも洗面所でも。問題は乾燥だ。
 ホテルにせよどこにせよ、空調のレイアウト次第では、洗濯物が全く乾かせない場合がある。特に冬場は、気温が低まることもあって、ますます乾燥させにくい。
 もちろんのこと、ホテルにコインランドリーがあれば話は簡単だが、全てのホテルにあるわけじゃない。また時期と客層によっては、全く使えない場合がある。また、ホテルの外のコインランドリーも、近ければいいが、そんなに都合よく直近にはないものだ。
 そんなわけで、洗濯乾燥機を携行できないものか。
 洗濯はどうにでもなるので、乾燥に的を絞る。熱風送風機としては、ドライヤーという簡易なものがあるので、問題は効率的に乾燥風を回して換装するための乾燥室、ということになる。
 調べてみると、120℃まで耐える耐熱ビニール袋はあるので、これと折りたたみハンガーを組み合わせれば、1日分の着替えくらいは賄えるんじゃないか。重量をドライヤー込み1kg以下に抑えこむのは難しくないだろう。その代わりに着替えを思い切って減らせるとすれば、なかなかいいんじゃないか。
 耐熱ビニール袋は、ホームセンターで見かけるので、一度お試ししてみたいものだ。
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2015年1月13日(火曜日)

しまなみ海道の弱点

思考 22:04:00 天気:晴れだっけ
 何度もツアーを引率し、自前でも頻繁に訪れるしまなみ海道。自転車を甘やかせてくれる楽しい地なのだが、観光地として見るといささか使いにくい点がある。中間点での宿泊地に、あまり選択の余地がない点だ。
 しまなみ海道の中間点、という定義は難しいが、距離的に推奨コースを淡々と走るならば生口島~大三島辺り。大山祇神社まで足を伸ばすならば、その周辺という辺りだろう。しかし、ここには容量の大きな宿が無い。ユース、ペンション、旅館の類ばかりで、楽天トラベル辺りでちょいと予約というのが難しいし、多人数を収容するのも結構大変だ。引率時に気を使うのが、参加者同士の部屋割りだ。大部屋に何人も詰め込むとなると、男女の別はもとより、老若の別、気質の別など、気を遣わざるを得ない。まあ、見知った者同士ならエイやって感じで押しこむけれど。この点、容量の大きな、シングルルームベースのホテルだと、人数分借りてしまえばいいので、気楽なのだ。
 しかし、そもそも大容量の宿が建たないというのは、需要がないからだとも思える。しまなみ海道の尾道~今治(サンライズ糸山)をサクッと走ると70km程度、大山祇神社への往復と、今治駅までの距離を入れても、せいぜい90kmだ。この距離だと、今しまなみ海道で大きなボリュームを占めるロードバイクでの旅行者ならば、無理なく1日で走破できてしまえる。そういう気楽さがしまなみ海道のいいところだとは思うけれど、足を止めてお金を落とす機会が少ないし、そもそも宿を必要としなくなってしまう。こういう、『1日で無理なく走破できてしまう』点こそが、実はしまなみ海道の観光地としての弱点なんじゃあるまいかと、最近頓に思うのだ。
 これを解決するのは、一つには因果が逆転するようにも思えるが、宿を作ること。気楽に、そして安楽に泊まれる拠点を作ることで、しまなみをあえてゆっくり走る動機を作れないものか。もう一つは、しまなみ海道推奨コース外に足を伸ばせる見どころを作ること。この2点に関して、カギを握るのは大三島ということになる。しまなみ海道の推奨コースでは、大三島は東岸をサッと通過するだけ、せいぜい大山祇神社までの往復までを見込む程度だ。この大三島を周回するコースを組めば、しまなみ海道片道が100km超えとなるため、宿泊の動機が生まれるのではないか。
 実は、そうした目で大三島を見ると、南西の宗方周辺に、ところミュージアムを嚆矢とする美術館群が生まれつつある点を見逃せない。勝算無く博物館が生まれるとは思えないので、ふるさと憩の家と併せて、大三島周回コースへの目論見があるのではないかと思うのだ。だとすると、後は宿の方。自転車需要を考えるなら、この宗方から、大山祗神社に掛けての何処かに、尾道側に生まれたような自転車メンテナンスサイト一体型の宿があればと思う。気楽に泊まれる宿というのは、僕の実感ではむしろ大きな自己完結型の宿なので、飲食/買い物スペースを併設した、小部屋主体のメンテサイト込みの宿、ということはサンライズ糸山的な宿があって欲しいのだ。
 大山祇神社、そして宗方方面を含む大三島は、徐々に注目を集めつつあるように思えるので、そのうちに新しい動きがあるのではないかと期待している。
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2014年9月23日(火曜日)

佐賀長崎五島弾丸ツーリング3日目

, 思考 , 自転車 ( 自転車旅行記 ) 23:09:00 天気:雲多いね
 最終日は、長崎といえばあそこ、を訪うのだった。
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2014年9月02日(火曜日)

IDカード忘れて、アマゾン考察

暮らし , 思考 , 22:22:00 天気:好天
 昨夜の雨は上がった。そして、適度に涼しいジテツー日和。これはもう、ジテツーするよね。というわけで、久しぶりにEPIC号に打ち跨がり、会社に向かった。
 戸塚駅近くの駐輪場に自転車を入れ、さて歩き用の靴に履き替え、そこでふっと違和感を憶えた。自宅を出る時、歩き用の小型メッセンジャーバッグから、通勤用のTrack35に荷物を移す時、アレ入れたっけ……。あれ、IDカードを。
 ああ、やっぱ無いわ(うつろな笑い)。また自転車で坂を超えるのは嫌だったので、今度は地下鉄で自宅に取って返す。会社に一報入れ、フレックス出勤とした。
 帰宅し、歩き用バッグにIDカードが入ったままなのを確認。そこで、Track35から、Timbuk2のD-LUXに詰め替えた。Track35は、開口部が小さいのと、小物の取り出しが面倒だ。通勤には、やはりD-LUXの方が圧倒的に向いている。
 さて、無事に出勤し、トイレでツイートをちら見したら、地方書店の面白そうなサービスが紹介されていた。個人向けに、アンケートを元に1万円分の選書を代行してくれるサービスだ
 常々、地方の個人書店がこの先生きのこるためには、アマゾンや楽天のようなインターネット通販や、大手書店が提供しにくい、個人向けのコンサルのような形で、なんらかのインテリジェンスを提供するより無かろうと考えていた。この1万円選書は、ある意味ではこの個人向けコンサルの簡易的に提供しようというものだろう。アンケートベースならば、受給者側に深入りせずに、最低限のコンサルで選書が可能なので、1対1の関係を作るまでもなく、広く対応できる。でも、こういう、簡易的なコンサルこそがアマゾンのようなインターネット書店の得意とする分野ではなかろうか。彼らは、購入履歴という重い情報を元に、各種のコンサルを提供してくる存在だ。
 そこに勝とうとすれば、もっと深い関係を作るしか無いだろうと思うのだ。客個人からのアクセスに受動的に反応するのではなく、客それぞれの必要とする情報や知識を獲得すべきタイミングまで図って提案してくる、そういう家庭医的な存在にならなければ、個人商店は巨大な存在を前に消えるしかなくなるのではなかろうか。
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2014年8月05日(火曜日)

人造人間(アンドロイド)の居る社会

思考 22:45:00 天気:ジテツー日和(暑い)
 いやはや、’アンドロイド’というと、グーグル人民帝国の尖兵であるアレを指す世の中であることよ。しかし、今日は人造人間という意味でのアンドロイドの話題を見た。
 この阪大の石黒教授は、いわゆる”不気味の谷”絡みでよく目にする研究者だ。人間そっくりなロボット*1を作ることで、人間という存在を研究するという意図の下、見た目だけでなく仕草や会話の内容に工夫を凝らしたアンドロイドを、今までいくつも製作してきている。おもろいおっさんだよね。
 石黒教授の興味は、人間そのものを再現することにあるので、ディープブルーのようなある面で人間を超える存在を作る点には無いようだ。しかし、人間を再現できるということは、それを自由に改良できるということで、結局は人間を超える存在を作る一里塚という点では同じはずだ。自由に改良できる人間のようなものが再現されたとなれば、特別ではない普通の人間*2は、能力的には必ず負けるはずだ。そのことを、研究者たちはどう考えているのだろうか、という点に興味を持っていたので、この記事は面白かった。
 石黒教授は、目の前に居る人間のようなものが、本当に人間かはわからないのだから、そこにアンドロイドが加わっても同じことじゃん、という態度らしい。石黒教授は、自分の創造物を人間を超えるものにしようとはさらさら思って無さそうなので、ここだけ取ると無害な社会実験の類と同列に見える。しかし、人間*3を超えるものを作ろうという動きは数多いのだから、これらが加わると、確実に『人間みたいな、でも人間を超えた存在』が生まれるだろう。そこをどう考えているのか。
 どうやら考えてないらしいというのが、僕の印象。そもそも、職能としても、研究の目的としても、人間を超えたものまで想定していないのだろうから、そりゃそうだろうな。
 しかし、『人間のようなものが混在しても良い社会』というものは、その構成員が能力的に『人間程度のもの』であることを必然的に想定しているわけで、そこを壊されると破綻するんじゃあるまいか。例えば、人間同士の会話では必然的に生じる虚偽を、全て的確に見破る存在が紛れ込んできたら、嘘に守られている面もあるこの社会が破綻するだろう。
 結局、『人間みたいな、でも人間を超えた存在』が社会に同居する状況は、必ずやってくるだろう。その時に人類の利益を守るためにどう振る舞えばいいのか、どんな仕組みで”それら”を迎え入れたらいいのか、誰が考えるべきなのか。社会を構成する人間一人一人が考えなければならないのは当然だろうが、”それら”を生み出して社会に引き入れてくる人々に、そのような考察が見られないのは、非常に奇異なことではなかろうか。
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2014年6月19日(木曜日)

しまなみ海道の大島ルートは変えるべきではなかろうか

自転車 , 思考 22:55:00 天気:降りそうで降らぬ
 しまなみ海道が、世界最高のサイクリングコースの一つに選ばれた、という海外のニュースが落ちてきた。
 それは嬉しいな。しかし、直して欲しい点もいくつかある。
 一つは、肝心のレンタサイクル。スポーツタイプをもう少し増やして欲しいのと、整備状態を改善してもらいたい。ファミリーサイクルタイプが主力なのだが、3段変速程度では、橋への自転車道が辛いのと、下りではブレーキが貧弱で危険だ。ジャイアントのように、プロショップがレンタルサイクルをやってくれればいいと思うのだ。スポーツサイクルで走りたがる向きは、しまなみをせいぜい1泊で走る向きばかりだろうし、尾道と今治に拠点があればいいんじゃないかな。
 もう一つ、推奨ルートのうち、大島のルートは見直すべきなんじゃなかろうか。尾道から今治へと走る場合、最後に待っている山場が、この島だ。観光客的には、生口島くらいとは言わないまでも、大三島くらいに見どころがあるのを望んでいるはず。ところが、推奨ルートは大島の真ん中を突っ切ってゆくコースで、ファミリーサイクルだとチト厳しい上、見どころがまるで無い。しいて言えば、亀老山展望公園やバラ公園にアクセスできるくらいだが、大多数のサイクリストは、目前の来島海峡大橋へと一直線だろうから、あまり寄り付かなそうではないか。そもそも、亀老山なんて、ファミリーサイクルじゃ無理だ。
 むしろ、北岸ルートを充実させるべきじゃないだろうか。北岸だと、海に近いので、ずっと風光明媚だし、途中田浦峠という坂はあるが、中央を突っ切ってゆくよりも、ずっと楽だ。それに、古くから拓けていた道はこっちの方なので、ちょっと気になる場所も多い。そもそも、バラ公園に近いのは、こっちのルートだ。
 交通量も多くなさそうだったので、自転車に向いているのは北ルートだと思う。風光明媚な北ルート、単刀直入な中央ルート、そしてワイルドな南ルートと整備してはどうだろう。と、こんなところで提言してどうする。
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2014年3月12日(水曜日)

STAP細胞騒動が続く

思考 22:27:00 天気:晴れ
 最初に聞いた時、本当のことだろうかと思った。細胞にストレスを与えて、という操作そのものは、意図してかどうかはともかくとして、多くの実験室で繰り返されてきたことだろう。いわば、誰もが通ってきたはずの道端で、こんな大発見がされたというのだ。ちょっと斜に構えて見てしまうのが、当然というもの。その細胞に対するストレス加圧の操作が、よほど特殊なものだったというのだろうかとか、不思議には思っていた。とはいえ、素人の考え。
 その後、マスコミの報道の焦点がリケジョだとか割烹着だとか、凡そ本質的でない部分に向かったこともあり、まあ時間が経てば某かの真偽が詳らかになるだろうと、ちょっと関心の外に置いた。
 ところが、韓国でのファン教授に因る偽クローン騒動の際にも威力を発揮した、インターネット経由での画像検証結果持ち寄りが、疑惑を惹起させ始めた。それに対する理研のリアクションがまずかったこともあり、話は単に1研究員の不正という枠を超えて、彼女を囲む環境そのものへの疑惑に発展し始めた。理研は、少なくとも初期消火には失敗したな。
 論文への疑問が指摘され、論文が主張する科学的事実への検証が始められ、共有されている状況というものは、今までも繰り返されてきた検証過程そのものにすぎない。だが、杜撰さを指摘されている論文を、易々と通した環境そのものへと疑惑を向けられたのは、新しい動きではなかろうか。それだけ、今回の論文のインパクトと、世間の期待が大きかったのだろう。あんな形で、センセーショナルに発表してしまった理研サイドは、自業自得ということではなかろうか。良い薬になれば良いね*1
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2013年12月07日(土曜日)

初冬の湘南でmokichiる

自転車 ( 自転車散歩 ) , 思考 , 20:45:00 天気:晴れたね
 さてさて、今日はお久しぶりに熊澤酒造系催事。藤沢のmokichiで酒飲もうというツーリングだ*1
 11:00に町田に集まる。今日は輪行前提なので、MR-4Rで行った。駐輪場に自転車を止めてマクドで待っていると、お久しぶりなこぐ氏が登場。あゆこ女史は輪行したようだ。
 こぐ氏は特定秘密保護法の反対デモに参加されたとのこと。欠陥はあれど、代替策がないのだから制定は必須と考える拙者、しばし議論する。小学校の感想レベルのことを書くが、結局のところ、着地点を探そうとせずに、何が何でも反対という考えに、僕自身は共感を持てないのだ。そういう認識は、こぐ氏ら反対者サイドにもあるらしい。だが、彼らからすれば、さりとても反対しないわけにはいかないし、声を上げる限りは主張の中核に集中するべきとなるのも、またやむを得ないのかもしれないと見えた。
 反原発というポジションに対してもそうなのだが、その主張だけが目の前に提示されても、共感できない人は全く共感できないだろう。共感はできないまでも、そのポジションに至る力学への理解が無ければ、歩み寄ることすらも難しい。そして、その理解へと至るためには、かなりの想像力と、忍耐を必要とされる。なぜならば、そもそも歩み寄り、理解し合う価値と意味が、簡単には見いだせないのだから。
 これがシングルイシュー型闘争の、最大の罪ではなかろうか。本当ならば、歩み寄れる場所がどこかにあるはずなのに、「秘密保護法=絶対悪」というイシューが提示された瞬間、その可能性は消滅し、まるで階級闘争のような、思想上の殺し合いに堕してしまうのだから。そのイシューの対岸で、「秘密保護法=必要」と直結する側にも、やはり同じ力学が働いている。僕自身は秘密保護法は必要だと考えるが、様々な欠陥があり*2、改善が必須な法なのだということを、常に念頭に置いておきたい。
 まるでソーカルが作文したような、言語明瞭かつ意味不明な一文をモノしてしまったが、めんどくさいのでこのまま投げ出してしまうのであった。今日はサイクリングだしぃ。しかし、こぐ氏のように別の考えを持つ人と自由に結びつけてくれるのだから、自転車という趣味は誠に得難いものなのである。
 さて、おなじみのこば氏、@nak家が集結し終わったので、まずはアサノでカツカレー。既に何人か並んでいたが、半分ずつ入店して、程なく揃う。先代は、店の前で客の交通整理をしている。相変わらず、スパイシーで得難い味わいだ。
 食後、境川を淡々と南下してゆくのである。湘南台の高架を過ぎた、見晴らしの良い辺りと、遊水地情報センターで小休止。良い天気だ。
 藤沢で一瞬だけ引地川に向かい、そこから明治中学校近辺へと向かう。この辺にあるはずのアイスクリーム屋、リコッタに立ち寄りたかった。ところが、どうも営業している気配がない。別の会社が入ってるようだし。すると、対面の新聞配達店の人が教えてくれた。数年前に廃業したのだと。それ以降も、こうして迂闊な人間*3が来るので、こうして教えてあげているのだそうな。ありがたいことだ。リコッタが亡くなったのは残念だが、経緯が分かったのでスッキリした。
 その後、辻堂まで走り、名物迷走を経て、海岸線まで。辻堂海浜公園に来た辺りで、日が赤み始めた。そして海岸線で、見事な夕陽を。波が穏やかなので、いい夕景を拝めた。
 茅ヶ崎駅まで走り、mokichi入り。まずは黒だ! 豊穣な味わいを楽しみつつ、料理も適当に頼む。一足早めの忘年会みたいになった。美味しかった、楽しかった(小並感)。
 茅ヶ崎から輪行で帰宅。充実した一日になりました。
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2013年12月02日(月曜日)

新しい腕時計とアマゾン空配計画

暮らし , 思考 , デジタルギミック , モノ 23:13:00 天気:晴れ
 新しい腕時計を使い始めた。この2回ほどは、アマゾンで見繕った\1000前後の安いものを使ってきた。所詮消耗品だし、という思いもある。しかし、この価格帯だと、金属バンドのものは無くて、ラバーバンドか、安い革製のものになる。そうすると、1年ほどでバンドが傷んでしまい、交換したくなるのだ。今回も、前使用機の革バンドが痛み始めたので、買い替えたのだ。
 バンドだけ換えたいのだが、バンドの値段が大体\1000円前後。つまり、新品一式と変わらないという馬鹿げた状態なのだ。なので、いっそのことと、全新品に変えてしまうのだ。しかし、まだ使えるものを捨てるのは、心の何処かに罪悪感が残ることになって、些か精神的によろしくない。
 ので、今回はなんと高価\6000の、金属バンド式のアナログ/デジタル表示ハイブリッド式のものを購入した。これで電波補正式だというのだから恐れ入る。
 そんな風に、アマゾンでの買い物に耽溺しているところに、米アマゾンから驚愕のニュースが。なんと、空輸サービスを始めるつもりがあるのだとか。その名もAmazon Prime Air。こりゃまた、文字通りの飛び道具だね。
 この計画で使えるような極小無人機は、ペイロード、飛距離ともたかが知れてるので、書類を半径せいぜい10kmまで運ぶのが関の山だろう。でも、その10km圏に、大都市の都心部がすっぽり入ってしまう。10kmというのは、丸の内から、杉並区辺りまで入ってしまう。日本でも最も経済活動の活発なエリアが入る。それを、おそらくはただ一つのハブ局で管制できる。
 現状、クロネコ辺りが町中に置いている末端局の密度は、正確にはわからないけれど、都心部ではkm単位であるはず。それらが中間局、ハブ局と、ツリー状につながっているのではないかと想像する*1。それらの間の荷物の移動はもとより、管理上も複雑化しているはずだ。それらを、空輸化でハブ局一つに絞ってしまえれば、物流網が単純化される。これは、物流屋さんとすれば、放っておけない解なんじゃなかろうか。
 とはいえ、国内で空輸が気軽に利用される日は遠い気がするし、海外では海外で、都市圏が離れすぎていて、結局都市圏単独のカバーにしか使えそうにないという難は残るのだろう。
 妄想の膨らむ新サービスではある。こういうものが出てくるのだから、長生きせねばと思うのよ。
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2013年8月08日(木曜日)

緊急地震速報に振り回されて、"予防原則"なるものを考える

暮らし , 思考 21:44:00 天気:くもり
 夕刻、自席でExcelを、眉根を寄せながら睨んでいた時だった。
 突然、聞き覚えのある、しかし咄嗟になんだったかを思い出せないアラームが、職場のあちこちから鳴り出したのだ。そもそも、我がauケータイ2台も、それぞれに鳴り出している。これは、あれか、緊急地震速報。
 G'zを取り出して、文面を眺めると、奈良で震度7の予報だ。ええっ、エライことだ。
 騒然とする職場。しかし、奈良と中途半端に遠い場所の警報なので、一様に戸惑いを隠せない。
 数秒が経った。地面はピクリとも揺れない。それでも、奈良は如何に。
 しかし、その後も全く揺れは来ない。その上、関西方面の情報がTwitter経由で確認でき、やはり揺れた気配はないと。誤発報だったようだ。
 その後、気象庁が正式に誤通知を認めた。どうも、微弱な揺れを関西地方で検知し、同時に離れた三重沖では、地震計が不調で、それが偶然に『同時に起きた揺れ』として誤検出されてしまい、離れた場所で同時に揺れを検知→大地震だ、という判定が下ってしまったそうな。
 地震計の不調、アルゴリズムの不備はあるのだろうが、速報の性格上、過剰な通知になってしまう場合がありうるのは仕方ない。一箇所の強力な震源地と、複数の弱い震源地とを持つ地震を、それぞれに区別するのは、多分簡単ではないはずだ。誤通知はすぐに判明するのだし、逆に大地震時に通知されない場合を考えるならば、多少は過剰になってもやむをえないように思う。
 予防原則なるものは、このように真偽の判定が難しく、甚大な被害の存在が明らかであり、かつ直後には成否が明確になるような事象にのみ適用出来るのだと思う。福島第1原発事故の場合だと、その影響を過剰に言い立てるのは、その影響があまりに長期に、かつ甚大になり、影響が無い(偽)となった場合の回復が不可能になる。まあ、言い立てている人々は、回復させる気なんて無いのだろうが。そして低レベルの放射性物質に依る影響が、例えばタバコやディーゼル排気の影響に比べても低いものでしか無いのは、既に明らかなのだから、福島第1原発事故の影響範囲なんて、その周辺の高レベル放射性物質汚染域に限られるのも明らかだろう。だから、この場合には予防原則を言い立てて、過剰な影響をまくし立てるのは、害悪にしかならないのではないだろうか。
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2013年7月12日(金曜日)

"サイクリング大会"で車種を絞ること

自転車 , 思考 22:04:00 天気:晴れ
 ここ数日、Twitterで話題になっているのが、サイクリングしまなみのリカンベント(とタンデム)禁止条項。
 この催し、「タイムを競うレースではなくサイクリング大会」を謳っているのだが、その割に首を傾げたくのがこの条項。タイム競わないんじゃないの? なんで車種を絞るの? まるでロードバイク専用と言いたいような参加条件だ。実際、かご、ミラー、ラック、キャリアの使用を禁止する条項もあり、危険な状況で抜き差しすることを想定しているとしか思えない。といっても、今回経路に高速道を含んでいるというだけで、むしろ路面は良好なので、ファミリーサイクルでも問題ないんじゃないのという印象だ。大島の坂を越えていけるのなら、何ら問題ないんじゃないだろうか。
 "サイクリング大会"というお題目と、実際のスポーツバイク偏重っぷりに、なんともむず痒い思いをするのだ。そもそも、ロードバイク的な高運動性能のリカンベントなんて、いくらでもあるのになあ。オンロードのMTB程度ならなおのこと。
 ふと検索してみると、リカンベント禁止の"サイクリング大会"は散見される。実は、ツール・ド国東もそう。国東なんか、以前は平気で参加できていたのに、近年になって禁止に倒された例だ。国東の場合、暗いトンネルが多くて、毎度事故が発生していたので、警察の覚えが悪かったという話も聞く。警察の"指導"に対し、スケープゴート的に差し出されたのが、リカンベント禁止という条項だったんじゃあるまいかと疑う。でも、計時すら止めた今の国東で、車種制限する積極的な理由はないはず。
 その他、計時込みの競技会的なイベントを主催している企業に、『ヒルクライムのみ参加可能』という、謎も極まるような条項があったり、先日開催されたレース的な大会ではファミリーサイクル参加可だが、リカンベント禁止というわけのわからない条項も見つかる。
 リカンベントを巡る各大会での扱いは、真に奇妙至極なものだ。ほとんどの運営者が、実はリカンベントというものの実態を知らないまま、『よくわからないものは禁止』としているのではないかという気がするのだ。
 そもそも、『速さを競わない』、『参加者全員が協力し合い、道を譲りあって』、『安全なサイクリングを楽しむ』ことを目的と掲げている大会で、わざわざ高速化を促すようなロードバイクへの偏重/車種制限を実施することは、その掲げた理想に反するものではないのだろうか。
 自転車の楽しみ方は多様であるはずなのに、その啓蒙こそが第一目的であるべきサイクリングイベントがこの有様では、今のブームが去った後は、ろくに愛好家が残らないんじゃないだろうかねえ。
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