Strange Days

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2000年12月15日(金曜日)

20世紀も大詰め

思考 22:10:00 天気:晴れどえす
 いよいよ20世紀もお終いだ! いや別にうれしいことは無いはずなのだけど、どこか晴れやかな気持ちもある。思えば、20世紀は長かった。なんと100年もあったのだ!(間違えでは無いな) いいかげん、みんな20世紀には飽き飽きしていた頃だろう。ちょうど折り良く世紀が変わることに、みんな基本的には賛成なはずだ(というか賛成もくそもあるのか)。
 来年は良い年でありますように(そろそろ鬼も笑うまい)。

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2000年12月13日(水曜日)

分煙してよ~

思考 22:07:00 天気:晴れでしょっ
 今日は定時退勤日だったので、さっさと会社を退けて図書館に。「ミステリーストーン」という石にまつわるエピソードをつづったエッセイを読んだ。ある種の鉱物が薬剤に使われている(例えば石炭が腹下しに使われるとか)というのは知ってはいたが、他にも想像以上に広範に用いられているらしいと知った。例えば、クッキーには石英の一種が練りこまれているとか。そういえば、中国辺りの固い豆腐(司馬遼太郎は土佐にもあると書いていたが)にも石膏が使われていたような。
 図書館からの帰り道、ドトールで一服していると、煙い煙い。周囲は無遠慮に煙を吐き出すスモーカーで一杯だ。隣に座っていた編物している女性も窓を開けたがっていたな。喫茶店のような場所で、どうして分煙が徹底できないのか不思議だ。まあ、この店は凄く狭いので物理的に無理なのかもしれないが。そもそも、喫煙者たちは自分が吐く煙が周囲にどんな影響を与えているか理解できているのだろうか。僕の父が凄いヘビースモーカーだったので、実は僕自身は結構平気なのだが、しかし体調が悪い時は本当にきつい。税収のことを考えると喫煙文化の撲滅はまあ先延ばしにしていいのだが、分煙の徹底と吸殻の投げ捨てを撲滅することは社会の急務である、と個人的な怨恨から思うのである。
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2000年12月11日(月曜日)

日記を書くこと

思考 23:04:00
 それにしても、連日連夜、良く書くことがあるもんだ。12/5の日記は記録ものだが、他の日にも何某か書きなぐってきた。この他にも結構創作も書いているわけだから、良くも書くことがあるものだと我ながら呆れる。これが金になればなあ。しかし金になるならこんないい加減な妄想ばかり書き連ねるわけにも行かないだろうと思ったりして。
 考えてみれば、日記は僕にとって第一義的に日々の備忘録であり、また未来に繋げるための思考の過程を残すことであり、また演じることだ。演じるものはなんだろう。誠実で前向きな1市民かな :) 同じようにWeb日記を着けている人たちも、毎日起こったことの全てを正直に書き連ねているわけではあるまい。いずれにせよ演じるという要素はWeb日記に不可欠であり、そもそも日記というものは誰かに必ず読まれるものなのだから(自分だけにせよ)、日記者は結局自分を含めた観客を相手に何事かを演じる者に他ならないのだろう。
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2000年12月10日(日曜日)

ちょいと戸塚へ

思考 17:00:00 天気:晴れ時々雨
 昼前には目覚めた。昼過ぎまでうだうだとDiablo2をプレイしていたが、前に較べてかなり安定しているような気がしてきた。CD-ROMドライブを交換する前は、時によっては1時間以内にハングアップの憂き目に遭っていたのだが、昨日交換してからはそういう目に遭っていない。まだプレイ中にガクガクした動きを見せることはあるが、まあ許容範囲だろう。色んな手を打った効果が出てきたのだろうか。
 そんなことをしてたら15:00を回ってしまった。慌てて身支度をして部屋を出た。
 戸塚に出て、図書館で本をむさぼり読む。最近、通常は神聖不可侵なものとして扱われている「人権」が、では何者によって保障され、かつまた必要に応じて国家による制限が可能になるのかという疑問を持っているので、その筋の本を読んでいる。
 ざっと概観した限り、憲法などの法律で明文化され、取り扱われている「基本的人権」と、その背景に言及される「人権思想」は別物らしい。前者は個人が社会共同体の一員として義務を負い、その代わりに権利を得るという社会契約論に基づいている。Civil Rights、日本語では公民権とか市民権とかいった言葉で表されているモノだ。しかし後者はやや毛色が異なる。というのは、この「人権思想」、つまり人間の基本的な権利には人間によって奪ったり拡張したり出来ないものがある、つまり「神聖不可侵」なモノを含んでいるという思想を実現するには、どうしても人間以上の何者かの存在と、それによる保証を必要とするからだ。僕たち日本人の場合は、それを「社会」だと素朴に考えてしまうのだが、しかし個人の権利の集合体に過ぎない「社会」なら、そこに生じる全ての権利を自由に制限したり抹消したり出来るはずではないだろうか。個人、さらにはその集合体である社会の枠外からの保証があるからこそ、抹消することが出来ない権利が生じるとは考えられないだろうか。
 考えてみれば、その創生期において「人権」が神聖不可侵なものとされなければならなかった背景には、当時(例えば権利章典が書かれた当時)の権力、つまり王権に対抗する必要があったからだと思う。そして王権をも上回る権力の持ち主として想定されたのは、神ではなかっただろうか。つまり当時の王権神授説を逆用し、王権をも自由に授与できる神が人間に与えたものなのだから、「人権」は王権によって左右することは出来ないとされたのだろう。このようにして、当時正統とされた王権を保証する力を利用することで、人権思想は自らを正統化できたのではないだろうか。
 こう考えると、アメリカが人権思想を建国の基本思想にしながらも、20世紀まで黒人のCivil Rightsが制限されてきた謎が解ける。つまり人権はそもそも人間によって左右できないのだから、全ての"人間"(有色人種は19世紀まで人として扱われなかったわけではあるが)が生まれつき持っているような「人権」としては不可侵であり、そもそもいかなる制限も不可能なので政府の責任も生じない。しかし「基本的人権」は個人が社会と契約した結果生じるものなのだから、責任能力がない(とされていた有色人種などの)人間に対しては制限できるとしたのではないだろうか。その結果、教会では共に友愛を謳いながら、その外では1級、2級市民として公民権を軸に争っていた謎が解けるように思う。
 翻って日本国憲法を読むと、そこには色濃い「人権思想」が見える。憲法で様々な保証の対象とされているのは「基本的人権」だが、財産権などが滅多やたらと個人の権利に軸を置き、公共側の比重が軽いのは「人権思想」の影響だと思う。元々、土地などの財産は個人の寿命を超えて永続するものであり、それは対社会レベルの効果をも視界に置かなければならないだろう。ところが日本では個人の権利が声高に主張されるあまり、本来公益として捉えて推進されなければならない公共施設の建築が困難になる。例えば各地で頻発しているゴミ処理場問題もそうであり、また成田空港建設時のドタバタもそうだろう。さらにいえば、国家によってさえ左右できない権利が個人にあるという思想からは、国家の重量を軽視する思想をも生じさせるのではないだろうか。先鋭的な市民運動家に見られる主張、「国家などいらない」というあまりに無理のある主張(では村は、家族は?)は、こうした背景からしか生まれないのではないだろうか。というのは、共産主義思想は人民の総意である国家が全てを決定するという思想であり、そもそも「神聖不可侵」なものなど生じない。旧ソ連での独裁の歴史、そして中国での死刑の凄まじい多さは、人間の価値など国家のそれに較べれば紙切れ一枚ほどでしかないという、共産主義思想の本音をあらわしていると思う。つまり、日本の市民運動の背骨には、共産主義思想は通ってないと思うのだ。
 んで、読んだ本の中で面白かったのは、「アメリカ憲法には人権思想が見られない」というものだ。当のアメリカ人には、「人権思想」と「基本的人権」の差異が自明のものだったらしく、用心深く「人権思想」を取り除いている。下手に「人権思想」を明記すると、国家が個人の総意を越える権限をもつか、国家を超える権限の担い手を想定するかの二つに一つしかなくなる。近代国家を成立させる上では危険なことだ。それなのに日本国憲法では人権思想が色濃く見られ、それだけではなく憲法の条文中で言及さえされている。この謎は、日本国憲法の起草者やマッカーサーが、半ば宗教的な意味での「人権思想」の信奉者だったことで説明できる。さらにいえば、日本国憲法において「戦力の放棄」という画期的な条文が明記されたことも、人権思想によって説明できそうだ。つまり、人間に人権というものを保証する超人格的な実体が存在するからこそ、戦力を放棄しても平和を維持することが出来るというわけだ。
 しかしながら、現代の日本人に超人格的な実体など想定できるだろうか。超国家的な権力の担い手など。例えば日本の裁判所で「神でも仏でもいいからあなたが絶対的に信頼する超越的な存在に宣誓せよ」と言われれば、ほとんどの人は宣誓を拒否するのではないだろうか(いやシリウス星人とかチャネリング友達に喜んで宣誓する人もいそうだが)。日本人は宗教意識が薄いといわれつつ、様々な宗教行事を催す人間集団だ。しかしその「薄さ」の実態は、「世界の全てを決定する超越的存在」の存在を信頼できないという点に掛かっているように思える。そのことは、多分キリスト教徒の少なさが傍証していると思う。そういう日本人に、ナマの「人権思想」は向いてないのではないだろうか。
 むしろ個人と国家との関係性を明らかにし、その諸権利、諸義務の積極/消極的保証内容を列挙した方が良いと思うのだが。これは憲法改正程度では難しそうだな。
 図書館を出て、ドトールに寄ってシグマリオンで日記を書き、さらに本屋に寄って帰宅した。
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2000年12月05日(火曜日)

少年犯罪にどう対応するのか

思考 23:55:00
 以前から「犯罪者、特に少年犯罪者はその後どうなるのだろう」ということに関心があった。刑事法学的には、犯罪者はその罪の重さによって刑が定められ、その刑を終えて世に出てきたときには更生して真人間に戻っているとする。まあその間に収監者の態度を計るような仕組みもあるわけだが、平たく言えばこういうことになるだろう。だが本当に更生しているのだろうか。そういう疑問は誰だって持っているはずだ。
 一応、性犯罪者の再犯率は高いとか、そういう統計的なデータはある。しかし僕は個々の犯罪者が、その後どのようにして更生できたのか、あるいはできなかったのか、そのナマの実態を知りたいと思った。
 まるでそんな声が届いたかのように、テレビ朝日のニュースステーションで、かつてあった殺人事件の加害者と、被害者の遺族のその後を追うという企画があった、らしい。らしいというのは、検索にヒットしたのはその番組を見た視聴者からの声を集めたページで、当の番組は先週のうちに放映されてしまっていたからだ。そんなわけで、直接の感想ではなく、その番組を見た視聴者の反応を見ての感想ということになってしまう。
 その番組では、事件の経緯、加害者の一人が語る事件当時の心の動き、そして少年院を出所してからのことが、本人の口を通して語られたらしい。また別の加害者の一人が家に閉じこもって、家族にも社会にも向き合えていない現状が語られたようだ。
 そのページでは、様々な点に非難が集中していた。事件について語った加害者("彼"とする)があまりに淡々と事件を客観的に語りすぎた点、そんな彼が今は結婚して子供まで設けている点、遺族が当初「放映しないで」と申し出たのに番組の放映が強行された点、そして番組側の総括があまりにもありきたりな点に、多くの人が怒りを表明していた。僕はそのページの意見を一つ一つ読み、時々熊のようにうろうろと歩き回りながら、しばらく考え込んだ。

 この事件は有名なので、ある年齢以上の人は知っているだろう。数人の少年たちが、何の関係も無い一人の少女を拉致し、一月あまりも性的な暴力を加えつづけ、挙句の果てに殺害して死体をドラム缶に詰めて捨ててしまったという事件だ。およそ良心というものを持つ人間には想像することすら耐えがたい、無惨な事件だった。この少年たちは野獣のような存在で、完全に狂っていた。
 多くの視聴者の意見のうち、かなりの部分を占めるのは「どうして犯罪者をのうのうと生かせておくのか」というものだった。「社会に出すべきではない」、「同じような目にあわせてやりたい」という声が多かったように思う。このような声が出る背景には、現在の少年法や刑法への不信があると思われる。視聴者からの反応に多量に含有されていた「厳罰主義」の主張も、そうした不信を背景にしている。
 少年への厳罰を望む声が大きいのは、こうした犯罪少年たちに二度と社会に出てきて欲しくないという希望を表しているのではないだろうか。というのは、厳罰主義には限界が無いからだ。たとえば今回の少年法の変更で、逆送致処分の下限年齢を14歳に改めたが、それでも14歳以下での凶悪犯罪を起こす特異例は発生するはずだ。するとそうした特異な少数例がマスコミによって扇情的に取り上げられ、さらに引き下げるような圧力が生じるはずだ。しかしこの方向には限界がある(年齢には下限があるので)ので、次は拘置期間の延長という方向に必然的に向かうだろう。実際、前記の視聴者たちの声には、拘置期間を延長せよという主張の方が圧倒的に強い。すると拘置期間を延長する方向に働き始めるだろう。しかし厳罰、というのは、ある基準に比べて厳しいということだ。この場合、今まさに実施されている処置に比べて、さらに厳しいものを望むことに他ならない。すると以前より厳罰化された新基準よりさらに厳しいものを望む主張が現れ、さらに厳罰化が進められてゆきかねない。その結果、少年たちが僕たち(特に厳罰主義者)の前に現れることはずっと先か、あるいはその機会がなくなるだろう。厳罰化を主張する人々の根源には、そのような希望があるのだと思う。「殺人犯はたとえ少年でも死刑にせよ」という主張が散見されるのは、こうしたニーズの極限にあると思って良さそうだ。
 厳罰化のもう一つの意味は、その犯罪責任の按分を本人に多く負わせることにあると思う。犯罪の主体は個人なのだから、その個人が責任を免れうるとは考えられない。しかし、その周囲の環境、特に人間関係というものを無視して本人責任を設定するのも馬鹿げた話だと思う。
 実は本人の責任を強調することは、そう強調する人を含む社会による関与、責任を低減させることを意味するのではないか。つまり、当人の責任を極めて大きく捉えようとする声は、実は自分自身がこの事件のプロモーターに回っているという事実を否定しようとする心理の現われではないだろうか。僕らにだって同じ社会に生きる他人、特に少年たちに様々な注意を促す義務があるはずだ。「罪は罪」と叫ぶ(そう、ほとんどすべてが怒りに満ちた"叫び"なのだ)人々は、自分自身はそういった義務をまったく果たせていないという負い目を否定するために、そうしているのではないだろうか。
 もちろん、環境の責任を重く見すぎることは逆の効果もあるだろう。事実は二つの立場のどこかにあり、犯罪に環境が関わっていること自身は否定しようが無い。

 特に厳罰化を望む人たちの意見を読んで驚くのは、事実関係をまったく調査していないらしいということだ。たとえば、少年法改正反対を主張する人々に対し、「人権屋」というラベリングを行い、そして「被害者の気持ちをまったくわかっていない」と一刀両断にする。しかしその人権屋(とされるのは例えば日弁連だろう)ほど被害者救済の必要性を痛感している人々はいないのではないかと思う。というのは、少年法や死刑廃止の論議に絡めて、被害者救済の具体的方策を示すのは、必ずといっていいほどその"人権屋"の方だからだ。特に今回の少年法改正問題に絡めて、被害者保護の重要性が反対派から示されなかったことは無いといってよいように思う。確かに、"人権屋"の名にふさわしい人権ゴロとでもいうべき連中も多いだろう。だが具体的で論理的な被害者救済策を示しつづけているのは、日弁連のような"人権屋"の方なのだ。

 では「厳罰化」を主張する人々はなにか言っているだろうか。ほとんどすべての場合、被害者救済=厳罰化ということらしい。他に主張らしい主張は無いからだ。厳罰化を進めれば被害者救済は成ると、とてつもない単純さで信じているようだ。今回の少年法改正案がいい例だ。被害者側への言及は、わずかに検察による事実関係の開示という、すでに実施されていることの明文化だけに過ぎないのだ。だがこんな馬鹿な話はあるだろうか。被害者の権利が侵害されているのに、加害者の権利を蹂躙すればそれで被害者が救済されるなど、教育を受けてきた大人たちが本当に考えることなのだろうか。被害者の救済には、その失われてしまった権利を回復するしかない。そのことは少しでも考えてみれば容易に思い至るはずだ。
 では当の被害者団体が掲げる要求はどうだろう。その主張を読むと、実は「厳罰化」という項目は重要度が低いものなのだ。被害者が望むのは、被害者自身の名誉の回復と、社会からの様々な援助、そしてなにより真実を知ることなのだ。「厳罰化」はほとんどオプショナルな項目とみなしてかまわない。むしろ、適正な処罰が行われているという確証を求める心理が、被害者たち自身を厳罰化に言及させているのではないかと思う。
 「厳罰化」を叫び、こうした被害者団体の要望を支持していると表明する、怒りに満ちた「1市民」(彼らは多くの場合こう名乗る)たちは、実は当の被害者団体の要望にまったく不勉強、無頓着で、実際には己の闇雲な欲求に従って主張し、その出汁に被害者たちを使っているだけなのではないか。この図式はあるものとそっくりだ。己の欲望に忠実に、他者の希望や真実を踏みにじり、その欲求を満たす。そう、あの少女をレイプして、挙句の果てに殺害した少年たちと、この怒る「市民」たちは、その本質においてまったく同一の存在ではないのか。

 しかし「厳罰化」に本当に抑止効果があるのなら、採用に吝かではないという声もあるし、決して無視できないと思う。この場合、好例としてはアメリカの場合を挙げるべきだろう。アメリカでは、'80年代に少年に対する刑罰の強化が行われている。それは効果があったのだろうか。効果ありとする意見もある。例えば、'90年代に入って少年犯罪は確かに減少しているからだ。しかしそれは、犯罪件数だけを取り上げた乱暴な論議なのではないだろうか。そういう指摘は日本だけではなく、アメリカでもなされている。例えば'80年代に施行された法律が、'90年代に入って突然効果をあげ始めたのはなぜなのか。むしろ別の要因に起因するのではないかという意見が多い。そして'80年代からの状況を、人口動態、犯罪の質的変化を視野に入れて統計を取ると、むしろ増えているのではないかという指摘も多いのだ。'90年代の現象に関しては、アメリカの景気動向によるという説が有力だ。このようにして、アメリカの状況を見る限り、厳罰化は逆効果、せいぜい中立的だという意見が有力だと見ている。'90年代の現象は、少年犯罪の発生率には環境の問題が大きく関わっているという主張を裏付けるものでもある。
 そもそも、日本で本当に少年犯罪が増加しているのだろうか。確かにここ数年の傾向を見ると、増加しているようだ。しかしそれは直前に'90年代初頭のピークがあり、その直後の底を打った状態から観測した結果だ。少年犯罪が猛威を振るった'80年代初頭の状況からすると、まだまだ低水準なのだ。しかも近年の少年犯罪はグループ型であり、検挙者数は増加しやすいという背景もある。被害者数は、むしろ減少しているという指摘もあるくらいだ。こうしてみると、特異な少年犯罪は発生しているものの、総件数として増えているとは単純にはいえない。

 以上のように概観してみると、「厳罰化」による抑止効果には、大いに疑問符がつく。そもそも、「厳罰化」という代物が、本来ならば別個の問題である被害者救済と絡めて(さらには同一視されて)語られるのは、被害者救済という問題の真実から目を逸らすガス抜きに過ぎないからなのではないだろうか。
 では日本の少年法には効果がなく、悪法であるという主張はどうだろう。まず、効果は「ある」のである。日本の少年の犯罪率、さらにはその先にある20代の青年の犯罪率は、実は先進国中際だって低い。特に少年の犯罪率は、少年法が施行された昭和20年代以降、低下の一途をたどってきた。いくつかのピークはあるものの、低減傾向は疑うべくもない。青少年の犯罪防止には、少年法は非常な威力を発揮しつづけているのである。むしろ、今回の変更以前の少年法の枠内で、様々な運用状況を改善すれば、さらに効果を挙げることができたという指摘もある。また少年院を経た少年たちは、社会に出て再度犯罪に手を染める確率が25%程度と低い(刑務所を経た成人の場合は45%近く)ということも挙げられる。凶悪犯罪に限れば、ほとんどゼロに近い。
 このように少年法は非常に有効な法律であるといえる。悪法とは思えない。むしろ、現行の刑法に少年法の教育主義的な理念を盛り込めないかとすら思える。
 少年法にせよ、刑法にせよ、その目的は、被害者と加害者のどちらも社会から排除することではないはずだ。一人でも多く、健全な生活を送れる個人を増やすこと。それが法の目的とすべきものではないだろうか。

 ニュースステーションに出演して、自らの口で語った"彼"が、あまりにも客観的に、紋切り型に語りすぎたという印象を持った人は多かったようだ。確かに、今の"彼"が改心しているかどうかは分からない。しかしそれは、例えば刑務所に収監するようにしても同じ事ではないだろうか。例えば殺人を犯した犯罪者の全てが7年の刑期で改心するなどとは、誰にも言い切れないはずだ。さらにいえば、例えば殺人を犯した少年を、20年ほど刑務所に放り込むことにしたとしよう。出所した彼は、しかしまったく反省の色がなかったとすると、やはり被害者は救われないのではないだろうか。必要なことは、犯罪者が確かに改心したかどうかを継続してチェックする仕組みであり、さらにその情報を被害者に確実に伝えてゆく仕組みではないだろうか。それは厳罰主義では決して達成できないことだ。"彼"に関して、さらにはいまだに自らの罪に向き合えていないというDに関して思うのは、今の法体系は犯罪者の心の問題に対して課題を抱えているということだ。Dのような個人が社会に出てしまうのは問題だと思う。特に被害者が救われてないと思い、加害者の処遇に疑問を投げかける背景には、確かに改心したかという情報が、というよりもそもそも加害者の情報が何一つ入ってこないことにあるのだと思う。被害者は、加害者を社会からスポイルすることよりも、その加害者が自らに与えた損害を悔い、立ち直ることの方を望むことが多いのではないだろうか。もちろん、怒りに任せてその抹殺を心から望みつづける被害者もいるかもしれない。しかし現状、そのような被害者も多いことの背景には、被害者に対するケアがほとんど機能していないという事実があるのではないだろうか。社会からの物心両面の支援さえあれば、被害者たちにもより理性的な思考が可能になるはずだ。
 "彼"が他人事のように語ったということは、実は僕はそれでいいと思う。まだ"彼"は、自分の罪を罪として受け止めきれてないのかもしれない。しかし事件の事実を語るということは、必ず彼の思考に影響を及ぼすはずだ。何の思考もなしに論理的に話せるはずがない。大切なことは、それをただ一度の免罪符とせず、幾度となく語らせつづけることではないだろうか。そしてその語りの中から加害者の現状を抽出し、適切な指導を与える社会での受け皿が必要になるだろう。そのような「社会に出てからのフォロー」が、加害者には必要であり、またそこから得られた情報の全て(例えば加害者は被害者を逆恨みして更に加害する可能性があるなど)をプライバシー保護の名のもとに封印するのではなく、適切に被害者に、さらには社会に伝達する仕組みが望まれているのだと思う。

 "彼"が家庭を持っているということ、それは確かに苦い現実ではあるけれど、"彼"が一人の人間である限り避けがたい事態ではないだろうか。むしろ、そのようにしてごく普通の幸福を持ちうる個人へと回復することこそが、真の改心の前提になるとはいえないだろうか。なんの幸福も知らない野獣のような生き物に、そもそも"反省"など出来るだろうか。自分が踏みにじったものの重みを知らない限り、真の改心はありえない。確かに彼らは、一人のなんの罪もない少女の尊厳の全てを踏みにじり、その命まで奪った。だが彼女の尊厳と命の回復が、加害者たちの権利、財産、生命を奪うことで達成できるのか。簡潔にいえば、彼らを殺して少女が生き返るのか。もしもそうならば、加害者たちの処刑を実行しても構わないと思う。なぜならば、なによりも必要とされるのは被害者の損害の回復なのだから。そこには厳然とした優先順位がある。だが加害者たちを蹂躙することが被害者の権利回復になんら影響を与えない以上、無益な行為も制限も行うべきではない。

 番組が遺族の要望に逆らうようにして放映されたということ。これは問題だと思う。いかに報道目的とはいえ、加害者をセカンドレイプするような報道は許されるものではない。遺族の痛みを和らげるような番組に出来たはずだ。逆に遺族の痛みを増幅させたのだとすれば、番組制作者たちは無神経の謗りを受けてもやむを得ないだろう。被害者のプライバシーを守る仕組みが必要だ。

 番組の総括がありきたりだったという指摘。これはまあニュースステーションなので(笑)しょうがないのではないだろうか。しかし前記のような遺族への酷い仕打ちを除けば、番組を放映した価値があったことは、視聴者の反応の大きさが物語っているように思える。

 ざっとまとめてみる。まず「厳罰主義」は被害者救済を意味しないし、犯罪防止に役立つかどうかも疑問だ。また加害者の、特に少年のそれの真の反省のためにも役に立たない。これらの目的の達成には、むしろ加害者を立ち直らせ、その過程で奪ったものの重さを認識させる長期的な指導が必要になるだろう。例えば再犯可能性があるような場合(番組中のDのようなケース)、再度収監して教育することも考えなければならない。Dのことを考えると、そのケアを家族にだけ押し付けるのには限界があり、よけいに再犯可能性を高めることになりかねない。殺人の場合には、一生に渡って教育が行われるべきだと思う。そのような社会での受け皿(現状の保護観察制度のようなもの)を拡充することが望まれる。
 被害者の救済のために、加害者の権利を奪うことは意味がない。被害者が望んでいるのはその尊厳と権利の回復、そのための社会からの物心両面の支援、そして加害者が確かに罪の重さを認識し、悔いているという確証だと思う。そのためには、まず現状野放し状態のマスコミによる被害者のプライバシー侵害を禁止しなければならない。また被害者、そして遺族に対する金銭的な支援、心のケアが必須だ。なかんずく子供を失った親たちの場合、その生きる意志を回復させることが急がれる。さらには前記のような加害者に対する指導の経過を、被害者に対して適切に伝えなければならない。場合によっては、被害者と加害者が直接対話することも考えられるだろう。

 犯罪を犯した少年たちは、まだ生まれ変われる余地を大きく残している。彼らを刑務所に長期にわたって閉じ込めておくことは、彼らを犯罪者のまま固定してしまうことになりかねないのではないだろうか。そしてそれは社会にとって良いことなのだろうか。それが本当に社会正義の実現につながるのだろうか。
 一つの事件が起きた時、望まれることは別の事件を作り出すことではなく、繰り返さないことだと思う。繰り返さないためにはその事件の記録を被害者の涙、加害者の権利もろとも封印することではなく、その事件から多くの教訓を抽出し、社会全体で共有することが望まれるのではないだろう。そしてそれは被害者のプライバシーを蹂躙することなく達成できると思う。またそうでなければならないのではないだろうか。
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2000年10月31日(火曜日)

あぅ、スペリングミス

思考 23:42:00
 掲示板の方で、我が日記に突っ込みが入るという前代未聞の事態が発生した。10/29付けの日記で「民族浄化」の原記としてEsnic Cleansingと書いたのだけど、もちろんEthnic Cleansingが正解です。あぅあぅと慌てふためく俺様であることよ。もっとも、注意深く読んでみれば誤記は毎日登場するのではあるけれど(図らずも笑)。しかし"日記"が建前なので、後日判明した誤記などは訂正しない方針なのだ。いかに誤記が多かろうが、結論が支離滅裂だろうが、もはや俺様にはどうしようもないのであった。本当はたまに直したりするのだが、量が量なので切りがないというのが実際のところだったりして。
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2000年9月25日(月曜日)

祈る

思考 17:59:00 天気:くもり時々晴れ
 オリンピックたけなわ。各地では自国チームの勝利を祈る人々の姿が見られる。などと見てきたように書いたが、まあ概ね間違ってはいないだろう。
 祈る、ということに関して、面白い記述を見つけた。どこぞのデザイナーの人が、教育に関わる親の事に関して書いたものだ。その人は海外での暮らしの中で、先進国の人々が子供の教育に無関心なことに驚いたという。その象徴的な出来事として、多くの人が子守唄を知らないということを挙げておられた。
 このデザイナー氏は、「子守唄とは結局子供が健やかに眠れるように祈ることだ」と感じたという。子供は大人の思い通りにはなかなかならない。眠らせようとしても思うように眠らずぐずついたり、お話を求めたりする。そこで大人は子守唄を歌う。適当にあやしながら子供のために祈る。子供が寝入ってもまだ歌っている。大人は祈りつづけることで、子供をあやすことからのストレスを免れることができる。このような子守唄は、先進国よりも物質的に貧しい発展途上国に残っている。このデザイナー氏は、日本でも多くの親が子供のお受験などでジンクスを担ぐ様を目の当たりにし、日本ではまだまだこの「祈り」が生き残っていると感じたという。
 まあ子供云々はいいのだ。このデザイナー氏の話で面白いと思ったのは、祈りとはままならぬ現実を前に心の平安を保つ方法の一つだ、としたことだ。人はなにかの課題を前に解決を図る。自力で、合理的な解を求めようとする。しかし現実は、必ずしも合理的な解を用意していてはくれない。むしろしばしば不条理としかいえない状況に陥ることがある。宇宙は人間にほぼ無関心だ。そこで太古、人は祈るという行為を生み出したのだろう。解を見出せないまま、その解決を超自然的な存在に委ねる。こうすることで人は最後の最後で責を免れ、心に平安を取り戻すことができる、ということだろう。
 しかし先進国で生まれ育った人々(僕もそのグループに入るのだろう)は広く普及した近代的な教育の中で、常に合理的な解を選択するように訓練されてきた。否、世界には常に合理的な解が存在するという強迫観念を植え付けられてきた。しかし厳然たる事実として、僕たちを取り囲む世界には、どうやら合理的な解など滅多に無いようだ。合理、などというものが成り立つのは、一部の人間の偏狭な認識の狭間でしかない。自然現象を前にしたとき、そうでなくとも他者と相対したとき、そこに合理的な解があるという保証は何もない。そのことを先進国に生まれ育った僕たちは忘れがちだ。なぜならば、僕たち先進国の人間は、人間自身が生み出した様々な合理、すなわち科学知識や宗教という体系、あるいは圧倒的な物質文明の真っ只中に生きているからだ。人が設計したビルの中で暮らし、人が施工した水道の水を飲んで生きている間は、僕たちは自分を取り巻く世界が不条理の塊であることを忘れていられる。しかしひとたび地震でビルが揺らぎ、想定しなかったような災害が巻き起こるときに初めて、僕たちは合理というものの限界を思い知ることになるわけだ。
 しかし物質的に乏しい発展途上国の人々は、生きる上でこの人間が生み出してきた合理の枠を、日常的に踏み外さざるを得ない。ままならぬ現実と日常的に向き合わざるを得ない。だから彼らは祈るという行為を日常的に遂行しているわけだ。そしてそれは、人間の心の健康を保つための、「合理的」な解決策でもあるのだろう。
 僕には超自然的な、しかも人格的な存在などあるはずもないと思えるが、それなのに僕もしばしば祈るのである。しかしいまや祈りの価値は省みられることもないほど下落しているようにも見える。もしも僕たちの周りに祈る人の姿が増えるとしたら、それは今以上に困難な時代の到来を意味すると考えて間違いないだろう。
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2000年9月12日(火曜日)

手の海

思考 23:56:00
 昨日書いた手の海のことだが、曖昧な記憶で書いたのでかなり間違っていた。あれは原人の類などではなく、今住んでいるアボリジニの人々の先祖が催していたものらしい。また海だけでなく、内陸部の洞窟などでも見られるらしい。しかし日野啓三が見たのが海岸の絶壁に開いた洞窟でのものだったのは確かだ。海と陸の境、つまり人界の果てから、黄泉でもある海へと向けられた手形たち。そういう光景こそ、幻視者が言語化できない真実を幻視するにふさわしいものだと思うのだ。
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2000年9月11日(月曜日)

手の海

思考 21:30:00
 仕事の合間にgooのニュースチャンネルを見てると、海外のある催しが目に入った。平和を祈念するとかいった理由らしいが、「手の海」を再現する行事がどこかであったらしい。子供たちが色とりどりの手形を壁かなんかに大量につけたのだろう。
 「手の海」という表現は初めて見たが、これは原人の類がオーストラリアの海岸などに残したものを指しているようだ。彼らは海岸線の洞窟に仲間を葬った後、その入り口などに赤い染料を使った手形を残していた。しかもそれは手を置いた周りに染料を吹き付けた「ネガ」だったという。
 この話を初めて読んだのが日野啓三の「断崖の年」(だったっけ)の一節だった。日野はテレビで一瞬見ただけのこの画像を、幻視者ならでの鋭い感受性で「言語が誕生する瞬間」であると直感した。あるいは、その対としての「宗教が誕生する瞬間」であるとも言えるのではないか。これを残した人々は、昨日まで共に生き、暮らしていた者が突然モノに変わるという現象に直面し、その不条理さ、悲しみ、怒りを言葉の前段階としての絵画に残したのだ、と。ここまで書いて、これは芸術でもあるのだなと思った。それも、ムンクのように言語化できない不安や苦しみを画像化したものだ。死という不条理な現実を前にしたかつての人々が、弔いという意思を海に向けて開かれ、そしていっせいに蠢いている手のネガという形で結実させたものなのだ。
 最初のニュースによれば、今回の催しで作られたのはペンキを塗った手をぺたぺた押し付けただけのお気軽なものだったらしい。呪術的な意味を持たなくなったこの行為に、はてさてどの程度の効果があるだろうか。
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2000年9月08日(金曜日)

障害者の家族であるということ

思考 22:01:00
 インターネットを流離っていると思わぬものに突き当たる。今日もなにかエロエロなものを追い求めて流離っていたのだが、なぜだかなぜか心身障害者を妹に持つ女性の手記のようなページに到達した。
 その女性は物心ついた頃からその妹の世話をすることを期待され、また強制されもした。それはその女性の精神にも強い影響を与え、やがては妹の面倒を見ることが人生全体にわたる課題のようになってしまった。友達と遊びに行く約束をしても妹の面倒のために断らねばならないことが多々あり、またそもそもそんな外向きの約束をする余裕などないほど妹の世話に拘束されたという。中学校の頃には「医者になって妹の面倒を見る」事が将来のコースとして設定され、その通りの道を歩くことが家族から期待された。彼女はある程度までその期待に応えようとしたのだが、恋人を持つことも友人と外泊することもままならぬ生活に嫌気がさし、母親と喧嘩を繰り返すようになった。この母親は自分自身も障害者の我が娘に拘束される生活を続け、それを受け入れている人だ。それ故、娘の態度が「自分の妹のことなのに」と大変気に入らず、自分たちが望むコースを娘が辿らぬことに怒りを抱いている。自分が当然のこととして受け容れている境遇を、同じ家族である娘が拒むのが怒りの原因だ。
 この女性は医大には入らず、環境関係の学部に入った。しかし結婚を両親に反対されたのをきっかけに、とうとう家を出て自殺を考えるようになる。そこで彼女はフェミニズムと出会った。しかし男性への怒りのみを漲らせたフェミニストと同じ道を行くことは出来ず、結局は「障害者介護が充実していれば」という思いからより社会的な運動に参加するようになったという。そして障害者の妹は施設に預けてしまった、ということだ。
 かなりこの女性に同情した書き方になってしまったが、客観的には家族を見捨てて自分の思う道(それも社会運動などというキレイ事)に進んだわけだ。恐らく、この「手記」を読んだ人の何割かが自動的に「身勝手だ」という印象を抱くだろう。
 この人は自分に与えられた境遇に背を向け、そこから生じる様々な義務をも見捨てて、自分の生き方を優先したわけだ。誰もが生き方を選べないという言説が説得力を持つ以上、それを論拠にこの人をなじる考えもそれなりの説得力を持つと考えるべきだろう。誰もが望んでいる人生を歩んでいるわけではない。誰もが嫌な義務を果たしているのだ、と。
 しかし、ちょっと待って欲しい。万人が障害者の家族というわけではない。せいぜいがクラスメートに障害者を持っていたという程度だろう。そんな僕たちに、肉親が障害者であるという意味を理解できるのだろうか。
 ちょっと考えただけでも、家族の介添えとして24時間身近にいなければならないという生活が、個人にとって恐るべきプレッシャーになることは想像に難くない。そのような生き方をこの先もずっと続けなくてはならないとしたら、絶望のあまり死を考えたくもなるというのもありうるような気がする。同じように障害者を家族に持つ人からみても、果たしてこの女性の感じたプレッシャー、絶望は理解できるかどうか確かではない。似たような境遇にあっても、周囲の反応でプレッシャーは変わるものだと思う。例えば、両親が他の家族の生活のために(その障害者である家族を)早々に介護施設に預けてしまうという選択肢もありえたわけで、それを実践する家族があったとしてもおかしくはない。この女性の場合でも、全く同じ状況にある母親との認識には大きな隔たりがある。母親はこのような生き方以外に無いと思い込んでいるのに対し、この女性はそれ以外の生き方をも希求するようになったわけだ。苦悩の根源もそこにある。他の人と同じように生き方を選びたいのに、障害者である家族が足かせ(あえてこう書くけれど)になり、思うように生きられないわけだ。施設に預けることが障害者自身にとって不利益になるとは限らない。充実した専門組織によるケアは、家族によるそれに勝るとも劣らないものになるだろう。愛情が心が、といったところで、果たしてすべての家庭にそれがあるかどうかは定かではない。
 障害者自身の幸福と家族である自分たちのそれを両立させられるように、社会の援助の手が欲しいと思うのは当然のことだと思う。そこで介護施設の充実を、という思いに繋がるわけだ。しかしそこでここまでほぼ無関係であった僕たちにも影響が及ぶことになる。ありていにいえば、障害者介護の充実は、新たな社会負担をもたらすことになるからだ。
 この事を僕たち障害者の家族を持たない者の側から考えてみる。障害者介護を充実させてその家族を解放することは、それら家族の社会への進出を促すものだ。今まで社会に貢献できなかった才能を役立たせることが出来るかもしれない。それは社会の利益に繋がるだろう。めでたしめでたし。
 だがこのような割り切り方にはなにか抵抗を感じる。ヒトを社会貢献度などというモノで量ってしまう行為は、果たしてこのように濫用されてよいモノなのだろうか。なにか同情のような、この場合は障害者と家族全体を見守る慈悲(という表現はなんだが)のようなモノがなくては、僕たち自身がやりきれなくなるのではないだろうか。情を法や科学的視点から捌くのが現代社会ではあるけれど、家族というあくまでも個人的な空間に立ち入る以上、そのような眼差しが必要とされるのではないだろうか。僕たちがそのような眼差しを持つことが、障害者介護に先だって必要とされているのだと思う。もしもそれが僕たちに共有されていたら、この女性だってこれほどまで悩まなくて済んだのかもしれない。様々な約束よりも家族の安全を優先せざるを得ない。そういう了解があれば、障害者を家族に持つことから来るプレッシャーも、ずいぶんと軽減されただろうにと思う。
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2000年7月31日(月曜日)

たくさんの間違いにがっくり

思考 23:55:00
 昨日は「殷王朝は2000年続いた」云々と書いたが、実際には殷王朝の始まりはB.C.1600年ごろ、滅亡はB.C.1111年の事なので、600年弱だ。なにを勘違いしていたのやら。
 中国の王朝の正史は周の東遷以降は正確なのだが(中国の歴代王朝の義務の一つに前朝の正史を編纂するというものがあるため)、さすがに時代をさかのぼるとそれも難しくなるようだ。
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2000年6月28日(水曜日)

夢記憶

思考 23:19:00 天気:曇りだし雨だし
 今日は定時退勤日だったのでさっさと退勤した。帰宅して生焼きそばを作ってビールで流し込んだら、強烈な睡魔が襲撃してきた。反射的に抵抗しながら『ああ、ここは会社じゃないんだ』と思い直し、素直に布団にもぐりこんだ。
 どれくらい寝たのか、起き出したのはもう1:00過ぎだった。頭がボーっとしてかつ重い。ちょっと熱があるようだ。風邪を召した模様である。エアコンをドライに入れっぱなしにして寝込んだのだが、ちょっと体を冷やしすぎたようだ。今夜は湿度が頓に高い。
 悪夢っぽい夢を見たというのもあるかも。会社の同僚が登場する夢で、かなりうなされたような気がするのだが、少し経つと綺麗さっぱり忘れていた。
 人間は夢を記憶に留めておかないようになっているのだ、という説を前にどこかで書いた気がする。どこで目にしたのか忘れたのだが、人間は毎日見る夢(実は憶えてないだけで毎日必ず見ているのだ)をいちいち記憶にとどめておいたら容量をオーバーしてしまうので、それを忘れるように出来ているのだという仮説だ。それを目にしたときには素直にそうなのかと思ったのだが、良く考えると「ではどのようにして」というメカニズムの説明がまるで成されていない。
 僕は案外に夢も他の体験と同様の機構で処理され、場合によっては長期記憶に移行する事もあるのだろうと思っている。実際、子供の頃に見た悪夢(笑っちゃうのだが、傘お化けが登場する)は、今に至るまで鮮烈に憶えている。でも夢の大部分を忘却してしまうのも確かだ。
 これは要するに、夢に脈絡がないからこそ記憶していられないのだと解くべきだと思う。人は過去のことを思い出すとき、その事項に関連した出来事を手がかりに思い出す。例えば「あれは夏休みの初日だった」とか「実家の裏山で」とかいう風にだ。また「叔母さんが遊びに来た」から「おはぎをおすそ分けしてもらえた」という風に論理的な整合性をも手がかりにその先の展開を思い出すこともある。
 ところが夢は時制も論理的な接続をも超越しているために、こうした通常の手繰り方では思い出せないのだ。まるごとエピソードの塊としてしか処理できない。だからその中の1エピソードを思い出すことは可能でも、その全体を思い出すことは難しいのだ。この辺は、やっぱり前に書いた人の恐怖体験の記憶に似ている。
 これを克服するには夢を見た直後にノートなどに書き付けるしかない。しかしそのようにして文書化された「夢」は、見た当人の夢解釈でしかないだろう。かように、夢はその全体像を処理できないが故にとりとめが無く、またそれ故に悪夢は根源的な恐怖を呼び覚ますのではないだろうか。
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2000年6月21日(水曜日)

魂の故郷に帰れ(by デロリンマン)

思考 17:42:00 天気:薄曇
 夏場なので怪談サイトをうろついているのだが(って眠れなくなるからやめろって)、少しリンクをたどるとオカルト系のサイトに行き当たってしまう。おかげでリーディングだのチャネリングだのヒーリングだのといった代物に少し詳しくなってしまった。リーディングは宇宙のどこぞにある「アカシック・レコード」なる、宇宙開闢以来今までの、そして今からの全ての出来事や"真理"を記録した媒体を自由に読み取ることができる、と主張するものだ。チャネリングはどこぞの親切な宇宙人が頭の中にいろんな事を直接吹き込んでくれる、というものだ。ヒーリングは単に癒すという意味でも使われるが、例によって大変安易そうに"宇宙の真理"やら"隠されたエネルギー"とかいった代物と結び付けられてしまっている。いずれにせよ、なにか「とてつもないもの」が我々の既知の世界の外にあって、それを自由に扱える方法を心得ている、と主張している点では共通している。そしてこれらの能力を持つと主張する人々は、一様に「訓練すれば誰にでもこの能力を持てること」を主張し、「物質文明からの脱却」を叫ぶ。
 奇妙な事実がある。その「物質文明からの脱却」を主張し、かつ自らは脱却していると主張してもいる人々が、それらの能力を他者に使用したり教授したりするときには金を取るのだ。それもたかが1時間のセッションで数万円という、決して安くはない(僕の主観では絶望的に高い)金を取るのだ。この金は何のための取るのか。
 そんな素朴で本質的な質問があるチャネラーのサイトに寄せられていた。開示するだけサイトの責任者は誠実だったといえる。それに対して同調する意見もあったが、サイトの性格もあってなんとかこの矛盾を説明しようとする意見が多かったように思う。すまん、どこのサイトだったか再検索しても見つからないのだ。
 金を取るという行為を合理化しようとする手法には共通点があった。金は「中立的」であると定義するものだ。金額が高かろうが低かろうが修行や各能力の正否には無関係だというものだ。
 だがこのような理屈ではなぜ金を取るのかということをまったく説明できない。単に金が好きだから、と受け取らざるを得ない。もしも真に物質文明を脱却していると主張しているのなら、その物質文明の中枢にある資本という概念そのものを否定しなければならないはずだ。取った金を何に使うのか。他の困っている人を救ったりするという意向は全く見られない。それとも「親切な異星人」が金儲け大好きなのだろうか。そんな馬鹿な。彼らが自らの欲望を満たすために使うのだと考えることに、ほぼ無理はないだろう。彼らは、自らが物質文明(とやら)のしくみにどっぷり漬かり、あまつさえその中での快楽を追い求めているのに、口ではそこからの脱却を主張する。まるで自らは快楽をむさぼりつつ、信者には清貧と喜捨を説いた中世の堕落した僧侶たちのようなものだ。
 これらの人々は明らかに嘘をついている、と僕の直感は告げている。それも悪質な嘘だ。直感だけでなく、上記のように考えれば理屈も通らないことが分かるはずだ。ひどく不誠実な人々だと思う。
 僕の実家が真宗だからこう思うのではないのだが、こうした人々に比べて法然や親鸞といった人々はなんと清廉で壮烈な生き方をしたのだろう。それぞれの信念を通すために時の権力の弾圧を被り、物質的な栄華はまったく手にできなかった。だがその思想は後世に巨大な影響を与えたのだ。精神的な栄華というものがもしあるのなら、これらの先達たちのそれが当たるのではないか。だがかれらの精神を中心に成立していたはずの浄土宗や浄土真宗が、後世にいたって物質的な栄華の中に堕落してしまったことも忘れてはならないと思う。清貧を通すのは難しい。
 少し僕の考えを書いておくと、「アカシック・レコード」なるものの実在はもちろん疑わしい。宇宙は偶然に生まれ、偶然により今の姿ができたに過ぎないだろう。未来も過去も、ランダムな数列が作り出しているに過ぎない。したがってリーディングなるものが成り立つとは思えない。また親切な宇宙人がいていろいろ吹き込んでくれるとも思えない。異星人の存在は疑わしいし(そういう意味で僕はSETIにも懐疑的だ)、たとえいても人間と意思疎通ができるとも思えないのだ。この広い宇宙の、それも地球のごく近くに、人間と様々な論理の通じあえる異星人がいるかどうか、大変疑わしいと思わざるを得ない。例えば人間のごく近い場所にいる犬や猫に、人間の神学や経済学を理解させられるだろうか。まず不可能だ。犬や猫は人間と同じ生命圏に住み、その行動様式や素朴な経済観念(例えば山を登るより脇道を迂回したほうが楽、など)も通じている。その犬猫との意思疎通ができないのに、共通したバックグラウンドをなにも持たないであろう異星人と意思疎通するなど、まずもって不可能に思えるのだ。
 それでもビリーバーたちは信じつづけるだろう。それは問題ない。彼らが何を信じようと、世の中は相変わらず科学主義のイデオロギーを享受しつづけるだろうからだ。だがその物質文明のグラウンドでは、それをいくらかでも良くしようという無数の試行が続いている。破綻をぎりぎりで逃れようと苦闘している人々がいるのだ。その物質文明のグラウンドにありながら、口だけで否定してみせる行為はひどい背信行為ではないだろうか。僕がチャネラーたちに感じるのは、実はそういう部分での怒りなのだ。
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2000年6月17日(土曜日)

今夜の世紀を越えて

思考 23:32:00
 帰宅してふとテレビをつけたら、今夜のNHKスペシャルは世紀を越えてだった。いつもなら日曜日にやるのだが、危ない危ない。
 今夜は今シリーズの最終回、第6回目。実は第5回目を先週録画したまま見てなかったので、順番が逆転してしまった。まあ順番は関係ないシリーズだが。
 今回はシリーズの最終回「自分らしく死にたい」。最終回にふさわしく死を取り上げた。
 アメリカ、オレゴン州では、世界でも例の無い法律が成立し、運用されている。これは余命幾ばくも無く、苦痛を和らげる手段の無い患者に対し、医師が致死量の睡眠薬を処方することを許可する法律だ。医師による自殺幇助と呼ばれている。
 オレゴン州に住むある女性は、肺機能が次第に低下するという病気により、余命半年と診断されていた。彼女は自分がかかった病気に関して徹底的に調べ、自分が既に末期であることと、そしてこの病気が末期に大変な苦痛を味あわせるものである事を知った。彼女は主治医に法律に基づいた自殺用睡眠薬の処方を依頼するとともに、その法律で定められた別の医師による診断を受けた。法律では、まず主治医に処方を口頭で依頼するとともに、余命半年以下であるという診断書を得る。次に別の医師による同様の診断書を得て、初めて書面による処方の依頼をする。そこでさらに時間を置き、再び口頭で処方を依頼すると、初めて自殺用の睡眠薬を得ることができる。それを使用するかどうかは、後は患者の自由意志にゆだねられるのだ。
 この女性は自分の容態が油断なら無いことから、一刻も早く処方を受けたかったのだが、二人目の医師の診断は意外なことに余命1年以上というものだった。
 このような処方を受けた患者は、既に40人以上に上っていると見られている。
 州内の別の女性は、筋肉が無力になる病気にかかり、やはりこの処方を受けた。彼女は自分が完全に無力化し、家族に迷惑をかけることを避けたかったのだ。自分がそのような状態になる前に自ら命を絶つのが、自分の尊厳を守ることだと考えたのだ。死ぬときは自分で決めたい、というのだ。そしてこの女性は、処方を受けた薬を間を置かず服用することに決めた。
 彼女は家族と、処方する医師の囲む中、自宅で服用した。それは彼女なりの尊厳ある死だったが、しかし家族や医師に波紋を投げかけるものとなった。夫は妻の"自殺"に耐えられず、別室に逃れ、しかし進行している事態に耐えられず、さらに車で近くの海岸へと向かった。そこは妻との想い出の海岸だった。彼はとうとう妻の死に立ち会わなかった。
 子供たちも自分を育ててくれた母親の死の手助けをしなければならなかったことに、それぞれ複雑な思いを抱いた。医師にとっても耐えがたいことだった。本来、患者の命を例えわずかでも延ばすことを正義とする医療の現場では、積極的に死へと導くこのような処方への抵抗が大きいのも当然のことだろう。
 この女性は長い眠りの後、そのまま事切れたという。
 医師による自殺幇助への風当たりは強い。オレゴン州の他にも三つの州で同様の法律の制定が叫ばれたが、強い反対にあっていずれも否決されている。また連邦議会でも強い非難を浴び、医師による自殺幇助を禁じる法律の制定も目論まれている。「死へと逃れることなく、一分一秒でも長く生きることが絶対的な正義だ」というわけなのだろうか。だがそれはどういう正義なのだろう。
 最初の女性はこの動きを見ながら、「あの人たちは本当に死にかかっている人間の事などわかってはいない」と切り捨てる。彼女の苦しみの質を理解してないというのだ。「あの人たちは私を拷問にかけている」とまでいう。彼女はそこまでして生きる意味がないと感じている。しかも耐えがたい苦痛に耐えながら生きるなんて。それを命を危険に曝されてもいない議員たちが勝手に「生きろ」と命じるのは耐えがたいことだ、ということなのだろう。
 しかしオレゴン州のこの法律は世界に類例の無いものだ。日本でもホスピスの普及などによって終末医療への関心が高まってはいるが、積極的な自殺やその幇助までは視程に入っていない。苦痛を和らげつつ、末期の時を自然に迎えようというのがその全てだ。日本でも短い生を続ける意味を見失い、自殺を図ったり、周囲に殺害を依頼する患者がいるという。だがそれらは心のケアにより、かなりの程度回復できるものらしい。だが最初の女性の例でいえば、その苦痛は心の不安とは別の次元に属するといえる。
 オランダでは、積極的に医師による自殺「介助」が認められている。自殺幇助というレベルではなく、医師により致死性の薬物の注入などが、社会全体で容認されているのだ。余命幾ばくも無く、治療方法が無く、苦痛を緩和する手段も無く、本人の意思が明示されている場合、オランダの医師は患者の命を終わらせる手助けができるというのだ。この場合、医師に関しては犯罪として記録に残るものの、罪に問われることは無い。そしてこの慣習を法律化しようという動きがあり、成立する見込みだという。日本でも積極的な自殺介助は認められていないものの、自殺介助の基準(それを逸脱すれば殺人に問われる基準)としてオランダのそれと同様のものとする判例が出ている。
 このように、死生観は変わりつつある。生を絶対的な正義とみなす近代の死生観は、生をそれを遂行するに足る価値があるかどうかで決める、相対的な死生観へと取って代わられつつあるように見える。しかし注意しなければならないことは、死が個人的な価値観では決して決まらないものだということだ。その意味では死の価値(生の価値でもある)は、以前から相対的であるのがふつうだったということだろう。僕たちは、生がたまたま絶対的な正義であるかのように映る異常な時代を生きてきたというに過ぎないのではないか。
 そして死は死する者だけにとって意味を持つのではない。残されていく家族の痛みを思えば、死する人は長く痛みを耐えなければならないと感じるかもしれない。逆にその痛みを思うとき、周囲の人々は、そして医師は死の痛みに耐えなければならないのかもしれない。その判定基準を死する当人へと委ねようというのが、僕たちが受け容れつつある新しい死生観の正体なのではないだろうか。いずれにせよ、死は案外多くの時代、その個人の自由意志に委ねられてきたように見える。
 最初の女性は、二人目の医師による診断を得られないうちに、とうとう激しい呼吸困難のうちに死に至った。逃げているのではと勘ぐりたくなるような二人目の医師の態度や、連邦議会での対抗法案制定の動きなどの雑音に悩まされながらの最期は、さぞかし不本意だったろう。
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2000年6月16日(金曜日)

皇太后逝く

思考 20:27:00
 皇太后、つまり昭和天皇の奥さんが亡くなった。この場合は明らかに神式なので、きっと冥福は祈っても差し支えないだろう。仏教的には冥福など無意味だろうから。
 激動、というにもあまりにも凄まじい疾風怒濤の時代となった昭和を生き通した彼女の生涯は、春風駘蕩とした平安時代の皇后たちとは質的に異なっていただろうと思う。昭和天皇が戦争を始めたとも終わらせたとも思わないが(とはいえ無関係ともいえない)、彼女の内助の功が昭和天皇を支え、戦争終結に多少なりとも好影響を与えただろうと評価したい。敗戦という局面で、夫が、そして自分が戦犯に問われないか不安の日々を過ごしただろう。もちろん、天皇制を支えたという意味で、WW2時のおびただしい死者に責任を負わねばならない立場だったともいえる。しかしそれは、おおよそ個人が負いうる責任の範疇を逸脱しているのではないか。むしろ天皇という神格的個人に国家の存在理由の根拠を置いた戦前の日本が間違っていたのだというべきだろう。
 彼女には冥福よりも必要なものがあるはずだ。お疲れ様、そしておやすみなさい。
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